06、協会からの依頼
ルグレイに連れられ、学園長室の扉を叩く。すると中からすぐ「入れ」とぶっきらぼうな声が帰ってきた。
「「失礼します」」
入ると中ではフランが机の上で山積みの書類を凄まじい速さで処理していた。リィンたちに視線を向けることすらなく仕事に集中している。
暫くして一区切りがついたのかフランは手を止め、懐から煙草を一本取り出して火をつける。そこでようやく視線をこちらに向けた。
「ふぅー……。呼び出したのに待たせて悪いな」
「大丈夫ですよ。何か、すっごく忙しそうですね」
「私はいつも忙しいんだよ。んなことよりリィン。お前宛に協会からの任務が出ている」
「協会から……?」
「ああ。この前の騒動で一応は力を示したおかげで、わざわざ名指しでな。連中はもっと白百合の勇者の力が見たいんだとよ」
協会から指名された、という事実にリィンは僅かばかり胸が躍る。直接指名なんて、まるで腕の立つ勇者になったかのようだ。
「……ニヤけてんじゃねぇよ。この件でどんだけ協会のアホ共と揉めたと思ってんだ。なぁ、ヴェルガ?」
「はい……。ボクも色々手を回したのですが、上層部はやはり異例の勇者には強い関心があるようでして……。お力になれず申し訳ありません」
フランが揉めたのは、やはりリィンの扱い方に関してのことだろう。
二つ名まで賜っているリィンではあるが、所属はまだ学園側であり協会の管理下には置かれない決まりを最初の時点で設けていたはずなのに、協会側が突然リィンを指名してきたことでフランは異議を申し立てたのだ。
フランはリィンがまだまだ未熟であることを十分理解しているので、生徒用のクエスト以外の任務で外に出すことを忌避しているのだ。ルグレイを使って交渉という名の言い合いの末、結局ルグレイが依頼を持ち帰らされて、今に至る。
「協会からの依頼って、そんなに受けたらダメなんですか?」
「当たり前だ。あの屑ども、勇者を消耗品のように平気で使い潰すような奴らだからな。最初に送られてきた内容なんざもう頭悪過ぎて、協会本部に神位魔法ぶち込んでやろうかとさえ思ったぐらいだ」
「ええ……。ちなみに最初はどんな内容だったんですか?」
「……気配を完璧に隠しきれる能力を使って、最前線を単独で越えて魔族領の直接調査だ」
それを聞かされた瞬間、リィンは一気に青ざめた。魔族領に到達できた勇者は数人居るとされているが、そこから帰還を果たした勇者はゼロなのだ。幾ら隠密スキルがあると言っても、人知を超えた化物が救う異界に単独で乗り込むのは無謀が過ぎる。そんな任務、死ねと言われているようなものだ。
ましてやリィンは魔族の恐ろしさを実際に体験している。最底辺である名も形もない魔族ですらあれだけの強さがあったのだ。魔族領にはネームドは勿論、序列持ちだって当然居るだろう。今日授業で魔族の強さを教わったばかりだからか、余計に恐怖を感じる。
「それは無理だ、期待の新人をいきなり殺す気かと突っぱねてやったら、今度は違う内容で依頼してきやがってな。埒があかねぇから「能力が見たいだけならこっちで依頼を選ばせろ」ってところに何とか落としてきたところだ」
本当なら一切を断りたいところだったんだがな、と言ってフランは灰皿に煙草を押し付ける。彼女の顔は目に見えて苛立っていた。リィンがアシェリアとお気楽に過ごしていた間もフランはリィンの為に動いてくれいたのだ。その事実にリィンは後ろめたく思った。
思えば、フランにも入学してからずっと助けられてばかりだ。この恩に報いる為にも、絶対に強くならねばとリィンは改めて思う。
「今後の為に言っとくが、協会の上層部は屑の集まりだ。こればかりは一線から退いた身じゃねぇと分からねぇことだからな。だからリィン、卒業後どう動くのか知らんが、連中の言いなりにだけはなるなよ。全部自分で考えろ、いいな?」
「は、はい……」
協会のことは漠然としたことしか知らないリィンはただ頷くしかない。隣に控える協会所属のはずのルグレイもフランの言葉に特に反論しないことから、フランがただ一方的に嫌っているだけのことではないのが何となく理解できた。
「あの、それで、フランさんが交渉した任務の内容ってどういうもの何ですか?」
