#31 トカゲ人間との乱戦
そういえば、オルバーニュ村は以前「魔女狩り」が行われた村だった。
そんな村に、本物の「魔女」が来てしまった。
が、その本物の魔女のクレアは、オルバーニュ村で大歓迎を受ける。
村の中心で、トラックや大きな岩を軽々と持ち上げるこの怪力魔女を一目見ようと、大勢の村人が集まっていた。
「うわぁ!魔女さん凄い!」
口々にクレアを讃える声が聞こえてくる。が、この村で魔女でない者を魔女として裁いて殺めそうになったのは、ほんの数ヶ月前のことである。あの時の魔女に対するヒステリックなまでの嫌悪感はどこへやら、変われば変わるものである。
「ん~んまいでふ~!」
この魔女は特に力を誇示しようとか、そういう欲はないらしい。ただ、美味しいものが食べられればいいらしい。ショーの後は村の中の飲食店で食事に勤しんでいる。
食事を終えて外に出ると、この魔女はとんでもないことを言い出す。
「ねえ、トオル、あそこのクレープ食べよう!」
「いいっすよ、何がいい?」
「うーん、あ!あのビッグサイズってやつ!」
ついさっき6人前の定食を食べたばかりだというのに、オーガサイズのあの大きなクレープを一人で食べるとか……もはや底なし沼だな、この魔女の胃袋は。
考えてみれば、あれだけの力を持つ魔女だ。相当エネルギーを使うのだろう。大食いなのもうなずける。
「うう……な、なんかきたっ!」
クレープ屋を出て歩いていると、トオルが大声を出す。彼はその場で立ち止まり、身体を硬直させている。
「どうした!?」
「い、いや突然、寒気が……」
今は冬だ。寒気がするのは当たり前だが、別に急に気温が下がったわけでも、冷たい風が吹いたわけでもない。何か変だ。
「おい!そこの准将!」
私に向かって投げやりな呼びかけをするのは、リョウコ研究員だ。私の方に駆け寄ってくる。
「どうしたんですか?」
「今突然、ワームホール検出器が反応した!」
そういえば、このトオルという男はワームホールが近くにあると、寒気を感じると言っていたな。さっきの寒気とは、もしかしてワームホールが原因か?
「どの辺りに発生したか、分からないんですか?」
「分かるわけないだろう!とにかく近くよ、近く!」
なんだ、場所まではわからないのか。携帯型ワームホール検出器というのは、あまり役に立たない。
いや、待てよ。ワームホールが発生した直後に異変が起きることがあるようだから、警戒した方が良さそうだ。私は司令部に連絡する。
「エルンストだ、陸戦隊、戦闘準備せよ!」
「こちら司令部、何かあったんですか!?」
「ワームホールが検出された。サイクロプスやゴーレム発生時にも同様の現象が起こっていると言われている。念のため、モンスターの襲撃に警戒せよ!」
「了解!陸戦隊、戦闘準備!」
特に今、何かが起きているわけではない。クレアという魔女は、大きなクレープをもしゃもしゃと食べている。村も穏やかで、平和そのものだ。
だが、妙に胸騒ぎがする。何度か戦闘をくぐり抜け磨かれた感性が、いつもと変わらない村の光景の向こう側から何かが迫るのを感じていた。
と、その時だ。
「た、大変だーっ!」
1人の男が、村の東側から叫びながら走ってくる。
やはり、何かがきた。私とジャンヌは、その男の方に向かう。
「どうした!?」
「り、リザードマンだ!たくさんいる!」
リザードマンだと?なんだそれは。
「ジャンヌ、なんだ、リザードマンとはなんだ?」
「トカゲの頭を持った戦士ですよ。剣を持ち、人には容赦なく襲いかかってきます。剣の腕も……」
ジャンヌがそう言いかけた時、また叫び声がする。
「た、助けてーっ!」
事態が相当悪化していることを知らされる叫び声だ。近くで誰かが襲われている。
声の方に向かうと、そこにいたのは1人の女性、そして、その女性に向かってくるモンスターがいる。
顔はワニのようなトカゲのような、緑色の大きな口を持つ2本足のモンスター。皮の鎧を身に着けて、長い剣を持っている。
その剣を、女性に向かってまさに振り上げようとしていた。
私は銃を取り出し、発砲する。バンッという乾いた音がするのと同時に、そのモンスターは後ろに倒れる。
「大丈夫か!?すぐに下がれ!」
私はその女性に声をかける。だが、すぐに次のモンスターが現れた。
そのモンスターが剣を振り上げてくる。私は銃を向けた途端、何かが飛び出した。
それは、ジャンヌだった。さっき倒したモンスターの剣を奪い、新たに現れたモンスターの剣を受ける。
剣をクロスし、ジリジリと音を立てて対峙する両者。だが、ジャンヌは力のある剣士ではない。リザードマンの力に圧されている。
