#4 停戦行動とプリン権益
マリーは40歳。人間で言えば、20歳だという。
不老長命のエルフだから、もっと歳を重ねているものかと思っていたが、この星のエルフは、見た目の年齢も寿命もだいたい人間の倍だという。
ちなみに、この星の住人の平均寿命は32歳ほど。ただしこれは出生直後の子供の死亡を入れた場合で、それを除けばだいたい50~60歳程度まで生きるのが普通だと言われている。
エルフの場合は、これが100~120歳。確かに長い寿命だが、「不老長命」と謳われたエルフにしては短く感じてしまう。それでも5、60年の寿命の人間からすれば、これでも充分に不老長命な存在なのかもしれない。
だが、我々の出現により、まず人族の寿命が格段に伸びることは間違いない。しかしエルフは我々との接触を拒んでおり、果たして同じように寿命の伸びが期待できるかどうかは分からない。成り行きのまま推移すれば、もしかしたら人間とエルフの寿命の差はずっと縮む。
まあ、そんなことはともかく、今私の目の前にいるエルフは、私よりも年上だというのが事実だ。だが、この家では一番若く見える。
「ジャンヌ様、これはなんだべ?」
「ああ、これはね、ロボットっていうのよ。お料理を作ってくれるんだよ。」
「へえ~っ!こげな腕だけのもんが、料理をねぇ……」
40年も生きているわりには、好奇心が強い。ジャンヌもそうだったが、このマリーも新しいものを次々と見つけては尋ねてくる。これだけ好奇心が強いので、空に浮かぶ駆逐艦を見て居ても立っても居られなかったのだろう。
それを3度やったところで、あの大婆様に追放を命じられたそうだ。ところで、あの大婆様の年齢は130歳。人間で言えば65歳ということになる。歳のわりには、やることが大人気ない気がする。
さて、私は2日目の休暇をじゃじゃ馬嫁と無邪気なエルフの観察で費やしている。まあ、特にすることもないし、こういうのも悪くはない。
が、そんな私の平穏な休暇を乱す電話がかかってくる。相手は王都司令部、ピリピリと鳴るスマホを取り、電話に出た。
「エルンストだ。」
「閣下!大変です!急ぎ、宇宙港へお越しください!」
「何があった?」
「はい、この王国の北側にて、貴族同士による軍事衝突の報が入りました!現在、ある砦にスミュール公爵率いる1200の兵が立てこもっており、その砦に向けてギレム公爵率いる2000の兵が進軍中とのことです!」
「なんだ。それなら、今その司令部にいる当番の司令官に頼めばいいじゃないか。」
「それがですね、国王陛下よりたってのご指名がありまして……」
なんでも「宇宙の英雄」に、ぜひこの一件を収めてもらいたいという陛下のご意向だそうだ。ああ、せっかくの休暇が……でも、屋敷と妻を賜った手前、陛下のご意向とあらば出撃するしかない。
ところで、私はこの王国のこと、特にこの国の礼儀作法を知らない。今回、場合によってはこの2つの軍を動かす貴族に直接面会するかもしれない。
その際は、この地の礼儀作法に関する参謀が必要だ。私はジャンヌに尋ねる。
「ジャンヌ。」
「なんですか?エルンスト様。」
「お前はこの星の礼儀をある程度心得ているか?」
「ある程度とは失礼ですね。これでも私、男爵家の娘です。一通りはわきまえておりますよ。」
「そうか。じゃあ、ひとつ頼みがあるのだが……」
私は、これより停戦のため、駆逐艦にて出撃する旨を話す。
「……というわけで、停戦交渉の際に、2人の貴族と面会することとなる可能性が高い。基本的な礼儀をわきまえておかねば、せっかくの交渉が台無しになるかもしれない。そこで、ジャンヌについてきてもらい、アドバイスが欲しいのだ。」
「分かりました!我が主人のためならば、喜んでお供いたします!ただ……」
「どうした?何か気がかりなことでもあるのか?」
「マリーちゃんはどうしましょうか?昨日来たばかりで、ここに一人置いていくのはしのびないですね。」
「うーん、そうだな……仕方がない。ジャンヌの付き人ということにして、彼女も連れて行こう。」
「わあっ!てことは私とマリーちゃん、初めてあの船に乗れるんですね!」
「まあ、そういうことになるな。」