「……昨今巷を騒がせている盗賊団の調査及び壊滅だ」
「盗賊団……? それも協会管轄の任務なんですか……?」
言葉だけで見れば何も協会が絡む要素がない。言い方は悪いが、その程度ならばわざわざ勇者を派遣する意味がないように思える。それこそ生徒用のクエストにしても良いぐらいの内容だ。
「不服か? ならお前もドラゴン退治に行かせた方が良かったかな」
「い、いえそんな! 私なんかがそっち行ってもアシェリーたちの足手纏いになるだけですし!」
「冗談だ。……盗賊団の調査及び壊滅。これだけ聞けば確かに大した内容じゃねぇ。わざわざ白百合の勇者を派遣するまでもねぇ案件だ。だが、そんな案件が協会の方にまで上がってきてたんだよ」
「それは、何故……?」
「相手が人間ではない可能性があるという報告があったんだ。まだ確定じゃねぇが魔族絡みかもしれない。もしそうだったら勇者が行く案件になる」
魔族は祝福を授かった勇者でなければ倒せない。従って、勇者が必要な依頼のほぼ全ては魔族絡みのものとなる。
その対処に自分が行くことになるのだ。それも学園外で初めての勇者としての仕事。リィンは緊張と不安からそっと拳を握る。
「……学園長。ボクはまだリィンさんのみで魔族案件に当たらせるのは時期尚早だと思います。せめてもう一人勇者を同行させるべきです」
「アホかよ。ショボい内容だからいつまでも放ったらかされてたんだろうが。行ける暇な勇者が居たならとっくに片付いているわ。んなこと協会の人間なら一番よく分かってんだろヴェルガ」
「それは分かっています。分かっているからこそ、勇者の同行をお願いしているのです」
深々と頭を下げて懇願するルグレイ。他の勇者を同行させる話で何故学園長であるフランに頭を下げているのかリィンは理解できなかった。
すると突然バンと机を殴りつけた鈍い音が室内に響く。
「……この私について行けって言いてぇのか。監視官風情が随分舐めた口聞くじゃねぇか」
凄まじい威圧感が部屋中を覆い尽くす。それだけで人を殺せそうな程の強烈な眼光がルグレイを貫くが、屈せず彼女は言葉を続ける。
「無理を言っているのは百も承知です。ですが、今リィンさんを守れる勇者は貴女しかいません。貴女だって学園長として生徒であるリィンさんを失いたくはないはず」
「却下だボケ。……理由は二つ。まず単純に私がクソ忙しい。今は学園を離れられん。もう一つはこちらにも面子ってもんがある。勇者養成を謳ってるクセに、この程度の案件でもお守りが必要なぐらい生徒の教育ができていないのかと思われちまうだろうが」
「ですが、それでリスクを減らせるに越したことは……!」
「んなこと言い出したらキリがねぇだろうが。それにもし仮に私がリィンに付いて行ってみろ。白百合の勇者は一人では何もできないのかと上に思われちまうだろ。お前はリィンの評判を早速下げたいのか?」
「そ、それは……」
痛いところを突かれたのか、ルグレイは言葉を詰まらせる。その様子を見てフランは凄むのを止め、再び煙草に火を付けた。
ルグレイはただ純粋にリィンの身を案じてこんな無茶な提案をしているのだ。それ以上の思惑は彼女にないとフランは察したのだろう。
「ふぅー……。私が何の為にこの依頼を選んだと思ってやがる。盗賊団なんか拵えて自分から直接手を出さないやり方を取るような魔族は大抵雑魚だ。最前線からも遠い地域なら尚更な。リィンは魔族戦自体には不向きだが、偵察やらせたら人類で右に出る奴は居ない。忍び込んでいきなり本丸叩いて終わらせることだってできるだろう。つまり、この依頼は暗殺者の能力を最大限に活かせる内容って訳だ。リィンにとっては一番楽な上に、協会の連中にも力を示しやすい。分かったか?」
確かにフランの言う通り、裏で魔族が手を引いているとするならば、リィンがこれを暗殺すれば済むだけの話ではある。
暗殺者の隠密スキルは存在そのものを世界に同化させる程のもの。完全に暗殺することだけを念頭に置けば力の差があっても不意打ちで致命傷を負わせてそれで終わりだ。
「そんな簡単に言わないでくださいよー……。暗殺ってことはそれ戦う時私一人ってことですよね? うわぁ不安……」
