その12
ポスターがショップや街中で見られる様になってから、【アンジェリア】は各メディアから取り上げられる様になった。
もちろん話題の中心はモデルであるメイと唯香だ。
唯香は今迄のイメージと全く違う清楚さが新鮮という事で、マスコミも彼女への取材に力を入れている。そのおかげで、【ブラン】は若い女の子から注目され始めていた。
一方メイは「あの娘は誰?」と、うちの会社への問い合わせが殺到するという、前代未聞の現象を引き起こしていた。おかげで販売促進課の社員だけでは対応しきれず、他の部署の人間も駆り出す事となった。
「おい、朝倉!メイへの取材申し込みが来ているんだが、【next】に連絡して彼女のスケジュール確認しておいてくれ!」
吉澤主任に言われ、俺は【next】へ電話をかけた。
3度目のコールで相手が出る。
「はい、【next】です」
「あ、いつもお世話になっております。【グローリー・コーポレーション】の朝倉です。恐れ入りますが、渡瀬社長へお取次ぎ願えますか?」
俺が営業用の声で話していたら、相手が微かに笑った様な気がした。
(………?)
「朝倉さん、電話の声いつもと違う…」
電話の向こうの声がいきなり砕けた口調で答えた。
「…メイか?」
俺もつい普段の口調に戻る。
「はい……社長は今、私用で出掛けていて事務所にいませんけど、もしよければ要件をお聞きしますが」
「いや、丁度良かった。実はメイに取材の申し込みが来てるんだ。それで君のスケジュールを確認したかったから」
「し、取材って何?何で私に?」
どうやら電話の向こうで、パニックになっているらしい。
「何でって、『あの娘は誰?』って問い合わせが、うちにどれだけあったと思ってる?マスコミも謎のモデルを追って躍起になってるぞ。だからこちらも宣伝も兼ねて取材を受けますと返事をした。という事ですが。何か問題でも?」
「私、取材なんて受けた事ない」
話を聞いている間に落ち着いたのか、声のトーンが下がっている。
「大丈夫、その時には雪村さんも同席するから。君は記者の質問に答えるだけで問題ない」
「でも…」
「それに取材を受けて顔と名前が知られれば、今後君の仕事にも有利になると思うよ」
俺は励ますように言う。
「…わかりました、スケジュールはファックスで送ります。それでいいですか?」
「ああ、それに合わせてこちらも取材の日程を組んでいくから。わかり次第連絡する……そうだ、この前社長と話したメイの送迎の件だけど、俺がする事になったから…取材の日も迎えに行くから、自転車なんか使うなよ」
電話の向こうで『え?いいです!自分で行けます』と、必死に訴えているメイを無視して俺は受話器をおいた。
数日後
【グローリー・コーポレーション】の応接室の中。取材陣が来るまであと30分ある。
【ルージュ】の服を着ているメイと雪村さんは並んでソファに座っていた。メイは緊張の為か顔が強張っている。俺は入口に立って2人の様子を見ていた。
今日は取材中に2人に何かあっては困るので、ボディーガードとして同席する。まぁ、逃げないように見張ってろと主任には言われたけど。
「メイちゃん、落ち着いて…大丈夫。怖くないから」
小さい子に話すように雪村さんは言っているが、彼女も充分緊張していると俺は思った。
「私、帰っていいですか?別に話す事ないですし…」
雪村さんに泣きそうに訴えているが、『はい、そうですか』と言うわけないだろう。
「私も帰りたい」
おい、雪村さん。あなたがそんな事言ったら駄目じゃないですか?
