#3 追放エルフ
森の民、エルフという種族が存在することは、この星に来た直後に私も知った。
だが、そのエルフに直接会うのは初めてだ。この森の奥にエルフやドワーフと呼ばれる亜人の里が存在することも知っていたが、人族との接触を嫌うと聞いており、会いに行ったことはない。地球294政府でも交渉官の派遣を検討していたが、オラーフ王国の人々を仲介した事前交渉が難航しており、いまだ実現してはいない。
そんなエルフに、何の前触れもなくいきなり出会えてしまった。噂通り、容姿端麗で、幻想的な雰囲気の種族だ。
だが、希少な種族との出会いに、私は次の瞬間、幻滅することになる。
「な、なんだねあんたら!人族がなんの用だべか!?」
……なんだ、この言葉遣いは。訛りがひどく、私の描いていたエルフのイメージとはかなり違う。ジャンヌがそのエルフに尋ねる。
「あなた、エルフでしょう?」
「そんだよ!この森の奥の里に住んでるんだよぉ!」
見た目は人間離れした美形のエルフだが、話し言葉がなあ……考えてみれば、人里離れた森の奥でひっそりと暮らしている種族だ。訛りがひどいのも当然か。
「足を怪我してるじゃない!大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよぉ!わだす一人で歩けるっから……いででで!」
全力で我々の助けを拒もうとするエルフ。だが、左足首を先ほどのコボルトの1匹に噛まれたようで、とても立てそうにない。
彼女の足首には、コボルトの歯型がくっきりと残っている。出血は止まっているようだが、そのままでは化膿しかねない。
「こりゃひどいな。とりあえず、応急処置をしておくか。」
怪我に備えて、私は持っていた救急セットを出し、このエルフの足の消毒と傷口の処理をすることにした。
が、エルフにも我々と同じものを使ってもいいのだろうか?でもまあ、飲み薬じゃないし、消毒自体はどんな動物でも通用するから、多分大丈夫だろう。
「な、何するだね、わだすの足に!わだすは平気だって……いででで!」
「こらっ!人族のことを少しは信用しなさい!じっとしてる!」
ジャンヌに一喝されて、応急処置を受けるエルフ。傷口を消毒して、絆創膏で塞ぐ。
「あなた、この先のエルフの里にいるエルフでしょう?」
「んだけど、わだすは……」
「このままじゃ帰れないでしょう。連れてってあげるわ。」
「えっ!?いや、わだすは……」
「いいからいいから!ねえ、ヤコブ!彼女を背負ってあげて!」
「はい、団長殿!」
結局このエルフは、副団長のヤコブ殿に背負われる。そのまま、この先にあるというエルフの里へと向かうことになった。
「いや、わだすに構わず行ってけんろ!里に行っちゃなんねえだ!」
このエルフ、道中ずっと里に連れて行かれるのを拒み続ける。エルフという種族は、そんなに人の世話になるのが嫌なのだろうか?
