#13 社交界と敵艦隊襲来
私が330隻の小艦隊を率いて、中性子星域会戦で勝利を収めてから、すでにひと月ほどが経った。
そんなひと月の間に、気がつけばいろいろなことがあった。貴族同士の争いの仲裁に入ってみたり、エルフやゴブリンが我が家に居候したり、敵艦でゴーストとの対決したり、そしてオーガと交渉したり……そんな出来事が頭をよぎるこのひと月であるが、なんとそのひと月前に行われた中性子星域会戦の戦勝パーティーを行うと、陛下から通達があった。
それは貴族が集い、国王陛下が催されるパーティー。社交界と呼ばれる王族、貴族達の大宴会に、私とジャンヌは招待されたのだ。
が、残念ながらこの貴族の集まりには、亜人は参加できない。我が家のエルフとゴブリンはお留守番だ。
「はあ……それで、私にこの2人を見ていて欲しい、ということですか。」
「そうだ。社交界で、私とジャンヌが抜けている間だけだ。その間、屋敷の中を使っていてくれて構わないし、ショッピングモールに連れて行ってくれてもいい。かかった費用はちゃんと支払うし、それなりの手当ても出す。頼めるか?」
「はっ!閣下のお申し出とあらば、喜んでお受けいたします!」
あの2人だけで留守番させるのは忍びないので、マリアンヌ中尉にあの2人の世話役をお願いした。
そういえば、マリーはマリアンヌ中尉と話したことはあるが、クララは初対面となる。上手くやれるだろうか?しかし、性格的にはクララとマリアンヌ中尉は似ている。生真面目同士、なんとかなるだろう。
こうして、亜人達をマリアンヌ中尉に任せて、私とジャンヌは屋敷を出た。
屋敷の前には、迎えの馬車が来ていた。それに乗り込む私とジャンヌ。
馬車などという不便な乗り物ではなく、先日買った車で乗り付けたいところなのだが、やはり王国貴族の集まる場に自動車で乗り付けるのは、まだ御法度のようだ。こういうところは、伝統を重んじる保守的な貴族の催し物らしい。
しかしあの車のサスに慣れた体では、この馬車の硬い足からくるゴツゴツとした衝撃は少し堪える。まあ、それでも高々数百メートルの道程だ。それくらいは我慢できるだろう。
社交界が行われるのは、王都ルモージュの中心部にある王宮内の中の広間だ。この大きな広間に、様々な食べ物が集められる。
オラーフ王国は、大陸内でも比較的南寄りの領土を持つ国だ。香辛料を算出する地域や国を属領とし、またワインに適したブドウもたくさん採れる。
このため、社交界では特産品であるワインをたくさん用意している。瓶ではなく、樽ごと会場に入れて振る舞われるのだ。
今回は10年物のヴィンテージワインが振る舞われるそうだ。会場のあちこちに並べられたワインの樽。それを見たうちの騎士団長は、目を爛々と輝かせる。
「わぁっ!見てください、エルンスト様!樽ですよ、樽!ワインの入った樽が、あんなにいっぱい!」
実はジャンヌは酒好きだ。驚くほどよく飲む。私など、とても彼女のペースについていけない。ショッピングモールができる前は、王都の安いワインをたくさん買い込んでは毎日のように飲んでいた。で、最近はというとショッピングモールで見つけた「ビール」にはまっている。
アルコール度数が低いビールだが、今はまだ残暑厳しい時期、暑い日に飲むビールが格別だということに、ジャンヌは気づいてしまった。おかげで毎日、どこかのビールをぐびぐびと飲んでいる。「プリン」が貴族同士の争いやオーガとの和解に貢献したが、次はこの「ビール」かもしれない。取り憑かれたようにビールを飲むジャンヌを見ていると、そう思わずにはいられない。
この会場でも、ビールを何本か出していた。だが、伝統を重んじる貴族達だ。果たして何人、この未知の飲み物に食いつくだろうか。
伝統的な社交界にあって、およそ伝統からは外れているのは食べ物だ。まず目に飛び込んできたのは、言わずと知れたあの「プリン」だ。
