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『光の王女』Dragon Sword Saga 外伝2  作者: かがみ透
第十三部『逃亡と修行』
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酒とギャンブル

 山を下り、森を抜けて町へ出ると、彼女の案内する石造りの家が見えた。


 他の家と比べてかなり大きく、豪華な造りの家であった。

 部屋の中も、東洋を思わせる敷物、家具、絵画やタペストリーなどが飾られていて、

天井も高い。

 部屋の数も五つほどはあり、女性の一人暮らしとは思えないほどの、立派な家で

あった。


「ラン・ファ、結婚したの!? 」


 マリスの質問に、ラン・ファは、足を滑らせそうになった。


「何言ってるの。ここには、私ひとりしかいないわよ」

「だって、こんなに立派な庶民の家なんて、今まで見たことないわ」


 感心しながら部屋を見回すマリスを、ラン・ファが笑った。


「ベアトリクスの黒鷹団では、随分、優遇してもらっちゃったからね。こんな小さな

街では、お金持ちな方かも知れないわ」


「今日は、ここに泊まってもいい? 」


 遠慮がちに尋ねるマリスに、ラン・ファは「もちろん」というように頷いた。


「今日どころか、ずっといていいわよ」

「本当!? 」


 喜んでいるマリスに微笑むと、彼女は、やさしい手つきで、マリスの顔を包み込ん

だ。


「その前に、お風呂に入ってらっしゃい。せっかくのかわいいお顔が、泥だらけよ」


 彼女は、マリスを浴室へと案内し、再び戻る。


 甲冑もマントも外しており、クリーム色の室内ドレスの上に、淡い色のストールを

はおっている。そうしていると、美しい貴婦人のようで、とても女戦士には見えない。


「お茶は、マラスキーノでいいかしら? あの子、これが一番好きなの」


 ラン・ファは、ヴァルドリューズにソファにかけるよう促し、紅茶の入ったツボと

カップを持って、彼の正面に座った。


「どこかで、……お会いしたことなかったかしら? 」

「いや」

「そう……」


 ラン・ファは優雅な仕草で、彼と自分の分の紅茶をそそぐと、一口啜り、少し真面

目な顔になって、彼を見た。


「ベアトリクスは各国に布令(ふれ)を出しているわ。それは、こんな離れた町にまで

及んでいるの。王女がひとりで失踪したって聞いていたけれど、まさか、私の祖国の

宮廷魔道士さんも一緒だったとは、思わなかったわ」


「ラータンの宮廷魔道士は、もう辞めている。魔道士の塔からも、脱退している」


 ヴァルドリューズは紅茶には口を付けず、そう打ち明けた。

 ラン・ファは、怪訝そうな顔で彼を見た。


「あら、でも、あなたの額には、カシス・ルビーが付いているわ」


「これは、ラータンのものではない。ある大魔道士から、彼女を護るよう命を受けて、

授かったものだ」


 彼の表情のない顔と言葉であったが、即座にラン・ファの瞳がきらりと光った。


「そう。ゴールダヌスね。……ということは、マリスの失踪は、ただの逃亡じゃない

わけね」


 紅茶をすする彼女の切れ長の瞳を、ヴァルドリューズの碧い瞳が、ゆっくりと追う。


「あなたも、彼を知っていたのか? 」


 珍しく、ヴァルドリューズが質問する。マリスに対するものと同じく、抑揚のない

平坦なものの言い方には、違いなかったが。


「会ったこともあるわ。そして、彼が、マリスを使って、この世を救おうとしている

こともね」


 二人の視線が絡み合ったその時だった。


「ラン・ファー、なんか服貸してくれない? あたしのじゃ、魔物の血の汚れが

ひどくって、洗っても落ちないの」


 マリスが浴室から声を張り上げている。


「はいはい。どんなのがいいの? 」


 ラン・ファが仕方なさそうに笑い、彼に会釈して席を外すと、浴室へと消えていっ

た。


「カッコいいのがいい! 」

「はいはい。この中から、どれでも好きなの選びなさい」

「じゃあねえ、この水色のにする! 」

「あら、あなた、今それを着るの? 明日着るんじゃなかったの? 」

「うん。今から出かけるの! 」

「ええっ? 出かけるって、どこに? 」

「息抜きよ、息抜き! 」


 そう声が聞こえていたかと思うと、ばたばたとマリスの走ってくる音がして、

ヴァルドリューズの前に現れたのだった。


 マリスは水色の詰め襟の上着をはおり、髪を高い位置で結い、銀色のシンプルな

髪飾りで止めていた。


「今日くらいは息抜きしてもバチは当たらないでしょう。ヴァルも、綺麗なお姉様と

お話しできるんだから、良かったじゃない? じゃ、ラン・ファ、ちょっとの間だけ、

