1. 奴隷狩り
(失敗した…)
わたしは独りごちる。
猿ぐつわされていて声は出ない。
更には腕も縛られて幌馬車に転がされてる。
経緯を思い返してみる。
街道を歩いていたら、前から幌馬車が来た。
ガラの悪そうな護衛が付いているので、道の端ぎりぎりに寄ってすれ違おうとした。
護衛と行き違った直後、後頭部に衝撃を受けて倒れた。
槍の柄で殴られたっぽい。
地面に押さえつけられ、猿ぐつわをされて縛られた。
頭にポーションを掛けられ、幌馬車に放り込まれた。
そして今に至る。
周囲を見回してみる。
10代後半と20代前半くらいの女性が乗っている。
縛られてはいるけど、猿ぐつわは他にいない。
(奴隷狩りか…)
わたしは冒険者の格好をしているので、魔法を警戒されたのだろう。
もっとも、わたしは声が出せなくても魔法に支障はない。
でも縛られた状態で魔法を使ってもその後どうにもならないので、大人しくしているしかないようだ。
馬車の中がこんな状態では街には入れないと思うが、どうするのだろう。
横になったまま取り留めもなく時間を潰した。
「ガキが来るが、どうする?」
「たいして持ってそうにねぇが、ついでだ。やるか」
「おう」
御者してる奴と護衛してる奴が話してる。
襲うつもりのようだ。
どうするのが良い?
…状況がわからないのに無理だ。
様子を見るしかない。
それで相手が殺されるとしても。
「ぐああ!」
「てめぇ!」
ゴロツキの怒声があがる。
相手の声はない。
たいした時間も掛からず、聞こえるのは悲鳴からうめき声だけになった。
「ぐふっ」
「待て、やめろ!」
トドメをさしてる?
確かにそれが一番手っ取り早い。
通りがかりに襲ってくるようなキチガイの事情を聞いたところでどうにもならない。
身を起こして、入口に身体を向けて座る。
入口に下ろされていた幌が切り落とされた。
わたしと同年代、二十前くらいの男が険しい顔で睨んでいる。
冒険者だ。
ズボンも上衣も安い角兎の革製で、短槍を持っている。
装備からすると、わたしと同じ銅級に見える。
でも、わたしのと同程度の安っぽい短槍で、垂れ下がってる幌を切り落とした?
戦闘時間の短さから言っても、かなりの腕利き?
男は、縛られているわたし達3人を見て緊張を弛めた。
そして、入口近くにいた年長の女性の縄を解きながら言った。
「どういう状況ですか?」
「街道を歩いていて襲われました」
二人とも丁寧な言葉づかいだ。
「そちらの女性の猿轡を、外してあげて貰えますか?」
「はい」
猿轡とロープを解いてもらったので、残った一人のロープを解いた。
「助けていただいてありがとうございます」
前世の丁寧な言葉を意識しながらお礼を言った。
「いえ。襲われて返り討ちにしただけなので」
「不躾なお願いですが、わたしの短槍と荷物を探したいのですが、良いですか?」
「どうぞ」
馬車を降りてぐるっと廻りながら、死体の様子を観察した。
御者役も含めて5人いたが、どれも一撃か二撃くらいで倒されたっぽい。
槍の柄が断ち切られているのもあった。
装備と齢に見合わないとんでもない腕だ。
わたしの短槍と背負い袋は御者席にあった。
「これ、わたしのなのでこのまま持っていって良いですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
あっさり頷いてくれたが、これは完全に彼の厚意だ。
もう賊の物になってるから、本来権利は賊を倒した彼にある。
持ち物を何も失わずに済んで助かった。
他の女性たちも、それぞれの持ち物を自己申告で返してもらった。
彼は、それ以外の物の権利だけで良いという。
「とても助かりますが、本当によろしいのですか?」
年長の女性が尋ねた。
「はい。情けは人の為ならず、です」
「!?」
わたしは固まった。
他の二人を見ると、首を傾げながらお礼を言っている。
やはり、この辺りで一般的な言い回しではないようだ。
この後のことをみんなで話し合って、馬車で引き返すことになった。
