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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十三部『逃亡と修行』
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思いがけない再会

 昼食を済ませた二人は森へ行き、修行を再開する。


 日中は魔物は姿を見せないため、夜のような実地訓練はできないので、イメージに

よる訓練となる。


 二人は向かい合わせに座り、目を閉じた。瞼を隔てて現実であったものが、徐々に

深く果てしない空間となっていくのが、互いにわかる。


 二人の意識は、夢でもなく、現実ともないところに存在していた。




 そこは、マリスが、初めてヴァルドリューズに連れられ、空間を渡った時と同じ

景色であった。幾重にも折り重なった現実での景色、空、闇、光ーーさまざまなもの

を思わせる『うねり』の中であった。


 その中で、『マリスの意識』は目を開けた。


 向かいには、ヴァルドリューズの姿はない。


 彼女の意識とは、彼女の身体が半透明になり、彼女自身を形作っているように、

そこに存在していた。


 『意識』は、彼女の持つすべての感覚を研ぎ澄ませる。


 何の音もなく、風も、空気も感じさせないその不思議な空間は、普通の人間では

堪え難い場所であった。


 強靭な精神力でなければ、長時間そこにいることなど不可能である。


 魔道士が、自分の魔力を上げるために、精神を鍛える方法として、もっとも効果が

高いとされているのが、このイメージ・トレーニングであった。


 しかし、この方法は、一握りの、実力のある上級と呼ばれる魔道士たちにとって

すら、もっとも厳しいものに違いなかった。


 ヴァルドリューズが大魔道士の指令通り、短期間のうちに彼女の精神を鍛え、魔力

を上げていくのに最も効果的だと考え、この半年の間に、少々荒療治ではあったが、

なんとか彼女をそのレベルまで引き上げた。


 マリスも、時々悪態はつきながらも、素直に従っていた。


 そのような訓練が終わってから眠る時、ふと祖国でのことを思い出すのか、朝に

なると、マリスの頬には、涙の跡が見られることもあった。互いに、そのことには

触れず、一刻も早く、技を完成させることを目指していた。


『はっ! 』


 マリスの『意識』は、さっと身を引き締めた。何かが、空を切るように飛んで来た。

 それは、黒曜石のような、黒く輝く結晶のようだった。

 結晶は、鋭い三角錐(さんかくすい)をしていて、数多く、素早く飛び交う。


 その鋭い先端に当たれば、彼女の半透明の身体は、突き抜けられてしまうだろう。


 ひとつが、彼女目がけて飛んで行く。

 ひらりと横に飛んでよけるが、黒く尖ったものは、方向を変え、再び彼女に向かう。

 またしても、それをよけるが、マリスの額には、うっすらと汗が滲み出ていた。


『よけてはならぬ。念でなんとかするのだ』


 ヴァルドリューズの抑揚のない声が、その場に響き渡る。


 黒い物体は、上空で、勢いよく飛び交っていた。


 マリスは、目の前に飛んで来た一体の三角錐を避けずに、目を閉じた。


 黒く鋭いものは、方向が僅かにずれたが、腕をかすった。まるで、薄い布が破れる

ように、彼女の半透明の腕には、切れ目が入った。


 痛みに瞳を歪めたマリスは、再びその瞳を閉じ、黒い石の襲って来る気配を感じ

取ろうとする。


『念が足りぬ』


 魔道士の声がすると同時に、物体は二つに分かれた。

 三角錐は、二方向から、スピードを上げ、ひゅんひゅんと弧を描き、マリスの周り

を飛び交うと同時に、勢いを増して向かっていった。


 二つの黒い石は、彼女に突き刺さる手前で、ピタッと止まった。


 ピシッ、ピシッと割れ目が入っていくと、ガラスの砕けるように、バリンと割れた。


『……やったわ! 』


 マリスが目を開ける。


『油断するな』


 そうヴァルドリューズの声が聞こえた途端、五、六個の黒い結晶が襲いかかり、

彼女の身体を突き抜けていった。




 草むらに座っていたマリスは、そこで目を覚ました。


 頬や腕、足、そこには無数の傷が出来ていた。衣服の下にも出来ていた切り傷の

せいで、服には、じわりと血が染みていた。


 マリスは片手を地面につき、自分の身体を支えた。乱れた呼吸を整えようとする。


 目の前に座っていたヴァルドリューズも、うっすらと目を開ける。


「まだまだだ」


 彼はそれだけを言うと、彼女に近付き、てのひらを向けて、彼女の傷を『治療』

する。


(こいつ、……こわい! )