だが、仮にも宇宙艦隊の司令をしている軍人が、民間人を置き去りになどできない。構わず我々はこのエルフの住む里へと向かう。
やがて、森の中に木の柵が見えた。柵の切れ目、出入り口と思われる場所には、耳の長いエルフの男が立っている。どうやらあそこがエルフの里のようだ。
「ちょっと待て!なんだおめえらは!?」
その見張りと思われるエルフの男が、我々に尋ねてくる。私は応える。
「この先の森の中で、コボルトに襲われて怪我をしたエルフを保護した。そのエルフを連れてきただけだ。」
「なんだと!?おい、おめえ、マリーでねえのか!?」
「なんじゃと!?マリーが帰ってきただか!?」
入り口の奥から、さらにもう3人のエルフが現われる。叫んだのは、真ん中にいる年老いたエルフだ。
「おい!マリー!なぜに里さ帰ってきた!?」
「あ、婆様、森の奥でコボルトに襲われて、この人らがわだすを連れてくって言うんで……」
「追放された身でありながら、さらに人族に頼り、この里に人族を招き入れるとは何事じゃ!戻ってくるな!さっさと出て行け!」
突然、罵声を浴びせ始めるその老エルフ。マリーというこのエルフは、その怒号にびびって座り込んでしまう。
だが、どういうことだ?このエルフは追放された身なのか?いまいち状況を飲み込めない。私はこの老エルフに尋ねた。
「あの、追放って、こんなモンスターだらけの森の中、エルフが1人で生きていけるわけないじゃないですか!一体彼女は、何をやらかしたんです!?」
「こやつ、最近この辺りの空に現われる灰色の石砦に興味を持ったんじゃよ。それを探るために度々里を飛び出すもんじゃから、追放することになったんじゃ。」
「ええと、石砦ってもしかして、我々の駆逐艦のことですか?」
「なんじゃ、やはりあれは人族のもんじゃったのか!迷惑なんじゃよ、まったく!こやつだけでなく、他のエルフらまで興味を持ち始めとる!おかげで近頃、この里は大いに乱れとるんじゃ!どうしてくれる!」
「いや、でも外に飛び出したからって即追放って……たったそれだけのことで、処分が重すぎじゃないですか!?」
「他のもんも同調しかねんから、見せしめじゃよ。まったく、ええ迷惑じゃ!とにかくマリーとそこの人族よ!二度とこの里に近くでねぇ!分かったか!」
「って、ちょっと!このエルフ、どうするんです!?」
「知らん!もう追放した身じゃけ、煮るなり焼くなり、お前らの好きにせい!」
そう言って、老エルフは奥に引っ込んで行った。
「そういうわけだ、マリーもここに戻るんでねえ!お前ら人族も、さっさとどっかに行きやれ!」
見張りのエルフも、このマリーというエルフに向かって出て行けと言う。なんて薄情なやつらか。
私はどうしても納得がいかない。が、下手に騒ぎ立てると我々とエルフの間に埋めがたい亀裂が生ずる。今後のことを思うと、これ以上の介入はかえって野暮だ。
というわけで、結局そのマリーというエルフを連れたまま元来た道を歩く。
「男爵様、どうします?このエルフ。」
「うーん、まさか放置するわけにはいかないし……どうしようか……」
突然のことで、こちらも困惑中だ。副団長に背負われたこのマリーと言うエルフは、先ほどの老エルフの罵声によるショックで泣いている。
ここに置いて行けば、さっきのコボルトの群れのようにモンスターに襲いかかられる未来しか想像できない。そうなっては、何のために助けたのか分からなくなってしまう。かといって、エルフってどこに預ければいいのか?
などと考えていると、突然ジャンヌが突拍子もないことを言い出した。
「そうだ!ねえ、エルンスト様。このエルフ、うちの使用人にしませんか?」
「えっ!?」
「えっ!?」
ジャンヌのこの言葉に、私とエルフが同時に反応する。
「ジャンヌ、何を言い出すんだ!?第一、いいのか?エルフを王都に連れて行っても!?」