「ジャンヌ!伏せろ!」
私が叫ぶと、ジャンヌは素早く剣を振り払って後ろにジャンプする。私はモンスターの頭を撃つ。
バンッという音とともに倒れるそのモンスター。私は、血を流して倒れたそのモンスターをじっと見る。
これが、リザードマンか。
ふとその向こうに目をやると、2、30匹のリザードマンが見える。その数は、まだまだ増えている。
「閣下ーっ!」
後ろから誰かが叫ぶ。どうやら、司令部の人間だ。
「援護します!陸戦隊もまもなく到着します!」
「頼む。まだ向こうに民間人がいるかもしれない。可能な限り前進し、救出する。」
「了解!」
その士官と、さらに続いて到着した数人の兵と共にリザードマンに向かって発砲する。だが、数が多過ぎる。撃っても撃っても、次々に沸いてくるようだ。
ようやく後方から、2足歩行重機が3体到着した。私はその重機に向かって、発砲するよう手を振る。重機隊は横に並び、発砲する。
といっても、ここは村の住宅地だ。民間人もいる可能性がある。まさか肩に付けられた10センチ砲をぶっ放すわけにはいかない。
腕につけたサブの火器を使用し、リザードマンの部隊を掃討する重機隊。口径は私の持つ銃と同じだが、こちらは連射が可能だ。ババババとけたたましい音をたてて、道にあふれ出すリザードマンらを次々と倒していく。
だが、その攻撃を受けて、リザードマンらは建物の方に向かう。不味いな、彼らは村の建物に篭って籠城戦をするつもりのようだ。
陸戦隊の歩兵が到着する。彼らは銃を握りしめて、そのリザードマンを掃討すべく突入する。
村の中心部で、市街戦のような状況に突入してしまった。もう少し初動が早ければ……いや、せめてこの村が柵で囲まれていたら……
「各員に告ぐ!リザードマンは相当な剣の腕を持っているようだ!気を抜くな!」
スマホを無線モードにして、周囲の兵に呼びかける。しかし、どれくらいのリザードマンが村に入り込んでしまったのだろうか?村人の犠牲者はいるのか?ここからは、まったくわからない。
陸戦隊の歩兵は全部で30人。リザードマンが立て篭もったと思われる建物は7つ。建物1つあたり3人を突入させて、残りの9人と重機隊でリザードマンがさらに村に侵入するのを阻止する。
だが、建物の中に潜むリザードマンを相手にするのは容易ではない。村人が出てくるかもしれない。銃を持っているとはいえ、接近戦を余儀なくされる状況。我々の方が不利だ。
だが、ここである装備を使用する。
ドローンが数機、飛来する。2、3階建の石造りの建物をスキャンして回るドローン。
あのドローンは電波を出している。反対側には、建物内を通り抜けた電波を受信するドローンがいる。
電波のわずかな強弱を感知して、建物内を透視している。これで中に潜んでいるリザードマンの位置を把握しているところだ。
その結果、わずか3分ほどで、中には16体のリザードマンがいることが分かった。
「……よし、突入する。」
この時点で、何人かの村人が倒れていることも分かった。私は自身の領地に対する防衛意識の低さに、いまさらながら後悔しているが、今はそんなことを気に病んでいる暇はない。
リザードマンの殲滅、それが今なすべきことだ。
「ななな何でまたこんなことに……」
トオルとクレアが、目の前で起きている惨状に驚愕している。先ほどからの戦闘で数十体以上のリザードマンの死体が転がっており、あののどかで平和そのものだった村が一変したからだ。
「残念ながら、この星ではよくある光景だ。トオルとクレアは、後方に下がれ!」
2人を西側に向かわせようとすると、正面から再びリザードマンの集団が現われる。その数、およそ20。
すぐに重機が応戦する。銃の掃射により半数ほど倒したところで、のこりは建物内に隠れてしまう。
まずい、数が増えてしまった。中に入られると、掃討するのが厄介だ。手前で止めないと、意味がない。
この調子では第3波もありそうだ。私は重機隊に前進を命じる。
「重機隊、前進し村の入り口付近でリザードマンの侵入を阻止せよ!」
「了解!重機隊、前進します!」
3体の2足歩行重機が前進する。私もその後ろについて前進を続ける。
村の入り口付近までやってきた。やはりというか、リザードマンが現れた。
第3波は、かなりの人数だ。ゆうに30は超えている。まだ奥にもいるようだ。
一体どこから、これほどの数のリザードマンが現れるのか?ジャンヌの話によれば、サイクロプスの時と同様に、彼らも突然現れて、そして消えるという。
とても自然現象には思えない。まるで何かの意思のよって仕向けられた現象としか考えられない。しかし一体、誰がこんなことを……?