このまま進む方が町は近いのだけど、奴隷狩りが行こうとした方に進むことに不安があったことと、女性2人が一つ手前の町の住人で、身の証を立てられるからだ。
年長の女性がアリアさん。
荷馬車なら御者をしたことがあるというので御者してもらうことになった。
10代の女性がセラさんで、アリアさんの隣に座ってもらった。
荷台には死体が乗っている。
わたしと彼は歩きだ。
これが、一番速いだろうという判断だ。
彼の名前はケン。
見た目通り、銅級の冒険者。
結局、日のある内には町までは辿り着けそうにないので、途中の水場で野営することになった。
自分が飲む分くらいの水は魔法でほとんどの人が出せるので、水場の重要性は前世程ではない。
でも、馬に飲ませるとか、何かを洗うとか、需要はそれなりにある。
焚き火で角兎を焼きながら、ケンさんが鼻歌を歌ってる。
この角兎は、ケンさんが斬撃を飛ばしてしとめた。
なんて達人。
…何か聞き覚えのあるメロディ。
「…ふるさと?」
「!?」
ケンさんが固まった。
「日本人?」
「はい」
「転生者?」
「はい」
「やっぱり他にもいたんですね」
「レナさんも転生なんですか?」
「はい。異世界転生なんてラノベみたいですよね」
「ラノベ?」
「知りません?」
「聞いたことは、ないと思います」
「うーん。違う世界線なんでしょうか」
「世界線って聞き覚えありませんが、パラレルワールドみたいなものでしょうか」
「多分そんな感じ」
「お互い、違う日本から来たんですかね」
「どれくらい共通してるんでしょうね」
「魔法がなくて、自動車や飛行機がある?」
「はい。温水洗浄便座がある?」
「はい。貴族がいなくて、議会制民主主義?」
「はい。スマホがある?」
「スマホってなんでしょう」
「小さいタブレットみたいな電話です」
「うーん? 小さい電話機なら、携帯電話があります」
「ガラケーですか?」
「ガラケーがわかりません」
「やっぱり違うみたいですね」
「どこで枝分かれしたんでしょうね」
「気になるけど、知ってどうなるってわけでもないか」
「はい。ただ、お互いの常識が違うかもしれないことに気付けたのは良かったです」
「ですね。でも、ラノベを知らないんですか」
「何か不都合があるんですか?」
「ラノベの知識、結構役に立つんです。わたしはそれで魔法が上達しました」
「! それは、羨ましいです。私は生活魔法しか使えません」
「練習したけど使えなかったってこと?」
「いえ。教えてくれる人がいなかったのです」
「あー。ではわたしが教えましょうか?」
「ありがとうございます。魔法に憧れがあるんです」
「ふふ。でもそうすると、ケンさんの常識外の強さは、どこから来てるんです?」
「前世の小説です。RPGを舞台にした、隣り合わせの灰と青春という小説があって、その中で主人公が『気』で物を斬っていたのです。それで、気の代わりに魔力で斬れないかやってみたらできました」
「はー。RPGって、ドラクエとかです?」
「いえ。Wizardryです」
「知らないです」
「ドラクエがあってWizardryがない…?」
「いえ。わたし、RPGやったことないので」
「なるほど」
「そっちでは、異世界転生の物語って流行ってないんです?」
「うーん。異世界に召喚される話ならいくつか知ってますが、転生は仏教の
輪廻転生くらいしか心当たりがないです」
「へー。やっぱり似てても違うんですね」
「そうみたいですね」
「では、まず魔法の初歩を教えるので、後で魔力で斬るの教えてください」
「はい。ありがとうございます」
「これから教えることは、この世界の常識とは違うので、内緒にしてください」
「はい」
「まず、この世界の魔法はイメージした現象を実現するものです」
「はい」
「そして、生活魔法と普通の魔法は、実は区別がありません」
「え!? でも魔法には詠唱ありますよね。それがわからなくて使えなかったのですが」
「いえ。普通の魔法も、本当は詠唱はいらないです」
「念じるだけで使えるということでしょうか」
「イメージすることと魔力操作で使えます」
「うーん?」