心の中で突っ込みながら、2人を見ていたら吉澤主任がやって来た。
「どうだ、2人共……大丈夫か?」
顔面蒼白になっている2人を見て、主任が不安そうな顔をした。
「すごい緊張してますよ。2人して帰りたいとか言ってますし…」
俺の言葉に主任が項垂れた。
「……雪村、お前普段あんだけ言いたい放題いうくせに、なに猫被ってるんだよ」
主任の言葉に、今迄緊張で固まっていた雪村さんが反応した。
「何ですって?誰が猫被ってるのよ!失礼な---元はと言えば、吉澤君が取材なんか受けるから悪いんでしょ。私たちの方こそいい迷惑よ!」
先程までの緊張はどこへ行ったのか、いつも通りの雪村さんに戻っている。
メイは突然の雪村さんの豹変ぶりに驚いていた。ああ、そういえば2人のやり取り見たことないか。
そんな雪村さんを見て、主任はニヤっと笑った。
「うん、その調子だ。雪村、いつものお前でいいんだよ」
「は?」
意味が判らないと言った顔で、彼女は主任を見ている。
「無理して言葉を選ぶな。お前はこの【アンジェリア】に対する思いをそのまま言葉にすればいいんだ。その後の事は俺達の仕事だ----という事で、頑張れよ!あ、メイちゃんもね」
2人に笑いながらそう言うと、主任は俺の肩をポンと叩いて出て行った。
「何よ…自分だけ言いたい放題言って……」
雪村さんは緊張が解けた様で、主任の文句を言っている。
メイも驚いた為か、こちらもいつも通りに戻っていた。
「でも、吉澤さん優しいですね。雪村さんの事心配して見に来てくれたんですよ」
「…メイちゃん、それは無い!あいつに限ってそれは絶対無い!」
そんなやり取りをしている間に、取材の時間がやって来た。
その日は3件の取材が入っていた。
最初は2人共緊張の為に、思った様に話が出来ず時間もオーバーしていたが、さすがに途中あたりから余裕が出てきたように見えた。
そして三件目---
「初めまして、『フォロー』編集長の日下部と言います。今日はお2人に会えて光栄です」
最後の取材はファッション雑誌『フォロー』で、編集長自らが取材したいと言う事だった。
日下部さんは名刺を2人に手渡すと、にっこりとほほ笑んだ。
何だ、2人共頬が赤くなってる?
確かに日下部さんは、俺から見ても男の色香が漂っているのがわかる。身長も俺と大して変わらず、顔立ちも日本人離れした綺麗な顔だ。
お互いの自己紹介が終わった後、彼が取材を始めた。
「それでは、まず【アンジェリア】を作ったきっかけから…」
それから1時間余り取材が続き、その間女性2人は彼の色香に酔っているように、終始頬を染めていた。
「最後に…メイさんにお伺いしたいのですが、何故今の事務所に?」
「あ、社長が私をスカウトして下さったのが、この世界に入るきっかけでした」
「社長さんは確か、渡瀬千沙さんですよね?」
「そうです。社長の事知ってらっしゃるんですか?」
「彼女は、元カリスマモデルですよ。この業界にいれば当たり前の事です。ところでメイさん、一度あなたの事務所を取材させてくれませんか?社長にも話を聞いてみたい」
そう言うと、日下部さんは名刺の裏に何か書き込んでいく。そしてその名刺をメイに手渡した。
「これを渡瀬さんへ…裏に連絡先が書いてあります。取材を受けて下さるならここへ連絡してほしいと伝えて下さい」
「わ、判りました。必ず伝えます」
顔を真っ赤にして、名刺を受け取るとバッグへ大事そうにしまった。
「今日は、わざわざお時間を頂きありがとうございました。【アンジェリア】の記事、いいものが書けそうですよ」
そう言ってほほ笑むと、同行してきたカメラマンと共に部屋を出て行った。
2人は彼が出て行くのを見送ると、ほうっと溜息をついた。
「……カッコよかったわねー日下部さん。私すっごい緊張しちゃった。何?あの色気---脈上がりっぱなしなんだけど」
雪村さんは目を潤ませている。吉澤主任が見たらまた悪態つくぞ。
「ホント、素敵でしたねー大人の男って感じで…」
メイ、お前もかよ!
女2人放心状態から戻るまで、俺は更に10分その場にいる事になった。
メイの視点で「あなたの隣に」も掲載始めてます。
よろしければ、そちらもお付き合い下さいませ。




