戦力-プロベーション-
言行不一致はとりわけ信用を失う行為だ。責任について論じて見せたならば、それを果たそうとする姿勢および成果も見せつけなくては釣り合いが取れない。
「それじゃあ雑談もそこそこにこれからの体制について話し合おうか」
「ほんとにいきなり始まるでゲロね……ま、まだ起きたばっかりだし、探索者が来るまでは余裕があるから一時間ほどゆっくりしてもバチは当たらないゲロよ」
「バチは当たらなくても時間は減っていくからね。それに探索者が決まった時間の通りに来る保証もない。前倒しにできる予定はとことんまで前倒しにして、後の時間に余裕を作るのがスケジュール管理の基礎だよ」
「……はいゲロ」
よしよし。心の中で頷く。
労働に関する意識の改革は性急すぎても反発を生むが、日々の細かい部分で習慣を付けさせなければ定着することはない。
ゲロルグさんは魔王の直接的な部下だが、僕は臨時で喚ばれただけの外様だ。その僕が率先してやっているのだから自分もやらなくてはならない――そういう"和"の空気を醸成するのが職場環境づくりの第一歩となる。
休む時は休む。でも今は休むべき時じゃない。故に働く。何もおかしいことはない。
「まずは探索者の帰還率の測定だね。ダンジョンに来た探索者を根こそぎ倒してたら危険認定されて客足が遠のく。逆に来る者拒まず去る者追わずじゃ利益が出ない。相応の危険はあるけど、挑むに見合う価値がある……そんなダンジョンを目指すのが当面の課題だ」
「ゲロ」
「でも探索者が何人来て、その内の何人を倒し、残る何人が無事に帰還したかを調べるのは難しい。常に探索者を見張ってなきゃならなくなる」
「片時も目を離せないのは不便でゲロね……」
「そこでこれを使おうと思う」
僕は事前にダンジョンのシステムで作製しておいた道具を取り出した。
手のひらに収まるサイズのそれは、握り込むとちょうど親指の部分に特徴的な突起が当たるようにデザインされている。表面にはアラビア数字の0が四つ。紙に書いた文字が翻訳されるなら、恐らくこの数字も翻訳されて伝わっているだろう。
僕が取り出した道具を物珍しそうに指でつついたゲロルグさんが言う。
「ハジメ様……これは、なんでゲロ?」
「数取器……カウンターとも言うかな。ここを押した数だけ表面の数字が回るようにできてるから、人とか物を数えるのに向いてる道具だね」
カウンターのボタンを押すと、押した分だけカチカチという音を立てて数字が回る。たったそれだけの道具だが、流動的な対象の数を人力で数えるにはこれ以上ないほどに便利な機能だ。いちいち正の字を書いてカウントするわけにもいかないし。
値段は一つ980Pだった。それが六つなので予算である10,000は超えていない。ひとまずは及第点だろう。
「おお……どういう仕組みかは分からないゲロが、これなら正確な数を記録するのに役立つゲロね。カウントはハジメ様がやるゲロか?」
「まさか。常にモニターに張り付いてるわけにもいかないし、カウント役は彼らにやってもらうことにするよ」
魔物を呼び出すメニューを操作。選択するのはもちろんレッサーリザードだ。生涯年給1,000ポイントという異例の待遇でも不満を漏らすことなく命令に従う忠義者である。
呼び出した数は三体。各々の両手にカウンターを一つずつ持たせればきっかり六つ持たせられる。
「レ、レッサーリザードにやらせるつもりでゲロか……?」
「出す指示が簡単なら忠実に従うことは昨日の実験で分かった。あとはもう実践あるのみでしょ」
動くなと命じれば命の危機に瀕しても動かず、限界まで走り続けろと命じればサボることなく遂行する。総合的に考慮すると、潜在能力はないが顕在能力は悪くない。
こちらで上手くコントロールすることで一定の成果を上げてくれることは確かだ。
「そういうわけでこれを支給するから。はい手にとって。握り方はこう。力は込めすぎないように。ここを押せばカウントが回るから。じゃあやってみて。そうそう、いいよー出来てるよー」
カウンターの使い方を教えたところ、レッサーリザードたち三匹は特に躓くことなく一連の動作を完了させた。やはり漠然とした指示だけではなく、スタートからゴールまでを示してやれば軌跡をなぞるくらいは造作もないらしい。
やってみせ 言って聞かせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かじ
まあ、人ではないし意思を持ってないから褒めても意味があるのかは不明だが、それでもやらないよりはマシだろう。これでいいのだと学習してくれれば文句はない。
「じゃあ次は誰がどういう時にボタンを押せばいいか説明していくよー。まず端っこのキミ……うーん、名前が欲しいな……カウント対象にする探索者の階級から拝借しようか。じゃあキミはイエローだ」
黄土級のカウントをするからイエロー。覚えやすくて実にいい。