 マリスは、ヴァルドリューズとともに行動していくうちに、今まで抱いたことも

滅多になかった恐怖を、彼に(いだ)き始めていた。


(たかが訓練なのに、さっきのあの三角のヤツには殺気があったわ! ……まあ、

殺気がなくちゃ、気配も読み取れないには違いないんだけど……。もしかして、

あたしのこと、本気で殺そうってんじゃないでしょうね)


 マリスは肩で息をしながら、怯えた目で、彼を盗み見た。


 彼はいつでも冷静であり、修行中に傷を負ったマリスのことも、こうして手当は

してくれるのだが、マリスがいまいち彼に親しみを感じられないのは、その冷酷さに

あった。


 彼は、この半年間に渡る逃亡生活、及び修行期間に、一度も、彼女に対して笑い

かけることはなく、彼女に触れることもなく、ましてや、やさしい言葉などもかけた

ことはないのだった。


 夜も、魔物を相手に訓練していたため、野宿が多かったが、寄り添うことはなく、

互いにいくらか距離を取って眠っており、マリスは、彼が怖くて眠れないことも

あったほどであった。


 しかし、ヴァルドリューズのその非情さは、不可欠なものであった。獣神の召喚と

は、それほどまでに過酷な訓練を必要とし、途中でマリスを可哀想に思ってしまうの

では、達成出来ない。『黒い魔神』を召喚できるという他に、彼のそのような非情さ

も、大魔道士の計算のうちであったのか。


 一方では、彼女の、彼に対する恐怖心は、そのまま不信感へと変わり、ますます

広がっていき、今までの彼女を振り返るまでもなく、彼女は彼からも逃避したくなり

始めていたのだった。


 彼から逃げるのは容易ではないことは、マリスも充分承知していた。

 ベアトリクス城を抜け出すどころではない。これほどまでに、魔道を使いこなせる

非人情的な魔道士というのは、彼女の周りにはいなかった。


 逃げればどうなるか、訓練以上に厳しい仕置きが待っているのではないか、

だいいち、逃げてもどうなるものでもない。そして、彼からは、絶対に、完全に逃げ

られることはないのだと、マリスにはわかっていた。


(だから、ささやかに逃避することにしたわ)


 夜の訓練が終わると、彼女は、さっさと町へ向かった。




 一軒の店を見つけ、扉を開ける。

 店の客たちは、じろっと彼女を見るが、この頃、たまに見掛ける新入りと認めて

いるようで、特に関心も現さず、テーブルでカードゲームを楽しんだり、酒の入った

ツボを傾け、賑やかに笑っている。


(これよ、これ! あたしが庶民の町で一番好きになったものは! )


 マリスは、木のカウンターに腰かけた。カウンターの中からは、頬の肉の垂れた

初老の、でっぷりとかまえた老人が、無愛想に、丸いメガネの奥から覗く。


「おじさん、いつものやつね」


 マリスは、にっこり笑った。


 目の前には、どんと、木の酒のツボが置かれた。


「たまには息抜きしないとねー。やってらんないわよ」


 マリスは嬉々として、ツボから杯に酒を注ぐと、一気に(あお)った。


「あら? ちょっと、おじさん、今日はなんか味が違うみたい。薄めたでしょー? 」

「小娘のくせに、酒の味がわかるのか」

「当ったり前でしょ? 子供だと思って、ナメないでくれる? 」


 初老の主人は、無愛想な顔を少しだけほころばせると、別のツボをマリスの前に

置いた。

 今度は満足のいく味であったらしく、それからは、ご機嫌な様子で、彼女は酒を

啜った。


 彼女の後ろでは、賑やかに、カードゲームに興じている太った男たちがいた。

 マリスは、杯を傾けながら、その様子を見ていた。

 動物の皮を乾燥させ、一枚一枚絵柄の描かれたカードだ。


(どんなゲームなのかしら? 勝ったとか負けたとか言って、皆あんなに熱心に

なって)


