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ジャンク・ジャンキー

 ────熱き戦士の、最大にして重大なる欠点。



 金属塊は、日に日に成長する一方だった。

 アステロイドベルトに連なる無数の小惑星や岩石の中に紛れて、スペースデブリの固まりがいくつも浮いていた。正確には、スペースデブリに地表を覆い尽くされた小惑星や岩石なのだが、遠目に見るとただのゴミの固まりだ。

 太陽光線を受けてきらきらと輝く様は美しいが、近付けばそうでもない。オイルや煤に汚れたままで、汚かった。その山の一つに、イグニスは降下した。大事そうに抱え込んでいたスペースデブリを、山の上に積み重ねている。うきうきしながらゴミの山を築き上げるイグニスの姿を操縦席のモニター越しに見、マサヨシはため息を零した。

 宇宙線や電波の乱反射で計器に異常が起きたら困るので、ジャンクの固まりに近付いたことは一度もなかった。イグニスからは何度となく誘われているが、やんわりと断っている。何が隠れているか、さっぱり解らないからだ。

 最も多いのが宇宙船の破片で、次に多いのが正体不明のコンテナで、最後は細かい部品や怪しい基盤などだ。しかも、それらを手当たり次第に積み重ねていく。だが、マサヨシにもサチコにも何が面白いのかまるで解らない。一度イグニスに尋ねたことはあるが、妙に情熱的に語る彼と会話が噛み合わなくなり、結局解らず終いだった。

〈ねえ、マサヨシ〉

「なんだ」

 マサヨシは戦闘疲れとイグニスの性癖に対する気疲れで、ややぞんざいにサチコに返した。

〈ここから砲撃したら、あのゴミの山は綺麗に吹っ飛ぶんじゃないのかしら〉

「吹き飛ぶかもしれないが、破片が飛んできてこっちも損傷を受ける。それに、イグニスが怒るぞ」

〈戦闘の腕だけはいいんだけど、それだけなのよね、彼って〉

「誰にでも一長一短はある」

〈マサヨシは甘いのよ、あいつに。私だったら、集めてくるたびに撤去して業者にでも売り飛ばしてやるわ〉

「こらこら」

〈だって、その方が余程有益じゃないの〉

 苛立っているサチコに、マサヨシは苦笑いするしかなかった。サチコの意見はもっともで、少々耳が痛かった。イグニスとは相棒であり友人関係である以上、彼の人格は尊重するべきだが、何事にも限度というものはある。

 今のところはこれといって害がなく、コロニー内部にデブリを持ち込むことはないが、先のことは解らない。ハルにだけは危険が及ばないようにしているのはありがたいが、それ以外は気にも留めていないようだった。

 現に、マサヨシのスペースファイターの航行コースともろに被る軌道上に、いくつかゴミ小惑星が築かれている。そろそろ強く出るべきなのかもしれない、とは思うが、血の気の多いイグニスは一度怒らせると後が面倒なのだ。

 機械の体を持っているが人間以上に人間臭い彼は、意地もプライドも確固たるものを持っていて自尊心も高い。つまり、滅多なことでは折れてくれない。戦闘時や作戦会議の際は素直なのだが、普段は結構意固地な男だ。なので、マサヨシとしては出来ればイグニスを怒らせたくないのだが、ここまで来るとそうも言っていられない。

 場合によっては、戦闘も覚悟しておかなければ。



 翌日。マサヨシは、覚悟を決めた。

 件のイグニスは自宅の前の地面に座り込み、ハルが持つホースから吐き出される水を浴びて弛緩していた。マサヨシの足元には、イグニスの装甲や関節部を洗い流したために機械油が多く混じった水が広がっていた。

 汚水は自宅前に造った排水溝に吸い込まれていくが、ハルの出している水量が多いので、追い付いていない。植物プラントから飛んできた枯れ葉や土がいつのまにか溜まっていたらしく、排水溝はごぼごぼと唸っている。サチコはスパイマシンの防水機能を信用していないらしく、マサヨシの背後に隠れて、濡れないようにしていた。すると、案の定ハルの腕力では水の勢いを支えきれなかったらしく、マサヨシの方向に派手に水が飛んできた。

