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六、黄金林檎の花は咲く

 孤児院に着くと、そこを管理しているビアンカに、蜜に浸した林檎を抜き取った、チョコでいっぱいの籠を手渡す。

 彼女は嬉しそうにそれを受け取り、早速子供たちに配り始めた。

 子供たちは一瞬でビアンカの周りに集まり、自分が先だと言わんばかりに押しあいながらチョコを受け取ろうとする。だが彼女がきちんと並ぶようにと声をかけると、渋々と列になり始めたのだ。さすが子供の扱いには慣れていると、感嘆するばかりである。

 チョコは子供たちや孤児院の運営を手伝っている人々に同じ数ずつ渡してもまだ余裕があったため、次からはチョコを割るなどして、均等に分けるようにしていた。それでも余ったものはクレイアの手元に戻ることになる。それをリーシェと分けあいながら、孤児院の端にあるベンチへと腰をかけた。

 夕陽はだいぶ傾いており、庭には燦々と橙色の光が映し出されている。

「この蜜林檎入りチョコ、本当に美味しい!」

「ありがとう。持ち歩いていたから、少し溶けたけど……」

「それがむしろ絶妙な味わいになっていて、いいと思うわ」

「そう、よかった。いつでもどこでも、美味しく食べられるのなら、作り手としては嬉しいよ」

 包み紙からチョコに包まれた蜜林檎を取りだし、口の中に入れた。チョコの甘さと、林檎の酸味が良くあっている。味見では何度も食べたが、こういう場所でじっくり食べると味わいがまた違った。

 チョコを食べ終えた元気な子供たちが、また外で遊び始めている。せいぜい十代前半までの遊び盛りの子供たち、その姿がクレイアにとっては妙に眩しく感じられた。

「――確認なんだけどさ、孤児院にいる子って、親がいないんだよね」

「うん? そうだけど……」

 当たり前のことを聞かれて、リーシェが訝しげな表情で見てくる。それから避けるかのように視線を少し外側に向けた。

(――あたしも本当ならこの場所で、小さいころは過ごしていたかもしれないんだよね)

 理由はわからないが、物心つく前に捨てられ、イーズナル夫妻に拾われた。

 それはきっと非常に幸運なことだったと、クレイアは思っている。一歩間違えれば、死んでいる可能性もあったのだから――。

 それからずっとイーズナル夫妻の長女として育てられ、菓子職人としても鍛え上げられて、今に至っている。もう少し力量を上げれば、独立も夢ではないかもしれない。

 だがまだ踏み切れていないのは、おそらく他のことに気持ちがいっているから。

(どうしてあたしを捨てたんだろう。どうして父さんや母さんに拾われたんだろう)

 産みの親は死んでいるのだろうか、生きているのだろうか。


 生きているのなら、どこにいるのだろうか――?



「クレイアちゃん、気分でも悪いの?」

 はっとして顔を上げると、心配そうな顔をしたリーシェが視界に入った。ついリーシェの存在を忘れてしまっていたようだ。

「ごめん、少し疲れたみたい」

「今日は忙しかったみたいね。帰って休んだ方がいいと思うよ」

「ありがとう……」

 今日は朝から声を張り上げ体を動かし、営業用の顔を振り撒いていた。緊張感が解け、疲れと共に、考えないようにしてきたことが出てきてしまったのかもしれない。

 深く息を吐き出し、気分を落ち着かせる。それでも珍しく今日は治まらなかった。

 ふとリーシェは躊躇いながらも言葉を選びながら、口を開き始めた。

「……ライラ・ディは女性から男性へと贈り物をする日と考えていたけれど、最近はそうではなくて、知人や友人、つまり大切な人に贈り物をする日と捉えている人が多くなってきた」

「そうだよ。だからチョコを売る量が年々増えているわけ。友達まで発展すると、大量に買っていく人が多いから」


「――わたしが思うに、ライラ・ディは他者に感謝をし、その人の未来を願う日ではないかと思うの」

「感謝に、未来――?」


 リーシェは首を頷いた。内気な性格なため、率先して自分の考えをあまり述べないが、それでも彼女はクレイアに何かを伝えようとしていた。

「ライラ・ディが元になった話によれば、ライラと呼ばれる妖精が、愛した人間の男性の傍にいるために、彼の庭にある樹木になった。そして彼が生死をさまよった際に、その樹になる実を煎じて飲みなさいと夢の中で伝え、それを飲んだ男性は元気になったと言われている。その実の中身が実はチョコの原料であり、その後ライラが男性の夢の中に現れた日を――ライラ・ディとし、女性から男性へと贈り物、特にチョコを贈る日となった」

