その22
朝起きたら、平熱に戻っていた。少しダルいくらいで、出勤出来ないほどではなかったから、俺は仕事へ行く準備をした。
「---えっ?……兄貴、仕事行くの?」
寝室を出ると、キッチンで朝食を準備していたらしい美樹が驚いた様に尋ねた。
「あぁ……熱も下がったし、家にいても退屈だしな」
俺は美樹が淹れてくれたコーヒーを貰って飲んだ。
「…でも、あと1日くらい休めばいいのに」
心配そうにしている美樹に俺は笑いかけた。
「大丈夫---それよりお前も出かけるんだろ?早く準備した方がいいぞ」
時計を見ると8時少し過ぎている。美樹は慌てて朝食の準備を続ける。
「兄貴も食べるでしょ?」
「---いや、いい。時間がないからこのまま行く」
尋ねてきた美樹に俺はそう言うと、玄関へと向かう。
そのあとを美樹がついてきた。
「じゃ、戸締まりちゃんとして行けよ」
「大丈夫だよ、行ってらっしゃい」
美樹に見送られ、俺は家を出た。
「朝倉!お前、出てきて大丈夫なのか?」
吉澤主任が俺を見ると、心配そうな顔で聞いてきた。
「はい、昨日ずっと寝ていたので、もう平気です」
「そうか……でも病み上がりなんだから無理するな」
俺は頷くと自分の席へと向かった。そんな俺に背後から主任が呼びかける。
「そうそう、朝倉!【ディア】が3カ月ぶち抜きで【アンジェリア】特集組む事になったから、お前担当しろよ」
「は?」
俺、何も聞いてませんが……
振り向いた俺の表情を見て、主任は何故か苦笑いをしていた。
「昨日の企画会議で決まった---【ディア】からの申し入れだ。この前の記事の反響が良くて、それであちらさんももう一度、うちと組みたいそうなんだ。まぁ、あの記事のおかげで【アンジェリア】の売り上げも上がったからな……断る道理がないだろう」
確かにそうだ。仕事としてはこちらとしても、有難い申し出だと思う……だが、俺個人としては---正直嫌かもしれない……
「おい……大丈夫か?まだ、本調子じゃないなら、帰って休め」
黙っている俺に主任が心配そうに声を掛けた。
「い、いえ…大丈夫です」
俺は主任にそう言うと、自分の席へと戻った。
出来れば今度の仕事だけはやりたくない---俺は深いため息をついた。
その日はまだ体調が戻ってないという事で、事務処理を任され定時に上がらせてもらった。
大丈夫だと言っていたが、正直やっぱり、少しキツイ……
俺は怠い体を引きずるように、真っ直ぐ家に帰った。
「おかえりぃ---早かったね、やっぱりまだキツイんじゃないの?兄貴がこんな時間に帰るなんて珍しいもの」
家に帰ると、美樹が心配そうな顔で俺を出迎えた。
「何で?お前、麻生と出掛けたんじゃないのか?」
「うん、出かけたんだけど---五月ちゃん、用事が出来たとかで、早めに帰ってきちゃった」
美樹は残念そうだった。
「用事?何の」
俺が尋ねると美樹は『さぁ』と首を傾げた。
美樹は夕食を作る為にそのままキッチンへと戻って行く。
俺は着替える為に寝室へと向かった。
夕食を摂りながら、俺は美樹の話を聞いていた。
メイと出掛けたのが嬉しかったらしく、事細かに今日の出来事を語っている。
「……そうそう兄貴、モデルの『リョウ』って知ってる?」
『リョウ』の名前が出て、食事をしていた俺の手が止まった。
「あぁ……この前、仕事で一緒になったけど、リョウがどうした?」
「今日ね、五月ちゃんと街中を歩いていたら、雑誌の撮影をしていたの。そしたらリョウが五月ちゃんに気づいて、撮影の見学させてもらっちゃった」
「……そうか、良かったな」
嬉しそうに話す美樹に気づかれないようにさり気なく答える。
「カッコ良かったぁ---さすが人気モデルだよねぇ。五月ちゃんとも仲良いみたいだった」
無邪気に喜ぶ美樹に俺は曖昧な笑みを浮かべ、食欲がないからと早々に寝室へ戻った。
翌朝---秋休みをあと1日残すだけになった美樹は、帰る準備をしていた。
「母さんにお土産話がいっぱい出来ちゃった!五月ちゃんの事、話したらきっと喜ぶよ!もしかしたら、会いたいっていうかもね」
楽しそうに言いながら、美樹はお土産をバックに詰めていた。
俺は仕事に行く支度をしながら、その様子を見ていた。
「兄貴!もし、母さんが五月ちゃんに会いたいって言ったら連れてきてくれるよね?」
「……麻生が行くかどうか…」
美樹の問いに俺は言葉を濁した。あいつには別に行く義務は無い。
「でも、五月ちゃんも母さんに会いたいって言ってたよ?」
「社交辞令だろ……間に受けるな---あ、戸締りキチンとして帰れよ」
そう言うと俺は、会社に行く為に家を出た。
その日、美樹は実家に帰って行った。
美樹が帰って2週間後。
俺は仕事で【ディア】編集部を訪ねた。
やはり出迎えたのは『リョウ』で、俺は仕事の話の前に、美樹が仕事の邪魔をして申し訳なかったという旨の謝罪をした。
「いや、街中の若者のファッションを取材していたから、逆に協力してもらって助かったよ。しかし、朝倉さんの妹さんとは驚いたよ。メイと仲が良さそうだったけど……?」
彼は面白そうに俺を見た。俺は渋々彼女とは同級生だと言う事を告白した。
「あぁ、それで『五月ちゃん』って本名で呼んでたんだ」
納得した様に彼は頷いた。
そしてその後、仕事の話に入った。
今回は3カ月連続で【アンジェリア】を巻頭記事に持ってくるそうだ。
もちろん【ルージュ】【ブラン】をそれぞれ載せるが、別で2人のモデルにも取材をするという内容だった。
「今回は、俺はあくまでも編集者として携わるので」
リョウはモデルとしては今回参加しないらしい。
俺が不思議そうな顔をしていたのだろう。彼は笑いながら答えた。
「俺の本職は編集だからね……いい記事を書きたいんだ。だから今回はモデルはしない」
「そうですか」
彼の言葉に俺は少し安堵していた。この前の様な光景は出来れば見たくない。
だけど、そんな俺の考えが甘かったと思い知ったのは、その撮影の時だった。




