その21
「……く……ん、朝倉君…」
誰かが俺の名前を呼んでいるのに気づき、朦朧とする意識の中で薄く目を開ける。
そこには心配そうな顔をしたメイが薄明りの中、俺の顔を覗き込んでいた。
……麻生?何でここに?……
俺は彼女の存在を確かめる様に、そっと手を伸ばす。
彼女の頬に触れると驚いた様な顔をしたが、逃げる様子はない。
……夢なら…当然か……
俺は頬に触れていた手を動かすと、彼女の長い髪に触れた。
そしてそのまま彼女を引き寄せる様に後頭部へ手をまわす。
「え?ち、ちょっと……朝倉君っ!−−−っや…っ!」
彼女が小さく抗議の声を漏らしたが、俺は構わず自分の腕の中に抱き寄せた。
その温もりと柔らかい感触が心地良くて、更に抱き締めると彼女から喘ぎ声が漏れた。そんな声を聞きながら、また深い眠りに落ちそうになった時、それを妨げる大きな声が俺の耳に飛び込んできた。
「兄貴!未成年が家にいるんだから、ちょっとは節制してくれない?五月ちゃんも困ってるでしょ!」
美樹のあけすけな言葉に、俺は完全に目が覚めた。
腕の中には頬を赤く染め困った様な顔で、こちらを見上げているメイが……いた。ヤバい!…夢じゃないっ…
「−−−っ!ごめん、寝ぼけてた!」
慌てて彼女を離す。するとメイは体を起こした。
「……びっくりした…起きたかな?と思ったら、いきなり引っ張るんだもの」
俺と目を合わせずにそう言うと、ベッドからそっと離れた。
「まったく……仲が良いのはいいけど、私の存在忘れないでよね!」
美樹は呆れたように俺の部屋から出て行った。
まずい……どうする、俺…
そう言えばメイはお見舞いに来てて、美樹と一緒に夕飯の準備していたんだ……忘れていた。
気まずい雰囲気が流れる。
「美樹ちゃん−−−私達の事誤解してるみたいね……私がちゃんと説明しとくから」
メイはそう言うと、俺の部屋を出て行く。
俺は情けなさと恥ずかしさから、ベッドに倒れ込んだ。
さすがにずっと倒れてはいられなかった。
なかなか姿を現さない俺に業を煮やした美樹が、凄い勢いで俺をベッドから引っ張り出したからだ。
「全く…邪魔したのは悪かったけど、仕方ないでしょう?臍曲げないでよね!子供じゃないんだから−−−
ご飯冷めちゃうじゃない!」
呆れたように美樹が俺を見る。
もう、どうでもいいよ−−−どっちみち、メイには呆れられてるだろうし、へたすると嫌われたかもしれない−−−この前は酔っぱらって抱きついて、今日はベッドに引っぱりこんでるんだからな−−−最悪だ、俺−−−
「美樹ちゃん…朝倉君は病人なんだから、もうちょっと優しく…」
メイが窘める様に美樹に話し掛ける。俺は思わず彼女を見た。
目が合うと、メイはにっこりとほほ笑んだ−−−怒ってないのか?俺はその微笑みに安堵した。
「ほんとに仲良いんだねー見てるこっちが当てられちゃう!」
手で仰ぐ真似をしながら美樹が笑う。
「あ、あのね−−−美樹ちゃん、私達は…」
「とりあえず、食べようぜ。腹減った」
メイの言葉を遮るように、俺は『いただきます』と手を合わせて食べ始めた。
「よく言うよ−−−兄貴がなかなか来なかったんじゃないの!」
言うタイミングを失ったメイは俺の方をチラッと見たが、何も言わずに美樹と他愛もない話をしながら食事を始めた。
ごめんな…麻生。お前が誤解を解きたいのは解るけどもう少しだけ、このまま美樹に付き合っているって思わせてたいんだ−−−その間だけは何か、本当に付き合っているような気分でいられるから−−−俺、情けないよな。
彼女を横目で見ながら俺は心の中で謝った。
「じゃ、そろそろ帰るね」
「えーっ、五月ちゃん、今日泊ってってよぉ!」
美樹は帰ろうとするメイを引き留めている。
馬鹿!そんなの駄目に決まってるだろうが!
案の定、メイは困った顔をしながら『それは無理だよ…ごめんね』と美樹に謝っている。
「だったら明日、私と1日付き合ってくれない?」
なおもメイに無理を言う美樹に、俺が注意をしようと口を開きかけた時、メイが笑顔で頷いた。
「いいわよ!明日は休みで特に予定もないから…どこ行きたい?」
「五月ちゃんのお奨めの所!」
美樹は嬉しそうにメイを見ている。
「わかった!じゃ、明日またここに来るね。何時がいい?」
「9時は?一緒に朝ご飯食べてから出かけようよ。私が準備しとくから…お昼はどこか外で食べよう」
2人は楽しそうに、明日の計画を立てている。
「兄貴は明日はどうするの?」
いきなり美樹が俺に話し掛けてきた。
「……ん、もし明日までに熱が下がっていたら仕事だけど、熱が下がらなかったら休むかな……」
熱と薬の為、あまり頭が働いてない。ボーっとしながら呟く。
「そっか…もう、寝たら?きついんじゃないの?」
美樹が心配そうに俺の方を見た。メイもこちらを見つめている。
あぁ……そうだよな、遊びに行く話をしてる横で病人がいたら、話しづらいな。
「悪い……先に寝る…麻生、今日はわざわざお見舞いに来てくれてありがとう……帰り気をつけろよ」
「うん、朝倉君も早く良くなってね」
俺はふらつく足で、寝室へと戻る。背後では2人がまた、明日の計画を話し始めているのが聞こえてきた。
その声を聞きながら俺はベッドに倒れ込むと、すぐに深い眠りに引き込まれた。




