第44話 ヴァルクス・ダンジョンボス戦
ヴァルクス・ダンジョンの奥へと、カナタたちは迷宮の通路を進んでいた。
石造りの通路は相変わらず似たような景色が続き、薄暗い灯石の光が壁をぼんやりと照らしている。
途中で現れたスケルトンやゴブリン、巨大ラットなどの魔物も、四人の連携の前では大きな障害にはならなかった。リヴィアが前衛で斬り込み、エステルが魔法で削り、セラフィナが後方から支援する。
その戦いを、カナタがさらに後ろからサポートしていた。
カナタは進みながら、床や壁を軽く見回す。すると通路の端にある石の継ぎ目を指先で示した。
「そこ、罠」
リヴィアが足を止め、言われた場所を避けて通る。カナタが軽く手を振ると、見えない力が働いたように石の仕掛けが静かに沈み込み、そのまま動きを止めた。
さらに魔物が現れると、カナタは軽く指を鳴らし、魔力を流す。
「少し動き鈍くするぞ」
その瞬間、突進してきた巨大ラットの動きがわずかに遅くなった。リヴィアの剣がその隙を逃さず振り抜かれ、魔物はあっさりと床へ倒れ込む。
エステルが杖を肩に担ぎながら眉をひそめた。
「なんか戦いやすすぎない?」
その言葉にセラフィナが穏やかに頷く。
「カナタの支援がかなり効いていますね」
リヴィアも剣を払って血を落としながら短く言った。
「敵の動きが鈍いわ」
カナタはそれを聞いて軽く笑う。
「まあサポート役だからな」
そんな調子で迷宮をさらに進んでいくと、やがて通路の先にこれまでとは明らかに違う景色が現れた。
巨大な石の扉だった。
高さは三メートルほどもあり、分厚い石板で作られた重厚な造りをしている。
表面には無数の傷や深い爪跡のような跡が刻まれており、長い年月の戦いを物語っていた。扉の前に立つだけで、空気がわずかに重く感じられる。
三人は自然と足を止める。
ここが何なのか、言葉にするまでもなく理解できた。
ボス部屋。
エステルが思わず声を漏らす。
「で、でか……」
セラフィナも扉を見上げながら小さく息を吐く。
「かなり強そうですね……」
リヴィアは扉の傷跡を静かに観察し、落ち着いた声で言った。
「明らかに中ボスとは格が違うわ」
その横でカナタだけは特に緊張した様子もなく、腕を軽く組んで扉を眺めている。
三人は一瞬顔を見合わせた。
この重い空気の中でも平然としているカナタの様子に、少しだけ呆れたような、そしてどこか感心したような気持ちが混ざる。
カナタはボス部屋の扉を見ながら、あっさりと言った。
「じゃあ入るか」
その一言に、エステルが慌てて声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って!本当に行くの?」
エステルは思わず一歩下がり、巨大な扉を見上げた。さっきまでの余裕は少し消えている。
セラフィナも少しだけ表情を引き締めた。
「さすがにボスは危険ですよ」
落ち着いた声ではあるが、慎重さが滲んでいる。
だがカナタは軽く肩をすくめただけだった。
「大丈夫だって」
いつもの調子でそう言う。しかし次の言葉だけは、ほんの少し真面目な声になる。
「もし何かあっても俺が絶対助けるから」
三人はその言葉に、一瞬だけ沈黙した。冗談でも軽口でもない、まっすぐな言い方だったからだ。
エステルが腕を組みながら小さく呟く。
「普段は信用ならないけど……」
そう言ってカナタをちらりと見る。
セラフィナも小さく頷いた。
「戦闘はこれほど信用できる人はいませんね」
リヴィアは腕を組んだまま目を閉じ、短く息を吐く。
「……悩んでても仕方ないわ」
そう言って扉へ視線を向けた。
「行くわよ」
カナタは軽く笑い、巨大な石扉に手をかける。
