終 成金男爵と最愛の婚約者の前日の話
出会い頭に鈴蘭の花束を渡したら、キーラは目を白黒させているみたいだった。
「これは……」
「前に約束しただろ。時期が来たら抱えられる程度の鈴蘭の花束をプレゼントするって」
街中を歩いていたら花屋に鈴蘭が入荷しているのを発見した俺は、急遽メルクリオ侯爵邸にやってきたところだった。
ああ、ちゃんと先触れは出したぞ。そしたら何とキーラは玄関先に立っていて、日傘を差して一人待ってくれていた。
ちなみに、俺は彼女からのプレゼントであるクラヴァットをつけている。洗濯に出さない限りは毎日つけているのを見かねてか、その後も違う色のものをいくつかプレゼントしてくれたんだけど、今日つけているのは一番最初に貰ったアイスグレーだ。
「あんな口約束を覚えていたの?」
わかってないな、俺が貴方との約束を忘れるはずないじゃないか。
驚きに目を丸くしたまま鈴蘭の花束を抱えるキーラは、何というか、本当に綺麗で可愛かった。初夏のサラサラとした素材の若草色のドレスと、鈴蘭の白がよく似合う。
「可憐だ。天使よりも綺麗だ」
「いつものことだけど、貴方ってたまに会話が通じなくなるわよね……」
呆れたように言うキーラは、しかしながら頬のてっぺんを赤くしていた。
ちょっと素直じゃないところも含めて最高に可愛い、俺の婚約者。
「明日からは毎日顔を合わせるのに、わざわざ来てくれたのね」
そして明日からは、奥さんになる人でもある。
……やばい、幸せすぎないかこれは。想像しただけで死にそうなのに、目の前のキーラもまた幸せそうに微笑んでいるんだから。
「喜んでもらえたなら良かった。貴方の方が綺麗だけどな」
そんな月並みな賛美にすら、キーラは更に顔を赤くしている。可愛すぎるだろ。
俺は本能のまま手を伸ばした。白い頬に触れた瞬間ぴくりと華奢な肩が揺れたけど、いたいけな反応を無視して顔を寄せたら、観念したようにエメラルドの瞳が閉ざされる。
いつもながら彼女の唇は柔らかくて、砂糖菓子よりも甘い。
そのまま貪り尽くしたくなる衝動を必死で押さえつけて、俺はゆっくりと顔を離した。キーラはそっと目を開けて俺を見上げると、すぐに俯いて真っ赤になった顔を花束で隠してしまった。
……いや、だから。可愛すぎるだろ!?
そう、キーラが好きだと言ってくれて、冗談抜きで心臓が止まりかけたあの時。
俺はもう遠慮はしない覚悟しろと宣言したはずだったのに、結局はこれ以上のことができずにいる。キーラの貞操観念がものすごく固いと察したこともあって、彼女に嫌われたくない俺は強引な態度が取れないのだ。
「あ、あの」
「ん?」
「鈴蘭、本当に嬉しい。ありがとう」
花束に伏せた口元からか細い声が聞こえてくる。
ああ、本当にこの人は俺の扱いが上手だ。
本人に自覚はないんだろうけど転がされまくりだ。絶対に一生敵わない。けどまあ、貴方の尻になら敷かれてもまったく構わないけどさ。
最近わかったことがあるんだ。キーラはもうプレゼントを拒絶することはない。たまに俺が暴走したら止めてくれるから、有難いし丁度いい。迷惑はかけてしまってるけど、そういう時の彼女は妙に生き生きしているからそれでいいんだと思う。
今は病気に強いじゃがいもを開発中だから、完成したらキーラって名付けるつもりなんだ。花にしたかったけど、よく考えたら俺はそもそも農作物ばっかり研究してたんだった。
それでも彼女はちょっと恥ずかしそうにして、その後に光栄だわって可愛らしく微笑んでくれるんじゃないかな。
そういう贈り物を、喜んでくれる人だから。
「キーラ。これからもよろしくな」
「……もう。気が早いわよ」
《婚約破棄されたと思ったら、今度は成金男爵と婚約することになりました 完》