「ではでは、私も身支度を整えまして、いざ出陣!」
「おい!剣は要らないぞ、剣は!」
「ええっ!?剣は要らないんですか!?」
壁にたて掛けてあるレイピアに手を伸ばそうとするジャンヌ。駆逐艦に剣など持ち込んで、一体どうするつもりだ?全く、先が思いやられる。
身支度を整え外に出ると、屋敷の前に迎えの車が到着する。私とジャンヌ、そしてマリーの3人で乗り込み、出発した。
「これからどこさ行くだか?」
「宇宙港よ。」
「宇宙港行って、あの昨日行ったきらっきらした場所だべな。あげなところ行って、どうするだか?」
「船に乗るのよ。」
「フネ?なんだべ、それは?」
「ほら、あの空飛んでるやつだよ。」
「空?も、もしや、あの空飛ぶ石砦に乗るんか!?」
2人がそんな会話しているうちに、我々は宇宙港に到着する。時間がないため、宇宙港ロビーを通らず車を駆逐艦のそばにつけるため外にある通関口へと向かった。
通関口で車は止まる。中から職員が出て来て、私に身分証の提示を求めてくる。
「閣下、念のため、軍籍証を提示願います。」
「ああ。これだ。」
「……ありがとうございます。ところで、横のお方は?」
「私の妻だ。場合によっては、武力衝突をしている指揮官同士の顔合わせをするかもしれない。その際の儀礼に関する助言役として連れてきた。」
「そうですか。では、後ろの方は?」
「妻の付き人だ。」
「承知しました。では、お通り下さい。ご武運をお祈りいたします。」
職員の質問に応えて、通関口を通過する。車はそのまままっすぐ、駆逐艦2680号艦へと向かう。
「はえ~、何てでけえ砦だべさ~!」
全長420メートル、地上高70メートルのこの駆逐艦の真下を通ると、ジャンヌとマリーが目を丸くして駆逐艦を見上げていた。2人共、空を飛ぶ姿は見ているが、こうして地上で繋留されているところを間近に見るのは初めてだ。
駆逐艦の艦底部にある出入り口の前で車は停まる。私は降りて、軍帽を被る。私の到着に合わせて、駆逐艦内から士官10名が降りてきて、入り口前に整列する。
「エルンスト准将閣下に、敬礼!」
ザッという音と共に、一斉に敬礼をする士官達。その間を、私も右手で返礼しつつ通過する。その後ろからお辞儀をしつつ通るジャンヌと、さらにその後ろからおどおどしながらついてくるマリー。
「休暇中のところ申し訳ありません、閣下。」
「戦況はどうなっている?」
「はっ、現在、哨戒機1機が両軍を監視を続けておりますが、ギレム公爵率いる2000の軍勢は、スミュール公爵1200の立て籠もるセントモレス砦まであと10キロまで迫っているとのことです。詳しくは、戦闘指揮所にて報告いたしますが、このままですと両軍はあと1時間後に……」
状況を報告するのは、ベルトルト大尉。勤務中のこいつは、人が変わったように勤勉になる。
艦の中心付近にある食堂は、すでに戦闘指揮所に変わっていた。私はジャンヌとマリーを伴って指揮所内に入る。
指揮所のテーブル型モニターには、現地の航空写真と両軍の配置図が表示されている。哨戒機から送られてくる兵の動きは、逐一ここに表示されている。東から長い列を作って進軍するのは、この地を治めるギレム家の軍。一方、そのギレム家の領地に侵入し砦に立て籠って実効支配しようと企むのは、隣の領地を治めるスミュール家の軍だ。
このオラーフ王国は、この大陸では最大の国家だ。が、大きすぎるこの王国内部は統制が効いておらず、有力な諸候がしばしば勝手に勢力図を書き換えている。いわばここは、戦国時代の様相である。
その王国で1、2を争うほどの2つの貴族家が、とある森の領有権を巡って直接対決をしようとしている。それが、今回の騒動だ。
その騒動の元になっている森は、肥沃な土地というわけでもなく、資源が取れる場所でも交通の要衝でもない。特に何かがあるわけではない場所ではあるが、単なる公爵同士の意地の張り合いで取り合っているようだ。この手の戦さは、この星では多い。
おかげでこの地は、この両者の間で何度も持ち主が入れ替わっている。だから、お互いが領有したことがある場所だけに、どちらも領有権を主張する。そんな場所での争いの仲裁をしろというのだ。一体、どうやればいいんだ?