ぐっと力を込めて押すと、分厚い石板がゆっくりと動いた。ぎぃ、と低い音がダンジョンの通路に響き、長く閉ざされていた扉が少しずつ開いていく。
その隙間から、ひんやりとした空気が流れ出た。
扉が完全に開くと、その先には広大な空間が広がっていた。
円形のボス部屋だった。通路とは比べものにならないほど広く、天井はかなり高い。石造りの壁には無数の傷跡が残り、床にも深い斬撃の痕や砕けた石の跡が見える。
ここで何度も激しい戦いが行われてきたことが、一目でわかる光景だった。
そして、その部屋の中央。
薄暗い空間の奥に、巨大な影が静かに立っていた。
それは人型の魔物だった。だが人間とは比べものにならないほど巨大だ。身長は三メートルほどもあり、筋肉が盛り上がった巨体はまるで岩の塊のように見える。
頭は牛、額からは太い角が突き出し、荒い呼吸とともに低いうなり声が響いた。右手には人間の背丈ほどもある巨大な斧が握られている。
ミノタウロス。
このダンジョンのボスだった。
カナタが軽く目を細め、空中へ手をかざす。するといつもの半透明のウィンドウが現れた。
【DATA】
▷ 名前:ミノタウロス
▷ ランク:A
▷ 特徴:高い攻撃力・突進攻撃・強靭な体
カナタはその情報を一瞬で確認する。目の前の魔物が、このダンジョンのボスであることは間違いなかった。
リヴィアが剣を構えた。
「来るわ!」
次の瞬間、ミノタウロスが床を蹴った。巨大な体が信じられない速度で突進してくる。石の床が重い足音で震え、一直線にリヴィアへ迫った。
リヴィアも一歩前へ踏み出す。
剣を振り上げ、真正面から迎え撃った。鋼の刃と巨大な斧がぶつかり合い、凄まじい金属音がボス部屋に響く。衝撃で火花が散り、リヴィアの足元の石が砕けた。
その瞬間、後方でカナタが軽く手を振る。
「よし、強化かけるぞ」
目に見えない魔力が三人の体へ流れ込んだ。
攻撃力、防御力、速度。
三つの強化が同時に付与される。
続けてカナタは指先をミノタウロスへ向けた。
「あと少し弱くしとく」
淡い魔力が魔物を包み込み、動きがわずかに鈍る。
リヴィアがすぐにそれを感じ取った。
「……動きが落ちたわ」
その隙にエステルが杖を掲げる。
「火球!」
炎の塊が一直線に飛び、ミノタウロスの胸へ直撃した。爆ぜた炎が巨体を包み込み、魔物が低く唸る。
だがミノタウロスは倒れない。怒りの咆哮を上げ、巨大な斧を振り回した。
リヴィアが素早く横へ跳び、斧の一撃が床を砕く。
「まだまだ元気ね!」
エステルが叫びながら次の魔法を準備する。
その後ろでセラフィナが手をかざした。
「回復」
淡い光がリヴィアを包み、さきほどの衝撃で生じた細かな傷が瞬く間に消えていく。
* * *
ボス部屋の中央で、ミノタウロスと三人の戦いは激しく続いていた。
巨大な斧が振り下ろされるたびに石の床が砕け、重い衝撃が空間に響く。しかしリヴィアはその攻撃を正面から受け止め、剣でいなしながら距離を保っていた。
エステルの魔法が何度も直撃し、セラフィナの回復が絶えず支援を続ける。
戦いは拮抗していた。
少しずつ、確実にミノタウロスは追い詰められていく。巨体の動きは徐々に鈍り、外殻のあちこちには斬撃と炎の跡が残っていた。
だが、それでも倒れない。
ミノタウロスは想像以上にタフだった。
リヴィアの剣が胴体を斬り裂き、エステルの魔法が爆発しても、魔物は怒りの咆哮を上げて立ち続ける。
エステルが息を切らしながら叫んだ。
「しぶとすぎない!?」
セラフィナも状況を見て声を上げる。
「あと少しなのですが……!」
あと一歩。
確実に削れているのに、決定打が届かない。
その様子を後方で見ていたカナタが、ふっと口を開いた。
