その27
悩んでいる間に、その土曜日がやって来た。
俺達の会社は土日が休みなので、俺は朝から行くかどうかで悩んでいた。
--- 行くなら、昼過ぎには家を出ないとまずいよな ---
そんな事を考えていると、携帯の着信音が部屋に鳴り響く。
慌てて携帯を手に取り、ディスプレイに表示された名前を見ると--林原だった。
通話ボタンを押すと、電話の向こうから明るい声で俺の名前を呼ぶ。
「朝倉か? おはよう! 今日、来るよな?」
「おはよう、林原……お前、休みだってのに朝から元気だな?」
「は? おい、俺達は土日仕事だぜ。今、少し休憩を貰ったんだ」
あ、そうか---こいつは、スーパーで働いているんだ。
「そうだったな。悪い--忘れてた」
「いや、それより来るんだよな? 麻生は来るって言ってたが、お前が来るのかどうかは知らないって言うから、一応確認の電話なんだけど」
メイはやっぱり行くのか。俺はまだ思案に暮れていた。
「---おい、朝倉? 聞いてるか」
「あ、あぁ……そうだな。恐らく行けると思う。もしかしたら遅れるかもしれないが」
「全然構わないよ、じゃ、楽しみにしてるからな」
そう言うと通話は切れた。俺は携帯を見ながらため息をついた。
結局、昼前ギリギリになって行く事に決めた。
今日は実家に泊まる予定だから、明日の分の着替えをボストンバックに詰める。
簡単な荷造りが済んでから、ふとメイに連絡するのを忘れていた事に気づいた。
俺は、彼女に電話をかけた。2〜3回のコール音ですぐに繋がった。
「はい、麻生です」
「あ…麻生? 朝倉だけど……」
俺は携帯を握る手につい力が入る。
「朝倉君? どうしたの?」
「うん…あのさ、お前今日、どうやって帰るつもりだ?」
「電車を乗り継いで行くつもりだけど? もうそろそろ出掛けようかと思ってる」
「……だったら…俺が車を出すから乗せてくよ」
「…行けるの?」
メイが驚いた様な声で聞いてきた。
「ああ…朝までは迷ってたけど、林原から電話があって行く約束をさせられた」
「…そうなんだ」
「で、何時に迎えに行けばいい?」
「私はもう準備出来ているから、朝倉君が出掛けられる時間でいいけど」
俺は時計を見た。今、正午を少し過ぎたところか……
「だったら……そうだな、1時間後にお前の家に迎えに行くから。着いたらもう一度電話する」
「うん、わかった」
電話を切ると、荷物を手に家を出た。
約束の時間より少し早く着いたが、彼女はすぐに家から出てきた。
高速にのる前にコンビニで飲み物を買い、今は故郷に向かって俺は車を走らせていた。
「で、麻生は泊まる所はどうするんだ?」
助手席に座るメイに俺は話し掛けた。すると、彼女は外の景色から俺の方へ視線を向けた。
「あ、Mホテルに2日間、予約入れたから大丈夫」
Mホテルって---市内にある一流ホテルだ。確か1拍ン万円はしたはず。
「あそこって、宿泊費かなり高くなかったか? 大丈夫なのか?」
いくら【アンジェリア】のモデルをしてて少しは給料も上がったかもしれないが、1人暮らしの身には大きい出費だと思うが。
するとメイは意外な事を言った。
「実は、Mホテルにリョウさんの知り合いがいるらしくて、私がクラス会に行く話をしたらリョウさんが『だったら、俺が予約入れとくから泊っておいで』って言ってくれて。私も当てが無かったから思わずお願いしちゃった」
「そうなんだ。良かったな……ところで、リョウさんに俺の事は言ったのか?」
「言ってないわよ、だって朝倉君、行くかどうかもわからなかったし。言う必要もないかな? って思ったし」
メイの言葉に俺は小さく息を吐いた。
「……言った方が良かった?」
「は?」
「何か、言って欲しそうな口ぶりだったよ?」
「ばっ…馬鹿か! お前、誤解されたらどうするんだよ」
俺はメイの言葉に焦って、ついキツイ口調になってしまった。
しかしメイは気にする風でもなく、肩を竦めただけで再び窓の方へ視線を戻した。
……何、考えてるんだ? 麻生は……
俺はメイの考えている事が分からず、何も言えないまま目的地まで車を走らせた。
Mホテルに着くと、入口で彼女を降ろす。
「じゃ、後で迎えに来るから」
俺の車を降りたメイに声をかけると、彼女は振り向いて答えた。
「大丈夫、現地集合でいいから。朝倉君は家から直接行って」
「お前、中学以来戻って来たことないんだろう? 街の風景も昔と随分変わっていて判らないと思う。いいよ、別にここからそんなに遠い場所でもないし」
俺の言葉に彼女が躊躇っているのが判る。
「どうした?」
「朝倉君…私と付き合っていると思われるのが嫌なんでしょう? 一緒に行ったら余計勘違いされるよ? だから別々に…」
「とにかくっ! ……迎えに来るから、待ってろよ」
彼女の言わんとしている事が判って、俺は言葉を遮るとそのまま車を発進させた。バックミラーを見ると、こちらを見ているメイの姿が映っていた。
「入って行くのは別々にした方がいいかも。私が少し遅れて行くから」
クラス会の会場になっている居酒屋は、メイの泊まるホテルから歩いて20分程の距離の所にあった。
その居酒屋に向かっている途中、メイが俺にそう言った。
「大丈夫だよ…別にそこまでしなくても……」
「でも……朝倉君は私と一緒は嫌でしょう?」
「何でだよ?」
「朝倉君は私と付き合ってるって勘違いされるのは嫌でしょう?」
「別に俺は勘違いされるのは嫌じゃない!」
「え? だって」
溜息をつきながら俺は答えた。
「俺は別に構わない…お前と付き合ってると思われるのは。だけど、お前はそうはいかないだろう?」
俺の言っている意味が判らないという様にメイは首を傾げた。
「お前には『リョウさん』がいる。もしもその事がばれたら? 立場が悪くなるのはお前だぞ」
やっと意味が判ったらしく、はっとした表情をすると俺を見た。
「嘘をつくのは好きじゃない……林原達には、俺の母親の勘違いだってちゃんと言うから安心しろ……」
メイは何か言いたそうだったが、気づけば目的の居酒屋の前まで来ていた。
俺は気が進まない自分を心の中で叱咤しながら、その居酒屋の扉を勢いよく開けた。




