彼女の自信
「うん。いい感じにブラッシュアップされたわね」
中間テストが終わったその日、私は葵ちゃんに免許皆伝された。
それは嬉しいのだがこの進学校で最初の大きなテスト大丈夫だろうか?
「髪の艶もいいし肌もつやつやだしちゃんとお手入れした結果が出てる。これからも習慣化するんだよ?」
「うん。わかった」
葵ちゃんの指導は厳しくちょっとでも手を抜こうものなら鬼のように怒られるので丁寧にお手入れを始めたら自分でもびっくりする程に効果が出てきた。
「若いからね。これが後一年で変わるわよ。人の細胞は日々老化していくしかなくなるんだから」
「ええ! まだ十代なのに?」
葵ちゃんと話をしているとその意識の高さに感心するしカッコいいし、なんだか自分というものをしっかり持ってる感じがして憧れずにいられない。
私は頑張ってかわいくなろうとしているが全然自信なんて持てないし自信がないからすぐに流される。
卑屈はダメってわかってるけどつい自分なんてって思ってしまう。
「数学しか誇れるものがない」
「喧嘩売ってる? 今日のテスト余裕だった?」
「あ、田口君」
葵ちゃんと話していると田口君が話しかけてきた。
いつもながら自然だ。
こういうコミュニケーション能力羨ましい。
「数学は割といけたと思う。最初だから先生優しめの問題にしてくれたのかな?」
「喧嘩売ってる! この子絶対喧嘩売ってる! 私なんて難し過ぎて泣きそうだったのに!」
え!意外!葵ちゃんて何でもできそうなのに。
泣きの入る葵ちゃんにまた親近感が湧く。なんか、見栄とかなくありのままの自分を素直に見せてくれる彼女は本当にカッコいいと思う。
「まあ終わったもんはしょうがねえじゃん。それよりもせっかく中間終わったし打ち上げ行かね?」
「何で田口と打ち上げ行かなくちゃなんないのよ。行くなら美希と二人で行くし」
「いや、俺だって武藤のブラッシュアップ手伝ったし」
「美希、だってさ。どうする?」
「え?」
思いの外すぐに折れた葵ちゃんにちょっと意外に思う。
いつもなら面倒臭い程のやりとりの後渋々了承するのに。
「なんかもうこのやり取りめんどくなっちゃって。よくわかんないけどいっつも結局付いてくるし」
「うん、そうだね」
呆れたように言う葵ちゃんにちょっとニヤけてしまう。
田口君、君の粘り勝ちだよ。
「あ、でも、もしかしたら今日は雅也君と一緒に帰るかも。中間テスト終わったら会おうって言ってるし」
「そういえば彼氏をメロメロにさせる作戦だったね。美希との放課後が楽し過ぎて忘れてたわ」
「ええ! 嬉しい! ホント? 楽しかった?」
自分が誰かを楽しませる事ができるなんて思ってもなくてびっくりだし嬉しい。
私の言葉に葵ちゃんは一瞬びっくりした表情をしてその後大きく笑って私の頭をくしゃくしゃと撫でまくった。
私はこの時浮かれてたんだと思う。
高校生で初めてできた友達に。
クラスにちょっと話せる男子がいることに。
「あ、雅也君今日はクラスのみんなで遊びに行くんだって」
「そうなんだ。じゃあ行く? 打ち上げ」
「でも私美容におこずかいつぎ込んで今所持金五百円しかない」
「また五百円?」
葵ちゃんはぶはっと吹き出しケタケタと笑う。
じゃあ低コストでということで駅前のファーストフード店に行くことになった。
やっぱり田口君も一緒だ。
いつの間にか世界が少し広がった気がする。
前までの私だったらお洒落なカフェどころかファーストフード店でさえ自分にはおこがましい場所だと思っていた。
お前みたいなダサい地味女が何でこんな場所にいるんだって目で見られている気がしていたのに今はそんなこと気にならなくなった。
全部葵ちゃんのおかげだ。
自信がないくせに周りの人は全員自分のことを見ているんじゃないかという自意識過剰っぷり。
人からどう見られてるのかが気になって勝手に萎縮していた。
「あ、私ちょっとトイレ行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
尽きることのないお喋りを駅前のファーストフード店で繰り広げ時間が光の速さで進んでいく。
楽しくて時間を忘れる。
そんな経験をこの私がするなんて。
トイレに向かう葵ちゃんを見送って田口君と二人だけになる。
「武藤って鈴岩のことめっちゃ好きだな」
「うん。憧れる。カッコいいしかわいいし美人だし自分の言いたいことちゃんと言えるし」
ただ、田口君と二人だけはまだちょっと慣れない。
彼は何と言っても顔が怖いので普通にしていても怒っているように見えるし、そうでなくてもなんだか怖い。
その田口君とあんなに言い合える葵ちゃんは凄いなあ。
「前にさ、鈴岩が好きな人いるみたいなこと言ってただろ? あれって誰か知ってる?」
「え?」
思わず田口君の顔を凝視する。
私から視線を外して顔は真っ赤になっている。眉間に皺を寄せて怖い顔が更に怖くなっているがこれは確実に照れている顔だ。
「知らない……。誰なんだろうね」
「そっか、ならいいんだけど」
「美希?」
「え?」
突然思ってもいない方向から思ってもみない人の声で呼ばれて固まる。
ゆっくり振り返ると、そこには呆然とした表情で私を見つめる雅也君が立っていた。
「雅也君!」
思いがけず久し振りに会えた雅也君に顔が一気に赤くなる。
相変わらずカッコいい!
「え? 何してんの?」
自分の中でテンションが上がりうわああ、となっていたが訝しげに眉を寄せ私を見るその目の冷たさに心が怯え不安になっていく。
「何? って……」
今の状況は何してるかって聞かれると、友達とお茶?的な?
「!」
しまった!私雅也君に友達が出来たこと言ってなかったんだった!
うわわわわ!どうしよう!この会ってなかった期間にできましたってことにするか!
「あ、もしかして噂の武藤の彼氏? ども。あ、良かったら座る?」
「え? 噂? あ、二人だけじゃないんだ。もう一人?」
田口君が話しかけたことによって雅也君の態度が軟化して机の上に並べられているカップの数でこの場の人数を察したようで椅子を適当に何処かから取ってきて「そんじゃちょっとだけ」と言って座った。
「え! ちょっと雅也俺らどうすんの? 何勝手にカップルの間に座っちゃってんの?」
当然だと思うけど雅也君と一緒にいた友達が雅也君の行動に抗議する。
この間一緒にカラオケに行った時にいた人だ。
よく見たらあの時のメンバーが一緒にいたようだ。あの綺麗でかわいい女子たちも一緒だ。
「悪い、ちょっとだけ話あるから先にあっち座ってて」
「え? 何で? 隣空いてんじゃん。ここ座「あっち座ってて」……ハイ」
一気に背中に冷や汗が伝い流れ落ちる。
怖っ!
なんか今のめっちゃ怖かった!
怒ってる?
嘘吐いたこと、怒ってる?
額からも大量の汗がドバッと吹き出し恐る恐る雅也君を見るとにこにこ笑顔で私を覗き込むように見ていた。
これは……、怒ってるのか怒ってないのかそもそもどういう心境か全くわからない!