「あっ」

 ハルは慌てたが、もう遅かった。直後、マサヨシは頭からつま先までたっぷりと水を浴びてしまった。

「……いいんだ、気にするな」

 と、マサヨシは笑った。これから起こるであろうことに比べれば、冷水を被ることぐらいは大したことではない。ハルはホースの先端のシャワーノズルを捻って水を止めてから、急いでガレージに戻り、タオルを持ってきた。

「ごめんなさい、パパ」

「ありがとう、ハル」

 マサヨシはそのタオルで髪と顔を拭いてから、ハルを撫でた。ハルは眉を下げていたが、イグニスを見やる。

「この前、おじちゃんと一緒にお風呂に入れなかったから、おじちゃんをお風呂に入れてあげたかったの」

「もうこれくらいで充分だ。なあイグニス?」

 マサヨシが声を掛けると、しっとりと濡れた装甲を撫でていたイグニスは、だらしなく笑った。

「いやぁー最高だったぜぇ、ハル。お前が使うと、ホースの水もいつもより違う感じがするんだよなぁ」

〈それは気のせいだと思うわ。ホースの水なんて、誰が使っても同じよ〉

 マサヨシの背後からサチコが姿を現すと、イグニスは途端に不機嫌になった。

「人がせっかくいい気分でいるってぇのに、いちいち茶々を入れるな!」

 ったくよう、とぼやきながら膝を立てて立ち上がったイグニスは、装甲や関節の隙間に溜まった水を落とした。油混じりの水はぼたぼたと落ち、最早池にも等しい巨大な水溜まりは更に広がり、排水溝は溢れ返ってしまった。イグニスは内部機関を過熱させて外装まで熱を行き渡らせて濡れた装甲を乾かし、全身から蒸気が立ち上せた。

