アシクリの死
「坑道の件が今回の事に関係しているのか」
オビシャット卿の話は終わった。
「話をすこし戻しますが、私は塔から秘密りに持ち出されていたことに気づいていました」
「そういえば、書いてあるものは認識できなかったのだろう」
「さっきアマトが言っていた収蔵品目録を使いました。
調べてみると記録されている数と合いません。
<カラーヤの台帳>からは持ち出したものは調べられないが、無くなったものは目録から知ることはできます。
それでは、なぜわかられないように持ち出したのでしょうか」
「自分の研究のためだろう。
壊してしまう可能性がある実験をしたかったとか」
アマト殿が魔法使いらしい考えを示した。
だが坑道に関係があるのならば、それは違う。
「<カラーヤの台帳>は持ち出した日と返却された日は自動で記録されます。
その3つはいつ持ち出されておりますか」
オビシャット卿が台帳を取り、記録を確認した。
「坑道討伐の件と関係があるのだな。
持ち出されたのが討伐の直前だ」
「やはりそうでしたか」
魔法使いは、予想していたらしいが、オビシャット卿は納得できない。
「魔物討伐に使われたのか。
今までも何度か魔法の武器の貸し出しを塔に頼んだが、全て断られてきたぞ。
なぜ、この時だけ。
しかも公に行われたことでもない」
「今、初めて他者が知ることができたのですよ、本来公になることのない秘密のはずです。
これを兄上が知っていたら、公式に借りる場合をどうするかなど大きな話になっていたと思います。
兄上が知らないという事は、アシクリ殿へ渡ったのではない」
不公平な助力があったということか。
「私はフェルダ坑道に行き、坑道の中を調べ直しました。
当時、魔法使いは参加しておりませんでしたので、魔法使いの目で見れば、なにか発見があるかと思いまして。
兄上が先ほど言った広場で魔力の水晶のカケラを見つけました。
魔力の水晶は魔力を備蓄しておき、魔法を使う時に魔力を補うものです。
どのくらい蓄えられるかは品質によるんですが。
そして、あまり知られていない事ですが、魔力の水晶は蓄えた魔力が限界になると割れやすくなるのです。
カケラがあるということは、ここで水晶が割れたということになります。
アマト、その時どうなる」
「強烈な光を放つだろう」
魔法使いには常識のようだ。
「魔物は一瞬目が見えなくなり、そのおかげで、討伐は成功したのかと」
「最初からそのような物があるのなら、不要な犠牲者を出さずに済んだのに」
オビシャット卿の声は荒い。
「魔法使いがいれば、その水晶で、強力な魔法を繰り出せます。
このような使い方をする物ではありません」
魔法使いにも言いたいことはあるらしい。
「そして光る石。
塔から売り出されている物で、持ち主のマナで淡く光ります。
便利なランプ替わりとして使われだしています。
落ちていました。
広場には蛍鉱が設置してあったので、微かに明かりはあります。
いらなくなったのでしょう。
アシクリ殿の部隊は水をかけられ、松明の火が消え、闇の中での戦いをしいられました。
光る石は水では消えません」
そのひと言で、コーライン様が
「クェルス師。
<グリス>瀑布の剣とは、どのようなものなのですか」
「そのふたつ名のとおり滝のように水を呼び寄せる剣です」
「なぜ、魔物が塔に有った武器を使える。
リディティックは剣を奪われていたのか。
そして、自分たちだけ対策をして取り戻す機会をうかがっていたのか」
オビシャット卿が一段と声を荒らげる。
「不思議な攻撃は<ニプルス>でしょう。
自ら飛び、敵を攻撃持ち主の元に戻るものです」
それに対し、ネズミの声は冷静なままだ。
「なんという事を、それを今まで黙って」
「秘密で借りたもの、奪われたなどとは言えません」
「しかも<ニプルス>には返した記録がない。
奪われたままか」
オビシャット卿の怒りは収まらない。
「<ニプルス>での犠牲が出ていないか、その後の魔物の出現記録を調べ直してみました。
微かにギリシスカネ山脈へ移動するそれらしい痕跡がありました」
「痕跡?」
「オークと魔法の組み合わせです。
普通オークが魔法で攻撃してくるとは想像していないので記録にないものも多く、直接、現地に行って聞きまわりました。
そのままギリシスカネ山脈へ行き似合わない荒事をしてきました」
「戦ったのか。それで」
「すでに<ニプルス>は朽ちていました。
無理な使い方をしていたのでしょう。
そして収蔵品目録の記録と状態が違っていたので<グリス>も持ち出されていたと知ることができました。
魔力をすべて使いきっていました。
松明を消すために一度に力を使ったためかと。
あれでは光るナマクラです」
「2つも魔法の武器を奪われて黙っていたのか」
オビシャット卿の声は戻ったが、怒りはそのままだ。
「ギリシスカネ山脈で回収した物の中には、アーシル家の家紋が入ったミスティル剣もありました」
奪われたのは3つという事になる。
「アーシル家の者で討伐に参加したのは1人。
彼は1回目の突入でケガを負い、その後は参加していません。
なので、リディティック殿の昇進の恩恵は彼にはなかったようで。
それどころか、彼は坑道の件のあと、騎士団をやめ、領地に戻っています」
「家門入りのミスティルなら大事な剣だ。家長から罰を受けたか」
「剣を返すついでに、本人と酒を飲んできました」
身が軽いな、塔の副長と言うのもそんなに暇じゃないはずなのに。
「彼の名はゲルストルス。
兄上が想像した通り家宝の剣をなくしたため、領地に引きこもる事を命じられていました。
将来がなくなった彼からは、友人と称していた人々はじょじょに離れてゆき。
今では、本人もかなり腐っていました。