「生活魔法も、発動語を口に出す必要は本当はありません。現象をしっかりイメージして、魔力を放出すれば発動します」
「…人混みの中で黙って魔法を使ったら、誰が使ったかわからないということですか?」
「はい。だからこのことは内緒にしてください」
「…これは、かなり危ない知識ですね」
「はい。ケンさんの人柄を信じて教えてます。一番得意な生活魔法はなんです?」
「〈灯火〉です」
「明るさを変えたり、色を変えたりできます?」
「できます」
「なら、簡単です。現象をしっかりイメージして、魔力を放出しながら発動語を心の中で唱えてください」
「……」
橙色の明かりが、ぽっと灯る。
「…できた」
「はい。発動語の言葉自体に意味はないですが、発動語に意義はあります。この発動語ではこの現象がこの大きさで起きる、とイメージをしっかりさせる助けになります」
「なるほど…。どの魔法が使えるか、いわゆる適性のようなものはあるのでしょうか?」
「わかりません。わたしも、使えない魔法はありますが、適性がなくて使えないのか未熟で使えないのか区別が付きません」
「それは、そうですね」
「どんな魔法が使いたいか、希望はあります?」
「あー、えーと、〈火矢〉が定番と聞いていたので、まずはそこから、と思っていました」
「はい。イメージしやすいものが簡単です。それに、定番だと悪目立ちせずに済みます」
「なるほど」
「身体の中を、魔力を循環させることってできます?」
「はい。気を練るつもりで魔力を練っていました」
「腕に溜めて、手のひらから出せます?」
「はい」
「〈火矢〉を見たことあります?」
「一応、あります」
「なら、すぐに使えるかもしれません。でも、今はここまでかな」
「…他の人がいるときに練習すべきではないですね」
「はい。ついでに言うと、転生者がこの世界でどういう扱いなのかわからないので、バレない方が良いです」
「私も自分から言う気はないですが」
「でも私にバレましたよね?」
「鼻歌でしたっけ」
「その前に、日本のことわざ言ってましたよ」
「あー」
「ちなみに今、音を遮る結界張ってます」
「結界! 攻撃以外にどのような魔法があるのか教えていただけませんか?」
「いいですよ。では結界解いて、当たり障りないこの世界の常識から説明します」
「あぁ。食事にしないと肉が焦げてしまいますね」
「はい。二人を起こしてきます」
二人は緊張が解けてうたた寝してた。
日が落ちて暗くなる頃食事を終えた。
この後は、ケンさんと交代で不寝番することになっている。
冒険者ではない町人の二人では、話し相手にしかならないので寝てもらった。
この世界の平民は夜が早い。
同じ時間不寝番するなら、先にやって朝まで寝る方が負担が少ない。
しかし、戦闘して疲れているケンさんに先に寝てもらって、その分長く寝てもらうことにした。
明日は午前中に町に着くはずなので、わたしは明け方2〜3刻仮眠すれば問題ない。
なお、この国は1日を24刻に分けるので、1刻は1時間に相当する。
1日の長さが地球とどのくらい違うのかはわからない。
この世界の1拍は1秒と同じくらいの長さで、1刻は3600拍だが、仮に1〜2割違っていたとしても今のわたしにはわからない。
月明かりの下、ケンさんに教わった身体強化を試すことにした。
武器に魔力を纏わせるより自分の身体に纏わせる方が簡単だし、それで防御力と身体能力を上げる方が斬れ味を上げるよりずっと役立つから、ということだった。
確かに、いくら斬れ味を上げようと、当たらなければ無意味だ。
そして、当たりさえすればわたしの安物の短槍でも相応のダメージが行く。
身体強化は対人戦ではかなりのアドバンテージだろう。
ちなみにケンさんは身体強化魔法という言葉を知らなかった。
異世界ファンタジーでは定番なのだけど。
…定番なのに、わたしはどうして試そうと思わなかったのだろう。
三人寄れば何とかの知恵というし、二人で知恵を出し合えばすごい冒険者になれるんじゃなかろうか。
ケンさんは既に達人っぽいし。
ケンさんを起こして交代した後、幌馬車にあった毛布で快適に仮眠取って朝になった。