「んで、今日も仕事か?」

「いや、そうじゃない。お前の趣味についてだ」

 マサヨシが切り出すと、イグニスは快活な笑い声を上げた。

「昨日の帰りに拾ってきたジェネレーターならやらねぇからな!  あんなにいいもの、滅多にねぇんだからよ!」

「だから、そういうことじゃない」

「じゃあなんだ、あの合金プレートか?  ありゃあ最高だぜ、だがやらん!」

「だから、イグニス」

「あのケーブルもやらんぞ、まだまだ使えるぜ!」

「だから」

「廃船から掻っ払ってきたエネルギーボックスも、宇宙探査機のアンテナも、全部俺のなんだからな!」

「だから!」

 マサヨシはついに苛立ったが、イグニスの調子はまるで衰えない。

「まあ、どうしても欲しいってんならやらねぇでもねぇけどよ!」

〈人の話をちゃんと聞きなさいよ、このデブリ中毒!〉

 サチコが甲高い声で叫ぶと、イグニスは鬱陶しげにした。

「うっせぇーなぁ。人がいい気分で話してるってのに、邪魔するなよ」

「イグニス。お願いだから、俺に話させてくれ」

 顔をしかめるマサヨシに、イグニスは平謝りした。

「あ、すまん。じゃあ、話してくれ」

「単刀直入に言おう。お前のゴミの山をなんとかしてくれ。正直言って、迷惑なんだ」

「嫌だ」

 マサヨシの辛辣な言葉に、イグニスはへっと笑いを零した。

「あれを捨てるなんて勿体ねぇだろうが。いつか必ず何かの役に立つんだから、捨てる方がおかしいんだよ」

〈その感覚の方がおかしいと思うわ〉

 サチコの冷ややかな意見に、イグニスはむっとする。

「何がおかしい!  どれもこれも、修理すればちゃんと使えるんだぞ!」

「修理したら、の話だろうが」

〈そうよ。それなのに、イグニスはただ掻き集めてくるだけじゃないの〉

 呆れているマサヨシに、サチコが続ける。イグニスは腰を曲げて二人に顔を突き出し、睨む。

「それのどこが悪いってんだ! お前らとの約束通り、コロニーには持ち込んでねぇじゃねぇかよ!」

「コロニーに持ち込まなくても、その周りにゴミの山を築かれると迷惑なんだ。電波障害も起きやすいしな」

 目の前で凄むイグニスに動じずに、マサヨシは強く返す。

「だが、まだ起きてねぇじゃねぇかよ!」

 むきになったイグニスに、サチコは厳しく言った。

〈起きてからじゃ遅いのよ! 予測回路が付いていないなんて、それでもあなたはロボットなの!?〉

「誇り高き機械生命体の俺と電卓女のお前を同列に扱うんじゃねぇよ! アルミフィルムよりも薄っぺらい自我しか持ってねぇくせに偉そうなんだよ!」

〈あら、馬鹿にしないでくれる? 私の演算能力に比べれば、イグニスの知能なんて旧時代のゲーム機並みよ〉

「言ったな、この野郎!」

〈ええ言ったわ、ちゃーんと言ったわ。それがどうかしたかしら?〉

「そこをどけ、マサヨシ! この無駄口女もスクラップにして俺様のコレクションに加えてやる!」

 拳を固めて肩を怒らせるイグニスに、マサヨシの背後に隠れたサチコは甘えた声を出した。

〈やぁだ、怖ぁい。守って、マサヨシ〉

「今のはどっちも悪いが、ここでは絶対にやり合うな。お願いだから、家は壊さないでくれ」

 マサヨシは二人を制してから、ガレージの前でぽつんと立っている愛娘に向いた。

「ハル」

 不安げに二人の言い争いを見つめていたハルは、イグニスの元に近寄ってきた。

「おじちゃん、お姉ちゃんが嫌いなの? お姉ちゃんも、おじちゃんが嫌いなの?」

「おい、そんなのズルいぞマサヨシ、ハルを使うなんて」

 急に勢いを失ったイグニスは反論したが、ハルの弱り切った眼差しが向けられてしまっては黙るしかなかった。もしも泣かれてしまったら、後味が悪いどころの話ではない。泣き止ませるのが大変だし、何より心が痛むのだ。

 ハルは可愛らしい少女だ。機械生命体の美的感覚とは基準が違うが、新人類の美的感覚では上級の部類だ。太陽系で暮らすようになって十年以上も過ぎた今となっては、イグニスの感覚は大分新人類に感化されていた。

 だから、ハルのことが可愛くて可愛くてたまらない。その外見もさることながら、慕われているから余計にそう思う。澄み切った色合いの金髪も穢れを知らない青い瞳も健康的なバラ色の頬も、どれを取っても被保護欲をくすぐる。泣かせてしまっては、数日間は気が滅入る。戦闘意欲も削げる。ハルを泣かせるぐらいだったら、イグニスが泣く。

「解った、解ったから」

 イグニスはきちんと正座をすると、ハルに頭を下げた。

「そんな目で、俺を見ないでくれ……」

「私じゃなくて、お姉ちゃんとパパに謝ってよ。パパともケンカしてたでしょ」

 ハルの言葉を受け、イグニスは二人にも頭を下げた。だが、不本意だったので、感情は一切籠っていなかった。

「ゴメンナサイ」

「なんで棒読みなんだ」

 これには、さすがにマサヨシも怒りを覚えた。心が籠っていないどころか、悪かったとすら思っていないのだ。きっと、内心では舌を出しているに違いなかった。サチコもそうだが、イグニスもイグニスで態度に裏表がある。ハルには砂糖菓子よりも甘いが、マサヨシに対しては割と辛辣で、サチコに対してはきついを通り越して激辛だ。

 イグニスのことはとてもいい友人だと思うし、優秀な相棒だとは思うのだが、こういった態度は癪に障ってしまう。だが、今、議論すべきはそれではない。問題にしたいのはイグニスの性癖であって、その感情的な性格ではない。

