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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
52/150

50 揺り籠の中にあるのは


 アーセムの根元のほど近く、空挺騎士団(ルグ・アーセムリエ)の詰め所からは少し距離をあけたところにオロアちゃんが言うところの『学校』はあった。


 通称『アーセムの揺り籠』。


 空師になるために必要な技術や知識を学べるとともに、アーセムに登るために必要な資格を授与するための教育施設。


 空師になる人間は当然のこと、ここオールグに住まう人たちの大半はここで学び、社会に巣立っていくことから『揺り籠』と呼ばれるようになったんだとか。


「空師に必須な基本技能を教えてるのは勿論だけど、それ以外にもアーセムの研究とか空師用の道具の開発なんかも手掛けていて、研究機関っていう側面もあるんだよ。

 だから建物とか敷地とか、結構大きな規模があるんだ」


「へぇー。最近だと、どんな道具が開発されたんですか?」


「そうですね。最近開発されたものだと、幹に突き刺すと数秒で簡易的な足場を作ってくれる杭、というものの評判が良いようです。

 あくまでも簡易的なうえ、幹を無秩序に傷つけてしまうので緊急時専用の道具ですが、事故に対する備えとしては優秀なようですよ」


「まぁ、これに登る訳ですからねぇ……」


 改めて根元から見上げるアーセムの大きさには、圧倒されるという余地すら残さずもはや現実感すら吹っ飛んでいく雄大さを感じずにはいられなかった。


 多くの人の手が入って整備されているとはいえ、垂直に起立するそれに登るとか、いくら備えを増やしても足りる筈がなくて、何よりも足りないのはワタシの精神力だったから、それを養うためにも地面との対話に全力を注ぐので樹木との対話は森人族(エルフ)の皆様にお任せしようと思います。


 ほら、人として一歩ずつ踏みしめて歩いていかないと、現実(リアル)さんに顔向けできないから。


 ――ああ、そうだとも。……これがフラグって奴さッ!


 一陣の風が吹き抜けていくのに、力強くたなびいている旗を幻視した気になったけれども、揺れているのはワタシ自身で、地に足つけるどころか他人なるぬ他犬におんぶにだっこの現状では地面さんを身離しているのは自分であって、これはもう見離されていても文句のつけようがないかもしれないけど待ってほしい。


 仕方なかったんだよ、モフモフに人類は逆らえないって有史以来決まっているから。


 その全てを包み込むモフモフに跨がれるなんて、こっちでこの身体じゃなきゃできない。向こうの世界の『俺』じゃあどうあってもできないし、仮にできたとしても成人男性がそんなことをしていたら併走してパトカーのオマケがつくのは知っているから。


 ――いつの間にかさ。大人に、なっちまってたんだなぁ……。


 つまり、もののケモってるお姫様を見たことあるなら誰だってそうするから、ワタシもそれに倣ったってだけだっだ。


 そう、けして移動することになった時にひょいっとペスさんに跨がったオロアちゃんを羨ましそうに眺めていたとか、ワタシの様子にちょっと自慢げなオロアちゃんに若干イライラしたとか、それを見たオロアちゃんが「しょうがない子ね、イディは」なんて言って手を引いて乗せてくれたのに不覚にもドキドキして、ちょっと高くなった視界にワクワクが止まらねぇなぁってるワタシを後ろから不意に抱きしめて「ほら。そんなにはしゃいじゃ、落ちちゃいますよ」だなんてささやかれて胸キュンと羞恥に焦がされているワタシなんていなかった。


 ――そうさ。そこにいたのは、童心っていう名前の、小さな女の子だけなんだ……。


 そういう訳でひとり立ちするにはちょっと時期尚早であることが否めないワタシがペスさんに運ばれているのは必然で、地に足つけることも儘ならないワタシにはアーセムを登るなんてできる筈もないから、ハプニングさんは手に持っているフラグをへし折ってくれるって信じてる。


(――どうか。世界が、優しく……)


 手に持っている旗が二本に増えているのなんてワタシは見ていない。


「オ、オロアちゃ、お姉ちゃん、はどんな用事があって『学校』に行く予定だったんですか?」


 とりあえず姉は妹を守るものだって聞いたことがあるから、助けてくれたっていいんですよ。マイシスター?


