13.赤熊
今日は大物狙いで真っ直ぐ山の奥に向かった。
途中はやはり魔獣が減ってるみたいで、何にも遭わずに夕方になった。
「!」
茶熊より一回り大きい赤毛の熊がいた。
見るからに赤熊な魔獣が駆け寄ってくる。
速い。
1拍で5〜6間走る牙猪よりも更に速い。
あらかじめ打ち合わせた通り、10間の距離で左前脚の付け根に〈石矢〉を撃ち込む。
〈石矢〉は刺さらなかったが、赤熊は少しよろけ、ぎこちない走り方になった。
まだ走れるんだね。
「〈石矢〉」
同じ脚にさらに追い打ち。
走ってる赤熊は体重を支え損なって転がった。
数間の距離。
ケンが正面から駆け寄る。
わたしは〈石矢〉を撃ち込んだ脚の側に回り込んだ。
赤熊は立ち上がってケンを迎え討ってる。
わたしは、魔力を纏わせた短槍を左太腿に突き込んだ。
それに合わせて、ケンが赤熊の右腕の付け根を突く。
赤熊が倒れ込んだ。
ケンが背中側から首に打ち込んで、終わった。
「思ったより簡単に終わったね」
「はい。〈石矢〉は1発で良いかもしれません」
「そうだね。それにしても、圧縮して増速した石矢でも全く刺さらないんだね」
「毛皮自体の強さか、魔力で防御しているのか」
「うん。もしかしたらいい服できるかもしれないから、武器屋で相談してみよう」
「良いですね」
今日はここで野営する事にして、血抜きした。
翌日町に戻ると、冒険者協会に行かずに真っ直ぐ武器屋に行った。
「こんにちは」
「おう」
「赤熊狩ったんだけど、いい服できたりする?」
「おう。毛が付いたままが強いが、暑いから外套向きだな。服なら毛を短くするが、角兎よりはずっといい。この辺の銀級も大抵は赤熊装備だ」
「1匹で、何人分作れるの?」
「今持ってるなら見せてみろ」
作業場に入って赤熊出した。
「おう、傷少ないな。まあ、1人分半だな。ただ、こんだけ余裕で狩れるなら、いいとこだけ使って1人分作って、もう1匹狩るのがいいぞ」
「いいね。ケンの分作ろうよ」
「ありがとうございます」
「これ、どうすればいいかな?」
「協会に納めたいよな?」
「まあ、できれば」
「なら、毛皮をこっちに回してくれるように一筆書くことはできる。ただ、ここに置いてく方が安くできる」
「うーん。どっちでも大丈夫ではあるけど、どうする?」
「協会に納品する機会はこの先もあるでしょうから、置いていきましょう。早くできるでしょうし」
「じゃあ、それで」
「分かった。一月くらいかかる。金は…追加で銀貨5枚だが、赤熊丸ごと置いてくのが手付けみたいなもんだから、できてからでいい」
「わかりました」
「あと、採寸だな」
採寸を終えて、孤児院に向かう。
「今日は肉ないね」
「はい」
「熊の手持っていこうかと思ったけど、おいしいか分からないし、今日食べるのには間に合わないし」
「使わなかった野菜を出しましょう」
「それしかないね。…赤熊、〈石矢〉は刺さらなくても十分ダメージ与えられてたけど、金熊はどうなんだろね」
「まあ、〈石矢〉は無意味そうですね」
「うん。最初から〈岩槍〉使うけど、それでもどんなもんだか」
「いざとなれば、石壁で囲んでしまえば狩ること自体は大丈夫でしょう」
「うん」
大物の討伐の仕方をあらためて打ち合わせた。
そして孤児院で野菜を出した後、部屋でさらに話した。
「ケンは、毎日討伐じゃなくて、魔法の研究とかできる日あった方がいいよね?」
「どちらかと言えば、そうですね」
「じゃあさ、大物狩りに行った次の日は休みにしよう」
「はい。レナは、何やりたいのですか」
「いや、熊の手煮るくらいしか思い付かない。暇を持て余しちゃうから、1人で近場で狩りしてくる」
「あー。そうですか…」
「生活に追われてたせいか、動いてないと落ち着かなくて。町にいるより、外で狩りしてた方がのんびりできるんだ」
「ではそうしましょう。冒険者協会で信用を得るのは長期戦ですから、ここからはのんびり行きましょう」
