36話 休日の過ごし方その2 休日出勤はお手の物
休業日であるはずのイーノレカ。
しかし朝早くから俺とファルの元雇用主である奴隷商人のローガンさんが訪れ、急な休日出勤が決定したのだった。ありがとうございます。
「それじゃ、詳しい話を聞かせて貰おうかしら。私の力も必要な依頼だそうだけど」
依頼契約が済めば後は俺に任せると言っていたファルだが、ローガンさんからファルの意見が欲しいと言われたので、ファルも同席したままでいる。
「うちのところに爺さんが一人いたの覚えてるか?」
「ええ、覚えてます」
と言っても奴隷の中にいた訳ではない。
奴隷を管理する側である職員に一人、お歳を召された方がいるのを覚えている。
「で、その爺さんが近々定年退職することになってるんだが――」
なんとなく読めたぞ。
今まで働いてくれたお爺さんの為に退職祝いを送りたいとか、送別会を開きたいから手伝ってくれ的な依頼だな。さすが奴隷を酷使することないホワイト奴隷商人なだけあって、そういった気遣いも――。
「ぶっちゃけた話、退職金払いたくねーんだわ」
……案外労働環境以外はブラックなのかもしれない。
「質問なんですけど、退職金って絶対払わないといけないんですか?」
「法でそう決まっている。働かずとも安定した老後を送れるようにする為だそうだ」
それはまたホワイト企業だらけになりそうな法律だ。
日本ですら退職金に関しては法で制定されてないから出ないところも結構あるというのに。
「日々の労働の対価を給与として払っているのに、何故辞める時にまで金を払わなくちゃいけねーんだぜ。ったく、厄介な法律だよ」
「まったくね。そろそろ見直すべきだと思うわ」
経営者同士で通ずる苦労があるようだ。
安定した老後を送れるだけとなると結構な金額になりそうなので、どの経営者にとっても頭の痛い問題なのだろう。
「で、だ。ウェステイル商会は退職金をどうしてたのか嬢ちゃんに聞きたくてな。あの頭目のことだ。何か手を打ってたんだろ?」
なるほど、ファルの意見が欲しいというのはこのことか。
世間から批判を浴び、倒産するまでに至る程に劣悪な労働環境だったらしいウェステイル商会が退職金を素直に払ったとは考えにくいと読んだのだろう。
「そうね……満額を払わなくて済むような手なら打ってたわよ」
「やっぱりな。で、一体どんな手なんだ?」
「懲戒解雇よ」
なにやら物騒な単語が出てきた。
ローガンさんも予想外だったのか、虚を突かれたようにぽかんとした表情をしている。
「懲戒解雇って……それなりの理由がなきゃ出来ないだろ? 相手に不当解雇だと騒がれでもすること考えると、素直に満額払った方がいいんじゃないか?」
ローガンさんの言う通り、不当解雇が発覚した場合のダメージは大きい。
日本でも何か不祥事が発覚した場合その企業への不買運動から、取引先との付き合いに影響がでたり、就活生の受験者数の減少までと様々なことが起こっていた。
そういったことを考えると、懲戒解雇による退職金対策はあまりリスクに見合っていないように思える。
「何も理由なく懲戒解雇する訳じゃないわ」
「とは言うが、そんな都合よく解雇に出来る理由が出来たら苦労しないぞ」
「だから作るのよ――解雇出来る理由を」
平然とした顔でまたもや恐ろしいことを言うファル。
「……具体的には?」
どう考えても真っ当な方法ではない予感しかしないが、ローガンさんは乗り気なようで詳しい話を聞くつもりでいるようだ。
「ウェステイル商会の場合、定年退職が近付くとその人の不祥事が発覚するのよ。売上を誤魔化した帳簿が見つかったり、妻帯者なのに職場の子に手を出したり……ね」
「……それは不祥事をでっちあげるってことか?」
「ええそうよ。帳簿はこちらが用意しておいた物にすり替え、不倫は協力者の子にいくらかお金を渡して誘惑してもらったりして懲戒解雇に繋げてきたわ」
え……えげつねえ……! ウェステイル商会えげつねえ!
尽くしてきた会社に使い捨てられるどころか汚名を着せられて裏切られるなんて……なんという闇の深さだ。
「なるほど、悪くない手だが……手間とリスクが問題だな」
「そうね。発覚した場合は即座に何らかの処分が出るでしょうし、仕込みには手間だけじゃなくてコストも必要よ」
それでもウェステイル商会が不祥事をでっちあげてきたのは、退職金を満額支払うよりは良いと判断した結果か。リスクとコストの兼ね合いの判断が難しそうだ。
「とりあえずこの案は保留にしておくとして――イトー、お前は何か良い案ないか?」
「え? 俺ですか?」
まさか経営者でもない下っ端の俺に振られるとは思っていなかったので驚いてしまう。
「お前はかなりの変わり者だからな。何か知ってるんじゃないかと思ったんだが」
お客様から意見を求められた以上、何か答えなければならない。
……と言ってもなぁ……俺がいくら前世の知識を持っているからと言っても、考えたこともない退職金についての知識は全く――いや、待てよ?