大きな銀食器に作られた巨大プリン。これをさじで救って皿に取って食べる。とうとう貴族の集う社交界にまで進出したのか、プリンよ。
それ以外にも、数多くの地球294から持ち込まれた食べ物がある。従来の肉料理や野菜に混じって、フライドポテト、唐揚げ、ハンバーグ、そしてローストビーフなど。先のプリンに加えて、ケーキ、パフェ、チョコレート、ロールケーキといったデザートまで持ち込まれ、彼らの食文化にはない食べ物が会場に置かれている。
伝統ある社交界に、我々の食文化が入り込んでいいものかと思うのだが、これらの見た目はとても綺麗で豪華。だから我が地球294の食べ物は、きらびやかなこの社交界にふさわしいと思われたようだ。そういうわけで、地球294から取り寄せられた、この星の住人にとっては珍しい食べ物が、この会場でたくさん並べられることになった。
次期国王陛下となられる皇太子様のご発声とともに、社交界が始まった。皆、思い思いに食べ物を食べたり、お酒を飲んだり、歓談したりしている。
社交界が始まるや否や、私は2人の公爵に捕まった。ギレム公爵と、スミュール公爵。あの領土争いをやっていた2人の公爵が、揃って私の元にやって来た。
「おお、エーベルシュタイン男爵殿。ご機嫌はいかがかな?」
「ええ、おかげさまで、元気にやっております。」
「そうかそうか、それは良かった!」
あの騒動の後、製菓工場があの地に作られることになったが、すでにその工場は稼働している。なんでも、地球294のある場所に作られる予定だった製菓工場をこちらに回したようで、あの騒動の2週間後にはすでに稼働を始めたとのことだ。
そういえばジャンヌがオーガの山に入った時にビッグプリンをたくさん持っていたが、あれはその工場で作られたものらしい。私へのお礼ということで、たくさんのプリンを届けてくれたようだが、それをジャンヌはオーガとの交渉に持ち込んでいたのだ。
あれはこの星で作られたプリンだったのか。それが、あそこまで絶大な力を発揮するとは……やはりこの星は、プリンさえあればどうにかなりそうな気がしてくる。
それにしてもこの2人の公爵、あの時とはうって変わって仲が良い。工場の経営を巡って議論を交わしているが、持ち込まれたビールで乾杯をしながら語り合っている。亜人にあのプリンが交渉に重要な役割を果たしたと聞いて、2人は先行きにますます手応えを感じているようだ。
「いやあ、男爵殿には本当に世話になった。まさかあれほどの工場を作っていただけるとは思わなんだな。」
「おかげで、ギレム公爵殿とも上手くやっとるよ。いやあ、プリン万歳!」
すっかりご機嫌な2人だ。このまましばらく、製菓工場が成長を続け、彼らの仲を取り持ってくれればいいのだが。
もう一人、私の元に来た貴族がいる。あのオーガの山を所有する、ロベール男爵だ。
「おお、エーベルシュタイン男爵殿。」
「あ、ロベール男爵殿。」
「男爵殿に会ったら、是非伝えたいことがあってな。実はあれから……」
ロベール男爵のオーガの山の一件は、オーガとの和解という形で妥結した。だが、当初の狙いとは違う結果であるため、私は翌日、ロベール男爵の元へと伺った。
だが、ロベール男爵としては、むしろ和解にこぎつけたことを喜んでくれた。亜人を妻にする男爵にとって、やはり同じ亜人であるオーガを殲滅することに抵抗はあったようだ。だが、予想外に良い方向に動いたことで、ロベール男爵としては満足した結果のようだ。
ところで、あのうさぎ耳の亜人のカトリーヌさんがロベール男爵の妻だということを、私はこの時知った。亜人を妻とする貴族というのもいるのだな。しかし、社交界に亜人を参加させることができないためこの会場に連れて来てはいない。珍しい食べ物の並ぶこの会場を見回して、ロベール男爵は少し残念そうだ。
ところで、あの後オーガの山はどうなったのか?