酒の力も借りて、当時の事を聞いてきました。
1回目の突入では途中敵に出会う事がなく、かなり奥まで進めましたが。
突然壁が崩れ半分が生き埋めになったそうです。
どうにか逃げ出す事はできたが、その時、腹に大きな傷を負い、神官が駆け付けたところで気を失った。
各自バラバラで退却して死人が出なかったのは運が良かっただけと言っていました」
「1回も敵と戦っていないだと」
「だそうです。
本人も恥ずかしかったらしく、今まで誰にも言っていないと。
剣が戻った嬉しさで教えてくれました」
「ゲルストルス殿は塔からの武具は知りませんでしたが。
リディティック殿と取り巻き2人が、ミスティルの武器をもっていたことは覚えていました。
壁が崩れた時、リディティック殿は後方にいたので巻き込まれなかったが、近くにいた2人は埋まったと。
彼も必死だったので確かではありませんが」
「まて」
オビシャット卿がクェルスの話を止めた。
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「塔から、魔法の武器がリディティックに秘密で貸し、与えられていた。
1回目の討伐時、罠にはめられ、そのうち2つを失う。
それは魔物の手に渡り、2回目の討伐時に使用されたという事か」
「証拠がなく、推測になりますが」
「なぜ息子が死ななければならなかったのです」
コーライン様の声にもはっきりと怒りがある
「それを調べていました。
塔から騎士団への不可解な干渉を」
ネズミが、ベッドの縁を俺のほうに移動し
「ゴーラ神官にお聞きしたいのですが」
俺の後ろにいた神官に突然話しかけた。
「先ほど兄上が話していた、アシクリ殿を蘇生できなかった神官はあなたですよね」
祈りの声が止まり、痛みが全身を走る。
すぐに祈りが再開され、痛みはなくなった。
アマト殿が
「ワーシュムン。
もういい」
と言った途端、炭となっていたものから音を立て、煙が噴き出している。
「ふぅ」
炭だった体がみるみる人のものへと変わっていく。
こちらを向いて、手を広げた。
「教会の『癒し』じゃないから、後から反動が来るよ」
急に体が熱くなり、体が作りなおされているのが分かる。
それと共に激しい痛みが全身に走る。
ベットの上でのたうち回ってしまった。
「イグリース」
カリーエ様が駆け寄ってくださり、体を支えてくださった。
しばらくして痛みを感じなくなる。
ものすごい疲労感があるが、痛みはない。
傷は癒えているらしい。
隣を見れば、左手は肘から先がないが、ほぼ裸の男が座っている。
あの嫌な笑顔はそのままに。
後ろの魔法使いは治療をしていたのではなく、彼を拘束していたのか。
「ゴーラ神官」
今度は本人が後ろの神官に向かい話始めた。
「先ほどからの話を聞いて、
不思議な縁を感じていたかもしれません。
3年前、リディティック殿の2回目の戦闘に同行した神官はあなたですから」
後ろを振り向こうとしたが、そこまでは回復していなかった。
痛みで動きが止まる。
カリーエ様は彼女を見ているようだった。
「アシクリ殿を救えなかった自責の念から修練を重ね。
今では、治癒の奇跡では司祭をもしのぐと聞いています。
ここにいるのは、偶然ではありません。
元老院議長から緊急の蘇生を依頼され、それに対応できる人が、あなたしかいない昨夜を選んでいます」
俺がこうなることは予定済だったのか。
「アシクリ殿の最後をお教え願えませんか。
沈黙の誓いを立てさせられているとは思いますが、ご子息の最後をご家族に伝えることは、その誓いに背くことにはならないのでは」
しばらくの沈黙の後、ゴーラ神官が話始めた。
「先にケガを負って逃げてきた4名を治療し、少し遅れて奥に進みました。
アシクリ殿は広場の入り口横に倒れており、私が行った時にはすでに亡くなっておりました。
鎧の上から脇腹に達する傷があり、それが致命傷だったと思われます。
当時の私では、生へ呼び戻すことはできませんでした。
まだ中では戦闘が行われておりましたので、その支援のため、アシクリ殿をその場に。
私の力が及ばず、申し訳ございません」見
えないが、きっと神官はコーライン様に頭を下げているのだろう。
「剣は折れていましたか」
「は」
考えていなかった質問だったのだろう、何を質問されたのか分からないようだった。
思い出し
「はい」
と答えた。
そうだ、戦いの中で折れてしまったのだ。
絶対に折れてはいけない剣が。
どうやって戦える。
未熟な俺をどんなに恨んだろう。
どんな思いで死んでいったのか。
「どうして覚えていたのですか」
「ご遺体の上に折れた剣先と柄の部分がありましたので」
「何のための質問なのですか」
クェルスの意図が分からず、コーライン様が聞く。
「ゴーラ神官の前には誰もアシクリ殿には触れていません。
おなくなりになった時のままです。
戦闘で剣が折れたならば、折れた剣先はご遺体からは離れた場所に有ったはずです。
ご遺体の上にあったとなれば、剣が折れ、倒れたのではありません。
倒れた後に剣が折られたのです」
「どうして壊す必要がある」
アマト殿が納得できずに疑問を口にした。
コーライン様もうなずいている。
「魔物が持つに相応しくない武器をどうやって手に入れたか、アシクリ殿は悟ったのです。
彼は意識が遠のく中で、気力を振り絞り<雷>を呼んだ」
「雷」
「はい、剣を折ったのは、アシクリ殿ご本人です」
「どうして」
「大切な剣が奪われないように」
「何を言っている。どうしてそんな事が分かる」
「アシクリ殿の剣をお借りし確認しました。
折れた剣に雷撃の痕が残っていました。
戦いに、魔法使いは参加しておりません。雷撃が打てたのは、アシクリ殿だけです」