「すぅ~……はぁー……。すぅ~……! はぁーあぁぁ! すぅううぅう!!!」


 駄目だ、LSD (Little Sister Diesuki) をキメるのに夢中で飛んじまってる。


 ワタシを羽交い締めにしたまま首筋に顔を埋めて深く、深く、深呼吸を繰り返す度に、オロアちゃんの呼吸がどんどん荒く乱れていく。


 時折ビクッビクッと身体を震わせて、言葉にならない高ぶりのようなものを溜め息と一緒に吐き出して、また息を吸い込んでいる様は明らかに過剰摂取(オーバードーズ)だからちょっと怖いので控えていただきたい。


 しかし揺れが大きくならないようにペスさんが上手く歩いていてくれるとはいえ、ワタシを抱きしめるのに両手を使って腰だけでバランスを取っている様は匠のそれで、無駄のみで構成された無駄のない身体操作にはワタシなんかでは思いもつかない何某かがあるに違いない。


 そうとも、やたらと腰をお尻やら尻尾の付け根に押しつけてきているとか、抱きしめるついでにお腹をさすってくる手が艶めかしいとか、そんなことはワタシの気のせいだから、せめて飛ぶのだけは止めてペスさんの背中という現実に返ってきてあげてください、モフモフがちょっとだけ寂しそうに見えるのは気のせいじゃないと思うので。


「オロアお姉ちゃん」


「ずずぅうぅうーーー!!!」


「オロアァ!」


「はあ゛ぁああぁんですか!? 何ごとですか!? 姉を呼び捨てにするとは!」


 そこはむしろ感謝してほしいところで、あのままではオロアちゃんは社会的にも現実的にも帰還することができなくなっていた筈なので、控えめに言って命の恩人ですよワタシは。


「ごめんなさい。お姉ちゃん」


 ――でも、誰だってヤク中は怖いと思うんだ。


「まぁ、いいでしょう。素直に謝ったので許してあげます。それで、何を聞きたかったのかしら?」


「えっと、お姉ちゃんはどんな用事で『学校』に行こうとしてたのかな~、なんて愚考を晒そうとしただけです。はい」


「ああ、そのことですか。それは『学校』のお友達と遊ぶ約束をしていただけですわ」


「え? でもそれだったら、素直にそう言って家を出てくればいいんじゃ……? なんで家の人たちに内緒で出てくるようなことをしたんですか?」


「そ、それは……」


 特に難しい質問でもないように思ったのだけれど、オロアちゃんが肩越しのワタシの視線から逃げるように身体を少し離して瞳を左右に転がす様は、とても素直に言い辛いことがあるのをにおわせていたからそっちで常にいてくれたら喜ばしい限りです。


 ――やっぱりさ、何ごとにも限度って限りなく有用だと思うからさ。


「えっとね、イディちゃん」


 オロアちゃんが口の中で次の言葉を迷わせているのを見かねてか、リィルが後ろからにゅっと首を伸ばしてこそっと話しかけてきた。


「オロアちゃんのご実家って、オールグでも一、二を争うぐらいの大きな商家なんだ。だから味方も多いんだけど、敵も多くってね。敵っていっても競争相手とかそういう意味だけど。

 まぁ、オロアちゃんは一人っ子だし、人脈を広げるっていう点では『学校』と懇意にしておくのもいいかもしれないけど、いき過ぎると癒着とかを疑われかねないんだよね。むこうは一応公的な機関だから」


 リィルが言葉を重ねれば重ねただけ、オロアちゃんのワタシを抱きしめている腕が固く強張って、小さな震えを押し殺そうとしているみたいで、その様子にそれだけが問題じゃないんだと、どうしたって察せずにはいられなかった。


「それに、」


 リィルの言葉に影が差す、自分ではどうしようもないことをないことを前にした時のような、諦めとは違う、どこか悟ったような色の声音だった。


「『揺り籠』は孤児院でもあるからね……」




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