07、英雄の追憶
再び学園長室の扉を叩いて中に入る。
「どうした。何か忘れ物か?」
フランはまた事務仕事に没頭しており、こちらに視線すら向けもしない。忙しそうなところを邪魔するのは申し訳ないと思いながらも、リィンは言葉をかける。
「いえ。ちょっとフランさんに聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと? ……何が聞きたいんだ。忙しいから手短に頼むぞ」
「お父さんのことです」
すると、あれだけ忙しなく動いていたフランの手がピタリと止まり、顔を上げてリィンの方を見た。
「……何故、それを私に聞く?」
「あ、えっと、フランさんってお父さんのこと知っているようだったから、教えてほしいなって思って。私、小さい時の頃の記憶でしかお父さんのこと知らないから……」
それを聞くとフランは何とも言えない表情をした。悲しいとも悔しいとも憤っているとも取れる、不思議な顔だった。
フランはペンを机の上に放り、また煙草を取り出して火を付ける。
「……奴とは現役の頃、最前線に居た時に一緒のパーティだった。私はその時の話しか知らんが、それでもいいか?」
「はい、大丈夫です。……その、お父さんはフランさんから見てどんな勇者でしたか?」
「……どんな、か。……さて、どんな奴だったかな……」
煙草を蒸しながら、フランは視線を天井の方へ向ける。その先の遥か遠い嘗ての彼方を見ているようだった。
「お前の父親は……強い剣士だったよ。今まで多くの勇者を見てきたが、未だアイツを超えるような剣士には出会ったことがない。それぐらい、アイツは強かった」
しみじみと、懐かしむようにフランは言葉を続ける。
英雄であるフランをして最強と言わしめる父親を、リィンは娘として誇らしく感じた。やっぱり父は強い勇者だったのだ。
「……ヴェンガルにブラクスにジョルジ、か……。懐かしいな。どいつもこいつも碌でなし野郎だったが、アレはアレで楽しかったな……」
「あ、それ、昔お父さんも同じこと言ってました。いいパーティだったんですね」
「ああ。……そうか。アイツも、楽しかったんだな……」
「もっと聞かせてください。お父さんは立派な勇者だったんですよね?」
瞳を輝かせて質問するリィン。対してフランはまた複雑な表情を見せた。
「フランさん……?」
「質問に質問を返すようで悪いが、お前は自分の親父をどう見ていた? お前が勇者を志す理由になるような男だったか?」
「え……」
想定外の質問にリィンは戸惑う。……父は誰かの為に戦い続けた立派な勇者だ。その最期も誇れるものだった。そんなこと、今更問われるまでもない。
「はい。お父さんは立派な人だったと思います。強くて優しくて……。他人の為に命を張って頑張れる、理想の勇者だったと思います」
曇りなき眼で、真っ直ぐな言葉で、リィンは父を語る。それをフランは真正面から受け止めた。受け止めて尚、その顔は神妙なままだった。
「……そうか。娘の前ではそうしていたか。それとも周りがやたらと持ち上げてお前に聞かせていたか……」
「? フランさんが知っているお父さんは、私の知っているお父さんとは違うんですか?」
「違う。……アイツは平気そうな顔をしていながらいつも余裕がなかった。最前線でのアイツは……魔族狩りの鬼だった。誰よりも率先して敵を討ち、魔族を殺すことに生きがいを感じているようにも見えた」
「え……? お父さんが……?」
「昔、親兄弟を魔族に殺されたそうだ。最前線に志願したのも復讐の為だと言っていた。ここなら多くの魔族を殺せるから、だと。放っておいたらすぐ死んじまいそうな危うさが常にある奴だったよ」
初めて聞かされる父の知らない側面にリィンは驚いた。リィンの想像していたものとは少しだけ違っていて信じられなかったが、物心付く前の頃の間だけしか知らないリィンよりも長い時間共に居たであろうフランの言葉はきっと真実なのだろう。
「で、でも、誰かの為に戦ってきたって村の皆は……」
「まぁ根っこの方でお人好しなところは確かにあった。最前線行く前は内地で治安活動をしていたらしいし、お前が聞かされてきた部分も全くデタラメって訳じゃねぇさ。……完全無欠のスーパーヒーローだとでも想像していたか?」
「い、いえ、そういう訳じゃ――いえ。そうだったかも、しれないですね」
自分の中で勝手に都合よく神格化していただけだったのかもしれない。勇者だって人間だ。それはリィン自身がよく分かっている。少し盲目的だったかなと反省をした。
