37話 休日の過ごし方その3 親睦会
「そ、そうでした……今日は休みなんでした……」
ローガンさんが帰った後、ようやく今日が休みだということに気が付いたルミエナは、頑張って走って損したとばかりにがっくりと膝をついた。
まさか休みなのを忘れて出勤してくるとは思わなかったがいい傾向だ。仕事を中心とした生活が身と心に染み付いてきている証拠だろう。
「…………うー……帰ってゆっくりします」
「ちょっと待ちなさい」
ダッシュ通勤が徒労に終わってしまったせいか、トボトボと元気のない足取りで出入り口へと向かうルミエナをファルが呼び止める。
「せっかく休日に三人揃ったのだから、これから朝食を兼ねて親睦会でもどうかしら?」
「なにっ!?」
つ……ついにきたか親睦会……!
またの名を飲み会という、人によってはどんな仕事よりも恐ろしい行事。
就業後に参加を強いられる上に会費まで取られるという通称、金を払ってまでするサービス残業。
親睦を深めるため、今日は無礼講だから言いたいことを言えとか言いつつ、少し不満を言おうものならしっかり覚えられて根に持たれる。むしろ酒が入って気が大きくなった上司が部下に説教する場でしかない。そしてなによりパワハラとアルハラの温床でもある。
そんな負の記憶と経験しかない親睦会。
それがついにこの異世界でも行われるだなんて――ゾクゾクするじゃないか!
「ふふふ喜んで参加するぞ」
「い、イトーさんが行くならあたしも……」
さすがルミエナだ。
俺の知っている新人は何かと理由をつけて逃げようとした者がほとんどであったが、そんなことはせずに素直に参加を表明してくれている。
「決まりね。それじゃ店に移動するわよ」
果たしてこの世界、そしてイーノレカの親睦会はどのようなものなのか。
期待と不安と都合のいい想像を胸にファルの後に続いた。
着いた先は以前広告を展開した酒場だった。
今は開店から間もないということで客は俺達以外には二組ほどだけだった。
「私はこれお願いね」
「自分も同じのをお願いします」
席につくなり店員に注文を告げたファルに倣う。
注文したのはこの世界で最もポピュラーな酒。とりあえずビール的な存在だ。
前世で何度も休日に突然呼び出された経験から朝から酒を飲むのには抵抗があるが今は親睦会。上司に合わせることが最優先。
ちなみに前の世界でも国ごとに飲酒可能になる年齢が違っていたようにこの世界でも飲酒可能になる年齢は日本とは違うので何ら問題はない。
「えと……じゃああたしはフローズンイチゴジュース――」
「なっ――!? ちょ、ちょっと待て!」
別の飲み物を頼もうとしたルミエナを慌てて止める。
以前ここで食事を取ったことはあるがあれは調査だったので、各々バラバラな注文をしても問題はなかった。しかし今は親睦会の場であることを忘れてはならない。
「ここは注文を揃えるべきじゃないか?」
「え? え? そ、そうなんですか?」
「別に気にしなくていいわよ。好きなの選びなさい」
なっ……!?
じょ、上司自らが最初の一杯にこだわらないだと……!?
俺の知っている親睦会では席につくなり「全員ビールでいいよな?」と聞いておきながら、返事を待たずにノータイムで「人数分ビールよろしくー」と店員に注文するのが恒例だったのに、これが異世界の親睦会だというのかっ……! くそっ、さすがはホワイト異世界……!