「とにかく、まずは現場に向けて発進する。艦長に伝達、これより停戦作戦遂行のため、本艦を発進させよ。」
「承知しました!駆逐艦2680号艦、発進いたします!」
ベルトルト大尉は電話を取り、艦橋に私の発進命令を伝達する。その直後にゴゴゴという重苦しい機関の始動音が、この戦闘指揮所に伝わってくる。
ガコンッという音とともに繋留ロックが解除され、駆逐艦2680号艦は現地に向けて発進した。
壁にある外部カメラの映像から、この艦が上昇しているのが分かる。好奇心旺盛なジャンヌとマリーの2人は、そのモニターの映像に釘付けだ。きゃっきゃと騒ぎながら、2人で外の様子を眺めている。こうして見るとこの2人、相性は良さそうだな。
「……おい、エルンスト!」
小声でベルトルト大尉が私に話しかけてくる。
「なんだ。今は作戦行動中だぞ。」
「お前の奥方の隣にいる、あの耳長の美人の女は誰だ?」
「ああ、あれか。昨日保護した、マリーというエルフだ。」
「え、エルフ!?エルフだって!?おい、なんでそんなもの連れてくるんだ!?」
「仕方ないだろう。うちで保護したんだが、一人置いてくるわけにもいかないからジャンヌの付き人ということで連れてきたんだ。」
「うう……あんな美人なエルフまで一緒に暮らしているとは……お前ってやつは、どこまで運がいいんだよ……」
羨ましがられても困る。むしろマリーの件は正直、他の引き取り手を探したいくらいだ。
我が艦は高度1000メートルまで上昇し、北に進路を取る。20分ほどで紛争地帯に到達、当艦のモニター上でも、2000人の兵士の行軍を目視で捉えることができる。そしてその先には、1200の兵が立て籠もるとされる小さな砦も見えた。
さて、我々が行う停戦作戦だが、まずは彼らに「脅し」をかける。戦意をくじくため、駆逐艦の主砲を発砲して地上の兵士を脅し、軍事行動を停止させる。
その後に、双方の指揮官に交渉官を派遣、停戦交渉を開始する。これが我々の標準的な「停戦作戦」手順だ。
もっとも、手順通りいくかどうか分からない。というか、いった試しがない。大抵の場合は揉めるらしい。軍事行動をやめなかったり、交渉時に指揮官が我々に無理難題を求めたり、撤退合意した後も現地に居座り続けたり、様々だ。
とにかく、この星は紛争地帯だらけだ。どこの星でも、同盟交渉初期の段階では多かれ少なかれ紛争地帯を抱えているものらしいが、この星はそんな紛争地域が無数にあり、他の星と比べても非常に多い方だという。さらにここは亜人などの別種族まで存在しており、よりいっそう複雑さを増している。
そんな星で統一政府を樹立してもらおうというのだから、非常に骨が折れる作業だ。通常はどんな星でも10年あれば統一政府を樹立し、1万隻の防衛艦隊を保持し、我が連合陣営の一翼を担えるほどになるというが、この星がたった10年でとてもその域まで到達できそうにない気がしている。
さて、この艦は1200人のスミュール公爵側の兵が立てこもる砦の真上に到着した。砦の上空で高度200まで下げて停船する。
「威嚇砲撃準備、完了しました!いつでも発砲できます!」
「よし、では連合軍規通り、『未臨界砲撃』をかける。撃ち方用意!」
艦橋に「未臨界砲撃」の準備を命令する。この命を受けて、戦闘指揮所内の空気がピリピリし始める。
我々の規則では、この駆逐艦の主砲を特別許可なく大気圏内で使用することを禁止されている。一発でも砲撃を行えば、責任者は極刑というのが決まりだ。
というのも、この膨大なエネルギーを放出する主砲は、一発でオラーフ王国の王都ルモージュを消滅するほどの威力を持つ。そんなものを大気圏内で撃ち続ければ、その星の街や自然に多大なダメージを与えたり、気候を変えてしまうかもしれない。
実際、そうなってしまった星があるそうだ。だから、厳しい軍規によって砲の使用を禁じているのだ。
しかし、必要があれば臨界手前のエネルギー量による砲撃を、現地の判断で行うことができる。これを「未臨界砲撃」と呼ぶ。臨界に達しないためビームは形成されないが、駆逐艦の先端部から凄まじい音と光を炸裂させることができる。いわば威嚇専用の砲撃だが、この星のように剣と弓で戦う兵士相手ならば、この音と光だけで怖気付くので効果的だ。
「半バルブ装填!未臨界砲撃、準備完了!」
「よし、撃ち方始め!」
その直後、モニター上に青白い光と、雷を数倍大きくしたようなドドーンという音が鳴り響いた。
「きゃっ!」
この音に驚いたジャンヌが叫び声をあげる。だがこの直後、砲撃音を超える衝撃が、この戦闘指揮所内を襲う。
「な、なんだね今のは!?あげなでっかい雷音、聞いたことなかんべよ!」
マリーが右往左往して騒ぎ始めた。この美形のエルフからは想像もつかない言葉遣いが飛び出し、むしろこの指揮所内の士官達の方が動揺する。声こそ出さないが、士官は皆顔が引きつっているのが分かる。
