その13
取材の後、反省会と称したミーティングがあり、それも終わった頃には夜も更けていた。
俺はメイを送るため、駐車場から車を社の前に回してくると、メイは入口で、雪村さんや吉澤主任と話をしていた。
軽くクラクションを鳴らすと、3人が振り向く。
「主任、雪村さん、何なら送って行きますけど?」
「いや、大丈夫だ。終電まではまだ時間あるからな」
「そうそう、それにお邪魔でしょう?」
そう言うと雪村さんが悪戯っぽく笑っている。
「へ?」
「な、何、言ってんですか?変なこと言わないでください!朝倉さんにも迷惑ですよ」
雪村さんの言葉にメイが焦ったように、反論している。
俺は意味が判らず首を傾げていたが、吉澤主任が運転席の方まで回って来て一言。
「……メイちゃんは、うちの大事なモデルだ。邪な事考えるんじゃないぞ!」
俺はやっと意味が呑み込めた。
「ばっ、馬鹿な事言わないで下さいよ。全く、2人共ふざけ過ぎです」
真っ赤になっている俺を見て、主任は笑い出した。
「冗談、冗談。お前の事は信用してるって!……もし付き合うとしても、お前なら真剣に付き合うだろうし」
もし---の後はメイ達に聞こえない位の小声だった。
「大丈夫ですって、彼女は俺のこと嫌いですから」
俺は主任を安心させる為に言った。しかし、自分で言って胸が痛くなる。
「は?んな、訳ないって……」
驚いた様に主任が何か言おうとしたが、メイが助手席のドアを開けた為話すのを止めた。
「それじゃ、お疲れ様です。気を付けて帰って下さいね」
メイが2人に別れの挨拶をする。俺は車を発進させる時に軽くクラクションを鳴らした。
帰り道、先程の2人のおふざけの所為で気まずい雰囲気になっていた。
(ったく、あの2人は変な所だけ息が合うから……)
俺は心の中で悪態をついた。
メイは外の景色を見つめていた。
「そう言えばお前、腹減ってないか?」
俺はふと思い出して、メイに問いかけた。
取材の為、緊張していてお昼を食べてないはず----
「うん、空いているけど……」
「何か、食って行くか?」
俺の言葉にビックリしたようにこちらを見た。
「食べたいけど……こんな時間からだと居酒屋とかでしょ?料理がちょっとね……」
メイが『うーん』と顔をしかめた。
「一応モデルなので、食事は気を使うようにって、社長に言われてるから」
なるほど……俺はふと思いついた。
「おい、ちょっと遅くなっても大丈夫か?」
「?---明日はオフだから平気だけど」
俺は車線変更をする為、指示器を出した。
マンションの前に着いた時、メイが恐る恐る聞いた。
「…ここって?」
「ん?俺んちだけど」
答えて、はっと気づく。
「待て、誤解するな!あの2人の話は忘れてくれ。俺にその気はないから、安心しろ!」
彼女を安心させるように必死に言うと、メイは何故か複雑そうな顔をしていた。
「…俺は、お前に飯を食わそうと思って連れて来たんだよ」
「え?」
俺の言葉にびっくりしたようだ。
「朝倉さん、料理できるの?」
「お前……俺が誰の息子か忘れてないか?」
「あ---おばさん!」
メイが解ったと笑顔で答えた。
「そっ、大学進学で一人暮らし始めてから外食が多くなると、母さんの飯がどんだけ有難かったか判って、休みに入る度に家に帰って習ってた。意外に素質あったらしくて、結構美味いぜ」
「へぇ、そうなんだ。おばさんの料理懐かしいな……うん、ご馳走になろうかな。すごくお腹空いてるし」
「じゃ、決定ということで」
俺は車を駐車場へ停めた。
「あの……何か手伝う?」
メイがリビングから居心地悪そうに訊ねてくる。
「いや、必要ない。って言うか邪魔?」