 それは街の観光ガイドにも書かれている有名な話だ。

 その話を唐突に始めたリーシェの真意はいったい――。

 彼女は視線を上げ、クレイアに緑色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。その混じりけのない瞳から目を逸らすことができない。

「ライラは男性に対して感謝をしていた。恋という気持ちを教えてくれた男性に対して感謝をしていた。そして彼の未来を願っているからこそ、生死の境から救うための実を授けた――。恋人という関係であったけれど、それ以上に他者を大切に想う気持ちがあったからこそ起きた奇跡ではないかと、わたしは思うの。だからこの日は、決して恋人たちだけの日ではないはずよ」

「つまり――自分自身にとって大切な人に対して、感謝や未来への願いを込めて贈り物をする日だと」

「あくまでも一つの解釈だけど……。ほら、孤児院の子供たちにチョコをあげたのも、『アフェール』の皆からの未来への願いでしょう?」

 リーシェは一つの解釈だと言ったが、それは強くクレイアの胸に響き渡った。


 大切な人への感謝や、その人の未来を願う日――クレイアにとって、今、大切な人とは――。


 そしてある人たちの顔が自然と浮かんできていた。

 捨て子から、菓子職人クレイア・イーズナルを作り出した、その人たちを。

「……あたし、そろそろ行くね」

「ごめんなさい。具合が悪いのに、呼び止めて話し込んじゃって」

「ううん、むしろありがとう。あたしが今、やるべきことが少しだけわかった気がしたから」

「え……?」

 クレイアは腰を上げ、陽を背中に浴びながらリーシェの前に立った。自然と仄かな笑みを浮かべていた。

「あたし、まだ大切な人に贈り物をあげていなかった。まだ時間があるから、作ってくる」

「今から? もう夜だよ?」

「大丈夫、すぐ近くで作るから。それに変な人が来ても力づくで、追い払う」

 ぎゅっと拳を握りしめ、にやりと口元を釣り上げた。リーシェはまだ躊躇いがちだったが、ゆっくりと首を縦に振った。

「とにかく気を付けてね。クレイアちゃんは女の子だから!」

「ありがとう。じゃあ、また今度ね。――キジャにしっかりと渡しなさいよ!」

「ク、クレイアちゃん!?」

 リーシェの頬が一気に赤らんだのがわかった。それを背後から感じながらも、クレイアは歩き始め、次第に歩を速めていると、いつしか駆け出していた。

 残りの時間を考えるとあまり余裕はない。クレイアはとある店まで猛然と走って行った。



「ごめん、コレット! 厨房とオーブンを少し貸してくれない!?」

「急にどうしたの、クレイア? オーブンなら、あなたのお店にあるじゃない」

「店じゃ作りにくいから、頼んでいるの!」

 クレイアは街の中心部から少し離れたところにある『コレットの菓子工房』のドアを勢いよく開くなり、菓子店を営み、友達でもある赤毛の娘――コレットに頼み込んだのだ。

「別に構わないわよ。だいぶ前に店は閉めたし、今は明日の準備だけだから」

「ありがとう! ……って、だいぶ前に閉店って……すごい勢いで売れたみたいだね」

 ちらっと店のショーケースを見たが、綺麗になくなっていた。

「そうなのよ、さすがにあの売れ行きはびっくりしちゃった。――それでクレイア、誰に作るの?」

 クレイアは途中で買ってきたチョコや薄力粉などを机の上に広げた。

「別に。ただ思いついただけ」

「そんなこと言わないで、教えて!」

 にこにこしながら話しかけており、彼女が楽しい会話をしようと試みているのはわかるが、今は正直構っている暇はない。クレイアは支度をしながら、彼女にとって最も悩ましい部分を突きつけた。

「……コレットは意中の彼にチョコ、あげたの?」

「……ええっ? い、意中?」

「ライラ・ディは女性が意中の男性にチョコをあげる日でしょ? 可愛いコレットなら、誰かにあげたと思ったけど」

「男性にチョコって、そんな……」

(言動から、明らかに誰かに恋をしているのはわかるって!)

