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もしかして彼女は 「first impression」

養女をもらうと父が言った。

意味がわからない。


ヌーヴェル家は私、シルヴァン・ヌーヴェルという跡取りがいて、何も困ることはないはずだ。学園を卒業し法曹に携わる仕事をし、恋人がいたこともあったがまあそろそろ結婚相手を探さねばといったところではあるが家督を継ぐに不足はないはずだ。

なぜ養女を? しかも、遠い分家筋の16歳という。本当に分家筋なのか疑わしい。最近父が書類をひっくり返して何やらやっているなとは思っていたが。何がしたいんだ。家を混乱させたいのか。


彼女、リリアンヌが父に伴われ家に来た日、私はこのほどほどに歴史あるヌーヴェル家の終わりを確信した。


ピンクベージュの髪は緩やかに風にそよぎ、榛の瞳が好奇心旺盛なリスのようで、あちこちを見ては驚きに目を輝かせている。父が選んだのだろうかアイボリーのワンピースがよく似合い胸元のピンクのバラのブローチは可愛らしく艶やかだ。

ほっそりとしているがでるところはしっかりと出ており……あ、あまり胸元を凝視するのはやめておこう。

愛らしさを具現化したらこうなるのではないかと思わせるような彼女の出で立ちに息を飲んだ。


「リリアンヌです。今日からお世話になります。よろしくお願いします」


その唇から漏れる極上の音は波となってエントランスホールを満たした。昔の宮廷音楽家は「天上の音楽」を目指していたと読んだことがあったが、そうかこれが天上の音楽か。


「お世話じゃないわ、ここは、あなたの家なのよ」

「そうだ。今日からこの家がリリアンヌのホームなのだ。さあ家に入るときは?」

「た、ただいま……帰りました」


一緒に出迎えた母といま気持ちは1つになった。「愛おしい」。あふれんばかりの彼女への愛情に胃が熱くなる。


「疲れたでしょう、お茶を用意したのよ。甘いものは好き?」


ドアが開く前の、不信感を淑女のベールで隠しながら威圧オーラを放っていた母が一変して、娘になったばかりの少女を連れて行こうとする。


「リリアンヌ、それより部屋を見たくはないか」


父も負けじと応戦する。

2人が争えば争うほど執事やメイドの尊敬がこぼれ落ちて行くのがわかる。人をダメにするソファどころではない。恐ろしい女がやって来た。たった数分でこの有様だ。あっけにとられているメイドたちを下がらせる。ここからは家族水入らずの時間だ。

その日はリリアンヌが「明日も明後日もありますよ、家族ですから」という一言に感激した父と母の万歳三唱で終わった。


その天使、リリアンヌは平民の割にしっかりしており、甘やかし放題の父母とは一線を引いているようだ。高価なものをねだることもない。父が与える宝石もドレスもさほど興味がないようだ。父が仕事で出かける先の珍しい話に目を輝かせ、数日家をあけることも珍しくない父に労いの言葉をかける。「とっとと隠居したい」が口癖だった父はなぜか精力的に仕事をこなすようになった。

もともとが平民だった故、母が侍女のように着替えの支度や家庭教師のようにマナーを教えていることにリリアンヌはなんの疑問も持っていない。母が一分一秒でも一緒にいたがための方便だが実際に貴族としてのマナーは必要だ。まあリリアンヌの素晴らしい可愛らしさにはどんなマナーも必要ないが。


もともと私という跡取りが産まれたのが遅かったせいか、自分も甘やかされた部分はあったと思う。娘はまた別だろう。それはわかるが程度というものがある。

慣れない貴族としての生活、そして父と母の溺愛にリリアンヌが疲れてしまうのではないかと私は心配で仕事はできる限り早く切り上げて帰るようにしている。そう、私はこの家のブレーキ役だ。