我々が訪れた2日後に、地球294の交渉団がオーガの山を訪れた。その時、私とジャンヌ、マリー、クララも立ち会う。もちろん、手土産に大量のビッグプリンを持ち込んだのは、いうまでもない。
オーガらと採掘に関する話し合いをするが、相手は体長3メートルで、さほど知能が高いわけではない相手。だが、なんとか交渉を妥結。麓に鉱石加工工場を作り、鉱石そのものはオーガ達が採取し持ち込まれることになった。加工工場のそばにプリンだけでなく様々な食べ物を集め、オーガ達に提供する。土地の使用料がロベール男爵にも支払われる。この土地での採掘に関する条件は決まった。
この時オーガの娘セレナに再会するが、やはりあまり娘にはみえないなぁ。というか、私には個々のオーガの区別ができない。
会場では、他の貴族達とも語った。他の貴族達から見れば、私のことを男爵というよりは、若い司令官という認識のようだ。なお、私が社交界に参加するのはこれで2度目。1度目の時に、私はジャンヌと出会った。いきなり陛下からジャンヌを妻として賜ると宣言された、あの時だ。その時の印象で、私は司令官というイメージが植えつけられてしまった。さて、そんなジャンヌは今、この会場をビール片手に飛び回っては、料理を漁っている。
この星の人々にとっては、珍しい食べ物が並べられる。好奇心旺盛なジャンヌにとっては、この上ない社交界だ。何か面白いものを見つけたらしく、私の手を引いて連れて行く。
「ねえねえ、エルンスト様。あの白いプリンのような食べ物は、一体なんですか?」
「ああ、あれはアンニンドウフというものだ。」
「はあ、プリンとは違うのでございますか?」
「まあ、似てるといえば似てるし、違うといえば違う。甘い食べ物には違いないよ。」
「そうでございますか……要するに、食べて見ろってことですね!では早速!」
口でごちゃごちゃいうより、肌や舌で感じ取り理解するのがジャンヌだ。その未知の白いデザートを、早速口にしている。
貴族を見ると、ワインを飲む貴族が多い中、ビールを持つ者も多い。
今日は少し暑い。おかげで、ビールが進む。ジャンヌもさっきからビールばかり飲んでいるが、それにつられて他の貴族もその黄金色で泡を吹く奇妙な飲み物を口にしていた。
「そろそろビールも飽きましたわね。ワインにいたしましょうか。」
といって、なぜか私の分のワインも持ってくるジャンヌ。乾杯して、一気に飲み干すジャンヌ。私もぐいっと飲む。
フルボディでやや酸味が強いが、フルーティーで飲みやすく、スパイシーな香りにほんのりと樽の木材のような香ばしい匂いが混じっている。酸化剤などという無粋なものを使わず、実に素直な味のワインだった。
私はあまりワインが得意ではないが、これはなかなかどうして美味しい。私にも分かる、これは本当に良いワインだと。
周りの貴族達は我々がもたらした新たな食材に目を奪われているが、私はむしろこの星の伝統的なものに驚いていた。
と、そんな感じで滞りなく進むこの戦勝パーティー。新しい食べ物に舌打つ貴族達。ワインを飲む私。
だが、そんな社交界に突如、緊急の知らせがもたらされる。
会場内に現れた、軍服姿の士官。私の姿を見つけて、大急ぎでこちらに駆け寄る。
「た、大変です!閣下!」
もはや社交界に軍人が立ち入ってくる時点で、ただ事ではないことくらい察しがつく。私はその士官に尋ねた。
「何が起きた!?」
「緊急事態です!哨戒艦より連絡、連盟艦隊 約1万隻が、警戒ラインを突破しこちらに向かっているとのことです!現在、第7122中性子星域を進軍中とのこと!」
「そうか。つまり、出撃か。」
「はっ!駆逐艦2680号艦はすでに発進準備、整っております!」
「わかった。ところで、このことは陛下には?」
「すでに王都司令部より伝達済みです。閣下には、直ちに出撃されたし、と。」
「そうか。では、直ちに行く。すぐに向かうと、駆逐艦2680号艦に連絡してくれ。」
「はっ!承知いたしました!」
私は、ジャンヌを呼んだ。
「ジャンヌ、私はこれから宇宙へ行く。敵の一個艦隊が、この星に向かって進軍しているとのことだ。」
「なんですか?そんな、社交界の真っ最中だというのに……」
「今から私は行く。ジャンヌは屋敷に戻れ。マリーとクララを頼む。」
「はい、かしこまりました、エルンスト様。ご武運を。」
私は、ジャンヌと別れて外に出ようとする。だが、王宮のこの広間の出口付近で、私の名を呼ぶ声に気づく。
「エルンスト様!エルンスト様!」