「そんな顔するな。立派だったかそうじゃなかったかで言えば、間違いなく立派な勇者だった。元仲間として、それは胸を張って言える。だから別に、お前が目標にするのは何も悪いことじゃねぇ」
俯くリィンにフランは優しい声色で言う。
……別にリィンは落胆した訳ではない。ただ、娘なのに知らないことばかりだったことに驚きと自分自身への呆れと怒りを感じただけだ。
――お父さんのような立派な勇者になる――
何も知らないくせに、よく何度も心で言えたことか。
「……もう一つ、教えて下さい。お父さんのあの大怪我は、最前線での戦いで負傷したものなんですか?」
最後にリィンはもう一つ気になっていたことをフランに問う。父は片腕と片目を失っていた。フランが最強と言い切る程の剣士が何故そうなってしまったのか、ずっと気になっていたのだ。
「……何も聞かされてこなかったのか? 本人からも?」
「は、はい。知りたいと思う頃にはもう旅立ってたので。村の人たちも詳しいことは分かってないみたいだったし」
「そうか。……ヴェンガルは魔族領に単独で到達し、そして唯一そこから帰還を果たした勇者だ。負傷はその時のものだろう」
「魔族領に到達して、そこから帰還……って、ええっ!?」
リィンに限らず世間一般の常識として「魔族領に到達した勇者は数名居るが、生きたまま帰還した者は存在しない」というもの。驚愕するのも無理はない。それが自分の父親ならば尚更だ。
「最前線での戦闘中に起きた災害でヴェンガルが行方不明になってな。当時は死亡したと皆が思ってたが、クソ女神だけは生きているとほざきやがってた。んでその二年後、ボロボロの状態で突然帰還してきたらしい。当時私はもうパーティを解散して最前線を離れていたから人伝でしか聞いていないんだが、放浪中に序列八位を討伐したとか何とか」
「え、は!? えっ、ええっ!?」
更に明かされる衝撃的な過去にリィンは驚愕する。生きて帰ってきただけでも凄い話なのに、一人で序列持ちを討伐したなど、空前絶後の記録にも程がある。もし事実なのだとしたら立派な勇者どころの騒ぎではない。歴史に名が残る程の大英雄だ。
しかしここで疑問を覚える。
「……そんな凄い話、今まで全然聞いたことすらないですよ? そこまでのことなら、もっと人類領中で讃えられてもおかしくない話なのに……」
そう。本当にそれだけのことを成し遂げたのなら、その偉業は全人類の耳に届くはず。学校の教科書に載っていても全く不思議ではない。だと言うのにリィンは知らなかった。恐らくはルグレイですら把握していないだろう。
「協会が八位討伐以外のことを公にしなかったんだ。帰還後アイツが何やっていたのかまでは知らんし、今となっては知ることもできん。最後に会った時もアイツは肝心なこと何も言わなかったしな」
「最後……? フランさんって、村を旅立った後のお父さんにまた会っていたんですか?」
ここでフランは余計なことを言った、とでも言わんばかりにしまったという顔をして口元を手で覆った。リィンは不思議そうに顔を覗く。
「まぁ……奴がくたばるその少し前にな。と言っても、昔話や世間話をちょっとしただけだぞ。それ以外は何もない。うん、何もなかったぞ」
「そうですか……」
珍しく取り乱した様子のフランだったが、リィンは気にせず言葉のままに受け取る。フランはどこかホッとした顔で二本目の煙草に火を付けた。
「……聞きたいことはそれだけか? 私は仕事に戻りたいんだが」
「はい、ありがとうございました。……あの、時間がある時でいいので、またお父さんの話、聞かせてもらってもいいですか?」
「ふぅー…………、気が向いたらな」
「ありがとうございます! では失礼します!」
フランは多忙の身だ。これ以上自分のせいで無駄な時間を使わせてはいけないとリィンは考え、さっさと学園長室から出て行った。
「待てリィン」
しかしすぐルグレイの元へ向かおうとしたその瞬間、部屋から顔だけ覗かせたフランに呼び止められ振り向く。フランはいつもの鋭い目つきが鳴りを潜めた、とても穏やかな顔をしていた。
「……気を付けてな。手に負えんと判断したらすぐ逃げ帰ってくるんだぞ。いいな」
「はい! 行ってきますっ!」
身を案じてくれるフランの不安や心配を跳ね除けるような声でリィンは答える。
フランはその小さな背中が見えなくなるまで黙って見送るのだった。




