ハーレムヒロインと正義の悪役令嬢
どうしていっつもこうなんだろう。なんでうまくできないんだろう。
いっつもそんなこと考えて、考えちゃうようなことが起こって、私は私が嫌いになる。
嫌いになったからってうまくいくものでもなくて、ましてや人のせいにしても解決することじゃない。とにかくしかたなく頑張ってみるしかない。いいことが続いたことはないけど、悪いこともきっと続かなはずだから。
でも、今だけは人のせいにさせて。
「どうしたんだい、困った顔して」
「ひょっとして噂の転入生?」
「こんなに素敵な令嬢だと知っていたら入学からエスコートしたのに」
「歴史? なら僕と同じだ、クラスまで送るよ?」
「お前は歴史でも上級だろ、彼女はまだ初級じゃないか」
ここでもこうなってしまうのか……。
相手が貴族なら声をかけられることもないなんて、淡い期待を抱いた私がバカだった……。
「名前を教えていただけますか? レディ」
私の名前はリリアンヌ。一ヶ月前からヌーヴェル男爵家の養女となって、リリアンヌ・ヌーヴェルとなりました。貴族歴一ヶ月、首も座っていない新生児です。どうしてこういなった。
いや、それよりも今この状況を脱したい。3名の麗しい貴族の殿方に囲まれ道を塞がれ進退窮まる状態の私。あ、でも道が塞がれてなくても第三校舎がどこにあるのかわからないので進めないんだった。
「おい、名乗りもしないなんて失礼なやつだな。私はロバート・アリン」
「私はトリスタン・マーテル、どこかの夜会であっているかな?」
「古臭い手だな、トリスタン。トメン・バラシオンだ。初めまして、マイプリンセス。」
3人の目がじっと私を見つめる。これは挨拶しないといけないのかな。しないほうがいいのかなという選択肢はなさそうだ。
「お、お初にお目にかかります。リリアンヌ・ヌーヴェルと申しま」
「リリアンヌ、なんて素敵な名前なんだ」
「リリアンヌ、君のような可憐な淑女にふさわしい」
「リリアンヌ、さっきから迷っていたようだけど、疲れただろう? そこのカフェでお茶でもいかがかな」
「リリアンヌ、それよりも今日は天気がいいから中庭でお茶をどうだい?」
恋愛小説で読んだ貴族風の喋り方を思い出して精一杯の自己紹介。周りの貴族様方は一斉に私を名前で呼び出した。リリアンヌがゲシュタルト崩壊する……。
なんでさっき会ったばっかりなのに可憐な淑女ってわかるんだ? 二ヶ月前はちょうどお屋敷の下働きをクビになって孤児院に8度目の出戻りをするところだった「淑女」ですけど。これくらいで疲れたなんていう平民はいないし、今は良い天気っていうか薄曇りで肌寒いくらいなんだけど。
「リリアンヌ、よかったらその荷物、僕が持つよ」
親切心なんだろうけど、こういう時荷物を預けてしまうとこれが人質ならぬ「物」質になって余計なトラブルの元になってしまう。と、それよりも一ヶ月前まで平民の私がお貴族様に荷物を持たせるだなんてできるわけないし、したくない。
「大丈夫で」
「遠慮かい? 謙虚なリリィも素敵だよ」
さっきから最後まで言いたいことすら言わせてもらえない。いつのまにリリィなんて愛称呼びになっているんだ……!
「私が」「いえ、私が」「じゃあ僕が」ってあなたいつから参戦したという感じで私の教科書は四方八方から伸びる手によって綱引きされてそして予想通りに地面に散乱した。
綱引きから落し物競争に種目が変わった。この種目の勝利者が私の教科書を利用して教室まで案内と見せかけての二人きりになろうと人気のないところに誘い込むというパターン。
そうならないためにも誰よりも先に拾わなければ。
「学生の身分である皆様が学び舎で揃いも揃って何をなさっているの」
綺麗な、よく通る澄んだ声に貴族の皆さんが凍りついた。
私はその隙に教科書を拾い、見上げると、絵に描いたような人を見下しそうな貴族令嬢がそこにいた。見下すのは当然か、私しゃがんでるし。
髪は金の飴のように輝いていて美しいというよりも美味しそうと表現したくなる。目は(見たことないけど)極上のサファイア。意思が強そうな光がこちらに向けられている。清廉であれという学園の方針から化粧など華美な装いは禁止されているんだけど、美しい白い肌にきつく結ばれている唇は桜桃のようにみずみずしい。とても綺麗。そして憤怒。
そう、彼女は怒っていてそれを隠していない。
「これは、その、リリアンヌが困っている様子で……」
「『リリアンヌ』?随分と親しい間柄なんですこと、マーテル様。私のこともウルスラと呼んでくださって結構よ」
「いえ、そんなことは……クローバー嬢」
どうやら今この中で一番偉いのはこのウルスラ・クローバー様。そして彼女はこの男性方に非常にご立腹されている。
そして名前呼びは親しくないとしないのか……。ひとつ勉強になった。男性も名前ではなくて家名でお呼びしたほうがいいのね。あれ? そもそも私が名乗っていいのかしら? 偉い偉くないってどうやって判別するの?
いやいや、今はこの女神の幸運をありがたく頂戴してこの場を去るに限る!
「ご迷惑をおかけしました。助けていただきありがとうございます」
お礼を放り投げて私はその場を早足で去る。
本当はせっかくピンチを救ってくれた彼女にしっかりとお礼を言いたいけど、どうやら貴族の方でもビビるようなそんな高貴な方なら、私が近づいてしまっていいはずがない。
結局目的地は分かっていない。でも迷ってるそぶりは見せず、堂々と歩く。さっきみたいに男の人に付け込まれないように。
私っていつもこう。
これまでずっとそうだった。
やっぱりここでもこうなっちゃうか。
私はいつもこうして男性に好かれやすい。好感度が高いとかじゃなくて重ための執拗な極端な方向に。さっきみたいに声をかけられたりすることはしょっちゅうだし、いきなりプレゼントを渡そうとしたり。
こんなのは大変なだけで全然いいことなんてない。いいことなんて一つもなかった。
だから私は早く田舎の役所で働いてひっそり細々と暮らしたい。だから勉強したいって思ったけど、なんか男爵令嬢になっちゃって、なんか学園に来ちゃって、細々計画とは真逆の道を進んでいる気はしなくはないけど、でも私の夢のためにここで頑張るしかない。
「できることをする」尊敬する先生の言葉を思い出して、今私ができること、歩いて第三校舎を探す。授業に遅れてもいい、まず校舎を見つけること。
人の流れに沿って歩いた先は目的地、第三校舎だった。
ね、こうして一つ一つ頑張っていけば、前に進むし良くもなるんだ。