マリーの「衝撃」的な訛り言葉により唖然とする戦闘指揮所を、艦橋からの通信が我に帰らせる。
「艦橋、戦闘指揮所(CIC)!砲撃成功!ギレム軍側は、行軍を停止した模様!」
「戦闘指揮所(CIC)、艦橋!了解した!さらに監視を続ける!」
この砦上空から砲撃すれば、進軍するギレム公軍からはまるで駆逐艦がスミュール公軍を支援しているように見えるだろう。となれば、ギレム軍は行軍を停止せざるをえない。
ところがスミュール公軍からすれば、勝手に上空にやってきて砲撃された。どういう意図かわからずこちらも混乱するはずだ。それゆえに、スミュール軍も動けない。
なるべく少ない威嚇砲撃で、この両者の活動を止めなくてはならない。上のような理由で、こういう時には防戦側の上空で発砲するのが効果的だと言うのが、戦術の教科書における停戦作戦の初歩だ。
果たして思惑通りに、ギレム軍の進軍は止まり、スミュール軍の方も動かなくなった。
両軍を止めるところまではすんなりとことが運んだ。さあ、ここからが本番だ。
これより両軍を停戦合意させて、この場から退去してもらわなくてはならない。これより先は、交渉官と呼ばれる文官の仕事だ。
戦闘指揮所には、2人の交渉官殿が現れた。それぞれ、ギレム側、スミュール側の陣営に向かう。
「ギレム公、スミュール公の軍は共に、戦闘行動を停止、これより交渉段階へ移行。交渉官殿、よろしくお願い致します。」
私と士官達は、政府の代理者でもある2人の交渉官に向かって敬礼する。2人の交渉官は我々に軽く会釈して、それぞれ哨戒機に乗り込むため格納庫へと向かった。
交渉官を乗せた2機の哨戒機の発艦を確認したのち、我々は再び警戒態勢に戻る。
「ここにいても退屈だろう。ジャンヌとマリーは、別の場所に案内してもらおうか?」
横にいるジャンヌに、私は話しかける。
「いいえ、エルンスト様、私ここがとっても気に入りました!面白いですね、これ!」
と言いつつジャンヌは、戦闘指揮所の壁にあるモニターを指でつついている。
このモニターはタッチパネル式なので、突くとメニューが出たりマークがついたりするので、楽しくて仕方がないようだ。が、作戦行動中の我々にとってはとても迷惑だ。
ということで、女性士官を呼び寄せて、艦内の見学だと称して体良くジャンヌとマリーを追い出す。2人が抜けて、再び静けさを取り戻す戦闘指揮所。それからしばらく交渉官らの連絡を待つが、一向に動きがない。
が、2時間ほどして、ようやく双方の交渉官から連絡があった。だがそれは交渉成功の知らせではない。両公爵の直接会談の場を用意せよ、というものだった。
哨戒機で両公爵殿がこの艦を訪れることとなった。最上階にある会議場にて、会談の場を作り上げる。
まず最初に、ギレム公が到着する。細身で初老の男性。丸い片眼鏡をつけ、やや神経質そうな顔の方だ。
続いてスミュール公も到着する。こちらは小太りの40代くらいの男性、不機嫌そうな顔で会談場所の会議室に入る。
この20人ほどが入れる会議室にて、交渉官も同席の上、会談が始められた。
「この土地は我がスミュール家代々の土地!あの砦は、3代前の当主が建てたものであり、それ以来この周辺は我らスミュール家の納めるところのものであるぞ!」
「何をいうか。今この土地は我がギレム家の領地だと国王陛下もお認めになっておる。これがその証文だ!人の土地に、勝手にお主の先祖が建てた砦なぞ、何の意味もござらぬわ!」
とまあ、予想はしていたが、双方譲らずの論戦の応酬が始まってしまった。これではとても決着しそうにない。
王国的には、ここはギレム公爵家の領地だということになっている。が、実際に支配していたのはスミュール公爵家のようで、この辺りに住むエルフやドワーフとも交流があるらしい。
人とエルフって関わることができるのか?思わず私は疑問に思ったが、聞けばどうやら、エルフといえども人族との関わりを全く持たないわけではないらしい。エルフ側からは森で取れた木の実やレンバスと呼ばれるエルフの作る焼き菓子と、人族からは肉や野菜、衣服などを持ち込み、物々交換することがあるようだ。
スミュール家はエルフだけでなくドワーフとも同様のやり取りをしているため、彼らとの交流のためにあの砦が建てられたという。つまり、実際にこの地に貢献しているのはスミュール家だというのだ。全くもってややこしい。
このため、お互いが譲らない展開が1時間ほど続く。2人の交渉官だけではなく、聞いてるだけの我々にも疲労感が増す。
そろそろ、打開のためのきっかけが欲しいところだが、一体何をきっかけに打開すればいいかが分からないときた。さすがの私も、この場を収めるすべを知らない。
と、その時、ひょこっとジャンヌが現れる。会議室内に入るや、能天気にもこんなことを言い出す。
「皆さん!お茶にしましょう!」
……場の空気を読んで欲しいものだ、我が妻よ。これが茶など飲んでいられる状況か?