「うん。じゃあそれで。日帰りになるか、1泊になるか分からないけど、1匹狩って帰ってくる。エリさんに話してくる」
翌朝、魔法鞄を1つ借り、食料を買って町を出た。
短槍を担いで走る。
正直、短槍持たずに魔法に全振りした方が強いのだが、これも鍛錬だ。
今日はなるべく短槍で倒すつもり。
人の手の入った明るい林は走って、暗い森からは早歩き。
何にも遭わずに昼食。
さらに歩く。
「!」
牙猪。
向こうも気付いて突進してきた。
3間先に、結界を強化せずに張る。
バンッ
結界が破れた。
でも牙猪も不意の衝撃でピヨッてる。
わたしも駆け寄る。
気を取り直した牙猪が突進しかけるが、加速する距離がない。
わたしは右前に跳んですれ違い様、魔力を纏わせた短槍で肘の辺りを切り裂いた。
牙猪が転ぶ。
わたしは振り返って首を突き、戦闘が終わった。
血抜きしながら考える。
走れば日没くらいに帰れそうだけど、どうしよう。
うん。走ろう。
間に合わなかったら町の外で野営すれば良いだけのことだ。
血抜きが少しは早くなるかなぁと思って前脚を切り落としてみた。
日没ぎりぎりだと、食事は終わってるだろうから逆に迷惑掛けずに済む。
走る分のカロリーを今の内に摂っておこうと、夕飯用のシチューとパンをゆっくりよく噛んで食べながら血抜きを待った。
後ろ脚も切って、鞄に仕舞って出発。
いつもよりも足の身体強化を強めて走る。
魔獣は、魔力感知で十分対処が間に合うはずだ。
まあ、正面から牙猪が突進してきたら魔力感知では間に合わないかもしれないが、それは目視すれば良いことだ。
水分を摂りつつ2刻程走ったら明るい林になった。
間に合いそうだ。
そこから半刻程で町に着いた。
孤児院に帰る前にダンさんの肉屋に寄った。
冒険者協会まで行くのが手間だったから。
「牙猪買ってくれないかな」
「大物だな。こっちに出してくれ」
「うん。これ」
「…何で足がないんだ?」
「孤児院にお土産」
「おう、なるほど」
協会より少し高く買ってくれた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。ご無事そうで何よりです」
「ありがとう。ご飯は買ってあるから心配ないよ」
「そうでしたか。朝御飯はありますのでどうぞ」
「ありがとう。これどうぞ」
牙猪の脛4本出した。
「ありがとうございます。あなたに、幸多からん事を願います」
「ありがとう」
わたしは部屋でご飯食べながら、ケンと明日の予定を話した。
「茶狼、めっきり減っちゃったね」
「魔獣って、こんなに簡単に減ってしまうものだったのですね」
「うん。狩っても減らないイメージだった」
「街道に出る魔獣は、人を襲うために街道近くにいるのに対して、森にいる魔獣は、上位者もいて慎重に隠れているのかもしれませんね」
「なるほど」
「そもそも、どうやって増えるのでしょうね」
「普通に食物網の中にいるのかねぇ」
「そのような感じもありますね」
「茶狼減ったら角兎増えたりするのかな」
「茶狼が周囲から流れてくる方が早そうに思います」
「確かに。明日も、少し方角をずらして真っ直ぐ奥を目指そう」
「はい」
翌日、森まで走って、そこから早歩きした。
夕方になる頃、赤熊を見つけた。
向こうもこっちに気付いて走ってくる。
5間先で左前脚の付け根に〈石矢〉を撃ち込んだ。
ケンが、右脚側に斜めに突っ込む。
わたしは、左脚の方に回り込んだ。
赤熊は、両手をついてわたし達を警戒している。
ケンが、突き込む素振りを見せた。
反応しかける赤熊。
しかしわたしは、ケンの動きに反応して実際に突き込む。
赤熊は立ち上がって避けながら、わたしに対して右腕を振り上げる。
ケンが、右の脇の下を突いて下がった。
倒れる赤熊。
わたしが首を突いて仕留めた。
「これでレナの分も作れますね」
「うん。ありがとう」
まあ、これまで魔獣の攻撃を受けたことはないんだけど。
