その30
「……リョウさん」
俺とリョウはドアを挟んで、お互い状況が呑み込めずに立ち尽くしていた。
「あ、ごめん……お邪魔みたいだね? 帰るよ」
先に我に返ったリョウが気まずそうに言うと、そのまま廊下を歩いて行く。
「うわっ、待って下さいっ! リョウさん、誤解してます」
俺はそう言うと、大きな声でリョウを呼び止める。
彼は俺の言葉にゆっくりと振り向いた。
「誤解?」
「はい---俺と麻生は昨日、中学の同窓会があって、俺が酔いつぶれてしまったので部屋に泊めてくれただけで、何もありません。それに彼女は朝から出かけていて、今部屋にはいません」
俺の言葉を聞くと、リョウはふっと笑った。
「なんだ、俺はてっきり2人上手くいったと思ったのに……いや、近くまで来たからついでに話を聞きたかったんだけど……まぁ、いいか、次にでも聞くよ」
そう言って手を上げると、再び廊下を歩いて行った。
その後ろ姿を俺は呆然と見送っていた。
「ただいま……って、どうしたの?」
夜になってようやくメイが帰って来た。両手にはお土産であろう紙袋がぶら下がっている。
それを受け取り、俺はそのままソファへと座り込んだ。
メイは羽織っていたジャケットを脱ぐと、バッグと一緒にクローゼットへとしまう。
それから俺の傍まで来ると、不思議そうな顔でこちらを見た。
「何? まだ気分悪いの? 冴えない顔してるけど……」
気分……最悪だよ。
俺はため息をつくと、メイの方を見上げた。
彼女はまだ俺の方を見ていたので、お互いの目が合った。
「……夕方、リョウさんが部屋を訪ねて来た」
「リョウさんが?」
「あぁ……近くまで来たから話を聞きたい…とか何とか言ってたけど……それよりも悪い! 誤解されたかもしれない」
「え? 誤解って?」
頭を下げた俺にメイが首を傾げた。
「実は、リョウさんが訪ねて来た時、俺は風呂から出たばかりで……その、バスローブしか着ていない状態でドアを開けてしまった。そしたら彼が『お邪魔したね』って……本当に悪かった! 俺、リョウさんにもう一回事情話すから」
するとメイはゆっくりと首を左右に振った。
「麻生?」
「大丈夫……朝倉君が事情を説明する必要なんてないから。私とリョウさんは最初から付き合ってなんかいない……」
「ど…う…いう…意味だ?」
「リョウさんの恋人は唯香さんよ。唯香さんが一方的にリョウさんに別れを告げてしまったので、その理由を探る為に私と付き合っているって言って、彼女の嫉妬心を煽ろうとリョウさんが考えたの」
……何だよ…それ…
「だから朝倉君が気にする事なんて何もないから…」
「お前はそれでいいのか?」
「え?」
メイが俺の顔を見た。そんな彼女に何故か苛立ちを覚える。
「だって……そうだろう? お前の気持ちを知ってて、リョウはそんな残酷な事をお前にしたんだぞ? 許せるのか?」
「朝倉君?」
俺の言葉にメイが不思議そうな顔をした。
「許せるのか? そんなにリョウが好きか? 唯香から奪い取れるとでも思っているのか?」
「な…にを…言ってるの? 私はそんな事思ってないし、そもそもリョウさんに恋愛感情なんて持ってない」
「は?」
麻生? お前、何言ってるんだよ---
俺が唖然とした顔で、メイを見ていたために彼女ははぁっとため息をついた。
「私はリョウさんの事は仕事仲間としては好きだけど、恋愛対象としては見てないよ---それに、私には昔から好きな人がいるもの」
メイの言葉に俺の心臓がズキッと痛んだ。
---昔から好き? それって一体---
無言の俺に構わずにメイは更に話し続ける。
「私は『その人』の事を中学校の頃から好きだった---初恋だったわ。だけど、彼は私のことなんてただの『クラスメート』としてしか見てなかったと思う。それに彼は背の高い子は好きじゃなかったの」
は? 待て……何、言ってるんだ。
「私はずっと嫌われてるって思ってた。でも再会した時、『友達』だって言って貰えて嬉しかった。それだけで良いって思ってたのに……だんだん欲が出てきて『友達』だけでは嫌だと思うようになった---そんな時にリョウさんから『2人で恋人のフリしてあの2人に嫉妬させないか?』って言われて、つい話にのってしまったけど---馬鹿よね、朝倉君が嫉妬なんてするはずないのに……むしろ応援されちゃったし」
そう言うと真っ直ぐ俺の方を見た。
「麻生?」
「ごめんね、いきなりこんな事言って……迷惑なのは分かってる。だけど誤解されたままは嫌だったから……朝倉君、悪いんだけど帰ってくれる? さすがに今、2人でいるのは辛い」
「……あ、あぁ…」
突然のメイの告白に俺は何も考えられず、彼女の言う通り帰り支度を始めた。
自分のバッグに着替えを詰め終わるとメイの方を見たが、彼女は窓の外を見たままこちらを見ようとはしない。俺は小さくため息をつくとその背中に声をかけた。
「じゃ……帰るよ」
「うん、気をつけてね」
振り向く事もなくメイは答えた。
俺はそっとメイの部屋を後にした。




