#12 オーガの住む山
結局、あのゴブリンのクララは、我が家の新たな住人となった。
だがこのゴブリン、とてもよく働く。
「旦那様、何か御用はねえだか!?」
「ああ、私の机の上にあるスマホを取ってきてほしい。」
「かしこまったずら!」
すると、私の元にすっとスマホが持ち込まれる。とにかくクララは、とても真面目だ。
一方その頃、マリーはというとテレビでジャンヌと共にドラマを観ている。ますます人族の文化に染まるエルフ。そんなダメエルフよりも、クララはずっと素直で勤勉だ。どちらかを残せと言われれば、私は真っ先にあのエルフを追放して、クララを選ぶだろう。
そんな対照的なマリーとクララに共通しているのは、好奇心が旺盛なことだ。私のいない昼間、この2人の亜人はジャンヌと共に、ショッピングモールへ行っているらしい。そこで見たものを、マリーもクララも興味津々で何かを学んで帰ってくる。
スイーツの味だけではない。家具や道具、家電、そして食料品。ありとあらゆることが、この2人にとっては珍しくて仕方がないようだ。
ところで最近、ジャンヌの勧めもあって、この2人用にスマホを買った。悪戦苦闘しているようだが、どうにかこうにか使いこなしている。
マリーは、どちらかというとマップアプリを極めている。どこに何があるのかを探し出すことに、興味があるらしい。
一方、クララは言葉の意味を知ることに全力を注いでいる。だから、わからない言葉があるとすぐ検索する。文字が読めないクララだが、読み上げ機能を駆使して、どうにかスマホを使いこなしている。
それぞれ個性があるが、我が家を訪れる客人によれば、見た目のマリーに対し、元気なクララというイメージが付いている。
マリーはとても美人だ。エルフ的にはどうか知らないが、人間的には多くの男性諸君の人目を惹くほどの風貌である。
一方のクララは、あまり美人と言えるものではない。丸っこい顔に丸い鼻、人間基準ではお世辞にも美人とは言い難い。
だが、愛嬌のある顔に加えて、あの性格だ。体型は小柄ながら女性らしいし、真面目さが幸いして、意外にクララに好意を寄せている男性士官も多い。
私の屋敷は多くの来客がある。私が王都司令部の司令官であるため、当然、よく士官達が訪れる。クララを駆逐艦や司令部に連れて行ったことはないが、すでに司令部の連中に、私の屋敷にこのゴブリンの娘がいることが知られているのはそのためだ。
一方で、私はこのオラーフ王国の男爵号も持っているため、時折、王国貴族も訪れる。
今日も、そんな王国貴族の1人が訪れてきた。
「どうぞ。ゆっくりしてってけろ。」
「ああ、ありがとう。」
クララがその来客者にお茶を出す。そのゴブリンを見て、特に動じることもなくお礼を言うこの貴族。
この貴族の名は、ロベール男爵。王都の南西にある山地を領地として持つ貴族で、今日はその領地に関する相談だった。
「……で、その領地に、我々のビーム兵器用の原料鉱石が多量に存在することが分かったと、そういうことですか?」
「ああ、そうなんだ。昨日、貴殿のいる王都司令部から連絡を受けた。」
「で、その鉱石を、我々軍に売りたいと。」
「その通りだ。何もないただの山だと思っていたが、そんな重要なものが眠っていたとは知らなかった。当然、私としても売れるものであれば売りたい。」
「ならば、我が司令部の主計部に申し出ていただければ、すぐにでも採掘権の交渉を致しますが。」
「いや、それができないんだ。だから、相談に来たのだよ。」
「えっ!?できない!?どういうことですか。」
「うん、実はあの山は、オーガの住む山なのだよ。」
ロベール男爵によれば、我々地球294の人間があの山での採掘を行うには、このオーガをどうにかしなきゃならないらしい。
オーガは、比較的知能が高い。我々の分類上「亜人」に相当する種族だ。
だが、一方でオーガは人に対して好戦的だ。「食人鬼」とも言われるほどで、人を襲い、その肉を食らうと言われている。
で、問題となるのは、我々の「亜人」への対応法だ。我々は亜人を「人」とみなしているため、おいそれと手が出せない。まず交渉を呼びかけ、それでも襲いかかるようであれば「獣人」とみなして反撃をしても構わない。規定には、そう書かれているだけだ。
だが、ここには少なくとも100以上のオーガが集まっているらしい。そんな食人鬼の住処のど真ん中で見つけられた重要資源の宝庫。なんとも悩ましい事態だ。
で、男爵の相談というのは、私にオーガを「獣人」と認定してほしいというのだ。司令官クラスの人間が、オーガを獣人だと認めてしまえば、あの山にいるオーガ達を一掃できる口実になる。
「なるほど、分かりました。ですが、さすがに私も一度もその山に出向くことなく、オーガを獣人と認定するわけには参りません。一度その山に行ってみます。」