彼と喋って待っててね! 」


 そうにっこり笑ったマリスは、勢いよく走って行ったのだった。


「まったく、あの子ったら、どこへ遊びに行くつもりなのかしら? こんな時間に

開いてるお店なんて、酒場や博打屋くらいしかないのに……。まあ、あの子なら、

並の男たちよりも強いから、心配はいらないけど」


 ラン・ファが少し困ったように、彼女の消えたドアの方を見ながら、ヴァルドリュ

ーズの前のソファにかけ直した。


「ベアトリクスで何があったか知らないけど、あの子も、お城が窮屈だったに違い

ないわ。それまでの生活が一変しちゃったんだから、あの性格じゃなくても、逃げ

出したくなるのも当然よね」


 ラン・ファは、ヴァルドリューズに紅茶を注ぎ足しながら、ふふっと笑った。


「彼女とは、付き合いは長いのか? 」


 またしても、彼の方から尋ねていた。ラン・ファは、こくんと頷いた。


「あの子が小さな頃から知ってるわ。彼女が王女だってわかる前に育った伯爵家と、

私は親しくしていたの。でも、今思うと……」


 ラン・ファの瞳が俯き、少し陰りを見せた。


「それも、ゴールダヌスの計画のうちにあったのかも知れないわ。私は知らない間に

十年以上も彼のコマとして動かされ、マリスを戦士として育てるのに、協力してしま

っていたのでしょうね。いくら、世のためとは言え、自分の意志ではなく、人に使わ

れるのは、あんまりいい気はしないものだわ」


 ヴァルドリューズの瞳は、そのラン・ファの瞳が妖しく揺らめいているのをじっと

見つめていた。


 その言葉は、彼の心の奥にまで届いたように、彼の瞳もまた僅かに揺らいでいた

のであった。




「……へえ、驚いたな! 」


 酒場に現れたマリスに、さっそくジェイクが寄っていく。


「今日はまたえらく綺麗で、カッコいいじゃねえか! 」


 二人が顔を合わせたのはもう何度目かであった。マリスは、初対面の時ほど、彼の

ことを毛嫌いしなくなってきていた。なによりも、酒場で行われているカードゲーム

に夢中であった。


 ゲームに強い彼の手ほどきもあって、彼女は負け続けても大技で勝ち返し、多少は

儲けが出るくらいにまでなっていた。こうなると、ギャンブルというものはやめられ

ない。


 酒場では、少女が参加することなど滅多にない。たまに、彼女をカモにしようと、

詐欺師連中が勝負を挑むこともあったが、そのような時は、決まってジェイクが

マリスの代わりに相手をしてやり、グルになった詐欺師たちにも勝つことは出来た

ので、マリスが大損するような事態にはならないで済んでいたのだった。


「ああ、面白かった! 」

「すごいじゃねーか、マリス! お前、ドラゴン・ストレート・フラッシュなんて

大技、滅多にできるもんじゃないぜ! 」


 ジェイクとマリスは、はしゃぎながらカウンターに腰かけた。


「これはなあ、南国でよく飲まれる酒なんだぜ」


 彼は、酒にも詳しかった。いつも違う酒をマリスのために注文し、さらりと説明

する。


 彼が詳しいのは、酒だけではなかった。賭け事ももちろんだが、いろいろな国を

旅してきた彼は、マリスの知らない世界をよく知っていたのだった。

 マリスは、その度に、好奇心に瞳を輝かせ、彼の話に耳を傾けているのである。


 博打はもちろん、その彼の話を聞くのも彼女にとっては充分に息抜きとなり、

ヴァルドリューズとの厳しい修行の合間の、至福の時となっていた。


 その男の、服の間から覗く胸元の、貴族にはない野性的な男性らしさに、彼女は

気が付いてきていた。それは、昔見た、ラン・ファと傭兵の男が抱き合っている様子

を、思い起こさせる。


(あたしは、この男を好きになるのかも知れない……)


 南の国の酒を口に運びながら、彼女は漠然とそう思っていた。

 そして、隣にいる男も、彼女を見つめるその青い瞳は、いとおしそうであった。


 二人はしばらく酒を飲み、ひととおり話を弾ませた後、店を出た。




 町の中央の噴水広場は、昼と違い、人ひとりいない。ただ、月が、灰色の雲を時々

帯びながら、青白い光を控えめに地上に注いでいる。


「マリス」


 ジェイクの声に、マリスは彼を見上げた。


 彼の唇が柔らかく触れた。マリスの瞳は、ゆっくりと閉じられていく。


「俺のものになってくれ」


 彼の囁きに、マリスは、ピクッと身体を強張(こわば)らせた。


「だ、だめっ。あたしには、セルフィスが……」


 そうは言うものの、彼女の抵抗する力は、強くはなかった。


(世界の異次元の穴をほとんど塞ぐのは、どのくらいかかるのかしら? それが達成

されて、ベアトリクスに戻れたとしても、……誤解が解けたとしても、セルフィスが

あたしを待っててくれるとは、限らない……)