 彼女があたふたしている間に、クレイアは支度をし終え、チョコを刻み始める。

 頬が赤いコレットは少し離れたところで、その様子を見守っていた。

「それで誰に……作るの? 教えてくれたら、大人しくするから」

「――だよ」

 仕方なく簡潔に答えると、その言葉を聞いたコレットは柔らかな笑顔を浮かべた。そして、包丁をもう一本持ってきて、そっと近くに寄ってきた。

「手伝うわ。その相手なら、早く帰りたいでしょう?」

「ありがとう。じゃあ、チョコはお願い。あたしは他の準備をさせてもらう」

 それ以上理由を聞きもせず、手伝ってくれる気のきいた友達に感謝をした。そして、クレイアは薄力粉やココアパウダーなどを計り取り、それらを一気にふるいにかけ始めた。



 やがてコレットの手伝いもあり、予想した時間よりも早く完成することができた。コレットにひたすらにお礼を言ってから、完成したものを籠に入れ、それを抱えて急いで家へと戻る。

 すでに夜になっており、星々が輝きを放っている時間へとなっていた。



「クレイア、遅かったじゃない!」

 母親が戻ってくるなり、その第一声を発した。

「ごめん、リーシェと話し込んでて……」

「寺院にいたの? それならいいけど。あまり心配かけないでね」

「わかっているって」

 二年前の事件以来より過保護になった気がする。殺されかけたのだから当然かもしれないが、少しは緩和してほしいと思う。

 母親に促されて食卓に向かうと、そこには父親と妹が既に席に着いていた。

「お帰り、クレイア。孤児院の子たちは喜んでくれたか?」

「お姉ちゃん、お帰り!」

「ただいま。孤児院の子たちはすごく喜んでくれていたよ。ビアンカさんからも、何度もお礼を言われた」

「それは良かった。少しでも笑顔にすることができたようだ」

 父親からの返答も適当に相槌をしてから、籠を机の上に乗せた。籠は始めから布で覆われていたが、店を出た時よりも膨らみがある。

「買い物でもしてきたのか?」

「まあ、買い物もしたけど……。これを――皆に食べて欲しくて」

 そしてクレイアは一気に布を取り払った。

 そこにあったものを見て、イーズナル夫妻や妹は目を丸くした。

「クレイア、これは……?」

「たまにはあたしが皆に対して、菓子をふるまってもいいじゃない」

 籠の中には一際美しく咲き誇る黄金林檎の花――いや、一枚、一枚丁寧に蜜に浸された林檎が、チョコレートケーキの上にまるで花びらのように並べられているのだ。中心にはトリュフがささやかに乗せられている。

 土台部分はチョコレートシフォンの配合を参考にして作ったもので、その間には生クリームと共に蜜林檎を二段ほど挟む。

 チョコレートケーキと黄金の蜜林檎を、クレイアなりに上手く合わせた結果だった。

「食べていいの?」

 妹が目を輝かせながら、ケーキを眺めている。

「もちろん。食べてくれなきゃ、作った意味がないじゃない」

 そう言いながら、クレイアは血の繋がりはないが、育ててくれた家族の中でにっこりと笑ったのだった。


 これからどんな選択肢を選ぶかはわからない。

 イーズナル家から去るかもしれない。

 産みの親を探しに行くかもしれない。

 けれど、どんな道を選んだとしても、クレイアはずっと大切に育て、接してくれている三人を、いつまでも感謝をし、幸せな未来を願い続けるだろう――。





 了



 まずはお読みいただき、ありがとうございました!!

 短い割に、大人数のキャラクターを出しましたが、いかがだったでしょうか?

 少しでもお楽しみいただければ幸いです。


 次にキャラクターをお借りしました(以下五十音順)、伊那さま(フェッロ)、加藤ほろさま(アレイオン、ペルセフォネ)、タチバナナツメさま(キジャ、ビアンカ)、宗像竜子さま(ユータス)、早村友裕さま(エリン)、緋花李さま(アイリス、クラリス)、みきまろさま(コレット)、夕霧ありあさま(リーシェ)、また美羽さまには雑誌のネタ元、みきまろさまにはさらに“ライラ・ディ”の設定の方を拝借しました。本当にありがとうございました!

 非常に勉強になりました。他の人のキャラクターを動かすことの難しさ、楽しさを知ることができました。

 キャラクターの設定が非常にしっかりしているため、小説内に出し始めると面白いように動いてくれました。その分文字数が増えましたが……。


 とても書きごたえもあり、楽しい小説でした。

 どうもありがとうございました!

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