「そうか、いや、エルンスト殿に見ていただけるとありがたい。オーガ達には申し訳ないが、これも時代の流れというもの。ぜひともお願いしたい。」
そういうとロベール男爵は、ジャンヌのいる方に向かって叫ぶ。
「カトリーヌ!」
すると、ジャンヌとマリー、クララに混じってテレビを見ていた一人が、こちらを振り向く。
このカトリーヌさん、頭のてっぺんにうさぎの耳のようなものがついている。いわゆる「亜人」だ。外からは見えないが、丸いうさぎのしっぽも付いているらしい。
そのうさぎ耳の付いたメイド服姿のカトリーヌさんは、ジャンヌ達に手を振ってから、こちらに向かってくる。
「はいはい旦那様!もう終わっただね?」
「そうだ。だからもう帰るぞ。」
「かしこまり!そんだ、旦那様!あのテレビっちゅうものがどえりゃー面白いんよ!でねでね……」
「そうかそうか。」
ロベール男爵は、私に軽く会釈して、玄関から出て行った。左腕にあのうさぎ耳の亜人をしがみつかせたまま、外に出て行った。
あの手の亜人がいることを聞いてはいたが、私が実際に目にしたのは今日が初めてだ。ロベール男爵のお気に入りなのだろう。あの様子を見れば、すぐにわかる。
しかし、そんな亜人を大事にしている男爵から、一方で別の亜人の集団の殲滅を依頼された。なんとも複雑な心境だ。
翌日、私はそのオーガの住む山へと向かう。ただし、軍務ではないため、休日に自家用車で行くことにした。
というわけで、かなり危ないドライブになりそうなのだが、ジャンヌ、マリー、クララもついてくるという。
「おい、危ない場所に行くんだぞ!今日は留守番してるんだ!」
「嫌ですよ、そんなオーガが出るなんて面白そうなところ。行くに決まってるじゃないですか!それに……」
「なんだ。」
「エルンスト様の身に何かあったら一大事。妻として、どこまでもお供いたします。」
なんとなく、前半が本音のような気がするが、ともかくそこまで言われたら連れて行くしかない。
「いやあ、楽しみだべさ!わだす、山へ入るのは初めてだしなぁ!」
「おらは山さ、よう行くだよ!けんど、オーガ見るのは初めてだわ!」
後ろの席に、エルフとゴブリンが乗る。こいつらこそ置いていきたかったが、屋敷に残すのはまだ不安だ。それに、オーガとはいえもしかしたら亜人同士、話が合うかもしれない。しかし相手は残虐なオーガだ、そんな淡い期待はすぐに打ち消されるだろうと思う。
ところで、私は事前にオーガのことを少し調べてみた。
オーガ。またの名を「食人鬼」。その名の通り、人を食らうといわれるモンスターだ。これについては、宇宙での一般知識としてのオーガと、この星のオーガは共通している。
体長は2~3メートル。皮膚はゴブリン同様緑色で、簡素な布をまとい、棍棒のようなものを持っている。なお、オーガといえば男の方をさすのが一般的だが、この星のオーガは男女の区別がつかないため、どちらもオーガと呼称している。
接触経験のある武官らの証言を元に推測すると、彼らの知能は小学生低学年程度だと言われている。
残虐なイメージがあるが、彼らは縄張り意識が強く、縄張りに立ち入らないものを襲うことは基本的にないらしい。だが、一度縄張りを侵したものには容赦しない。そういう種族だということだ。
ロベール男爵自身は、あの山に立ち入ったことはないらしい。自分の領地ながら、オーガによって阻まれているため入ることができない。危険を冒してまで入ったところで、得るものも少ない。そんなわけで、あの山はほとんど人が立ち入ったことのない場所のようだ。
そんなオーガの山に、我々は車で乗り込む。私がすることといえば、オーガを逆上させ私を攻撃させて、それを口実に彼らの排除を宣言し、容赦なく殺す。それだけだ。
そういう歴史は、他の星々でも数多くみられる。侵略者のすることは、亜人相手だろうが人相手だろうが、たいして変わらない。そして今日、私はその残虐な歴史に加わる侵略者の一人となる。
考えれば考えるほど、気の進まない話だ。だが、この星からのビーム兵器の原料の調達は、今後起こるであろう連盟艦隊との戦闘を考えると、是非ともやっておきたい事案だ。この星の防衛のため、オーガ達には犠牲になってもらうしかない。
しかし、この宇宙170年の争いごとのために、オーガ達はその身を捧げる羽目になる。なんとも身勝手な話だな。私は、ますます悪役だな。
そんなことを考えながら、王都を出発して車で2時間、そのオーガの住む山に到着した。
高々と生い茂る木々に覆われた小高い山。この中に、オーガと呼ばれる巨人達が住んでいる。だが、あまりにも静かだ。とてもそんな巨人が住んでいるようには見えない。
私とジャンヌ、マリー、クララは車を降りる。そして、山中に入った。
私は登山用ウェアに拳銃、そして携帯バリアを装備。ジャンヌはやや身軽な皮鎧にレイピア、それになんだか大きな袋を担いでいる。他の2人も同じように袋を担いでいる。なんだ、何を持ってきたんだ?
