009 ニコさんと深淵の王様
2022/08/28 諸々修正しました。全体のストーリーには大きな影響はありません。ないはずです多分。
「それで私はここでつい寝ちゃったみたいなんだけど、起きたら貴方がいて、この真っ白なとこにいたってこと!」
「成程、とんだ蝙蝠が居たものじゃ」
真っ白い空間で一組の男女が向かい合って話していました。
男の方――少年は頭に大きな王冠を乗せてファーつきの赤マントを羽織っており、豪華な椅子で頬杖をついています。
女の方は妙齢といったところでしょうか。胸を反らせて腰に手を当て得意げな顔をしていました。全裸で。
少年は若干呆れ顔で、しかし目だけはどこか興味深そうに女を見ています。
「それで貴方は何なのかしら?」
女性が尋ねると少年が答えます。
「麿はアビスの囚人であり、此処な迷宮の管理者でおじゃる。此の身の名はネロ。畏れ多くも偉大なネロ様と呼べ」
「ネロっていうのね?よろしく。私はニコよ、貴方、そんな王様みたいな恰好で囚人なの?……っていうか、あんな無茶苦茶な迷宮創ったのは貴方だったなのね!?大変だったんだから!」
「喧しい奴じゃのう。麿のお茶目も無視しよってからに、まったく。知らぬわ。其方が勝手にテリトリーから抜けたのでおじゃろ。分不相応な冒険を冒したのは其方の意志よ。そこに麿の意図はない」
ぷんすこと喚く女性――ニコさんに少年――ネロさんは不満げにヒラヒラと手を振りました。
ニコさんはその様子に「ふんぬー!」とネロさんを睨みつけましたが、やがて諦めたように力を抜きます。
「で、私のこの姿は何よ。人間みたいに見えるけど?」
「人間ではない。吸血鬼よ。斯様な羽の生えた人間がおるか?」
「吸血鬼ですって!?」
そうです、ニコさんの背中からは蝙蝠のような翼が生えていました。どうやらニコさん、とうとう蝙蝠でもなくなってしまったようですね。
「如何にも。其方の種から器を進化させるにはそれが一番都合が良かったのでおじゃる」
「吸血蝙蝠だったからかしら?」
ネロさんは「うむ」と頷くと、スッと目を細めます。
「寝ている其方を見させてもらったが、魂と器が合っておらなんだ。故にその体を与えた。蝙蝠では碌に喋れなかろ?」
「なるほど、そこまでして私の冒険譚が聞きたかったのかしら?独りで寂しかったのね」
うんうんと頷くにニコさんにネロさんは「違う」とこめかみを抑えた。
「まぁ、退屈なのは否定せぬが。麿が知りたかったのは、其方がどこから来たのか、何故麿の迷宮で吸血蝙蝠などやっていたのか、ということでおじゃる。話を聞いた限りでは碌に覚えておらんようじゃが?」
女性――ニコさんは「うーん」と少し考えましたが、自分の今の状況はまったくよくわかりません。彼女としては、いつの間にか洞窟で蝙蝠やってたというだけで、他には碌に覚えていないのです。
ただ、思い当たることはありました。
「確かに、思い返してみればニャナの木の実を食べる前でも知ってたらおかしいことを知ってた感じはあるわね。今まではそこまで深く考えたことなかったけれど。俗に言う生まれ変わりってやつかしら?」
「その可能性が高いじゃろうな。じゃが、通常の輪廻転生では魂の器に合った体で生まれなおす。少なくとも其方はヒトか魔族の子として生まれておったはずじゃ。斯様な蝙蝠なぞに生まれ変われるべくもなし。何某かのイレギュラーがあったか、もしくは、そうさのう――」
ネロさんは少し思案しますが、そのうちに「いや」と首を振りました。
ニコさんはそんなネロさんを不思議そうに見ましたが、ネロさんは気にするなとでも言わんばかりに手を振りました。
「まぁ良いわ。ここでその体を得たことは其方にとって不利益はない。むしろ種としては蝙蝠なぞとは比較にならんほどに上位じゃし、むせび泣いて喜べ。其方の上に親はなく、始祖と言える存在でおじゃるぞ」
「始祖の吸血鬼なんて、響きがなんかヤバいわね」
ニコさんはそう言って自分の体を見回しました。
「ねぇねぇ、ちょっと貴方鏡とか持ってない?私自分の姿を見てみたいの」
「良いぞ?ほれ」
ネロさんが手を振ると、ポンッと姿見が現れます。魔法ですね、魔法。便利です。
ニコさんが姿見を覗くと、そこには赤髪の美女が映っていました。
真っすぐに伸びた髪は肩甲骨辺りまでの長さで揃っており、両目は特徴的なオッドアイ。右が黄金、左は空色でした。パッチリとした目は気が強そうにも見えます。
背中からは髪の色と同じく真っ赤な翼が生えており、口を開ければ尖った牙が顔を見せ、彼女が普通の人間とは違うことを如実に表しています。
体つきはどちらかというと細身でしょうか。ただ、ぺったんこというわけでもなく、女性らしい丸みが慎ましやかに存在を主張しています。
「へー、ほー」
しばらく鏡の前でくるくると回り、色んなポージングをして試してみるニコさん。
やがて満足したのか姿見の前でクルンと一回転すると、満足げに頷いた。
「なるほど、私超カワイイじゃない。気に入ったわ!これって貴方の趣味かしら?」
「吸血鬼は魔族じゃ。始祖の肉体は元の種族の特徴と魂の性質が色濃く反映される。麿がデザインしたものではない」
ネロさんは心外だと言わんばかりですが、ニコさんも特に気にした様子はありません。
「ふーん、ところでなんだけど」
ニコさんはそう言って腕を組むと、ネロさんの方へ目を向けました。
「何か着るものないかしら?」
ニコさんは蝙蝠を辞めてしまいました。