「まあ、それはそれとしてだ」

 場を仕切り直そうとマサヨシが話を切り出したが、イグニスがすかさず遮ってハルに話を振った。

「なあハル、俺の集めたデブリは役に立つよな? ゴミなんかじゃないよな?」

〈なんて現金なのかしら!〉

 ハルを使うなと言っておいて自分でも利用しようとするイグニスに呆れ、サチコは声を上擦らせた。

「お前って奴は……」

 マサヨシはとうとう呆れ果てて、口元を引きつらせた。だが、イグニスは二人を無視してハルに詰め寄る。

「なあ、ハル?」

「見たことないから、解らない」

 首をかしげたハルに、イグニスは体を起こして胸を張った。

「じゃあ見せてやろう、でもってはっきりさせてやろう! 俺の行動は全て有益だってことをな!」

「嘘を吐け」

 とうとう愛想を尽かしたマサヨシが毒突こうとも、イグニスは聞いておらず、ハルにしきりに話しかけていた。それはいかに自分が素晴らしいことをしているかという演説で、ハルは訳が解らないのか、きょとんとしていた。

 ハルが時折返す気の抜けた返事を気にすることもなく、イグニスは自分の世界に入り、演説にも力が入った。スペースデブリに興味を持った切っ掛けから、最初のコレクションに始まり、ゴミ収集の歴史を語り始めていた。サチコは突っ込む気も起きないのか、それとも反論するだけエネルギーの無駄だと判断したのか、黙っていた。

 マサヨシも、似たようなものだった。



 そして。

 イグニスのコレクションの一部が披露された。

 いつになく浮かれているイグニスは次から次へとスペースデブリを運び込み、自宅の前に山を造り上げていた。サチコが様々な測定器を使って丹念に調べ、宇宙線に汚染されていないものだけにしたが、それでも量が多い。

 イグニスは今日だけで十回以上も宇宙空間とコロニーを行ったり来たりして、隔壁を開閉する頻度も上がった。おかげでコロニー内の空気が流出してしまい、若干薄くなってしまったが、時間が経てば自動的に元に戻るだろう。

 イグニスがゴミを運ぶ手を止めたのは、山が五メートルを越えた頃だった。近くで見ると、ますますゴミだった。これが崩落して下敷きになったら大変なので、マサヨシはハルを傍に立たせ、大分離れた位置から見上げていた。ハルは、ぽかんとしてゴミの山を見上げていた。このゴミの山は、子供の目線から見ればかなり巨大に違いない。