「正面からやり合うんじゃなくて暗殺しろっつってんだろうが。無防備なところを首でも心臓でも一刺しすりゃそれで終わりだ。勇者の攻撃なら魔族は再生できねぇからな」
「だ、だから簡単に言わないでくださいよ……」
「……いいかリィン、お前は自分のことを過小評価し過ぎだし、ヴェルガはヴェルガで担当勇者を甘やかし過ぎだ。お前ら二人共、これで一皮むけてこい」
一見すると無茶な話のように思われるが、フランはリィンの成長につながる依頼内容を真剣に考えてくれていた。
フランの言うように正面から戦わなければ暗殺者のスキルで幾らでもやり様はあるだろう。問題があるとすればこれが勇者としての本番の仕事ということで、精神面での不安だ。魔族の恐ろしさを身を以て体感しているからこそ、学園外での実戦は身震いする。
不安から俯いていると、いつの間にかフランはリィンの傍まで近寄っていた。小さく震えるリィンの肩に優しく手を添える。
「まぁ、無理強いするつもりはねぇ。本当に無理で嫌なら断ってくれても私自身は別に構わん。連中には適当言って誤魔化しておく。そもそも急ぎでも何でもない案件だしな」
「……いいえ。やります。行かせてください」
「ほぉ? 理由は? ビビってたんじゃねぇのか?」
「勿論、ビビってますよ。……でも、依頼で上がってきているってことは、そこには困っている人たちが居るってことですよね。私は未熟でも勇者です。だったら行かなきゃ」
顔を上げ、真っ直ぐな瞳と言葉でフランに答える。
――お父さんのような立派な勇者になる――
父は誰かの為に戦った勇者だ。彼を理想とするならば、リィンは迷わない。恐怖に押し潰されそうになっても、この誓いが背中を押す。提示された内容がより過酷なものだったとしても、きっとリィンは同じ答えを出すだろう。
だってもし父が同じ立場に立っていたら、絶対に迷わないはずだから。
「……そうか」
リィンの返答に満足したのか、フランは一度だけ頭を撫でる。そしてまた書類が山積みになっている机に戻っていった。
「遠征に必要な物や細かい指示書は纏めてこちらで用意しておく。出発は明朝だ。それまでお前たちも自分の準備をしていろ。いいな?」
フランの言葉に二人で返事をする。一礼した後、リィンとルグレイは来た時と同じように二人で退出した。
「……すみません、リィンさん。ボクがもっと上手くやれていればこんなことにはならなかったのに……」
廊下を二人並んで歩きながら、ルグレイはまた申し訳なさそうな顔をする。
「別にルーくんが謝ることないよ。最初に聞かされた依頼内容に比べたら寧ろ感謝したいぐらい。フランさんと一緒に私の為に色々してくれてたんだもんね」
「そんな、感謝されるようなことなんて、何も……。結局ボクはまた、貴女を危険な目に遭わせようとしています。申し訳ありません」
「だから謝らないでってば。もっと前向きに行こうよ。だってこれ、白百合の勇者の公式なデビュー戦って訳でしょ? いつかは起こることなんだし、遅いか早いかの違いだけだよ」
「リィンさん……。そうですね、貴女はそういう人でした。今回の任務、ボクは貴女の監視官として全力でサポートします。絶対に成功させ、そして無事にまた学園長のところへ報告しに行きましょう」
「うん、勿論だよ! よろしくね!」
底抜けに前向きなリィンを見て、沈んでいたルグレイの表情に笑顔が戻る。それを見てリィンもまた安心した。
……フランとルグレイが頑張って交渉したおかげで難易度はずっと下げられたが、それでも魔族絡みであるのならば困難な戦いであることに変わりない。それでも、いつかは通らなければならない道だ。父の背中を追うのならば、尚更ここを逃げてはいけない。
「あっ、そう言えば……」
ここでリィンは父のことでふと今朝の夢を思い出す。出発までまだ時間があるのならば、暫く会えなくなる前にフランに聞いておかねばならない。
「リィンさん? どうかしましたか?」
「ごめんルーくん先行ってて! フランさんのところに忘れ物しちゃった!」
「は、はぁ……」
訝しむルグレイだったが、リィンは持ち前の瞬足であっという間に来た道を戻っていくのだった。