「退職金って定年前に自分から退職を申し出た場合、額が下がったりします?」
自己都合退職と会社都合退職。日本でも失業保険を始め、再就職や色々と対応が違ってくる二つの退職パターン。それがこの異世界でも適用されるのであればやりようがある。
「下がるわね。懲戒解雇ほどではないけれど」
よし、それなら俺の知識でも十分に役立つ意見が述べられる。
「ローガンさんのところの宿舎に空き部屋ってありますか?」
「あるぞ。湿気が凄くて物置としても使えない小さい部屋が一つ」
「そこに椅子と机を運ぶ事はできますか?」
「出来るが……本当に狭い部屋だからな。机なんて運び込んだら相当狭くなるぞ?」
「構いません」
むしろ好都合。
湿度が高くジメジメとした狭い部屋。環境としては申し分ないだろう。
「その部屋にお爺さんを入れて下さい」
「何もない空き部屋だぞ? そこで何させようっていうんだ?」
従業員は生産力。使ってこその従業員。
そういった固定概念があると、ローガンさんのような質問が来るのは普通ではあるが……。
「何もさせません」
「は?」「え?」
ローガンさんとファルの声が重なった。
「何もさせないって……一体何の目的があってそうするんだ?」
「自分から退職を願い出て貰うためです」
自己都合退職での退職金減額を狙うのがこの案だ。
「だったら何もさせないのはなんでだ?」
「自分から退職して貰いたいならキツイ仕事を次から次へと振った方がいいんじゃないかしら? 年配の方ならすぐに体力の限界が来て音を上げると思うし」
ローガンさんとファルが最もな疑問を返す。
ファルに至っては相変わらずの黒さで安心する。
「自分が思うに一番過酷な仕事って『何もしないこと』だと思うんです」
前世で一度、一日だけ奇跡的に仕事に空きが出来たことがあった。
けれど休みになるようなことはなく、何かあった時の為に出社して待機しなければならなかった。
何もやることがなく、かといって何か他事をしようものなら「勤務時間中に遊ぶな」と怒られる。一応勤務扱いになるのだが何もやらずに時間が過ぎるのを待つというのは一番過酷な仕事だったと言い切れる。
「本を読むことも居眠りをすることも動き回ることすらも禁止して、ただただ何もさせずに勤務時間を過ごさせるんです」
「……そう聞くと凄いキツそうね」
「二人も知っての通り、何もさせて貰えないというのは俺ですら耐えられるかどうかわからない過酷な仕事です」
それが命令であれば耐えるように努力はするが、精々持って一ヶ月が限度だろう。
それだけ何もせずにただ時間が過ぎ去るのを待つ、というのは実際に体験してみると想像を絶するほどにキツイ。
「単純に耐えきれなくなって音を上げるか、何の益ももたらさない存在であると自覚して貰うかなりで自分から退職を願い出て貰うのが、この案の狙いです」
リストラは世間体が悪く、かといって過酷な業務を次々と押し付けて怪我や病気になられても困る。あくまでも自分から退職を願い出るように仕向ける。それが追い出し部屋だ。
「ふむ……悪くないな。どれだけ期間が掛かるかはわからないが、下準備に手間を掛けなくていいというのが気に入った。ただ問題は……」
「人員ね。少なくとも監視員は必要よ」
ファルの言う通り本当に何もしていないのか監視する人物は必要だ。
それも話しかけられても無言を貫き通し、無言が支配する空間でも絶えず監視することの出来る精神を持った人物でなければいけない。
「別口で依頼してくれれば、ウチのイトーを寄越すけど」
「そりゃ願ってもない話だがそっちのギルドのことはいいのか? イトーがいないと仕事が回らないだろ」
監視の仕事はおそらく長時間、長期間に渡るだろう。
その間俺は別の依頼に取り掛かることは出来ない。そのことをローガンさんは心配しているのだと思うが……その心配は無用というものだ。
「問題ないわ。ウチには優秀なメンバーがあと一人いるから」
俺もファルも揃えてそう評価する頼もしい後輩が、頑張ってくれることだろう。
「ほお……イトーの代わりが務まる程の奴か。ちょっと興味があるな」
「残念ながら今日は休日だからいないわよ。また機会があればその時に――」
ファルがそう言っている途中に、勢い良くドアが開き。
「す、すみませんっ! 遅刻しちゃいましたーっ!」
長い髪をいつもよりボサボサ状態にさせたルミエナが、息を切らしながら駆け込んできた。魔女帽子が頭からズレ落ちそうになっているのを見るに慌てて出勤してきたのだろう。
どうやら今日が休日なのをすっかり忘れているらしい。
「……なるほど、進んで休日出勤とは確かにイトーみたいな奴だな」
「今度から休日は私が休みたい時だけで良さそうね」
イーノレカは順調に全体的に黒く染まっていってます。