「どうだ、素晴らしいだろう!」

 誇らしげに上体を反らすイグニスに、マサヨシは首を横に振った。

「やっぱりゴミはゴミだと思うぞ」

〈私も一通り調べてみたけど、使えそうなものは見当たらないわ〉

 マサヨシの肩の上に、サチコがちょこんと乗った。イグニスはゴミの山を背にし、大きく腕を広げる。

「使えるったら使えるんだよ! 使えないものなんて、何一つとしてないんだよ!」

「じゃあ聞くが、そこのひしゃげた外装は何に使えるんだ?」

 マサヨシがゴミの山から突き出している金属片を指すと、イグニスは答えた。

「ああ、あれか? 結構分厚いから、壁にでもなるぞ」

〈だったら、あのぐちゃぐちゃに壊れたイオンエンジンは?〉

 サチコに問われ、イグニスは自信に満ち溢れた返事をした。

「これからばらすんだよ。細かい部品は、いくらあっても困らないからな」

「じゃあ、あそこの粉々に割れたソーラーパネルはどうする気だ?」

「もっと砕けば、ジャミング用のチャフにでも出来るだろ」

〈だとしたら、フレームの下に埋もれている機動歩兵の手足は?〉

「あれもばらして、俺の応急処置用の部品にするに決まってんだろうが」

「となれば、今にも倒れそうになっている宇宙作業用大型マニュピレーターは?」

「配線と関節部分さえ直せば、何にだって利用出来るだろ」

〈では、イグニスの足元に転がっている、ケーブルの繋がっていないビームジェネレーターは?〉

「このコロニーのオートガンにでもしたらいい。やろうと思えばすぐに出来るぜ」

 やたらと得意げなイグニスに、マサヨシは言い返した。

「出来る、出来る、と言う割には何にも使わないじゃないか」

「だぁから、これからだっつってんだろうが。仕事で忙しいから、なかなか手を付けられねぇんだよ」

〈だったら、今から始めなさいよ。そうすれば、私も少しはあなたを見直してあげてもいいわよ?〉

 サチコの高飛車な物言いに、イグニスはすぐさま文句を返した。

「お前になんか見直されたって、嬉しくもなんともねぇよ」

「それで、ハルはどう思う?」

 マサヨシが少女に向くと、ハルは背伸びをしたり、身を屈めたりしながらゴミの山を眺めていた。

「んー……」

 ハルは少し駆けてゴミの山を横から見ていたが、イグニスに振り返った。

「おじちゃん、サンリンシャはないの?」

「サンリンシャ?」

 イグニスが聞き返すと、ハルは頷いた。

「うん。この前、お姉ちゃんが読んでくれたお話に出てきたの。パパ、サンリンシャってどんなの?」

「すまん、俺もよく解らない。名前から察するに車輪の付いたものなんだろうが、俺の暮らしていたコロニーでは車輪の付いた車両は全面的に使用禁止だったからな」

 マサヨシが言葉を濁すと、すかさずサチコがハルの前に滑り出た。

〈三輪車っていうのは、旧時代の子供が遊具として使っていた乗り物のことね。文字通り三つの車輪がある車両で、前輪が一つで後輪が二つで、前輪にペダルが付いているのよ。子供用の遊戯用ペダル式三輪車の他にエンジンが付いたものや、輸送能力に秀でた車両型もあるわね。ハルちゃんが欲しがっているのは、遊戯用ペダル式三輪車のようね。だけど、遊戯用ペダル式三輪車は、製造中止になってから三百年以上過ぎているから、スペースデブリとして宇宙に漂っている可能性は極めて低いわ。かといって、買えるとも思えないし……〉

「そっかぁ。お姉ちゃんがそう言うんなら、間違いないもんね。残念だなぁ……」

 ハルはサチコと見つめ合っていたが、背伸びをしてイグニスを見上げた。

「ねえ、おじちゃん。私とパパのおうちみたいに、サンリンシャって造れない?」

「えっ?」

 意表を突かれたのか、イグニスは声を裏返した。マサヨシは、イグニスを見上げる。

「俺達の家が造れたんだから、子供の遊具ぐらいは造れるだろう」

「そりゃあまあ……。あの住宅程度の技術レベルのものだったら俺の腕でもなんとかなるが、それ以上となると無理だ。従軍する前に一通りの技術訓練は受けさせられたが、それぐらいで、特殊技能はさっぱりだから……」

 イグニスは、珍しく気弱になった。サチコは、理路整然と言葉を並べる。

〈今、太陽系総合歴史博物館のデータベースにアクセスして、三輪車の情報や設計図をダウンロードしてみたけど、それほど難しい代物ではないみたいよ。必要だったら、あなたの記憶回路に送信してあげてもいいけど?〉

「それはありがたいんだが、その恩着せがましい言い方が引っ掛かるぜ」

 イグニスがサチコを見据えると、サチコはくるりと一回転した。

〈そうね。マサヨシ、あなたはどう思う?〉

「ん、そうだな」

 マサヨシは思案した後、イグニスに言った。

「サチコの調べた三輪車の情報と設計図を与えてやってもいいが、その代わり、今度からはスペースデブリを回収する時には俺の判断を仰いでくれ。俺の許可がない場合は、回収するな」

「なんでだよ、それとこれとは関係ねぇだろ!」

 イグニスはマサヨシに歩み寄って声を荒げるも、マサヨシは動じない。

「全面的に禁止しなかっただけ、まだ温情的だと思ってくれよ」

「馬鹿なことを言うんじゃねぇよ、マサヨシ! それでもお前は俺の相棒か!」

「相棒だから、言うんじゃないか。それに、取捨選択さえしっかりしていれば、少しは有益かもしれないしな」

〈これってすっごくすっごーくいいチャンスだと思うわよぉ、イグニス。この機会を逃せば、あなたはただのゴミ中毒で終わるけど、マサヨシの提案を受け入れれば資源確保要員に昇格出来るんだから。馬鹿じゃないんだったら、それぐらいの判断は付けられるはずよね、誇り高き機械生命体さん?〉

