表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神と悪魔と人魚  作者: 山川四季
第二章:それぞれの恋(夏)
23/46

6、黒幕判明

 硬いノックの音が響く。

「姫。取り込み中の所すまないが、アキ教授が見えている。話があるそうだ」

 聞こえたビルフレッドの声に顔を見合わせるレナスとニーナ。

一呼吸置いた後「どうぞ」と答えると、男たちが入ってきた。

先に聞かされていたのか、アキはニーナが居ることに驚きはしなかったが、入り口で足を止めると二人をじっと見つめてきた。

「……何をやってたんだ」

「女同士の秘密ですわ」

 言いよどむニーナに代わり、レナスがきっぱりと答えた。

 アキはその言葉に返事も追及もせず、ただ無言でニーナを見つめ続ける。

 ニーナは彼の目を直視することが出来ず、たまらなくなって視線を伏せた。

 やがてアキは彼女から視線を外すと、部屋の中央に進み出た。

「さっき、薬物中毒で倒れた生徒たちの尋問をしてきたんだがな。ターマの粉末を売ってくれたのはコーク・ランカードだと証言した」

 息を呑むレナスとビルフレッド。

 一方、薬物事件のことを知らないニーナはきょとんとしている。それに気づいたビルフレッドが、慌ててアキに近寄った。

「アキ教授、調査中の事件について一般人に情報を漏らすのは……」

「ニーナなら大丈夫だ」

 くしゃり、とアキの手がニーナの黒髪をかき混ぜた。彼女の身体がピクリと反応する。

「しかし……」

婚約者レナスの親友を、信じないのか?」

 グッと言葉に詰まるビルフレッドを、レナスが冷ややかな目で睨みつける。

 アキはニーナに身体を寄せると、薬物事件について手短に説明してやった。

「それでレナス聞きたいことがある。コーク・ランカードを知っているか? 貴族クラスの生徒らしいのだが」

 アキに話しかけられ、はっと視線を戻すレナス。

「え、ええ。確か家が貿易商だったはずです」

 なるほどと頷くアキとは対照的に、ビルフレッドが声を上げた。

「貿易商? ではランカード商会のことか?」

 ニーナも驚いてレナスを見つめた。ランカード商会と言えば老舗中の老舗で、知らない者は居ない。

「恐らく、そのランカード商会が裏で糸を引いているに違いない。一介の学生ふぜいがターマの粉末を手に入れることなど不可能だからな」

「でもアキ教授、私は以前、商会の代表者であるローリア氏にお会いしましたけれど、かなり厳しくて実直な方でしたわ。不正などするような人には、とても……」

 レナスが困惑気味に口を開くと、半ば呆然としていたビルフレッドがキュッと顔を引き締めた。

「あの会社は最近、代表者が変わったのだ。ローリア氏が亡くなり、今は甥のランクル氏が経営している」

 さすが街を巡回するのが仕事の正剣隊だけあって、ビルフレッドは市勢にも通じているようだ。

 レナスが納得いったという顔で頷いた。

「そうでしたのね。ランクル・ランカードはコーク・ランカードの父親ですわ。黒幕はランクル氏で間違いありません」

「でも中毒者の証言じゃあ、証拠能力が低いんでしょ?」

 ニーナが疑問を口にすると、はっと顔を上げたビルフレッドの表情が悔しそうに歪んだ。

「……残念ながら」

 その顔を見つめながら、アキが淡々と語った。

「倒れた生徒のほとんどが、魔法技能格闘大会の出場者だった。薬の力を借りて良い成績を出したいと思ったらしい」

「バカね」

 レナスの容赦ない一言が吐き捨てられる。

 けれどニーナは知っていた。軍隊への入隊を切望している生徒が、どれほど居るかを。食いっぱぐれることの無い職業……それを求める生徒たちの気持ちは、庶民クラスに居る彼女には痛いほど分かる。いや、共感は出来なくても、責めることは出来なかった。