「何か言いたそうね? 同じ注文を強制しなくてはいけない理由でもあるのかしら?」
驚きが顔に出ていたのか、ファルに問い詰められてしまう。
さてどう答えようか。
同じ注文にすることによって帰属意識を高める狙いもあれば、最初の提供を早めるという効果もある。だけど大事なのはやっぱり――。
「業務以外の場でも注文を始めとした様々な行為を強制強要命令することで、日々の仕事でも素直に命令を聞いてもらう為の教育にもなるんだ」
ビールが苦手、酒が苦手な人がいるのを知っておきながら注文して飲ませる。業務以外の嫌なことを強制しておけば業務上での嫌な命令も難なく強制出来るようにするのが狙い。それがブラック企業においての「とりあえずビール」という文化の正体なのだ。
飲み会とは就業時間外でも教育が出来る場。残業ではないので給料を払わなくていいし、労基の影に怯える必要もない。
だからこそ、この世界にはこの世界の飲み会のルールがあったとしてもここは譲れるものではなく、口を挟まずにはいられなかった。
「相変わらず凄い考えね……」
「そうだな。俺もそう思う」
ありとあらゆる伝統的な行事が社畜を作るための教育に繋がっている。
離れて初めて気付けたが日本はとても恐ろしい国だ。
「え、えと……じゃ、じゃああたしも同じやつで……」
「無理に合わせなくていいわよ。彼女にはフローズンイチゴジュースを貰えるかしら」
注文を変更しようとするルミエナを遮り、ファルが給仕にそう告げてしまう。
「……いいんですか?」
「ええ、もし勤務態度が良くなければイトーが今言ったような教育を施す必要もあるけれど、普段から真面目に頑張ってくれてる貴方には必要ないことだもの」
……言われてみれば確かにそうか。
他ギルドよりも多忙な業務をしっかりとこなし、名刺配り研修も魔狩りの鎖との一件も見事に乗り越え、先程も自らの意思で注文を合わせようとしていた。
これはもう社畜精神が根付いた証と言ってもいいかもしれない。
であるなら、必要以上の教育をする必要もないということだな。
さすがファル。よく出来た上司だ。
「……と、器の大きさを見せておけばイトーにばかり懐いているあの子の忠誠度もあがるでしょうしね」
そう俺にだけ聞こえるような声で呟くファル。
……本当、よく出来た上司だ。
しばらくすると注文した飲み物が届き、乾杯をした後飲み始める。
「ところで貴方達、私に何か言いたいことはないかしら?」
すると不意に、ファルがそんなことを口にした。
「いいたいこと……ですか?」
「ええ。仕事の事とか待遇の事とか、普段思っていても中々言い出せないようなことあるんじゃないかしら? 今だけは上下関係を忘れて好きに言ってくれていいわよ」
白い肌をほんのり赤く染め、機嫌良さそうに言うファル。さすがは酒の席といったところか、普段は絶対口にしないようなことを言っている。
しかしこの言葉を真に受けるような俺ではない。
ファルが言っているのはいわゆる無礼講というモノだが、上司に対して無礼な振る舞いをしても構わない……という意味ではない。「普段の上下関係をしっかりとわきまえた上で雰囲気の良い場にしろよ?」という意味なのだ。
なので仕事の話はともかく、言葉の意味を捉え間違えて待遇改善を求めようものならそれはもう酷いことに――。
「えとじゃあその……もう少し休みが欲し――」
「あーっ! そろそろみんなのグラスが空になるなー! よし、追加注文しておくかー! すみませーん! こっちにさっきのと同じヤツもう一杯ずつお願いしまーす!!!」
わざと大声を出してルミエナの声を遮る。
なんて恐ろしいことを言おうとするんだこの後輩は。
「……今その子、何か言おうとしてなかったかしら?」
「そ、そうか? 気のせいだろ? な? な?」
「え、えと……は、はい。きのせい、です。あたしなにもいってません」
やたらと棒読みなのが気になったが俺の意図を察してくれたらしい。
しかし参ったな。上司と対峙することになる飲み会では同僚との連携が必要不可欠なのに、飲み会においての仕事方法を知らないらしいルミエナとではそれができない。
早急に対策を取らないといけないな……。
「ふぅ……やっぱり朝から飲むお酒は格別ね。休日って感じがするわ」
追加で届いた酒を飲み、ご満悦な様子のファル。
……今のうちにルミエナと話をしておくか。
「ルミエナ、さっき休みが欲しいって言おうとしてたな?」
ファルには聞こえないよう小声で話し掛ける。本当は別の場所でじっくりと打ち合わせをしたいところだがこういった場で上司を一人にさせてしまうのは一番してはいけないこと。
なので手短に重要なことだけを伝えるとしよう。
「は、はい。言いたいことがあったら言っても良いって言ってたので……」
言葉通りに受け取ってしまったという訳か。新人が陥りやすい罠だ。
「いいか? ファルが言った言葉の本当の意味はだな――」
今回の場合はファルが「無礼講」を口にしたことで経営者として器の広いところを見せているので休みが欲しいと訴えれば、前向きに検討する的な返答が得られることだろう。
が、それはただの建前である。