 マリスの心の中を、淋し気な風がよぎっていく。


 どこか期待していたことを、マリスは今気が付いた。


 同時に、それまで、思い出さないようにしていた想いが、甦る。

 セルフィスへの想いに蓋をし、冷酷なヴァルドリューズの特訓のさなか、淋しさを

感じ、ラン・ファに出逢えたことで、緊張の糸が解けたこともあった。


 なにより、今は、目の前の男の存在が有り難かった。


 一層せつない想いに、固く瞳は閉じられた。


 ジェイクが、再びマリスに口づける。先のものとは違い、力強く、深く包み込む。


 初めて体験する大人の口づけに、マリスは戸惑うが、酔いと眠気も手伝い、深く

考えることができないでいた。


「昔の男のことなんか、俺が忘れさせてやるから」


 ジェイクはマリスを見つめてそう言うと、強く抱きしめた。




 ラン・ファの家の大きな窓からは、暖かい朝の日差しが差し込んでいる。


 窓の外では、小鳥たちがピピピピとさえずり始めた。


「とうとう、あの子、帰ってこなかったわね」


 昨夜と変わらない部屋で、部屋着に身を包んだまま、一晩中同じソファに腰かけて

いたラン・ファは、目の下に(くま)を作って、ぽつんと呟いた。


「ああ」


 その向かいでは、同じく、ずっとそこから動かなかったヴァルドリューズが、

とうに冷めた紅茶をすすった。


 ラン・ファは、密かにマリスを恨めしく思っていた。


(なにが『ちょっとの間、彼と喋って待ってて』よ。こんなに無口な人とじゃあ、

会話が続きやしないじゃないの! )


 それでも、夜が明けるまで、なんとか話をしていた様子ではある二人であった。




「ん~」


 目覚めたマリスは起き上がり、伸びをした。


「久しぶりに、よく寝たと思ったら……ベッド? 」


 ラン・ファに借りた水色の騎士のような格好のまま、マリスはベッドに寝ていた

ことに気が付いた。


 見慣れない部屋を見回すと、床には、ジェイクが背を向けて転がっていた。


「やだっ、なんで、あんたがここにいるのよ? 」


 むくりと起き上がったジェイクは、背を向けたまま、けだるそうに言った。


「なんでもなにも、ここは、俺の部屋だ」

「なんですって!? 」


 マリスは、さーっと頭から血の気が引くのを覚えた。


「昨日のこと、なんにも覚えてねえのかよ? 」


「覚えてないわよっ! あ、あんた、あたしが酔ってたのをいいことに、……その、

……なんかヘンなこと、してないでしょーね? 」


 マリスは疑り深い目で、ジェイクをじろじろ見た。


「なんかしたのは、そっちだろーが! 」


 ジェイクが、くるっと振り向いた。


 「ひっ! 」と、マリスは声を上げそうになった。


 ジェイクの顔には、殴られた跡があり、腕にも打撲の痕跡があった。

 寝ている間も無意識に武浮遊術を使って、彼を殴り飛ばしたに違いないことを、

マリスは悟った。


「昨日の夜、酒場から出て、ここに来た途端、お前、眠いとか言ってベッドに倒れ

こんで。俺が、上着を脱がせてやろうと、服に手をかけた途端、いきなり殴って、

投げ飛ばしやがったんだよ。その上、窓が勝手に開いて、魔物がうようよ入って来る

し! たまたま、俺が旅先で買った『魔除け』の腕輪をはめてたし、相手も低級な

魔物だったから良かったものの」


 一晩中、魔物を追い払い、疲れ切ったジェイクは、いつの間にか床で寝ていたと

いうのだった。


「……ああ、そう言えば、いつもは、ヴァルが『魔除け』の香を()いてくれてた

んだったわ」


「お前、魔物にでも取り()かれてんのかよ!? 」


 ジェイクは、ぞっとしたような顔になった。


「取り憑かれてなんかいないわよ。その逆で、あたしは白魔道士なの。魔力をアップ

してる訓練中なんだけど、魔力が高くなると、『魔』が誘き寄せられてしまうみたい。

まだあたし、魔力のコントロールがうまく出来なくて。今、ある魔法のために、

ヴァルと特訓中なの。それがうまく行ったら、……なんなのか教えるけど」


「ある魔法……だって? 」


 ジェイクは、信じられないという顔になった。


「てっきり、女剣士だとばかり……」

「うん、剣も使える白魔道士……かな」


 ジェイクの瞳が輝いていった。


「……お前、すげえんだな! なかなかいねえぜ、そんなヤツ! 」


 マリスは、少し照れたように笑った。


「ヴァルとの魔法が完成したら……、あたし、あなたの恋人になってもいい……! 

そうして、あなたも、一緒に旅をしない? 」


 頬を染めたマリスを、ジェイクは嬉しそうに見て、抱きしめた。


「俺は、お前と、どこまでも一緒だぜ」

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