「よし、少しバフ強めるよ」
次の瞬間、カナタの周囲から強い魔力が広がった。淡い光の波が三人を包み込み、身体の奥へ力が流れ込む。
リヴィアの体が一瞬軽くなる。剣を振るう速度が明らかに上がった。
エステルの杖にも魔力が集まり、炎の密度が濃くなる。
セラフィナの回復魔法も、より速く、より強く発動する。
ミノタウロスが大きく斧を振り上げた瞬間、その動きにわずかな隙が生まれた。
カナタが声を張る。
「今だ!」
リヴィアが一気に踏み込んだ。加速した身体が一瞬で距離を詰め、鋭い斬撃を叩き込む。剣はミノタウロスの腕へ深く食い込み、巨体の動きを止めた。
その隙をエステルが逃さない。
杖を掲げ、魔力を集中させる。
「火球!」
これまでよりも大きな火球が生まれ、一直線にミノタウロスへ放たれた。炎の塊は魔物の胸へ直撃し、凄まじい爆発がボス部屋に響き渡る。
炎が弾け、衝撃が空気を震わせた。
次の瞬間、ミノタウロスの巨体が大きく揺れる。
そして――そのまま前のめりに崩れ落ちた。
床が重く震え、巨大な体が完全に動きを止める。
しばらくの静寂のあと、エステルが両手を上げて叫ぶ。
「やったあ!」
セラフィナもほっと息をつきながら微笑む。
「勝てました!」
リヴィアは剣を構えたまま魔物を見つめ、数秒確認したあと静かに剣を下ろした。
「……倒したわ」
ミノタウロスの巨体が床に倒れたまま、しばらく動かない。やがてその体は淡い光となってゆっくりと崩れ、粒子のように空中へ溶けていった。
そして次の瞬間。
部屋の中央に、淡い光がふっと現れる。
光が形を変え、やがて一つの箱へと姿を変えた。
三人の視線が一斉にそこへ向く。
エステルがぱっと表情を明るくした。
「また宝箱!」
彼女は嬉しそうに駆け寄り、その前でしゃがみ込む。セラフィナとリヴィアもその横へ歩み寄り、自然と三人で箱を囲む形になった。
エステルがわくわくした様子で蓋へ手をかける。
「今度こそいいの入ってるでしょ」
そう言ってゆっくりと蓋を開けた。
中に入っていたのは一本の剣だった。
刃は淡い蒼色をしており、光が当たると細い紋様が静かに浮かび上がる。柄には見慣れない古代文字の刻印が彫られており、どこか神秘的な雰囲気をまとっていた。
エステルが持ち上げて鞘からわずかに抜くと、刃から冷たい風のような気配がふわりと流れる。
エステルが目を輝かせた。
「なにこれ、めちゃくちゃカッコいい!」
カナタがその剣を覗き込みながら言う。
「鑑定するよ」
軽く手をかざすと、カナタの前に半透明のウィンドウが現れた。
【DATA】
▷ 名前:ヴァルクス・ブレード
▷ ランク:A
▷ 性能
・ 風属性付与
・ 斬撃速度上昇
・ 軽量化効果
・ 使用者の敏捷補正
カナタはウィンドウを確認しながら説明する。
「風属性付きの剣だな。斬撃速度も上がるし、軽量化もある。あと敏捷も補正される」
三人の目が一斉に見開かれた。
エステルが思わず声を上げる。
「めっちゃいいやつじゃん!」
セラフィナも感心したように頷く。
「リヴィアにぴったりですね」
その言葉に、リヴィアが少し戸惑ったように剣を見る。
「……いいの?」
カナタはあっさりと言った。
「ボス倒したんだから当然だろ」
リヴィアは一瞬だけ言葉を失い、ほんの少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。だがやがて静かに頷き、剣を手に取った。
「……ありがとう」
蒼い刃をゆっくりと抜く。
細い紋様が光の中で淡く輝き、刃からは静かな風の気配が流れていた。リヴィアが軽く一振りすると、空気がすっと切り裂かれた。