俺の家は対面キッチンになっているから、リビングにいるメイを見て言ったら、頬を膨らませた。
「邪魔って、ひどくない?」
「俺、自分のペースで作るから、人が入って来たら調子狂う」
鍋の中を見ながら答える。
「わかった、テレビ見てる」
そう言って、テレビを見る為に俺に背を向ける様にソファに座った。
その背中を見て、俺はつい笑みが零れた。
「わぁ、美味しそう!」
テーブルに並んだ晩飯にメイは嬉しそうな声を出した。
今日のメニューは和食で、ご飯、鮭の塩焼き、キンピラ、だし巻卵、豆腐とわかめの味噌汁とありあわせで作ったものだが、メイは感動しているようだ。
「別に、作り置きとありあわせだぞ」
あまりに喜ぶので、照れくさくてそう言うと、メイは首を振った。
「ううん、短時間でこんだけ作れるって偉いと思う。ましてや男の人だし」
「…とりあえず、食べようぜ。冷めちまう」
2人向かいあって座ると、遅い晩飯を食べ始めた。
「美味しい!良かったーご馳走になって。下手したら家でラーメンだったかも」
「お前、食生活、気を付けるんじゃないのか?」
咎めるように言うとメイは拗ねたように言った。
「だって、こんなに料理上手くないし…1人で食べるの美味しくないし…」
「もし良かったら、時々飯食いにくるか?俺も誰かに作る方が作り甲斐があるし」
「え、いいの?わーなんか、中学の時思い出すね」
懐かしそうにメイが言う。
その言葉で俺はふと思い出した。
「そういえばこの前から言いたかったんだけど、仕事の時は『朝倉さん』で良いけど、今みたいに仕事が終わったら昔の呼び方にしないか?俺も『麻生』って呼ぶから」
メイがじっと俺を見た。
「いいの?」
「俺はその方がいいけど、お前は?」
「私もそれが良い」
「じゃ決まり。麻生さっそくだけど、食器片付けはお前がやって」
俺が意地悪く言うと、上目使いでこちらを見てくる。
「朝倉君、昔に比べて意地悪くなってない?」
「俺が?飯も食わせたのに、意地悪?」
「---分かった、ご飯食べたら洗います」
そう言うと、メイは黙々とご飯を食べ始めた。
「さて、じゃ麻生んちまで送るよ」
メイが食器を洗い終わったのを見て、俺が言うと彼女は首を振った。
「いいって、ここからタクシーで帰る。朝倉君も疲れてるでしょう。ご飯もご馳走になったし何か悪い」
「別に、平気だって。それに俺も明日休みだし」
俺がそう言っても、まだ躊躇っている。
「何だよ。俺が送ったら何か問題でも?家に彼氏が来てるとか」
ワザとそんなことを言ってみる。自分で言ったくせに、もしそうだったらって考えると胸が苦しい。
俺の言葉にメイは驚いた顔をした。
「まさか、彼氏いたらここには来ないでしょう。っていうか、朝倉君は大丈夫なの?私がここに来ても」
「俺も、別に今彼女いないし」
お互い顔を見合わせる。
「あ、じゃ、送ってもらってもいい?」
視線を外してメイが明るく尋ねる。
俺はメイに笑いかけると、鍵を取りに寝室へ向った。
「じゃ、今日はありがとう」
車から降りて窓を覗き込むようにメイが俺に話し掛ける。
俺はそれに答えずに考え込む。
「朝倉君?」
何も答えない俺をメイは不思議そうに見ている。
意を決して俺は、メイを見た。
そんな俺を彼女は小首を傾げて見返している。
「なぁ麻生、お前明日暇か?」
「え?まぁ予定はこれといって無いけど…」
「もし良かったら明日、出かけないか?」
俺の突然の申し出に、戸惑っているのが判る。
「連れて行きたい所があるんだ。駄目か」
俺の真剣な様子に何かを感じたのか、メイが笑顔で頷いた。
「うん、わかった。じゃ明日ね」
「10時に迎えに来るから」
その言葉に頷くと、マンションの中へと入って行った。




