第16話 美女三人を“特製ドレス”で着飾らせ、チートで超高級レストランへ──最悪の空気のまま始まる初ディナー
約束の十九時より少し早く、カナタは〈ロイヤル・グラン=イグニス〉の前に立っていた。
魔石灯に照らされた石畳は静かに輝き、上流階級が行き交う通りはどこか特有の落ち着いた空気に包まれている。
(あの三人のドレス姿、どんな雰囲気で来るんだろうな……)
──コツ、コツ。
十九時ちょうど。
規則正しい足音が三方向から響き、三つの影がゆっくりと姿を現した。
最初に現れたのはリヴィア。
深紺のタイトドレスが、引き締まった腰と長い脚線にしっとり沿っていた。
歩けば布が太ももに寄り添うように密着し、思わず目で追ってしまうほど滑らかなラインが浮き上がる。
背に流れる黒髪が揺れるたび、露出した肩と背中が静かに艶めいて見えた。
次にエステル。
真紅のピタドレスは、胸元から腰のくびれまでを綺麗に形作り、華やかさと迫力が同居していた。
歩くたびに布が身体の起伏を拾い、思わず視線がそらせなくなるほど存在感がある。
揺れる金髪と白い肌のコントラストが、赤のドレスをさらに魅力的に映し出していた。
最後にセラフィナ。
淡紫のタイトドレスは、控えめな色合いなのに、胸元や腰のラインを優しく包み込み、静かな艶を帯びていた。
動くたびに布が自然と密着し、柔らかな輪郭が浮かび上がる。
銀髪が肩に落ちるたび、露わになったうなじと背の曲線がほのかに色っぽく見えた。
三者三様で、しかし全員が見事に“特別な装い”をまとっていた。
(……やば……想像以上にセクシーじゃん……! 俺、ドレス選びのセンス良すぎだろ……)
思わず見惚れた瞬間──三人の視線が同時にこちらへ向いた。
リヴィアがそっと眉を寄せる。
「……ジロジロ見ないで」
「いや……ドレスが綺麗で、つい見てただけだよ」
言った途端、
「嘘つけ、このスケベ野郎!」
エステルがすかさず怒鳴った。
顔はうっすら赤いが、怒りの温度だけは高い。
「いや、本当だって! 本当にそう思ってたんだけどな……」
カナタが慌てて弁解すると、セラフィナが控えめに口を開いた。
「通行人にもずっと見られましたね」
その淡々とした一言に、カナタは逃げ場を塞がれたような感覚を覚えた。
「通行人が見てたのは……三人が可愛かっただけじゃない?」
カナタの言葉に、エステルは即座に眉をひそめて言い返した。
「はいはい、そういうのいいから! さっさと入るわよ、時間の無駄だから!」
その言葉を合図にしたように、四人はそろって入口へ向かって歩き出した。
入口に立つ案内人へ名前を告げると、店内の重厚な扉が静かに開いた。
途端に、外とはまったく違う空気が流れ込んでくる。
静まり返っている──わけではない。
むしろ、上質な音と声がほどよく混ざり合っていた。
グラスが軽く触れ合う澄んだ音。
低く抑えられた談笑。
奥では弦楽器の柔らかな音色が響き、静けさよりも“余裕”の漂う雰囲気をつくりあげていた。
(……さすが、超高級店ってこういう感じか……)
三人も同じように息を飲んでいた。
慣れない場に戸惑っているのが、歩幅の小ささでわかる。
「こちらへどうぞ」
案内人の丁寧な一礼を受けながら、奥へ進んでいく。
廊下も壁も、装飾から照明まで一切妥協がない。
上級貴族が日常的に使う空間とは、きっとこういうものなのだろう。
やがて、静かに扉が開かれた。
「こちらが本日の個室でございます」
中は四人用のテーブルが置かれた落ち着いた空間。
魔導ランプが柔らかい光を落とし、テーブルには上質な紙に印刷されたメニューが整然と置かれている。
全員が席につき、メニューを手に取ったところで──
最初に口火を切ったのは、案の定エステルだった。
「で? どうやって入店許可取ったのよ?」
腕を組んだまま、じろりと刺すような視線を向けてくる。
「んー……秘密」
「はぁ!? そこが一番重要なんだけど!?」
(……まぁ、そこ気になるよな……)
カナタが適当に受け流すと、エステルは話題を切り替えるように勢いよく立ち上がり──ドレスの裾をつまんで睨みつけた。
「ていうか! まずこれ! この服、なんなのよ!
