夕暮れのスネグラチカ
来た道を戻るようにして図書館に併設のサンルームにやって来てしまった。
本を渡され「さあどうぞ」とエスコートされるがまま椅子に座る。流れるようにお茶が二人分出てきた。よくわかんない、なんかわからないけど出来上がっちゃってる。お茶会もセッティングが。
「最近ピーターとよくいるよね」
先ほどの優しそうな笑みは変わらずに私に話しかける彼。
最初の出会いからここまで、強引な様子は一切ないけど、なんだか、流されるままにここまで来させる押しの強さがある。
「いえ、私は全く存じ上げなくて一方的に……」
「そうなの? あなたがピーターを惑わせている魔女だって言われているよ」
ま、魔女!
悪さレベルがランクアップしてしまっている……。そのうち魔王とか言われてしまうのかな。本当なにもしていないのに。出来るだけ愛想振りまかないように無表情を作っているんだけど逆効果だったかも!
「ほんとに、本当になにも知らないんですし、してないんです。むしろやめてほしいくらいです」
「あなたは彼が誰だか知らないの?」
「え? えっと、私と同じで平民から貴族になった方なのかなーって勝手に」
「じゃああなたは……とさあ召し上がれ。リリアンヌ・ヌーヴェル嬢」
「ありがとうございます」
先ほど流れるようにお茶を用意したメイドさんはまた流れるようにお茶菓子を並べていく。
二人分でも量は多くない。もう夕暮れ、本当に軽くつまむだけの適量が出てきた。
その中でキラキラした宝石のような飴? 砂糖? の散りばめられた細長いお菓子。初めて見るそれはとても綺麗で思わず手にとってしまった。
食べる気なんて本当はなかったの、ほんとは。
「それ、なんだっけ。最近流行りの……」
「美味しい!」
ふんわりとした飴、きっと雲ってこんな味なのかなっていう感じの爽やかな甘みとビスケットとスポンジケーキの合いの子みたいな、ふわっとした固さの芯がほんのりビターな味わいでトータルでとにかく美味しい!
手に持つと夕日を反射してオレンジに輝いている。お皿に置くとダイヤモンド。いろんな宝石に変化するみていても楽しくなるお菓子。
「……美味しい?」
「はい、とっても」
これはなんていう名前のものなんだろう。最近流行りのということはこの辺でも買えるのかしら? お高いのかな。
……名前。そういえば目の前の方は、どなたなんだろうか。はて。これってひょっとしてとても失礼な状況じゃないですかね。名前も知らず飲み食いして「ぷはー、美味かった!」って蛮族、私、蛮族以下だわ……。
「私はリリアンヌ・ヌーヴェルと申します」
「うん、知ってる」
ひゃ! そういえばさっき名前呼ばれました。
「あの、あなた様は……」
「僕はチャールズ・ユウ。僕は平民だからあまり気にしないで」
「はあ」
といってもその洗練された所作は普通の平民ではないですよね。一ヶ月前まで普通の平民の私がいうんだから間違いない。
「ヌーヴェル嬢は、どうして学園に?」
「勉強がしたくて」
「そっか、楽しい?」
「まだ慣れてないですけど、楽しいです」
偶然になってしまった貴族で突然の学園生活だけど、つまらないとか苦しいとかそんなことは思わない。友達がいないのは生まれつきだし、嫌われるのだっていつものこと。楽しいがなにかよくわからないけど、でもきっとこれが楽しいなんだ。
「珍しい組み合わせだな」
ふらりと現れたピーター様が勝手に席に着く。と、同時にお茶が注がれる。
やっぱりなんかよくわからないけどすごい。
そして当たり前のように受け取ってグイグイ飲み干しちゃう図々しさもすごい。
でもなんでピーター様はここがわかったのだ? 今日は彼と朝会っただけでずーっと見なかったのに。
「ピーターが気になってるっていう子を見たかっただけだよ」
「気になってるじゃねえ、俺はこいつのこと好……」
「あー! このお菓子は本当においしいなー!」
下手くそな誤魔化しにユウ様が声をあげて笑う。屈託なくてなんか天使みたいだなあ。
「まあ冗談抜きにして、君がそういうこと言うと周りが黙っていないんだから慎むべきではあるけどね」
「平民の色恋なんざお貴族様には関係ねえだろ」
「ピーター様、平民なんですか?」
なんとなく口調も砕けているし、私と同じ感じがするし、そうじゃないかなーと思ってたけど。ユウ様といい、意外と平民っているのね。
「ただの平民とは違うだろう、ピーター・トライアス。お父上の将軍閣下はお元気かな」
トライアス……将軍閣下!
子供でも知っている大将軍マック・トライアス!
15年前に勝利で終わった戦争で生まれた英雄、戦後生まれの子供でも知っている偉人だ。戦争が終わってから今日まで叙勲の話は毎年のように持ち上がっているが断り続けていて、その断り文句が風物詩になるくらいだ。確か去年は「イワシの骨が喉に刺さっているから辞退いたします」だったっけ。それでイワシの産地が将軍イワシなんてものを売り出して……って違う違うイワシじゃなくて、ピーター様が大将軍の息子⁉︎
「ええー!」
「驚くの遅いな、お前」
「め、め、めちゃくちゃに偉いじゃないですか……」
そりゃたかが男爵令嬢が大将軍の息子と一緒にいたら、そりゃ陰口も叩かれるし、すれ違いざまにぶつかられるわ……。ごめんなさい、私、全然わかってなかった……。
「まあ僕は普通の平民だしね」
「こいつオーレ教法王の息子だぞ?」
「!!?」
オーレ教、この王国、いや大陸で信奉されている一大宗教。この国では8割以上がオーレ教を信奉している。信奉というか、もう生活に密着しすぎて一部になってしまっているといってもいい。どんな小さな村にも教会はあるし、どんなに偏屈な人でも1年に一度は祈りを捧げる。そのトップ……。
「そっちだってめちゃくちゃ偉いじゃないですか⁉︎ ……平民?」
「そ。影響力がありすぎて『貴族にできない』平民。そっちのほうがやばいだろ」
ユウ様は困った顔して笑っているけど否定しないと言うことは事実なんだろう。
「あのあの! でも、私は、オーレ教のおかげでこれまで生きてこれたと言っても過言ではありませんので、ありがとうございます」
「それは言い過ぎだよ」
「孤児だった私にとってはそれが事実なんです」
この国の孤児院はオーレ教が管理運営している。戦前には国営の孤児院だったらしいんだけど、何か問題があって運営は全てオーレ教が取り仕切ることとなったらしい。
なので私はオーレ教のおかげで生きている。私を嫌わなかった唯一の若い女性「先生」と出会えたのもオーレ教の孤児院での話だ。
握った手をぶんぶんとふる。ユウ様は驚いた顔をされたけど、そんなの関係ねえ。私が孤児だとは思っても見なかったのかひどく驚かれてとても顔が赤くて、あ、私なんかが触れてはいけないお人だったのかな!
「すみません!」
パッと手を離して宙をさまよう手をトラウスト様が優しくキャッチして甲に口付けた。
「なにしてるんですか! やめてください!」
「なんかムカついた」
こんな人とこうしているところを見られたら私は明日から学園に通えないかもしれない、しれないなんてレベルじゃない! 無理! 気分はもう戦争!
「君たち、そういう関係なの?」
「そうだけど」
「違います!」
全力で否定する私にユウ様は微笑んでいる。
「違うの?」
「はい!」
「そっか、じゃあ僕ならいいかなぁ」
再び浮いた手を捕まえたのはユウ様で、私の掌に口付けて逃げないように閉じ込める。
「よくないです!」