ドワーフのオーブン
「申し訳ございません、お客様。お怒りはごもっともでございます」
何度目になるか分からないこのセリフを口にしながら、私は深く、かつ滑らかな動きで頭を下げた。角度にしてきっちり四十五度。百貨店お客様相談室で徹底的に叩き込まれた、謝罪の黄金角度である。
そして私の目の前で、机を壊さんばかりの勢いで拳を叩きつけているのは、見事な髭を蓄えた筋骨隆々のドワーフの戦士だった。
ここは大手魔導具メーカー、エレマギ社の本社一階、お客様相談室。
ほんの数分前、ドワーフがお客様相談室に入ってくるなりカウンターにドスンと置いたのは、我が社の今季の目玉商品、『ビルトイン魔導オーブン』だ。
しかし今、なぜか目の前にある、キッチンに組み込まれていたはずのオーブンの内部は真っ黒に焦げ付き、香ばしいというレベルを通り越した焦げ臭い煙を細く吐き出していた。
なんで引きはがして持ってきちゃうかなぁ……。
私はポーカーフェイスを維持したまま、心の中でツッコミを入れる。
どうやら、オーブンが壊れた怒りのあまり、オーブン部分を力任せに引き抜き、小脇に抱えてここまで持ってきたらしい。パワープレイが過ぎるでしょう。
前世でそんなことやろうものなら、ネットニュースに三文記事でも書かれていそうなものだが、ここは異世界。様々な種族がいて、彼らは彼らなりの考えで生きている。
おそらく彼に悪気はない。ただ壊れた現物を見せた一心で抱えてきたのかもしれない。
「ごもっとも、だと!? だったら今すぐこの欠陥品を返品して、金を返しやがれ! こちとら今夜のギルドの宴会用に、最高の一角獣の肉を仕込んどいたんだぞ! それがなんだ、一瞬で炭クズにしやがって!」
お客様はさらにもう一発、拳をカウンターに叩きつけた。
天板が無傷であることを考えると手加減しているようだ。やはり彼には悪意がない。
「お客様、大切なお食事の準備を台無しにしてしまい、私どもも大変胸を痛めております。本社のお客様相談室までこれほど立派なキッチンの一部と共にお越しいただくお手間を取らせてしまいましたこと、重ねてお詫び申し上げます」
まずは〝心情への共感〟と〝ねぎらい〟だ。
相手がどんな規格外の持ち込み方をしようが、プロの受付は動じない。
「原因を正確に特定し、今後の改善に活かさせていただきたく存じます。恐れ入りますが、こちらの魔導オーブンをお使いになられた際のご様子を、少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか?」
「あぁん!? 様子も何もねえよ! 肉を入れて、魔力を流して、この横のダイヤルを回しただけだ!」
ドワーフは太い指で、オーブンの側面にある魔力出力調整ダイヤルを指差した。
そのダイヤルを見て、私はすべてを察した。
ダイヤルには、一から五までの数字が刻まれている。通常、肉を焼くなら二か三、強火でも四だ。しかし、そのドワーフが指し示しているダイヤルは、限界値である五を遥かに通り越し、時計回りにぐるりと一周半してストッパーをへし折った状態で固定されていた。
「……お客様。大変失礼ながら、こちらの出力ダイヤル、少々回しすぎているように見受けられますが……」
「あ? 当たり前だろ! 俺たちドワーフが武器を鍛える時の火床は、いつでも最高火力だ! チマチマした火で肉が焼けるかってんだ!」
彼らの文化では肉と鉄が同じなのだろうか。
突っ込みたい気持ちをグッとこらえ、私は営業スマイルを限界まで張り付かせた。
「なるほど、さすが高名なドワーフの戦士様でございますね。お客様の体内に流れる魔力が、常人よりも遥かに強力で、かつ純度が高すぎるがゆえの事故かと存じます。この『ビルトイン魔導オーブン』の安全装置が、お客様の圧倒的な魔力の奔流に耐えきれず、暴走してしまったようです」
「……む? お、俺の魔力が強すぎたのか?」
ドワーフの表情が、わずかに和らいだ。
お客様のプライドを傷つけてはならない。
お前の使い方が悪いなどと正論をぶつければ火に油だ。あくまで、あなたの能力が凄すぎるせいで、繊細な機械がびっくりしてしまった、という形にする。
これが社長に秘術と呼ばれる私の〝おだてトーク〟である。
「はい。こちらの魔導具は、あくまで魔力の薄い人族をターゲットに作られた軟弱なものでございまして……。お客様のような一流の戦士様が本気で魔力を込められますと、ダイヤルが耐えきれなくなってしまうのです。今回は、製品側がお客様のスペックに追いついておらず、大変なご不便をおかけいたしました」
「ガハハ! そうか! どおりでレバーが軽いと思ったぜ! 人族の道具ってのは、どうにも華奢でいけねえな!」
先ほどまで怒髪天を突く勢いだったドワーフは、すっかり機嫌を良くして鼻を鳴らした。
ここからが勝負どころだ。
内心で固く拳を握りしめながら、私はここぞとばかりに営業スマイルの出力を一段階上げた。
「そこで、強大すぎる魔力をお持ちのお客様に、ひとつご提案がございます」
「む? なんだ?」