「いいんじゃないですか?王都でも別に珍しくはないですよ、亜人は。それに、このままじゃこのマリーちゃん、コボルトかスライムの餌になるだけですよ?」
「うん、確かに。」
「どうせ広いお屋敷で2人しか住んでいないんですから、マリーちゃんにお部屋を貸してあげましょうよ!」
ジャンヌらしい提案だ。しかしこの場合、他に案はない。確かに我々だけではあの屋敷を持て余していたし、1人くらい増えても問題はないだろう。
「ええっ!?わだす、人族の家で暮らすんすか!?そだなことしたら、わだすますます里に帰れねえべ!」
「じゃあ、ここにおいていかれたほうがいいの?夜になるとこの森、オークも出るのよ?ここの住人なんだから、それくらい知ってるでしょう?」
「う、うう……」
「あんな堅物な婆さんなんて、すぐにくたばるわよ!それまでうちにいて、里に帰る機会をうかがえばいいんじゃないの?」
「ん、んだな……どうせ今でも帰れねえし……」
ジャンヌの提案に、こくりとうなずくエルフ。もっとも、このエルフも他に代案を持ち合わせていないから、受け入れざるを得ない。
「なあ、ヤコブ殿。大丈夫だと思うか?エルフを王都の、しかも貴族の住宅街に連れていっても。」
「大丈夫じゃないですか?よく犬耳や猫耳の亜人を連れ込んでる貴族もいると聞いてますからね。エルフならなんの問題もないんじゃないですよ。」
うーん、そうなのか。そういうマニアな貴族もいるのか。ならば、エルフくらいどうってことないな。
「だ、だどもわだす、料理作れねえべ?掃除できねえべ?使用人と言っても、役にさ立たねえべよ?そんなエルフで、ええんか?」
「いいわよ、掃除や洗濯、調理はロボットがやってくれるから。」
「ろ、ろぼっと?なんだべ、それは?」
あの広い屋敷を使用人なしで維持できるのは、掃除、洗濯、そして調理用の様々なロボットがあるからだ。屋敷を頂いてすぐに小型の核融合炉を導入して屋敷を電化して、あらゆる自動化機器を購入した。おかげでこの3か月ほどを、使用人を必要とせず暮らしてきた。
だが、私がいない間はジャンヌはひとりぼっちになる。こんな妻だ、ひとりではすぐに暴走してしまう。だからジャンヌの相手役が欲しいと思っていたところだ。もしかすると、私にとってもこれは願ったり叶ったりではないか?
さて、我が家で引き取ると決まれば、このエルフの足の怪我をどうにかしないといけない。私は、王都宇宙港そばに出来たばかりの軍司令部に電話をする。
「はい、こちらルモージュ司令部。」
「エルンストだ。申し訳ないが、王都西門まで車の手配を頼みたい。」
「はあ、よろしいですが、本日閣下は非番ですよね?よろしければ、用途をお知らせください。」
「王都の外で怪我をしたエルフを保護した。診療所に輸送したいんだ。」
「はい、承知いたしました。すぐに手配します。」
私の要請で、王都の西門に無人送迎車を回してもらうことになった。本当はここまで送迎車に来て欲しいところだが、まだマップの整備ができておらず、王都の外を無人車が走ることができない。このため、自動運転エリアギリギリまで迎えに来てもらう。
それから20分ほどかけて王都にたどり着くと、門の横に黒い車が停まっていた。
「では、男爵様、ジャンヌ様。あとはよろしく頼みます。」
副団長のヤコブ殿はこのマリーというエルフを車の後部座席に下ろす。
「な、なんだねぇ、これは!?」
「車だよ。」
「くるま!?なんだそれは!?」
いちいち説明するのが面倒なので、さっさと車を動かす。百聞は一見にしかず、動いてるところを見れば、どういうものかすぐ理解できるだろう。
すると今度は、走り出した車の中で騒ぎ出すエルフ。
「ななななんだねこれは!?馬がねえのに、走っとるよ!?どないなっとるね!」
動いたら動いたで、うるさいエルフだ。けが人だというのに、もうちょっと静かにできないのか?