「イエロー。キミはこのモニターを見て、耳飾りの色が黄色の探索者がやってきたら右手のカウンターのボタンを押すんだ。一人につき一回。黄色って言って分かる? 分かるなら返事をして頷いてくれ」
「シャア」
レッサーリザードが蛇の威嚇を想起させる声を出して頷く。
どうやら意思はなくても最低限の知識はあるらしい。ますます気に入ったよ。
「なら次だ。探索者が死ぬと肉体がダンジョンの入り口に戻ってくる。探索が失敗に終わった人間だね。それを左手のカウンターで数えるんだ。対象はさっきと同じで黄色の耳飾りをした人間とする。オーケー?」
「シャア」
入場者数と死亡者数が分かれば無事に帰れた人間の数が割り出せる。今後、帰還率の算定はこの方式で行うものとしよう。
死んだ探索者が間髪入れずにダンジョンへトライし続けて死にまくったら死亡者数が狂うが、厳密な数を割り出すのは現状不可能なので許容とする。
ルーキーが死にまくるようでは未来の餌が成長しないので問題だし、死亡数が高くなればそれはそれで一つの指標として機能することだろう。
僕はイエローの肩をポンと叩いた。
「じゃあよろしく頼むよ。探索者が昼前から来ることを考慮すると……余裕を持たせて早出させて、だいたい毎日十時間勤務ってとこかな。休憩はなくても大丈夫でしょ。地球の人間よりもずっと身体機能が強そうだし」
「鬼ゲロ……」
何が鬼なものか。残り十四時間も自由時間があるじゃないか。休める時にしっかり身体を休めれば無理なく働ける範囲だろう。
「よし、じゃあ残りの二人にも同じ説明をしていこうか。灰石級を数えるキミの名前はグレイだ。若草級担当のキミはグリーンね。……しかし顔も体格も同じだから見分けが付かないな。何か目印を付けるか」
ということでメニューを操作。社員証のケースと紙を購入。マジックで『イエロー』『グレイ』『グリーン』と書き込んだ紙を社員証に入れ、首から提げさせれば立派な歯車の一員だ。
「これでよし。それじゃあ今日からカウント作業をよろしくね。ああ、立ってても疲れるだろうから座ってていいよ。だけど寝たら駄目だ。勤務中の居眠りは重罪だよ。厳しく対処するから念頭に置いておくように」
「シャア」
「あと言っておくべきことは……ああ、何か不測の事態が起きたら教えてよ。可能な限りすぐに対応するから。そのカウンターも安いから壊れやすそうだしね。ああでも別の部屋にいた時に不便か……じゃあ何かあったら大声で騒いでくれ」
「シャア」
「よし。じゃあ勤務開始で」
約十分ほどの研修時間を経て、当ダンジョンに三人の頼もしい即戦力が加わった。実に喜ばしいことである。
都度備品を買い替える必要はありそうだが、それ以外のランニングコストが一切かからず減価償却の手続きも必要ないときた。弊社に持って帰りたいくらいの代物である。
「魔力で呼び出す魔物は戦闘用にしか使えない……そんな常識が覆された気分ゲロ」
「意思を的確に汲んで働いてくれる部下は貴重だけど、そういう人材は部署に数人いれば事足りることが多いんだよね。舵を取るのは上の役割だけど、地盤を支えてるのは手を抜くことなく指示をこなすその他大勢だ。彼らには縁の下の力持ちになってもらう」
「ハジメ様は優しいんだか鬼畜なんだか分からないゲロ」
「飴も鞭も与えるのが管理職の役割なんだよ。まあ僕は厳密には部外者だけど……そこは経営代理ってことで」
僕をわざわざ地球から喚び寄せてダンジョンを立て直せと命じたのだ。ならばこちらも相応の権力を振るわせてもらう。それだけのことだ。
「じゃあゲロルグさん、早速なんだけど新しく雇う防衛戦力についての話を詰めておこうか。僕の選定した魔物の確認とゲロルグさん個人の意見をヒアリングしたいから……まあ二時間ほどで終わると思うんだよね」
「……ゲロにも飴が欲しいゲロ」
僕はメニューから十円の飴を購入してテーブルに転がした。
「……………………」
「じゃあまず第一候補のスティッキースラグなんだけど――」
魔物分類録を読み進めてピックアップした新戦力の話を切り出したその瞬間、部屋の中にカチと音が響いた。
僕とゲロルグさんが同時に振り返る。直後、イエローの指が動き――カチとカウンターの回る音が響いた。
「まさか……もう来たのでゲロか!?」
「時刻は八時前。いやはや、探索者たちも随分と出勤が早くなったねぇ……。五分前行動とは恐れ入ったよ」
地球産のモノは暫定異世界の住民によほど快く受け入れられたと見える。それまでの就業サイクルを大幅に崩してご来店頂けるくらいには。
「防衛戦力の話は実際に確かめながらにしよう。どうやらルーキーしかいないみたいだし、今後採用するのか見極めるための試用といこうか」
その前にやっておかなければならないことがある。
僕は椅子から立ち上がった。イエロー、グレイ、グリーンの三人の背後に立ちそれぞれの肩をたたく。
「勤務条件変更だ。これからずっと――毎日十四時間勤務で頼むよ」