「ジャンヌ、ここは立て込んでいるから、もう少し別の場所で待っていてくれ。」
「いいえ、エルンスト様。王国貴族同士の話し合いが難航しているときは、茶でもてなすのが我が王国の慣わしです。そうやって気分を変えるんですよ。この王国では400年もの間、かようにして国内の平穏を保ってきたのです。」
そうなのか?この能天気妻が言うとどうも嘘っぽく聞こえてしまうが、この2人の公爵もジャンヌと同じことを言う。
「左様だな、その女騎士団長の言われる通りである。」
「さっさと茶を出さぬか!」
場の雰囲気が、会談から急にお茶会へとシフトする。慌てて紅茶を入れて運び込む女性士官達。私の前にも、オラーフ王国で最高級と言われる紅茶が振る舞われた。
「エルンスト様、このお2人にだけ、これをお出ししたいのですが。」
そう言ってジャンヌが取り出したのは、なんと小さな容器に入ったプリンだった。どこで見つけたんだ、そんなもの?
「ああ、いいけど、そんなものどうするんだ?」
「美味しいものは気分を和ませてくれます。これを使えば、必ずやこの話し合いはうまくいきますよ。」
うーん、プリンがねぇ……私にはあまりそうは思えないが、別にプリンに害があるわけでもないし、この場はジャンヌのやりたいようにやらせることにした。
「さあ、ギレム公爵様、スミュール公爵様!お茶にぴったりのお菓子をご用意いたしました!」
といって、2人の前にそのプリンを差し出す。
「……なんだ、この黄色いスライムの幼虫のようなものは?」
「はい、プリンと申します。とっても美味しいですよ!」
「なにゆえわしが、かようにスライムごとき得体の知れぬを食べねばならぬのだ!?」
「ええっ!?もったいない。陛下もお気に召されたこのお菓子、まさか公爵様ともあろうお方が、お召し上がりになれならないと申されるのですか!?」
「う、うぐ……」
たかがプリンを食べさせるために陛下まで使うとは、大胆と言うかなんというか。変な妻である。
だが、おかげで両公爵はプリンを口にしないわけにはいかなくなった。恐る恐るスプーンですくって、一口食べる。
「!!な、なんだこれは……!」
そのプリンは、どうやら彼らの想像を超える味だったようだ。2人共、スプーンを持つ手が一瞬止まる。
「き、騎士団長殿!これは一体どこで……」
「ええ、王都ルモージュにある宇宙港で手に入りますよ。」
「う、宇宙港でじゃと!?このようなものが!?それはまことか!?」
面白いくらいショッキングな姿勢を見せる2人の公爵。彼らにとって、そんなに衝撃的だったのだろうか、あのプリンの味は。
だが、考えてみれば確かにこの王国内には甘いものがほとんどない。貴族といえども、甘い食べ物は「贅沢品」のようだ。それゆえ彼らには「甘い」という言葉すら存在しないほどだ。
だからこそ、この甘みたっぷりのプリンが絶品に思えたのだろう。2人の公爵が、ジャンヌの差し出したプリンに凋落された瞬間である。
が、だからといって会談が進展するわけでもない。この場はたかが美味しいものを食べたというだけに過ぎない。それで和やかな雰囲気に変わるきっかけにでもなればいいが、根本的に論点が噛み合わないこの両者が、それをきっかけに和やかになろうはずもない。
しかし、ジャンヌの放った次の一言が、この両公爵を動かした。
「ねえ、エルンスト様。この領地を諦めた方に、このプリンを作る工場の権利を譲る、というのはいかがですか?」
「は?プリン工場の権利を?」
おそらくジャンヌは、宇宙の果てから運ばれるこのプリンを、もっと手軽にたくさん食べたいがためにそんな提案をしたのだろうと思う。
だがこの一言で、2人の公爵の言い分が変わった。
「うむ、仕方ないな。ならばスミュール家にこの土地を譲ることにいたそう。陛下にはわしから進言いたすゆえ……」
「何を申されるか!ここは陛下よりギレム家の土地と定められた場所!そなたこそがこの土地の支配者であろう!」
急に両者の主張が180度転換した。にしても、たかがプリンを作る工場ごときで、こうも主張が変えられるものなのか?
