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お客様相談室の憂鬱

 翌日の午前、エレマギ社お客様相談室のバックヤードのデスクの奥で、丸くなっているドワーフのバルド部長の前に、一枚の書類を叩きつけるように置いた。

 

「——というわけで、ゼノス様のクレーム案件、無事に円満解決いたしました。こちらがお客様ご本人のサイン入り『対応完了確認書』です」


 私がサラリと報告書を提出すると、バルド部長は飲んでいた朝の大麦酒を盛大に吹き出した。自慢の豊かな髭から麦酒の滴をポタポタと垂らしながら、目を皿のようにして私と書類を交互に見比べる。


「ぶっ!? あ、あの元魔王軍幹部を、丸め込んで帰ってきたというのかね!? てっきり君とあの新人くんは、今頃古城の庭の肥料にでもなっているかと……」

「失礼なことを言わないでください。丸め込んだわけではありません。お客様の心に寄り添い、適切なご提案をしただけです。それから、ゼノス様は弊社の素晴らしい〝お得意様〟になってくださいましたよ。今度、大型の魔導冷蔵庫もご購入いただけるそうです」

「お、恐ろしい女だ……ヒャッカテンとやらは、魔王軍より恐ろしい修羅の国なのかね……」


 腰を抜かしてガタガタと震えるバルド部長を尻目に、私は事なかれ主義の上司の扱いは、どこへ行っても変わらないことに内心でため息をつきつつ、大きく背伸びをした。

 そこへ、技術部チーフのエルフ、アルヴェインがふらりとやってきた。彼の手には、徹夜明けでボロボロになった新人技術者が泣きながら提出したであろう、波形データのレポートが握られていた。


「フン。まぁ、我が社の製品自体に不具合がなかったのは、当然の結果だがね」


 相変わらず鼻持ちならない態度で金色の髪をかき上げるアルヴェイン。しかし、尖った耳の先はわずかに赤くなっていた。彼は腕を組み、気まずそうに視線を壁のカレンダーに逸らしながら続ける。


「……だが、軍事用レーダーとの電波干渉など、開発室に引きこもっていては絶対に気づけない事象だった。今後の製品開発には、サポート側の意見……つまり〝ユーザーの利用環境の想〟も取り入れるよう、上に掛け合ってやってもいい。新製品のテスト段階で、君の意見も少しは聞いてやる」

「あら。それは素晴らしい進歩ですね、アルヴェインさん」


 傲慢なエルフからの、ほんの小さな、しかし確かな歩み寄りに胸が熱くなる。

 

 「チーフ、本当にすごいです! 尊敬します!」


 席に戻った私に、シェリーがキラキラとした尊敬の眼差しを向けてくる。


「いや、相談員の基本を普通にやっただけだからさ。それに、今回は運が良かった部分もあるしね」


 私は肩をすくめ、彼女の淹れてくれた温かなコーヒーをすすった。かつては目を覚ますためだけの泥水だったが、今は激務の疲れがまだ残る体にこの苦味が心地いい。

 それから、書類の整理や細々とした問い合わせをこなし、時計の針が16時50分を指した。

 定時まで、あと10分。窓の外は美しい夕焼けに染まり、王都の空をワイバーンが優雅に飛んでいくのが見える。


「よしっ。今日の業務はここまで。今日こそ定時で上がって、ドワーフ街の酒場にでも行くか!」


 カバンを手に取り、意気揚々と立ち上がった、その瞬間だった。

 バァンとお客様相談室の重厚なドアが、爆発したかのような勢いで蹴り開けられた。

 ドア枠がミシミシと悲鳴を上げ、相談室内に謎の神々しい風が吹き荒れる。

 

「な、何事っ!?」


 飛び込んできたのは、全身からビリビリと網膜を焼くような聖なる後光を放つ、白銀の鎧に全身を包んだ男だった。その胸に刻まれた太陽の紋章。間違いない、この世界で最も権威があり、最も狂信的で、最も話が通じない組織――『聖堂教団』の聖騎士だ。これまた絶対に関わってはいけない、超絶面倒くさいヤバい奴である。


「貴様ら! 『自動聖水散布機』が暴走して、我が教団の最高指導者様が頭から水浸しになったぞ!! 神への冒涜だ!責任者を呼べぇ!!!」

「ひゃあ!!」


 怒髪天を突く勢いで剣の柄に手をかける聖騎士を見て、シェリーがカウンターの下に潜り込み、悲鳴を上げる。

 私は……静かにカバンをデスクに置いた。冷たい大麦集。ロック鳥肉の串焼き。定時退社。それらの甘美な幻影が、シャボン玉のように弾けて消えていく。

 一瞬だけ天を仰ぎ、白目を剥きそうになるのを気合いでこらえると、ポケットから常備している胃薬を取り出し、水も飲まずに直接口へと放り込む。

 一つ、深呼吸。

 いつもの営業スマイルを顔面にセットする。


「申し訳ございません、お客様! ただいま詳しくお話を伺いますので、どうぞこちらへ……!」


 私の、終わらない異世界カスタマーサクセスへの奮闘は、今日も続いていくのだった。

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