「姫。その一言で切り捨ててはいけない。彼らには、そこまでする理由があったのかもしれないのだ」

 ビルフレッドが静かに言った。その声の厳しさに、驚いて顔を上げるニーナ。

 一方、レナスの方はバツが悪そうに視線を逸らしていた。

 そうか……と思い当たった。ビルフレッドが所属する正剣隊には、庶民階級出身の隊員が多く所属している。彼らと共に働いていれば、ちょっとした雑談や休憩の合間に、庶民たちの生活苦について耳にすることもあるに違いない。それを階級制度では当然のこととして受け入れるのでは無く、彼らの立場を尊重しようとする――そういうタイプの男なのだ。ビルフレッドは。

「ところで、そのコーク・ランカードだが。ここしばらく学園に来ていない」

 アキの声に、全員が注目する。

「コークの担任教授が、父親――ランクル・ランカードにも連絡を入れているのだが、家業の手伝いが忙しく、自宅にも帰ってきていないの一点張りらしい」

 ビルフレッドが呻いた。

 ランカード商会は巨大な貿易商であり、店舗や倉庫、ランクル氏の自宅など、保有する土地建物は多い。その全てに張り込んでコークの居場所を突き止めなければいけないと考えると、気が遠くなりそうだった。

 おまけに警護の人間も相当いるだろう。彼らに気づかれれば、コークが逃亡したり証拠を隠滅させられる危険もある。

「ねえ、格闘大会の出場者ならコークに接触できるのでは無いかしら」

 レナスが思いついたように声を上げた。

「私が出場するって言ったら、向こうから近づいて来るんじゃない? 麻薬を売りつけるために」

「姫!」

 ビルフレッドが声を上げた。しかし彼が言葉を続けるよりも先に、アキの方があっさりと「無理だな」と切り捨てた。

「なぜですの」

 頬を膨らませて言うレナスを見下ろす金色の瞳。

「お前の実力なら、麻薬は必要ないだろう。コークだってそのことは知っている」

「そりゃそうだ」

 ニーナにまで頷かれ、レナスは膨れたまま黙り込んだ。隣でビルフレッドが安堵したような顔をしている。

「じゃあ、私が出場すればどうかな」とニーナが言うと、「それも無理だな」とアキによって却下された。

「お前の実力じゃ、麻薬を使っても無理だ。エントリーすら出来ないだろう」

 ……確かに。我ながら情けないとは思うが、ニーナに反論の余地はない。

「それにお前、今度は選手の応援のために踊るからな」

「はっ? なにそれ」

「ジン教授が教授会で強引に決めた」

「……」

 花祭りの舞台を見て以来、ジン教授のニーナに対する思い入れはエスカレートする一方だった。

 全面的に彼女を応援することに決めたらしく、なんと「ダンス部」なるものを作り、ちゃっかり顧問に納まってしまったのである。

 今の所、部員はニーナ一人。これも本人が知らないうちに登録されていたのだ。しかも彼女は特別部員扱いということで、部費が免除されていた。

「やるわね、ジン教授。そのうち後援会まで作りそうよ」

「……やめて。頭痛い」

 大真面目な顔で言うレナスの前で、ニーナがこめかみを押さえた。

「でも、何かコークを捕まえる良い手は無いかしらね」

 レナスが少し弱気な表情を見せると、ビルフレッドが彼女の肩に手を置いた。

「それは俺の仕事だ、姫。だから姫もニーナも……自分が囮になるような危ない真似はしないで欲しい。もっと自分を大切にしてくれ」

 ビルフレッドを見上げたレナスの瞳が、少しだけ不安そうな表情いろを浮かべる。

 頷き返す彼の目は、見ている方が赤面するほど愛情に満ち溢れていた。

「……なんだ。レナスが憂鬱そうな顔してるから、てっきり婚約が嫌なのかと思ってた」

「ああ。照れ隠しと……あと、自分でもビルに惚れてるってことを認めていないだけだ」

 意外そうな顔でニーナが呟くと、苦虫を噛み潰したような顔のアキがそれに答えた。

「大きなお世話だ、全く」

 不思議そうな顔をするニーナに「何でもない」と言いながら、アキはビルフレッドを睨みつけた。

 俺が守る限り、ニーナがどんな危険な目に合おうと心配ない。お前はレナスの心配だけしてろ。

 アキの毒をはらんだ視線は、二人の世界に入り込んでいる男には届かない。

 しばらくして我に返ったビルフレッドは、アキの協力を感謝するとともに、全員にいとまを請い足早に出て行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