思い思いの格好で、そのまま我々は山中を進む。途中、道を見つけた。これはどうやら、オーガが作った道なのだろう。大きな足跡がところどころ見える。
その道沿いを、警戒しつつ進む。オーガは近い。私はそう直感した。
その直感通りか、何かが近づいてくる。
ズシーン……ズシーン……という音が、道の向こう側から響いてきた。
やがて足音のする方向から、緑色の体で、体長3メートルほどの巨人が現れた。
四角い、いかめしい顔つきのその巨人。茶色い布をまとい、手には丸太のようなものを握りしめている。我々の姿を見つけて、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ジャンヌ達は、ここで待て。」
私は3人をその場に置いて、そのオーガへと歩み寄る。腰の携帯バリアのスイッチを手に当てて、警戒しながら進んだ。
そして、ついにその巨人と対峙する。
「ここ、オーガの縄張り。直ちに出れば、殺しはしない……」
意外なことに、まず話しかけてきたオーガ。いきなり殴りかかられるかと思ったが、拍子抜けだ。私は応える。
「それはできない。我々はここに、手に入れなければならないものがあるのだ。行かせていただく。」
まるで侵略者のように応える。いや、実際に侵略者なのだが、こう応えれば、オーガは当然攻撃してくる。それを受けて私は彼らを「獣人」と認定する。あとは、口実を得た我々の特殊部隊が突入してオーガ達を……その先のことは、あまり想像したくはないところではあるが。
果たして、この回答を聞いたオーガは、思惑通り私に殴りかかってきた。
ギギギギッという携帯バリアの反応音が鳴り響く。丸太の棒は、一瞬にして燃え尽きる。そのオーガの手には、先端が黒焦げの、短い丸太の切れ端しか残っていない。
さあ、これで逆上して、その辺の岩や木々を掴んで投げつけてくるだろう。それをやり過ごして、こちらも反撃を開始する。その瞬間、彼らの歴史が終わり、我々侵略者の血塗られた歴史が始まる。その転換点に、私は今まさに立っているのだ。
などと考えながら、さらなる攻撃をしてくると踏んでいた私は、バリアのスイッチを押しっぱなしにしていた。だが、意外なことに、オーガが私に話してくる。
「わしら、人族に悪さ、してない。ここで静かに、暮らしてる。なぜお前ら、邪魔する。」
私の意図を察したのか、それとも我々を説得しようとしているのか、想定外の行動に出た。いずれにせよ、予想以上にこいつら理知的なようだ。それをみて私は少し方針を転換し、オーガに応える。
「ならば、我々がお前達の生活の邪魔しなければ、我々がここで得たいものを、持っていっても構わないか?」
イエスと答えるなら、まだ歩み寄る余地が残る。だが、オーガはこう応えた。
「ダメだ。人族、邪魔。招き入れると、良いことない。」
ああ、ダメか。やはり歩み寄ることなど、不可能か。結局、我々はこのモンスターを滅ぼさねばならないようだ。
そう諦めかけたとき、ジャンヌが現われる。
「そんなことないわよ!人族に関わった方が、良いことあるわ!」
いつのまにか私の右側に立っていたジャンヌ。
「おい、ジャンヌ。そんなこと言って、どうするつもりだ。」
「エルンスト様、ここは私におまかせください。こやつらに、人族の恐ろしさ、思い知らせてやりますわ。」
さて、先ほどのジャンヌの言葉を聞いたオーガ。そのままジャンヌを襲いかかるかと思いきや、こう応えた。
「ならば人族、わしらに、何してくれる?」
「そうね。まずは、これを食べてみるといいわ。」
そう言ってジャンヌが抱えていた袋から取り出したのは、ビッグプリンだった。
「なんだ、それ、スライム?」
「スライムじゃないわ、食べ物よ。」
どこから手に入れてきたのか、あの袋にはたくさんのプリンが入っているらしい。それをオーガに手渡そうとするジャンヌ。
「おい、ジャンヌ!危ないぞ!」
「平気ですわ、エルンスト様。私を誰だとお思いですか?」
まあジャンヌならば仮にオーガが襲いかかっても、かわすことができる運動能力を持っている。しかし、どういうつもりかわからないが、3メートルほどの巨人に自分の好物のプリンを手渡すジャンヌ。
いぶかしげな顔をして、ジャンヌから受け取ったプリンを指先で取り、口に入れるオーガ。食人鬼と言われたオーガが、なんとプリンを食べている。不思議な光景だ。