その声の主は、ジャンヌだった。
「どうした!」
「あ、エルンスト様!あの、これを!」
それは、黒水晶のネックレスだった。普段、ジャンヌが身につけている、まじないのアクセサリだ。
「またゴーストに出会ってもいけませんし、ぜひこれをおつけください。」
今度の戦う相手はゴーストどころではない。黒水晶など、まるで効かない相手だ。だが、ジャンヌからの精一杯の好意だ。私はそれを受ける。
「ありがとう。これは借りて行く。必ず、生きてこれを返す。」
「はい、エルンスト様!必ず返してくださいね!ご武運を!」
こうして私はジャンヌと別れ、迎えの車に乗り込んだ。車はまっすぐ宇宙港へと向かう。
車は通関口を通り抜ける。私は、社交界用の燕尾服姿のまま、駆逐艦2680号艦の前に立つ。
まだ、アルコール中和ドリンクを飲んだばかりで効いていないため、まだ酔っ払ったままだ。だが、それと悟られず、私は背筋を伸ばし、入り口に整列する士官達の間を歩く。
「総員、敬礼!」
士官らは号令に合わせ、私に敬礼をする。私は返礼で応える。そのまま私は駆逐艦2680号艦に乗り込む。
それにしてもだ。社交界の真っ最中に敵が現れるなど、タイミングが悪い。しかもこのひと月のうちに、敵が現れるのはこれで3度目。中性子星域、王国内の黒い森、そして再び中性子星域。まったく、敵は少し勤勉過ぎる。
艦内にて、私は軍服に着替える。緊急発進に備えて、艦内には私専用の部屋があり、常に飾緒付きの軍服が用意されている。この1か月のうちに、何度この部屋を利用したことか。
やがて中和ドリンクが効いて、軍服も着用しようやく司令官らしい姿となる。私は最上階にある会議室に向かう。
戦闘が始まったわけではないので、食堂はまだ戦闘指揮所にはされていない。収集された情報を聞くために、まず会議室に集まることになった。
会議室内には、すでに幕僚達が集まっていた。私の入室と同時に、皆が起立、敬礼をする。私は返礼しつつ、幕僚に尋ねる。
「現在の状況は、どうなっているか?」
「はっ!ただいま、本艦は大気圏を離脱して、小惑星帯へ急行中。なお哨戒艦によりますと、敵艦隊はすでに中性子星域に至り、こちら側のワームホール帯に向けて進軍中とのことです。これを受けて艦隊司令部では、敵の艦隊を当星域の外軌道にある第2小惑星帯で迎え撃つべく、作戦を検討しているとのことです。」
「この星域内で戦闘をするのか……敵の数は?」
「現在確認されているのは約1万隻、一個艦隊のみです。」
「我が方と同数か。援軍要請は?」
「すでに近隣の惑星に対し行われております。現在、地球337遠征艦隊がこちらに向けて進軍中とのこと。その他、3惑星が出撃準備中とのことです。」
会議室では現状報告が続く。敵は一個艦隊で、我々と同数。戦場はこの地球813の星域内の小惑星帯。つまり、負けたら我々には後がない。
もっとも、こちらとしては引き分け以上の戦いをすれば良い。お互い弾切れまで撃ち合って敵が諦めて引いてくれれば、それで我々の目的は達成できる。この170年間、幾度となく繰り返された戦い方だ。
今回も、このままで行けばそうなるだろう。だが、それでは再び敵の侵入を誘うことになりかねない。できることなら、敵にダメージを与えて、侵攻を断念させなければならない。
この星域の問題は、ワームホール帯が集中するいわばワープ航路の交差点である中性子星域から近過ぎることだ。敵味方がよく利用する航路から、たった一回のワープでたどり着けるこの星域は、発見当初から戦闘多発が懸念されていた場所だ。今回、その懸念が現実のものとなってしまった。
さて、数時間後には内軌道の小惑星帯に着く。我が駆逐艦2680号艦に、早速、軍司令部から命令が届く。
その命令とは「第9小隊330隻は敵の後背に回り込み、敵を撹乱せよ」というものだ。
この戦闘で、我が艦隊司令部はただの引き分けにはしたくないようだ。今後のことを考えると、敵にダメージを与えたいと考えているようだ。当然の配慮だろう。それゆえに、我が小隊にこのような出撃命令が下されたのだ。
しかし相手は1万隻。いくら味方が前方に控えているとはいえ、その背後にたった300隻余りで突入しろというのは、かなり無茶な命令だ。
だが、命令である以上、従わざるを得ない。我々は出撃準備に入る。
そして、その翌日。
「レーダーに感!艦影多数!距離、2千万キロ!総数、およそ1万!連盟艦隊です!」
ついに敵は、この星域に現れた。