だが考えてみれば、この地はとにかく甘いものが少ない。それゆえに、このプリンの持つ甘みは非常に魅力的だ。たかが甘味と侮るなかれ、食べ物の持つ力は、我々が考える以上に大きい。
かつて、私の星でも香辛料の入手手段を巡っての争いや、新ルートの開拓というものが行われていた。この星でも、香辛料や茶の入手ルートを巡った争いというものが、現実に起きている。食べるということは人間の欲望の中で最も基本的なもの。食を制するものは、国をも制する。だから、この甘美な食べ物の生産拠点を手に入れることの影響力の大きさを、この2人の貴族はおそらく肌で感じ取ったのだろう。この権益の大きさは、たいしたものを生み出さないこの領地よりも大きい。
が、これはこれで逆に収まらなくなってしまったぞ。どうする、ジャンヌよ!?
「ギレム様、スミュール様。ならば、この地にプリン工場を作り、それをお2人で半々に運営されるというのはいかがでしょうか?」
「は、半々」
「だと!?」
能天気に領土を半分こにしようと主張するこの女騎士団長に、唖然とした顔で見上げる両公爵。この詭弁に、さすがの私も戦慄を覚えた。
が、その2人の公爵の前で、さらにもう一つのプリンを取り出すジャンヌ。
「この小さな一つのプリンを半分づつ一緒に食べるとですね、どういうわけかとても味が深くなるのでございますよ。お2人で領地も工場も半々にされる方が、とても良いものが作れるとはお思いになりませぬか?」
といって、小さなプリンをスプーンですくい、双方に代わる代わる食べさせるジャンヌ。
「う、うむ。」
「そうでござるな。」
頬を紅潮させて、可愛く微笑むジャンヌからプリンを食べさせてもらう2人の公爵。ジャンヌのこの演出に、両公爵ともすっかり心を奪われてしまったようだ。案外チョロいな、この2人は。
そしてこのジャンヌの提案を、2人の公爵は受け入れる。その先は交渉官らとの「プリン工場」の建設についての話題に移った。
そこで2人の交渉官はこの地への製菓工場の誘致を地球294に働きかけると宣言して、ついにこの2人の公爵は停戦に合意した。
ジャンヌの介入から、信じられないほど短時間で停戦交渉がまとまってしまった。我々は今、艦橋にてギレム軍とスミュール軍が引き上げていくところを監視している。
日が暮れ始めた平原の光景を、この艦橋の大きな窓で眺めて無邪気に喜ぶジャンヌとマリー。そんなジャンヌに、私は話しかける。
「なあ、ジャンヌよ。」
「なんでございましょう、エルンスト様。」
「お前は最初から、こういう展開を見越してプリンを持ち出したのか?」
「いえいえ、私はただ、あのお2人に美味しいプリンを食べてもらいたいなぁと思っただけですよ。」
さらりと言ってのける我が妻ジャンヌ。だが、私にはとてもジャンヌの言葉通りには受け止められない。案外この妻は、私以上の策士ではないのか。そういう疑念が頭をよぎる。
ともかく、ジャンヌの機転のおかげもあって、この両公爵家の領地争いは無血のうちに幕を下ろすことができた。いや、プリンのおかげと言うべきか。
それにしても、連合始まって以来最も交渉が困難な星と言われたこの地球813だが、案外まとめるのはたやすいことかもしれない。先行きが見えないこの星の統一政府樹立への働きかけに、私は一筋の光を見出したようであった。