 サチコの小馬鹿にした言い回しが鼻に突くが、言っていることは間違いではないので、イグニスは思い悩んだ。

「だが、回収の判断基準がマサヨシにしかないってのはよ……」

「お前はハルを喜ばせたくないのか?」

 マサヨシは、語気を強めた。イグニスは言葉に詰まったが、渋々頷いた。

「解ったよ。だが、これからも拾うものは拾うからな」

〈いつもそれぐらい素直だったら、ほんの少しは優しくしてあげてもいいのに〉

「電卓女なんかに優しくされたら、気色悪くて錆びちまう」

 イグニスは折れてしまったことが悔しかったので、やや口調が弱っていたが、ハルの笑顔には変えられなかった。泣かせるのは嫌だが、笑わせるのは大好きだ。それも、自分の手で行った行為で喜んでくれたら、物凄く嬉しい。

 ハルはマサヨシから三輪車が造ってもらえると言われて、歓声を上げながらぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。それを見ただけで、イグニスは俄然やる気が湧いた。二人にやり込められたのは腹立たしいが、それはそれだ。

 最も重要なのは、愛娘の笑顔なのだから。



 それから五日後。

 試行錯誤と紆余曲折の末、イグニスはサチコの見つけ出した資料と設計図を元にし、三輪車を造り上げた。その材料は全てイグニスの拾ってきたスペースデブリなので、資料の画像にあった三輪車よりも不格好だった。

 三つの車輪は同じ大きさのホイールを削ったもので、タイヤのゴムもゴミの山から見つけ、切り抜いて作った。車体のパイプも宇宙船のフレームを元にしているので若干太いが、明るいピンクのカラーリングを施されている。

 ハンドルとペダルはハルの手足に合わせて小さく造ってあるが、サドルはやや大きめで、座りづらそうだった。それでも、ハルははしゃぎながら乗り回していた。おかげで、家の周囲は三本のタイヤ痕だらけになっていた。

 ハルはイグニスの自室兼ガレージから三輪車を運び出すと、またがり、前輪に付いたペダルに足を載せた。ペダルとタイヤを軋ませながら進んだハルは、満足げにハルを見守っているイグニスに、満面の笑みを向けた。