などと思考を巡らせている場合ではない。目の前には敵が迫っている。
「どいてどいて!」
その時、後ろから叫び声が聞こえる。振り向くと、両手に大きな岩とトレーラーの荷台を抱えたあの魔女が立っていた。
「は?クレア、そんなもの一体……」
「壁になるものがないと、あの化け物が入って来ちゃうでしょう!これを並べるんです!」
そうか、バリゲードを築くというのか。重機隊と私が道を譲ると、クレアは前進する。
すでにリザードマンは迫っていた。5匹のトカゲ男がクレアめがけて襲いかかる。私は銃を構える。
「ふん!」
するとクレアは、手に持っていた岩でリザードマンを叩き潰す。その脇にトレーラーの荷台を並べる。
「もうちょっと、壁になりそうなもの持って来ます!」
「いや、いい!これで十分だ!クレアは西側の村の広場に退避!あとは、我々に任せろ!」
「はい!」
トオルが現れて、クレア共々避難する。
「ジャンヌも退避しろ!」
「いえ、私は跳馬騎士団の団長です!王国内でのモンスターの襲来を、放っておくわけにはまいりません!」
リザードマンから奪った剣を握ったまま、私の後ろに立つジャンヌ。私は言う。
「分かった!今から建物内のリザードマン掃討に向かう!ついてこい!」
「はい!」
「重機隊はバリゲードを防衛線として、なんとかリザードマンを食い止めろ!」
「了解!」
加えて、私は司令部に哨戒機隊の発進を要請をする。彼らの狙いは、このオルバーニュ村だ。どこから侵入してくるかわからない。全方位に警戒する必要がある。
私は村の建物に向かう。すでに掃討戦が始まっていて、あちこちで陸戦隊員らがリザードマンを倒していた。
「あとは、この建物だけですね。ドローンによる調査で、2階に3匹、3階に4匹です。」
「他に村人はいたか?」
「すでに絶命していた者が8人、重傷者3人、軽傷2人です。生存者はすでに後方に送りました。」
「そうか……分かった。戦闘を続行せよ。」
「了解!」
やはり犠牲者は出ていたか。リザードマンの方は建物内だけですでに20匹以上いる。外はおそらく100を超える数が死んでいる。
そもそも、もっと手前で侵攻を食い止められなかったのか。軍の施設に併設する村にしては、あまりに脆弱すぎる。灯台下暗し、というやつだな。私は反省する。
陸戦隊は村の住宅地で掃討作戦を続けており、最後の建物に突入を開始する。その様子を、私とジャンヌは下から見上げる。
「あそこが抑えられれば、村の中からリザードマンを排除できる。それから外の守りを固めて……」
私がジャンヌとそばにいた士官と話をしていた、その時だ。
突然、後ろから何かが飛び出して来た。
「閣下っ!」
士官が叫ぶ、私は振り向く。そこにいたのは、剣を突き立て突進してくるリザードマンだ。
ジャンヌと士官が近すぎる。バリアが展開できない。銃も間に合わない。このままでは、やられる。
そう思ったその時、ジャンヌが持っている剣で、リザードマンの剣を受ける。
真っ直ぐ私に向けられていたリザードマンの剣は、ジャンヌの剣によって左側に逸れていく。ギギギッと剣同士がかすれ会う音が聞こえて、私はぎりぎり助かったことを悟る。だが、そのままジャンヌを力押ししようとするリザードマン。私はとっさに銃を取り出す。
私と、横にいた士官が同時に発砲する。
バンッバンッ!と2発の銃声が鳴り響き、リザードマンの頭部と胸を撃ち抜く。反動で後ろに弾き飛ばされ、倒れるリザードマン。
「大丈夫か!?」
「はい、なんとか。」
そう答えるジャンヌ。だが、よく見ると腹のあたりの服が切れている。
「おい、斬られてるんじゃないか?」
「いえいえ、大丈夫ですって!」
そう応えるジャンヌだが、明らかに血が滲んでいる。私は服をめくる。
左腹の脇のあたりから、血がにじみ出ている。リザードマンと剣を交えた時、剣が掠めたようだ。
「おい、怪我をしているぞ!すぐに後方に下がれ!」