「こちらの一般向けオーブンを有償で修理することも可能ですが、お客様の魔力では、遅かれ早かれ、またすぐに安全装置が耐えきれなくなってしまうかと存じます。そこで……」
私はカウンターの下から分厚いカタログを取り出し、あるページを開いてドワーフの前に提示した。
「こちらの『魔導ボルケーノ・プロ仕様』はいかがでしょうか。元々は軍の食堂や大型の宿屋向けに開発された上位機種でして、外装は飛竜の鱗を練り込んだ特殊合金、内部の魔石も最高純度のものを使用しております。これならば、お客様がどれほど本気で魔力を注ぎ込もうとも、決して壊れることはございません」
「ほう! プロ仕様! 飛竜の鱗だと!」
「はい。一般の方には到底扱いきれない代物ですが……一流のドワーフの戦士様であられるお客様にこそ、ふさわしい逸品かと存じます」
「ガハハハ! 違いねえ! よし、そいつをもらおう!」
ドワーフはずっしりと重そうな革袋をドンッとカウンターに置いた。
よし。新規売り上げ、しかも高額な上位機種である。壊れたオーブンの返金どころか、大幅な利益のプラスだ。
「ありがとうございます。では、すぐにお持ち帰りいただけるよう手配を……」
「おおっと、そうだ。オーブンはそれでいいが、今夜の宴会用の肉はどうしてくれるんだ? もう夕方だぞ。今から狩りに行く暇はねえ」
ドワーフの太い眉が再びピクリと動いた。
ここが正念場だ。ここで自業自得でしょう、と正論で突き放したり、安易に会社の経費で弁償したりすれば、これまでの苦労が水の泡となる。
私はスッと声のトーンを落とし、眉尻をほんの少しだけ下げ、〝同情と寄り添い〟の表情を作った。
「せっかくの最高の一角獣のお肉が台無しになってしまったこと、私共も本当に心苦しく、痛恨の極みでございます。……しかし大変申し訳ございません、私共の規定ではお肉そのものの金銭的な補償はいたしかねます」
「なんだと?」
「ですが……」
私は声を潜め、内緒話をするように身を乗り出した。
「実はここから三つ先の通りに、王宮の料理長もお忍びで通うという精肉店『金の蹄』がございます。あそこのご主人はドワーフの戦士様を大変尊敬しておられまして、店頭には出していない極上の一角獣の肉を、裏の氷室に隠し持っているという噂なのです。『エレマギ社の紹介だ』とこちらのカードをお渡しいただければ、きっと喜んで融通してくれるはずですよ」
もちろんただの噂ではない。私が個人的に足で稼ぎ、店主とも顔馴染みになっている王都の確かなグルメ情報だ。
「ほう……! 王宮の料理長も通う店か! しかも裏メニュー!」
「ええ。お客様ほどの戦士様が極上のお肉をご持参されるのであれば、宴会の格もさらに上がるかと存じます」
「ガハハハ! なるほどな! あんた、人間にしてはなかなか気が利くじゃねえか! よし、オーブンを受け取ったら急いでその店に行ってみるぜ!」
カタログを小脇に抱え、ドワーフは私が手渡した紹介カードを大事そうに懐にしまうと、上機嫌で相談室を出て行った。
ドスン、ドスンという重い足音が完全に遠ざかっていくのを確認してから、私は深々と息を吐き出した。
お客様の過失による破損のため、返金や無償修理はなし。
代わりに高額な上位機種の新規購入へと誘導。
食材の補償要求は、有用な情報提供による付加価値で回避し、会社の損失はゼロ。
「……なんとかなった」
私は小さく呟いた。
スタッフルームに一度下がる。次のお客様が怒鳴り込んでくる前に、少しだけ冷たいお茶で喉を潤しておこう。
前世で徹底的に叩き込まれたクレーム対応スキルは、やはりこの異世界でも十分に通用する。
一年前、私がこの剣と魔法のファンタジックな異世界に転移してきた時、手元にあったのは着の身着のままの制服と、百貨店のお客様相談室で培った〝接客スキル〟だけだった。
魔力もない、剣も握れない、身寄りもない。路頭に迷って飢え死にする寸前だった私を拾ってくれたのが、このエレマギ社だ。
魔王軍との戦争が終わって平和になったらしいこの世界では、技術革新によって魔導具が一般家庭に普及し始めていた。しかしその流れは急速なものだったらしく、接客文化が追いついていなかった。社長も開発陣も技術者としては優秀だがそれ故に熱くなりすぎる。
毎日クレーマーとスタッフが取っ組み合いをしていたこの会社で、私の〝ブチギレたお客様に笑顔で帰っていただく〟技術は精神魔法のように映ったらしい。今やチーフだ。
私は食いつなぐために、前世であれほど疲弊していたはずの〝お客様相談室〟のカウンターに再びしがみつくこととなったのだ。
生きるためにはお客様を笑顔で帰さねばならない。
突然、青ざめた顔のシェリーが、ノックも忘れて飛び込んできた。
「ユキミチーフ! 今度はエルフのお客様が『自動掃除スライムの腹を割ってほしい』と恐ろしいことを言っています!」
読んでいただきありがとうございます!
ちょっとお仕事小説が不調なので短編を書いてみました。
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