でも短槍で戦うようになったから、今後は防具が活躍することもあるだろう。
その場で野営して、翌日町に戻り、武器屋に直行した。
「本当に余裕で赤熊倒すんだな」
前回から3日後にまた赤熊を持ち込んだら呆れられた。
「今度は姐さんの分の服か?」
「うん。お願い」
「丈はどうする? 今のと同じ尻がギリ隠れる奴か、膝上まで伸ばして脇にスリット入れるか」
「どう変わるの?」
「長いと防御力が期待できる」
「うん」
「が、ぶっちゃけ見栄えが大きい」
「え?」
「角兎の上衣は、みんな短いだろ? 安くないと、初心者は買わないからだ。だから丈の長い上衣は、それなりの腕前の証なんだ」
「そうなんだ…。見栄えは拘らないけど、うーん」
「折角だから、膝上丈が良いのでは」
「うーん。じゃあ、そうする」
「ほいよ。あんたらは金熊もすぐに持ち込みそうだがな」
「金熊ってやっぱりいいの?」
「ああ。魔法抵抗力もそこそこあるぞ」
「え!? いいね!」
「どの辺りにいるのでしょうか」
「山の方に2〜3日行った辺りだそうだ」
「ずいぶん広いね」
「森の中、ではあるのでしょうか」
「そう聞いている」
「その辺りで、他に注意すべきことは何かありますか」
「特には知らん。が、金熊がいるなら金熊がエサにしてる魔獣も当然豊富にいるはずだ」
「それは、確かにそうですね」
「あ、そうだ。この熊の手って、何か使う?」
「爪を飾りにするくらいだな」
「じゃあ、爪は後で返すから、熊の手もらえないかな」
「構わんが、何に使うんだ?」
「食べたらどんな感じかな、と思って」
「わかった。が、その前に服の話だな」
「忘れてた」
「金は追加で銀貨6枚。できてからでいい。これも一月かかる」
「わかった」
採寸の後、熊の手もらった。
斧でバツンと切ってくれた。
「この毛を抜きたいんだけど、掴んで引っ張るような道具って、どこかで買えるかな?」
「金物屋だな。武器防具以外の金物は何でもそこだ」
場所を聞いてから孤児院に戻った。
今日も、お土産として渡せるのは野菜しかなかった。
「金熊、どうする?」
「1週間分の食料が必要ですね」
「うん。野菜は、重さは問題ないけど調理に時間取られるね」
「はい。ペミカンみたいに、火を通して持っていくとか」
「ペミカン?」
「元はアメリカインディアンの保存食です。現代風だと、ラードを加熱して、切った野菜を入れて火を通すと同時に水分を抜きます。
冷まして固めた物を持ち運びます。お湯で溶かして味付けするだけで食べられます」
「へー。試作お願いできる?」
「はい。明日作ってみましょう」
「ありがとう。一昨日ダンさんの店に牙猪売ったから、脂身売ってるかも」
「では行ってみます」
「わたしは熊の手煮てみる」
「はい」
夕飯は、脛肉入りの野菜たっぷりシチューだった。
子ども達が、ほろほろおいしい!と言ってて可愛いかった。
翌日、熊の手1つを簡単に茹でこぼしてみた。
凄い脂。
これ、毛を抜いたとしても皮食べられるんだろうか?
長時間煮れば何とかなるのか?
もう1回茹でこぼしてから、毛を抜く道具を買いに金物屋に行って、やっとこ?を買ってきた。
午前中掛かって毛を抜いて、たわしでよく洗った。
もう1回茹でこぼしてから煮込んでみることにした。
ケンは、ペミカンの材料を買ってきて、野菜を切った後町の外に行った。
長時間美味しそうな匂いをばら撒いて食べられないのは気の毒だから、町の外で作るのだそうだ。
わたしは部屋で時短のために加圧して加熱している。
3刻くらい加熱して、様子を見てみた。
手首部分を少し切り取って味見。
…食べられるね。
爪を全部抜き取ってから、エリさんの所に持っていった。
「赤熊の手。軟らかくなるまで下茹でだけして味付けしてないけど、どうぞ」
「珍しい物をありがとうございます。あなたがたに、幸多からん事を願います」
「ありがとう」