 それは、彼女の好奇心を大いにそそるものであり、きっと面白いものに違いない、

とマリスは踏んだ。


「ちぇっ! また負けた! 」

「まったく、今日はツイてねえや! 」

「ツイてねえんじゃなくて、俺が強過ぎるのさ」


 マリスは後ろから聞こえる男たちの声で、一ゲームが終わったことを悟った。


 メンバーを交代して、そのまま次のゲームが始まった時であった。


 カウンターから、主人が彼女の目の前に、別の杯を置いた。


 注文していないものが来たことで、彼女が不審に思って顔を上げると、主人は、

いつものように笑いもせず、


「今日の主役からだよ」と、顎をしゃくってみせた。


「よお」


 知らない男が微笑み、近付いて来た。短い金髪で、少し軽薄そうな傭兵であった。

 マリスは眉をひそめて、彼を見た。


「誰、あんた? 」


 傭兵は、笑った。


「あれ? 覚えてねえのかよ。お前さんとは、しょっちゅうすれ違ってたんだぜ。

目が合ったこともあったってのに、つれねえなあ! 」


 男は親し気に微笑むと、彼女の隣に座った。


「ちょっと、なんなの? 」


 勝手に隣に座ってきて、失礼なヤツだと言わんばかりに、マリスは彼を睨んだ。


「ああ、それ、さっきゲームで勝った分。俺のおごりだから、飲んでいいぜ。その酒、

すっげえうまいんだぜ! 」


「結構よ。あなたにおごってもらう言われはないわ」


 マリスは、彼の杯に、もらった酒を注ぎ返した。酒はあふれて、木のテーブルに

染み渡る。


「ふえーっ、気のつええ女! 」


 だが、男は一向に気にしていない様子で、余計に親しげに、彼女に話しかける。


「俺はジェイク。旅の傭兵さ。お前さんは? 」


 マリスは、男を無視して、ひとりで自分の酒を飲んでいた。

 ジェイクは、マリスに話しかけ続けた。


「お前さん、女剣士なんだろ? 見たところまだ若そうなのに、たいしたもんだぜ。

いつも一緒にいる黒マントの魔道士とは、どこから来たんだ? 」


「あんた、なんでそんなこと知ってんのよ? 」


 マリスは思わず彼を見た。


「だから、言っただろ? 時々、お前さんたちを見掛けるんだよ。なかなかの美人に

イケメンの組み合わせだったからな。一度見たら、忘れられねえのが普通だぜ」


 マリスは目を見開いた。

『美人』と言われた時、悪い気はしなかった。


「で、ヤツは、あんたの彼氏なのか? 」


 男がさらりと尋ねた。


「カレシ……? 」

「だから、恋人同士なのか? ってことだよ」

「えっ……! 」


 途端に、マリスの顔が赤くなった。


「ババババ、バカ言わないでよ! あたしとあいつが、そんなんなるわけないでしょ

ーっ! だいたい、あたしには、許嫁(いいなずけ)がいるんだからね! あんなヤツ

と勝手にくっつけないでよっ! 」


「わ、わかったよ、でけえ声だなあ! 」


 ジェイクが耳を押さえながら、マリスをなだめた。


「ま、俺もさ、あんたとあの男は関係ないって、わかってたけどさ。それどころか、

あんた、まだそういう経験ないだろ? つまり、……恋人関係っつうの? 」


 男は、からかうように、マリスを見た。


「当たり前でしょ。許嫁とは、結婚するまで、ふしだらなことはしないって、決まっ

てるんだから」


「なんだよ、貴族のお姫さんじゃあるまいし、随分、気取ってんだなあ! 」


 男が大笑いすると、マリスは、はっとした。


 自分が王族であることは、この男だけではなく、他の者にも悟られてはならない。

 ベアトリクスが各国に通達を出したことはわかっていた。


 それらしい人物がいると通報されては、またあの国に逆戻りし、あの国王代行を

(かさ)に着た女に処刑されてしまうのだ、と思い直したマリスは、もう余計な発言

はするまいと、心に決めた。


「もう、ひとりで飲みたいから、あっちに行ってくれる? 」


 マリスは思い切り嫌そうな表情で、男に言った。


「そう? 俺は、もうちょっと、あんたと飲みたいけどな」


 男は、にっこり笑った。


(まあ! こんなに邪険にしてるのに。この人、おかしいんじゃないかしら? )


