その19
仕事が終わって、俺はその足でメイのマンションへと向かった。居るかどうかも判らなかったが、彼女の部屋のインターフォンを押す。彼女は家にいた。
「え?朝倉君……どうしたの、いきなり」
玄関を開けて驚いた様にメイが言った。
「う…ん、ちょっと頼まれ物が---」
「頼まれ物?」
俺はメイに、リョウから預かって来た紙袋を渡した。
「これは?…」
「リョウさんから預かって来た。借りてたハンカチとお礼のお菓子だって言ってたぞ」
「何で、朝倉君がリョウさんと?」
びっくりした顔で俺を見る。
「今日、【ディア】の編集部に仕事で行った時に彼に会ったんだ」
俺の説明に納得した様に、紙袋の中身を見ている。
「わざわざ、返してくれなくてもいいのに---リョウさん律儀だなぁ」
メイは独り言の様に呟いていた。その顔は嬉しそうだ。
「じゃ…俺はこれで…」
いたたまれなくて俺はそう言うと、メイに背を向け帰ろうとした。
「え?帰るの?」
驚いた様にメイが俺を呼び止める。
その声の調子につい振り返った。メイが何故か少し寂しそうに見えたのは気のせいか?
「一応、用は済んだから---」
「今日、カレー作ったの!作りすぎちゃって、1人で食べきれないから食べてくれない?」
必死に訴えてくるメイに、俺はつい頷いていた。惚れた弱みだよな---そんな俺を見て、ホッとした様に彼女は微笑んだ。
「良かった!いつもご馳走になってて悪いなと思ってたから…今日、朝倉君の家におすそ分けで持って行こうかと思ってたんだ」
そう言うと、俺を部屋の中へ招き入れた。
(は?俺の家に来るつもりだった?)
メイを見ると彼女は既に、台所でカレーを温め直している様だった。
(なぁ麻生、俺---少しは期待していいのか?)
彼女の姿を見つめながら、俺はそんな事を考えていた。
テーブルに着くと、メイは俺の前に大盛りのカレーを置いた。そして、サラダや福神漬けなども出してくる。
「食べて、味は保証しないけど」
そう言って、向かいの席に座って俺を見る。
「…じゃ、いただきます」
俺はカレーを口に運ぶ。それを見守る様にメイはじっとこちらを見ている。
「どう?」
「うん、美味いよ。辛さも丁度いいし」
その言葉に安心した様に、にっこりと笑った。
「良かった。ねぇ、少し持って行って。さすがに1人で食べるには多いから」
「いいのか?」
「いつも、私が貰ってるんだからたまにはお返し」
そう言うと、席を立ち台所へ行くと容器にカレーを移していく。
俺はそれを見ながら、残りのカレーを食べた。
「ご馳走様でした。美味かった」
そして食器をさげようと席を立ちかけた俺に、メイが話し掛けた。
「朝倉君…少しは元気になった?」
メイを見ると、気遣う様な眼差しをこちらに向けている。
俺は黙ってメイを見ていた。
「好きな人に…思われないって辛いよね---」
メイは俯いてしまった。え?泣いてるのか?
「……麻生?」
恐る恐る彼女に近づきながら声を掛けると、メイは勢いよく顔を上げた。
俺は反動で、思わず後ろへ仰け反ってしまった。
「元気出してね、片思いの辛さは私もわかる−−−」
「お前…好きな奴いるのか?」
『片思いの辛さはわかる』ってそう言う意味だよな?すると、メイはバツが悪い顔をした。
「それは…」
「もしかしてリョウか?」
俺はさっきのメイの顔を思い出して問いかけた。
メイは一瞬驚いた顔をしたが、俺から視線を逸らした。
「---やっぱり、そうなのか?」
「朝倉君には関係ない……」
その言葉に俺は固まった。
---メイがリョウを好き?---
受け入れがたい事実に、俺は言葉が出なかった。
確かにリョウはいい男だと思う。それは今日会ってよく解った。
それにリョウもメイには好意を持っているみたいだった。おそらく2人が付き合うのは時間の問題−−−
俺の感情が麻痺してきた。
「…?朝倉君…?」
何も言わない俺に、メイがそっと声をかけた。
その声にハッと我に返ると、口が勝手に動いていた。
「そうだな…ごめん。俺には関係ないよな……リョウはいい男だよ。この前はみる目ないなんて言って悪かった」
俺の言葉を聞きながら、メイは訝しげな顔をした。
「俺……応援するから」
心にも無い事を言う自分がいた。本当は無理にでもメイを自分の方へ振り向かせたい。だけど、彼には到底敵わないだろう。
それにメイは俺の事は友達だと思っている。その関係さえ壊れてしまったら、辛すぎる---
「応援?」
意味が判らないという感じで、メイは首を傾げた。
「ああ…リョウと上手くいく様に応援するよ」
「いらない!---そっとしといて」
俺の言葉を、拒否するようにメイは顔をそむけた。
室内に沈黙が流れる。
「ごめん…余計な事だよな−−−俺、帰るよ」
沈黙に耐えきれずそう言うと、メイはパッとこちらを見た。
「朝倉君、私は……」
メイが何か言おうとしていたが、俺は鞄を手に取ると玄関へと向かう。
「じゃ、また。企画会議の時に」
「朝倉君っ」
後からメイがついて来る気配がする。
「ねぇ、待って!私は−−−」
「ごめんな。お前は大事な友達だから、幸せになってくれたらと思って余計な事言った。もし、何か悩み事とかあれば相談にはのるから言えよ」
靴を履いて真っ直ぐメイを見る。
メイは何か言いたそうな顔で俺を見ていたが、俯くと『わかった』と小さな声で答えた。
「じゃ…また」
そう言って俺はメイの家をあとにした。