「!!う、美味い。」
もう何度目だろうか、この星に来て、このスライムのような食べ物を食べてはその味に感動する瞬間に接するのは。
オーガでも、プリンを美味いと思うらしい。それを見届けたジャンヌは、オーガに言った。
「人族は、あなた方にこのプリンをあげることができるわ!ここにはまだ、たくさんあるわよ!」
そういって袋の中を見せるジャンヌ。いつの間にかマリーとクララも現れて、同じように袋の中を見せていた。
「エルフだってゴブリンだって、もうこの味を知っているわ。人族は、あなた方の生活を脅かそうって言ってるんじゃないの。それどころか、こんな美味しいものを提供できるのよ!」
それを聞いたこのオーガは、突然その場で振り返ると、我々に言った。
「……ついてこい。」
突然そのオーガは、我々についてこいという。どこに連れて行こうというのか?ともかく我々は、そいつについて行った。
ズシーン、ズシーンと足音を立てながら歩くそのオーガの後ろを、我々4人はついていく。しばらく歩くと、大きな小屋が並ぶ場所へと出る。そして、その周辺には、たくさんのオーガが集まっている。
皆、こちらをみているが、先頭を歩くオーガが手を上げて、何か合図を送っている。多分、我々を攻撃するなと言っているのだろう。ついに私は、オーガの集落のど真ん中に飛び込んでしまった。
そして、あるオーガの前で、そのオーガは止まった。見るからに年老いたオーガ。その老オーガに、このオーガが話す。
「長老。人族、とても美味いもの、持って来た。話聞いてやって、欲しい。」
「なんじゃセレナ、それだけで人族、連れて来たか?」
いぶかしげな顔をする長老だが、そんな長老の前に、ジャンヌがしゃしゃり出る。
「あなた方と取引に来たのよ。まずは、これを食べてちょうだい。」
「なんだ、これ。スライムか?」
「いいから、これをめくって、中の黄色いのを食べるのよ。」
ジャンヌとマリー、クララは、長老とその取り巻きの数体のオーガに、持っていたプリンを配り始める。その光景を、私は腰の銃に手をかけたまま見届ける。もし何かあれば、彼女らをかばい、ここから逃げなくてはならない。
が、その長老達の反応は、わりと予想通りのものだった。
「!!な、なんだこの味は……」
ああ、なんということか。それ、そんなに美味いか?ただの大きなプリンだぞ?だが、このプリンによる一撃が、彼らとの交渉の余地を引き出していく。
「どう?美味しいでしょう。あなた方が私らに協力してくれるのなら、このプリンをたくさんあげてもいいわよ。」
ジャンヌが言い出したこの案に、オーガの長老が応える。
「人族、何を望むか?住処はやらない。ここはオーガの縄張り。」
その問いに、私が応える。
「いや、住処ではない。我々が欲しいのは、これだ。」
私はここにくる途中で拾った、ある石を見せる。
黒い色の石。これは、我々の求める鉱石だ。こんな純度の高いものがあの道端に転がっているとは、ここは相当たくさんのこの鉱石があるようだ。なるほど、男爵の言葉通り、ここにはこのビーム砲用の鉱石が多量にあるようだ。
「そんな石ころで、いいか?」
「我々にとっては、宝の山だ。これと、そのプリンを引き換えたい。どうだ?」
「そんな石ころ、くれてやる。それでこのプリン、食べられるなら。」
なんだ、あっさりと交渉成立だ。私は彼らに、改めて我々の交渉団がここにくることを約束して、我々はその場を離れることになった。
見送りをする、先ほどのオーガ。こいつと出会った場所までやってくると、その場で別れる。
「またプリン、欲しい。わしの名は、セレナ。」
「セレナちゃんね、じゃあ、またくるわ、プリンを持って!」
ジャンヌが手を振ると、そのオーガも手を振った。って、さっきのオーガ、女性だったの!?
ジャンヌ曰く、若いオーガだろうということだから、つまりあれはオーガの娘ということのようだ。私には、全く区別がつかない。
ともかく、我々は歴史的な侵略の愚を犯すという瞬間をなんとか免れ、オーガと交渉を成立させることができた。その立役者はジャンヌ、そしてプリンだった。プリンに助けられたのは、あの公爵同士の争い以来のこと。まさかこんな安いデザートによって、2度も交渉成立に成功するとは、一体ここはどういう星なのだ?
プリン、おそるべし。