「あのお義兄様」


ある晩餐のあとリリアンヌが部屋に戻ろうとする私に声をかけた。


「お尋ねしたいことがあるんです、あの」

「時間がかかるか?」

「あ、すみません、お忙しいのに! ゆっくり休んでください!」


慌てて去ろうとするリリアンヌにゆっくりと言う。


「いや、ゆっくり話すならお茶をさせよう。ここは家なんだ立って話すことはないさ」


「あ、そっか」と呟き顔を赤らめるリリアンヌはどこまで可愛いんだ。まだ緊張したその様子ではあるがこうしてリリアンヌの素の表情があらわれるようになって、いよいよ破壊力が増している。


応接間に紅茶を用意し、グレーのカウチに座らせ、話を聞こうにもリリアンヌはどうやら話を切り出せないでいる。


「どうした?」

「あの、本当に失礼ではあると思うんですが、お義兄様はお仕事をされているんですか?」

「あぁ、法曹に携わっている」

「貴族の方ってお仕事されるんですか?」


突拍子も無い質問に思わずむせる。


「ごめんなさい、私、てっきり貴族は家のこと? 領地? とかそういうことをするだけで私たちみたいに働くってことをしてないって思ってて。でもなんか違う感じがして、何をされてるのか全然私なんかじゃわからなくて」


慌てているのか話すのがとまらないリリアンヌが永久保存しておきたいほどの可愛らしさだったが、本人はどうやらパニックになっているようでそっと肩に手を置き落ち着くように促す。


「ヌーヴェル家はもともとこの辺りの領主だった。返上後はこの辺りの特産であった果実酒と織物を扱う……商家みたいなものだよ」

「だからお義父様はあちこちに行かれているんですね……あれ、お義父様とは同じ仕事をされていないんですか?」

「ゆくゆくは跡を継ぐことになるがいまは私がやりたいことをさせてもらっている」


納得と困惑の表情でリリアンヌは俯いている。せっかくだその顔もしっかりとこちらに見せつけてほしい。


「どうした?」

「あの…ほーそーとはどういうお仕事なんですか?」


恥ずかしそうにリリアンヌが、リリアンヌが私の仕事について尋ねた。

俺に興味を示している。これはどういうことだ。俺のことを知ってどうしようというのだ。


「法曹、法律に携わる職業全般のことだ。私は裁判所で働いている」

「裁判所」

「犯罪や紛争を双方の意見を聞き、この国の法律に基づいて解決する。それを行なっているのが裁判所だ」


まあリリアンヌの存在は超法規的で裁きようのない素晴らしさだがな。


「それは、国王陛下がなさってるんだと思ってました」

「国王陛下が市場の盗人に対しての罰を下していたら、お茶を飲む時間もないだろうよ」

「そうですね! 」


リリアンヌがクスクスと笑う。私が話す内容で……!


晩餐は主に父と母の独断場だ。母が「今日はリリアンヌとあれをしたこれをしたlと自慢すれば父が負けじと異国の話や面白い取引先について話してリリアンヌの興味を引く。

この前はリリアンヌ初めての乗馬に立ち会えなかったことに父は大変に立腹し、夫婦の危機とまでなった。

そこでリリアンヌが「これで私も家族と馬で出かけられるようになったから嬉しい」と言って、週末に湖畔の散策で万事が丸く収まった。あの時のリリアンヌは精霊だった。湖のほとりにユニコーンと佇む精霊。グリーンのワンピースと甘いピンクベージュの髪が風にそよぎ、このときほど写真機を持っていなかったことを悔やんだことはない。あの後すぐに買った。


「お義兄様は、その法律についてどちらで学ばれたんですか?」

「学園だよ」

「学園……専門学校(カレッジ)とは違うんですか?」

「学園は、まあ端的に言えば貴族のための学校だな」

「そうですか」


いつも仕事でいない私と離れるのがさみしくて、同じ職を志そうとしているのか、リリアンヌ⁉︎


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