「こんなの軽傷です!まだ戦えます!」
「だめだ!!」
私はジャンヌの右腕を握りしめ、彼女の剣を取り上げた。
「……我々軍人の本分は、地上にいる人々の生命を守ることだ。ここではジャンヌは、守られる側の人間だ。だから、後のことは任せて欲しい。それに……」
ジャンヌの持っていた剣を、そばに捨てながら言った。
「お前が倒れたら、私の戦う理由がなくなってしまう。」
それを聞いたジャンヌは、短く応える。
「はい、仰せのままに……」
陸戦隊員1人が付き添い、村の西側にある広場の方へと歩くジャンヌ。
それを見届けた私は、スマホを無線モードにして呼びかける。
「陸戦隊へ、建物の外にも若干数のリザードマンが潜んでいる可能性がある。手の空いた者は周囲を探索せよ!上空の哨戒機隊へ、新たに接近するリザードマンの部隊はあるか!?送れ!」
「こちら隊長機、第4波、約60ほどの部隊を視認!村まであと100メートルで到達!これより一斉攻撃します!」
「了解、地上の重機隊と共同で攻撃せよ!」
東の方から、銃撃と砲撃の音が鳴り響く。第3波はすでにクレアの築いたバリゲードの手前で壊滅。あの様子では第4波も、時間の問題だ。
ついさっきまでのどかで平和だったこの村の住宅地は、リザードマンの死体だらけになってしまった。軍港の方にも20匹ほどのリザードマンが現れたらしいが、こちらは司令部の人員で応戦し、全滅させた。
その後も建物の陰などに数匹のリザードマンを発見するが、全滅に追い込んだ。また、第4波も程なくして壊滅する。
それから1時間ほど哨戒機隊による探索を続けたが、リザードマンは現れなかった。
戦闘は、終了した。
陸戦隊などから、戦闘後の状況確認をする。倒したリザードマンの数は全部で294、一方で村人の犠牲者は10名、重傷者は2名と確認された。最初に運ばれた重傷者のうち、1人は亡くなった。隊員の方は軽傷者3名だった。
しかし、建物の並ぶ村のど真ん中での戦闘。圧倒的な兵器差があるにもかかわらず乱戦状態に陥ったため、収拾するのに時間がかかってしまった。民間人の犠牲者まで、出てしまった。
重機隊が、後片付けを開始する。大量のリザードマンの死骸を、村の外に集め始めた。その様子を見届けた後、私は村人が集結している広場の方に向かう。
すでにこの村の人口は3千人ほどとなっている。元々の村人に加えて、軍港建設後に職を求めて集まった人々、そしてポントロワールの人々が加わり、この数ヶ月で人口が3倍も膨れ上がっていた。
疲れ切った体で歩いていると、ジャンヌが立っていた。そばにはクレアとトオル、それにデリック少佐にリョウコ研究員がいる。
「大変な戦闘でしたな、閣下。」
デリック少佐が、私に話しかけてくる。
「ああ。だが、よりによって、村の中心部で乱戦になってしまった。もう少し発見が早ければ……」
「何言ってんのよ。ここにいる3千人は助かったんでしょう!?もっと自信を持ちなさい!」
「そうっすよ、あれだけのモンスターが攻めてきて、ほとんどの人が無事で済んだんすよ。たいしたもんですって。」
「ねえねえ、トオル。ひと段落したら、またクレープ食べよう!」
皆口々に言ってくるが、ジャンヌは黙ったままだった。
怪我を手当てしてもらったようで、服の切れ目から包帯が巻かれているのが見える。だが、表情は暗い。
やはり、突っぱねるようにこの広場に向かわせたことを、少し根に持っているのだろうか?今にも泣きそうな顔、いつもの能天気で元気なジャンヌはそこには見えない。
が、ジャンヌは私のところにゆっくりと歩み寄り、そして抱きついてこう言った。
「おかえりなさい、エルンスト様……無事でよかった……」
「……ああ、ジャンヌ。ただいま。」
3千人もの人目があるというのに、私も思わずジャンヌを抱き寄せる。そうだ、今度の戦闘でも、私は無事に帰ってこられた。ジャンヌの温もりを感じながら、この安堵感と幸福を私はひしひしと感じていた。