休みが増えることはなく、むしろ上司の意に反することを口にしてしまった結果、この場では何もなくとも後々、飲み会以外の場で逆に酷い嫌がらせを受ける可能性も出てくるのだ。
――というような説明をルミエナに行った結果。
「…………なんだか普段のお仕事より怖いです」
「そうだな。慣れないうちは特に怖く感じるだろうな」
しかし上司のご機嫌取りは部下の仕事の一つ。恐れて何もしなければしないで不評を買ってしまうこともある。俺が前世で身に付けた飲み会で失敗しない立ち回りをルミエナに伝授しよう。
「基本は聞き役に徹して笑顔で相槌を打つことだ」
俺の経験上、上司というのは話したがりな人が多い。勿論こちらに気を遣って話題を振ってくれる上司もいるのかもしれないがどちらにしても、大切なのは上司に良い気分になって貰うことなので相手を立てるような返答をしていけば問題ない。
……が、ファルのように口数の少ない上司がいるのもまた事実。
「もし聞き役に徹しようにも相手が話しかけて来ない場合は、当然こちらから話題を振っていかないといけない」
親睦を深める為の会で無言が続くというのはよろしくない。
場を盛り上げる為の気遣いも俺達下っ端の大事な仕事。
「で、でもあたし口下手だから何を話したらいーのか……」
「そうだな……何を話題にすべきかが一番の問題だな」
過去の経験から飲み会の鉄板とも言えるべきネタは豊富に持っている。仕事や睡眠時間の合間を縫って集めた情報だ。
が、しかしそれらは芸能やスポーツや会社周辺のグルメ情報といった、前の世界でしか使えないネタ。飲み会があると知っていれば前準備を整えていたのだが……まぁ嘆いたところで仕方ない。この場合は下調べの必要がない漠然とした話題を提供するべきだろう。
「二人は休みの日は何して過ごしているんだ?」
用事や家事などの必要なことは別として、おそらく大半の人は趣味をして休日を過ごす。
そして趣味の話となれば、普段口数の少ない人でも饒舌になることが多い。趣味の話で会話の主導権を相手に握って貰えばあとは当初の予定通り、相槌を打つだけの簡単なお仕事だ。
前世で上司のみなさんのお陰で鍛えられた、まったく興味のない話題でも盛り上がっているように見せる俺の相槌技能を今こそ発揮する時――!
「特に何もしてないわね。強いて言うなら寝てることが多いかしら」
「同じくです。ぼーっとしてたらいつの間にか休みが終わってます」
「へぇそうなのか」
…………。
……。
会話終了。
ま、まぁ話したがりな上司ばかり相手にしてたからなぁ……。こうなんていうか、最近の若者に多いらしい無気力無趣味系の人との経験が足りていなかった。
……が、しかし。またこのまま沈黙を続ける訳にもいかない。次の話題を提供しなければ。
共通の話題である仕事の話が鉄板だろうか。いやだがしかし、もし話が変な方向に広がって愚痴や要望を言っていると思われてしまうリスクがある。
となれば家族構成などの出自や昔何をしていたかの話……いや、これは駄目だ。ファルの過去はこんな席で話せるものではないし、その上俺について言及されると設定を固めていない状態では必ずボロが出る。
くそっ、この場において適切な話題が見つからない。このままでは――。
「……イトーさん」
クイクイと俺の袖を引っ張りながら、ルミエナが小声で話しかけてきた。
「なんだ? 俺は今話題探しに必死なんだ。だからルミエナも何か考えてくれ」
「えと、でも無理に話題を探さなくても良さそうですよ? ほら」
そう言ってルミエナが指さした先を見ると。
「……すー………すー」
と腕を枕にしてテーブルに伏せて寝息を立てているファルの姿があった。
……これは酔い潰れたのか。酔いつぶれる程に飲んでいるようには見えなかったが、どうやら酒にはあまり強くないらしい。
「いい機会だな。これでお開きにしておこう」
「あ、はいわかりました。……けど、ファルさんはどうしますか?」
「俺が背負ってギルドホームまで連れて帰るさ」
酔い潰れた者の介抱も飲み会での仕事だ。どうせ帰る場所も同じだし。
「あ、お帰りですか?」
俺達の動きに気付いた店員が声を掛けてくる。
こちらから声を掛ける前に会計をしに来てくれるようになったのも、以前俺が接客のイロハをこの店に叩き込んだお陰だろう。
…………。
……。
………………会計?
「――が三点で、合計320ルピドになります」
ふむ。
現在俺の所持金は以前給料で貰った200ルピド。当然足りない。
そして本来払うつもりであったあろうファルは、すやすやと寝息を立てている。
「ふむ……」
勝手にファルの身体をまさぐって金を取る訳にもいかなければ、許可なくツケにする訳にもいかず、後輩であるルミエナに負担して貰うのも先輩として気が引ける。
ならばここは、俺も得する方法を選ぶとしよう。
「ルミエナ、ファルをギルドホームまで送れるか?」
「一応強化魔法を使えばできますけど……」
「そうか、なら俺の代わりにファルを頼む。急用が出来て俺は送れなくなった」
「急用ですか?」
「ああ、ちょっとここで働いて小銭を稼ごうと思ってな」
休日も上司の為に働けるなんて、私はとても幸せです。