綺麗なのは認めるけど……ピチピチすぎて、体のライン出すぎなんだけど!?
落ち着かないし、気持ち悪いし!」
本音は“恥ずかしい”なのだろう。
耳までほんのり赤くなっている。
(……セクシーな姿が見たくて選んだだけなんだけど……さすがに言えねぇな……)
そう思いつつも口には出さず、カナタは淡々と答える。
「高級なドレスって、全部そんなものなんじゃない……?」
「そんなこと聞いてない! 問題は──!」
エステルが言いかけたところで、リヴィアが静かに口を開く。
「……話を戻すけど。
結局、あなたは何者なの?
遠くから来た旅人……って、本当に?」
その瞳は相変わらず鋭く、嘘を許さない光を宿している。
「貴族じゃないんですよね?」
セラフィナも落ち着いた声で、静かに言葉を添えた。
カナタは落ち着いたまま、短く答える。
「貴族じゃない。旅人って感じかな」
(本当は“異世界転移者”だけどな……)
さすがにそれを言うわけにはいかない。
しかし三人の疑念はまだ薄れない。
「じゃあスキルは?
あんな魔法と回復……普通じゃないでしょ。
少しぐらい教えなさいよ!」
エステルが身を乗り出してくる。
「うーん……風魔法は使えるかな」
「風魔法“だけ”であれ全部やったわけないでしょ!」
「まぁまぁ、細かいことはいいだろ」
カナタが軽く流すと、エステルはさらに眉をつり上げる。
「……言っとくけど。
あたし、これ以上あんたと関わるつもりはないから」
カナタはその突き放すような言葉にも、まったく聞く耳を持たない。
「こっちはこれからも仲良くするつもりなんだけど……」
エステルは顔を真っ赤にしてテーブルをバンと叩く。
「絶対に嫌!!」
リヴィアは黙ったまま、カナタを鋭く睨む。
セラフィナは興味がなさそうに視線を逸らし、会話の熱から一歩距離を置いた。
エステルの追及が一段落した頃、カナタはふと思い出す。
(……そういえば、エステルにだけネックレス渡してたな……
公平って大事だし……好感度稼ぎのために、一応ここで二人にも何かあげておくか……)
メニューを見ている三人の視線が逸れた瞬間──
カナタはカバンの中にそっと手を入れ、チートを起動する。
(同じくらいの価値……デザインもシンプルで上品なやつ……完成……)
魔力がきらりと揺れ、二つのアクセサリーが掌に収まる。
片方は細身のブレスレット、もう片方は淡い光を帯びた耳飾りだ。
「リヴィア、これ。あげるよ」
「……え?」
差し出されたブレスレットを見て、リヴィアは小さく瞬きをした。
派手な反応はないが、普通に受け取る。
「なんで?」
「エステルにネックレス渡してたから。二人にも渡したほうがいいかなって」
「……そう。ありがとう」
それだけ淡々と告げて、リヴィアは視線をそらす。
表情は相変わらず読めないが、言葉だけはしっかりしていた。
今度はセラフィナの前に小さな箱をそっと差し出した。
「セラフィナにも。……これ」
セラフィナは落ち着いたまま視線だけをこちらに向けた。
「……なんですか」
受け取った箱を静かに開き、中身を確認すると、ほんの短い沈黙だけが落ちた。
「……ありがとうございます」
セラフィナは静かに受け取り、箱を確かめると淡々と蓋を閉じた。
すぐそばから、エステルの鋭い声が飛んだ。
「待って。リヴィアとセラフィナに渡したなら、当然あたしにもあるわよね?」
草原でもう受け取っているはずなのに、エステルは当然のように要求する。
「エステルは草原で会った時に渡しただろ」
エステルはわざとらしくため息をついた。
「……あんた、絶対モテないでしょ」
そのため息にカナタは内心で軽く呆れた。
「強欲な女の方がモテないと思うけど」
エステルが何か言い返そうと口を開いた瞬間──
コン、コン。
軽いノック音とともに扉が開き、給仕が静かにワゴンを押し入ってきた。
「前菜でございます」
銀の皿がテーブルへ置かれた瞬間、
ふわりと芳醇な香りが広がる。
静かな時間が流れ、
夜のディナーはゆっくりと幕を開けていった。