「おじちゃん大好き!」

 きゃっはー、と歓声を上げ、ハルは家の前をぐるぐると走り回る。

「そうだろう、そうだろう! やっぱり俺のしてきたことは有益だったじゃないか!」

 誇らしげにイグニスは胸を張り、自分で自分を褒めた。ハルはイグニスの前までやってくると、留まった。

「ねえ、今度はブランコが欲しいな」

「ブランコ? って、それもまた地球人の遊具か?」

「うん。いいよね、パパ?」

 にこにこと笑うハルに、イグニスの背後に立っていたマサヨシは、イグニスを見上げた。

「まあ、材料はいくらでもあるから造れないこともないだろうし、場所もあることにはあるが」

「それでね、滑り台とか、ジャングルジムとか、鉄棒とか、砂場とかも造ってよ! 一杯遊びたいんだもん!」

 矢継ぎ早に注文してきたハルに、イグニスは戸惑った。

「ちょ、ちょっと待て、それってまた資料の中にしか残っていない遊具なのか?」

〈そうよ。察しが早いわね。中には現役の遊具もあるにはあるけど、業者から買うと高く付くのよね〉

 イグニスの顔の傍に、サチコの操るスパイマシンが近付いた。

〈でも、今度は調べてあげないわ。ハルちゃんに造ってあげたいんだったら、自力でなんとかすることね〉

「なんでだよ! お前らの言う通り、デブリ回収は自重してやってるだろうが!」

 イグニスが迫ると、サチコはついっと後退してマサヨシの元まで戻った。

〈あれは前回の話よ。今度は今度。私の手を借りたかったら、マサヨシの意見にきちんと従うことね〉

「だ、そうだ。俺としてはイグニスに手を貸してやりたい気もするが、さて、どうしたものかな」

 マサヨシがにやつくと、イグニスはマサヨシに向き直った。

「今度は何を要求する気だ! 事と次第によっちゃ、いくらマサヨシでも容赦しねぇからな!」

「ぶーらんこっ、ぶーらんこっ」

 三輪車のハンドルをぺちぺちと叩きながら、ハルは期待に満ちた目でイグニスを見上げてくる。

「おじちゃーん、ブランコが欲しいー」

「ええいくそうっ!」

 ハルの笑顔にはまたしても逆らえず、イグニスは自棄になりながらマサヨシに叫んだ。

「なんでも言いやがれってんだよこんちくしょう! その代わり、ブランコの設計図はきっちり寄越せよな!」

「手始めに、カタパルトのシリンダーの整備をしてもらおうか。滑りが悪くて、展開時の傾斜角が今一つなんだ」

〈もちろん、五日前にコロニーに持ち込んだゴミの山も、綺麗さっぱり片付けてもらいますからね。次は隔壁の定期点検、空調設備のフィルター掃除、玄関前のドブ浚いに、屋根のペンキ塗りに……〉

 マサヨシとサチコが並べ立てた注文に、イグニスはうげっと声を潰した。

「いくらなんでもそりゃ無理だ、つうかマサヨシ、お前がやれよドブ浚いは!」

「何、全部を一日でやれってんじゃない。何日掛かってもいいから、必ずやってくれ。必ず、だ」

〈ええ、そうよ。これも全部、ハルちゃんのためよねー?〉

 嫌みったらしいサチコにイグニスは苛立って拳を固めたが、上機嫌なハルを見てしまうと、拳はすぐに緩んだ。

「次はないぞ、今回だけだからな、この卑怯者が!」

 イグニスは二人に言い返すも、ついハルに負けてしまう自分が情けなくてたまらないので、語気も弱まっていた。この野郎、とマサヨシを罵倒しながらも、ハルにまとわりつかれると途端に弛緩するイグニスの姿は滑稽だった。マサヨシは、少しやりすぎたか、と思わないでもなかったが、これでイグニスが懲りてくれればそれでいいのだ。だが、まかり間違ってハルがデブリ回収に興味を示してしまったら元も子もないので、その点は気を付けなくては。

 そして、更に一週間後。廃棄コロニーには、スペースデブリで造られたブランコや滑り台などの遊具が並んだ。マサヨシとサチコの要求した仕事を終えた後、イグニスはサチコから遊具の設計図を得て製作に取りかかった。

 遊具が完成した翌日、イグニスは頭と手先を使いすぎて疲弊したらしく、丸一日ガレージに籠って出てこなかった。人間で言うところの知恵熱を起こしたらしく、その日はガレージ周辺の空気が熱してしまい、少々暑苦しかった。

 これでイグニスのスペースデブリ回収の趣味がなくなれば万々歳なのだが、そうも上手くいかないのが世の常だ。知恵熱が治って戦線に復帰したイグニスは、マサヨシの許可がもらえそうなものを次から次へと拾い集めてきた。

 そして、どれもこれも持って帰ると言い張り、そのおかげで戦闘終了しても帰還するまで時間が掛かってしまった。戦闘で疲弊していたマサヨシの神経は更にすり減ったが、ああ言った手前、何も言わないわけにはいかなかった。

 確かに、選別するとは言った。言ったのだが、イグニスはマサヨシの予想を遙かに超える量のゴミを持ってきた。サチコの測定では総重量十数トンにも及ぶスペースデブリは、一目見ただけでもうんざりするほどの量だった。

 その上、イグニスは拾い集めてきたスペースデブリをマサヨシに見せては、一つ一つを鬱陶しいほど賛美した。今にして思えば、これはイグニスの作戦だったのかもしれない。だが、その時はそれに気付ける余裕はなかった。

 スペースデブリの山を間に挟んだマサヨシとイグニスの押し問答はなかなか終わらず、最後は投げやりになった。機械生命体である彼は、激しい戦闘を終えた直後でも呆れるほどエネルギッシュで、それに押し切られてしまった。

 考えてみれば、こうなることも充分予想出来たはずだが、この状況に対する対処法は全く思い付かなかった。それもこれも、ただでさえ疲弊しているマサヨシを更に疲れさせて思考力を奪い取り、気力も削いだからである。そんな状態では、いくらマサヨシと言えどイグニスをあしらえない。

 結局、イグニスは新たなゴミを抱えて帰還した。上手くイグニスを丸め込んだとばかり思っていたが、逆に翻弄されてしまったとは、なんとも情けない話である。

 時として、他人の趣味は見過ごすことも大事だ。

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