 マリスは眉間に皺を寄せたまま、彼に話しかけられても、ぶすっと黙り込んでいた。


「帰るのか? 」


 ジェイクが微笑んだまま、尋ねた。


「帰る前に、一戦やってかないか? 」


 彼の後ろに向けられた親指の先には、ゲームで盛り上がっている連中がいた。


 一瞬、マリスの目は興味を示したが、くるっと背を向け、硬貨を置いて、店から

出て行った。




「ねえ、ヴァル。あなたって、どうして、ベアトリクスのあの湖にいたの? 」


 厳しい修行の合間に、マリスが彼に尋ねた。だが、その質問には、彼は、いつも

黙っていた。


 その質問に限らず、ラータンのことには、彼女がいくら尋ねても、答えようとしな

かった。


 というよりも、彼が、修行に関しての彼女の質問以外に、答えたことは滅多になか

ったのだった。


(こんなわけのわかんないヤツと一緒にいるなんて、もう耐えられない! )


 魔物に襲われる訓練の最中、マリスの頭は、またしても逃亡することを考えていた

のであった。


(このまま、どさくさに紛れて、どこかに……)


 そのような考えが、頭をよぎった時であった。


 ひとりの女が、マリスの向かいに現れ、長剣で、魔物たちを粉砕したのだった。


 マリスは、呆気に取られて、その様子を目で追った。


 女は、黒い甲冑に身を包み、黒いマントをはおっていて、一見魔道士のようで

あった。


 魔物の間を駆け抜けると同時に、それらは断末魔の叫びを上げ、散っていく。


 その剣技は、かなり熟達されたものであることは、マリスには、一目でわかった。


 女は、一通り、魔物たちを切り刻むと、ふうっと息をついて、額を腕で拭い、

マリスを振り返った。


「久しぶり。やっぱり、マリスだったのね。元気? 」


 マリスの瞳は、大きく見開かれた。


「……ラン・ファ……! ラン・ファなのね!? 」


 マリスの瞳から、大粒の涙が流れ出し、東方の女戦士に、飛びついた。


「大きくなったわね、マリス! 背も伸びて」


 ラン・ファが、マリスの髪をやさしく掻き上げながら、彼女をぎゅっと抱きしめた。


 その時、むくりと、魔物一体が起き上がり、しゃーっと声を立てて牙を剥き出し、

二人に襲いかかった。


 ラン・ファがそれに気付き、剣を構えると、別の樹々の合間から、銀色の光が、

魔物目がけて、勢いよく吹き出した。


 魔物は悲鳴を上げて、消滅した。


 黒いマントに身を包んだ者が、二人の前に降り立った。


「ヴァル! 」


 マリスがラン・ファの隣で、彼を見上げた。


「マリス、知り合いなの? 」

「うん」


 ラン・ファの目が油断なく彼を見上げた。


 ヴァルドリューズの静かな碧い瞳も、ラン・ファに注がれた。


「あたしが今一緒に旅をしている魔道士のヴァルドリューズ。ヴァル、こっちは、

あたしの武道の師匠でもあり、姉代わりでもあるラン・ファよ」


 マリスが涙を嬉しそうに拭いながら、紹介した。


 彼らは、じっと互いを観察し合っているように、しばらく視線を反らさなかった。


「ああ、そうそう。彼は、ラン・ファと同じ、ラータン・マオの出身なのよ」


 マリスが付け加えた。


「……それに加えて、かなりの魔道の使い手のようね」


 ラン・ファが低く受け答えた。


 彼女の黒い宝石のような瞳は、彼を油断なく見つめたままであったが、そのうち、

なんでもないような顔になり、にっこり二人に微笑んだ。


「あの町に、私の家があるの。良かったら、寄っていかない? 」


「ラン・ファの家? 本当? 」


「ええ、そうよ。積もる話は、それからにしないこと? そちらの宮廷魔道士さんも、

是非」


 ラン・ファは、ベアトリクスでドレスを着ている時のような、品の良い美しい笑み

を浮かべて、ヴァルドリューズにも言った。


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