が、王都の街中を走る始めると、マリーは急に静かになる。窓の外に見える風景に釘付けのようだ。考えてみれば、森の奥のあの殺風景な集落しか知らないようで、この見慣れぬ人族の街に興味津々なようだ。
が、王都から宇宙港の街に入ると、マリーはさらに異なる光景を目にすることになる。
黒いアスファルト路面、信号機、行き交う人々の服装、全てが初めて見るものばかり。明らかに王都とも違うこの街の光景に、このエルフは混乱気味のようだ。
「……あの、なんだすか、ここは?本当にここは、人族の街なんかねぇ?」
「そうだよ。だけどここはね、地球294という遠い星からきた人々の街。王都ルモージュとも違う街なんだよ。」
「ほ、星から来た!?あの光る星から人が来たんかいね?」
その説明をどこまで理解したのかどうかわからないが、人族の街を見慣れていないエルフでも、この街が異なる場所であることを肌で感じたようだ。
こうして、宇宙港のすぐ横にある、できたばかりの診療所の前に着く。私は車から降りる。
「歩けるか?」
「だ、大丈夫だべ、ちょっとくれえなら……」
多少ぎこちないが、さっきよりは動けるようになったようだ。そのまま彼女を連れて診療所に入る。
「あの……エルフって、人間と同じ薬使ってもいいんでしょうか?」
診療所で診察を受けるマリー。だが、エルフは初めてだという医者が、私に尋ねてくる。
「さあ……輸血や飲み薬などは無理でしょうが、湿布や消毒薬くらいならいいんじゃないでしょうか?」
医者でもない私が、医者に治療のことを意見している。その私の言葉を受けて、消毒薬やシップ薬を貼り付けるその医者。
「んーっ!なんだか足さ痛いけど、さっきよりは楽になった気がするべな!」
治療が終わり、診療所を後にする私とジャンヌ、そしてマリーという名のエルフ。
「じゃあ、家に帰るか。」
「ちょっと待って!せっかくここまで来たんだし、宇宙港の売店に寄りましょう!」
ジャンヌが提案する。彼女のお目当は、だいたい察しがついている。
「なんだ、またビッグプリンを買うのか?」
「そうですよ。せっかくだから、土産を買っていってもいいじゃないですか。」
「びっぐぷりん?なんだべ、それは?」
「マリーちゃんも見ればわかるよ!さ、行こう行こう!」
マリーの手を引いて宇宙港に入るジャンヌ。そのままエスカレーターに乗って、2階にあるロビーの土産物屋へと行く。
この3か月、私とマリーは何度もここを訪れている。ジャンヌがプリンの味を知ったのは、初めてここを訪れた時のこと。今は好物のあのビッグプリンを売店の店頭で見たのがきっかけだ。
「なんでしょう、この黄色いスライムのようなものは!?」
当時のジャンヌがそう評したこのビッグプリン。試しに買って食べさせたら、すっかり大好物になってしまった。
動く階段、壁一面ガラスの建物、時々降りてくる巨大な宇宙船、そして、色とりどりの品が並ぶ土産物屋。人族の街にすら慣れていないエルフにとっては、ここが同じ世界のものだとは到底信じられないといった様子だ。
「……わだす、夢でも見とるんかね?」
すっかり混乱気味のこのエルフに構わず、我々は土産物屋にたどり着く。ジャンヌはお目当てのビッグプリンを見つけ、早速マリーに見せる。
「ほら、これだよ、これ!」
「うわぁ!なんだねこれは!?黄色いスライムでねえか!」
「スライムじゃないよ、美味しいよ、これ。」
やはりこのエルフにも、こいつはスライムに見えるか。この星に存在するものでプリンにもっとも近いものといえば、やはりスライムのようだ。
「マリーちゃんも、絶対に気に入ると思うよ!家に帰ったら、早速食べよう!」
「ええっ!?このスライムを食うんけ!?」
そして、戦々恐々のエルフを連れて屋敷に戻り、このスライム……ではなく、プリンを開ける。
「……ほんとにこれ、食えるんか?わだすにはとても食べもんに見えんけど……」
「大丈夫よ。ほら、こうやって食べるんだよ。」
ジャンヌは大きなスプーンですくって、マリーの前で食べてみせる。
怪訝そうな顔つきでそれを見るマリー。恐る恐るスプーンでプリンをすくいとり、口に運ぶ。
「!!なんだべ、これは!!黄色いスライムが、こんなに美味いもんだったんか!」
「いやあマリーちゃん、これスライムじゃないよ、プリンだよ。」
「これ、プリンっていうんだべか!?いやあ、信じられん美味さじゃなぁ……」
その後、この巨大プリンを無言で食べ続けるマリー。どうやら気に入ったらしい。こうして、また1人プリン好きが増えてしまった。
そしてこの日から、マリーは我が家の住人となった。




