犬がすっかり兄弟になりまして・47
その廃院した動物病院はわりと古くからある病院で外装はグレーのコンクリートの打ちっぱなしでヒビも入っていて、廃病院らしい趣がある。駐車場は2台分の狭いスペースが病院の前に申し訳程度にあるくらいだ。自宅の入り口は裏にあるらしく、そこに続く垣根は手入れがされておらず鬱蒼と茂っている。
先日航が見た室内の明かりはその垣根があるあたりで、病院内だったのか自宅側だったのか、判別はしづらかった。
まだ男が出てきたという報告はなかったが、リクもカイも、露口の車で待つライも退屈してきていたので、とりあえずリクだけ連れて航は何気なく病院の前を散歩してみた。横目で見る病院からはなんの物音もしない。
「なんかにおったりする?」
手を繋いで歩くリクに訊いてみると、リクは眉間を寄せて病院を見ていた。
「……嗅いだことあるような気がする……」
航は病院から離れると警察の車で待機する松重刑事に電話した。
「リクがニオイに覚えがあるみたいなんですが」
『すいません。こっちに来てもらえますか』
航は近くで待機していた見覚えのある刑事にリクを渡すと、松重刑事が待機する警察の車に乗った。
「これ、覚えていらっしゃいますか?」
見せられた写真はあの港でリクとカイがキバッたウンコの写真だった。
「ウンコですね……」
なんでこんなものを見せられているのだろうと航は思いつつ答えた。
「ここに混ざっていたこの楕円形の容器。これに違法薬物を入れて犯人たちは密輸を試みたわけですが」
言いながら松重刑事は写真のウンコを指さした。写真なので別に抵抗はないのだろうが、生真面目にウンコをなぞる松重刑事に航はプロ根性を見る。
「これや、マイクロチップ型の容器に入れた違法薬物をわんちゃんたちの身体に仕込むのを、この病院で行ったのかもしれません」
「なるほど」
マイクロチップは注射器みたいなもので身体の中に打つ。楕円形の容器は直接肛門から入れたものだろうとマイクロチップを取り出した獣医から聞いていた。リクとカイ、それにショージとフスマも寝ている間に全部されていたと言っていたので、獣医の判断で間違いないだろう。
それにしてもと航は思い出してもはらわたが煮えくり返る。身体中に異物を埋め込むことはまず許しがたいが、問題はこの楕円形の容器である。最初、ウンコと一緒に出ていたのを見たときは焦りとあまりの異物感に慌てることしかできなかったが、よくよく考えてみればである。断じて使ったことはない。断じて自分では使ったことはないが、もちろん他人にも使ったことはない。そんなリベラルな交際誰ともしたことがない。だが。少々スケベ心がある人間なら知ってるだろう、これがなんであるかぐらい。
「クソが……!」
思わず漏れた航の雑言に松崎刑事も藍沢も驚いて航の顔を見る。それには気づかず、もし本当にこの動物病院にいるのが犯人であれば、一発殴らなければ気が治まらないと航は歯ぎしりした。いや、リクとカイの分併せて二発だ。
「アニキ。退屈」
ライが耳をほじって言った。
そろそろ夜である。もうあたりは暗くなってきた。一般的な犬であれば夕方の散歩を終えて晩御飯の時間である。
「そうか。退屈か?」
航は前を見つめたまま、リクとカイにも訊いた。
「退屈だし」
「お腹空いた」
リクとカイは地面に座り込んだまま、車にもたれかかってつまらなそうに答える。
「よしわかった。肝試しをしよう」
「はあ?」
リクとカイとライ、そしてスマホをいじっていた露口までも航を見て声を揃えた。無理もない。この場合露口には、自分だけに言われたものとして聞こえている。
「こっち来て見てごらん、キミら」
航は動物病院が見える位置に移動して手招きした。
「どうだい、あの絶妙な廃墟感。絶好の肝試しポイントだとは思わないかい?」
「お兄ちゃん、それ常識的にどうなの?」
「廃墟って無断で入っちゃいけないんじゃないの?」
「アニキ、ナイスアイディア!行こうぜ行こうぜ!」
「天道さん!怒られますよ!警察が張り込みしてるのに無断で勝手に入っちゃ!」
逸る気持ちを抑えきれずに突進しようとするライを全力で押さえつつ露口が言う。
「このまま待ってたって誰も出て来そうにないじゃないですか。僕らは一般人ですよ。一般人がこんなに長々と警察ごときの捜査にのんびり付き合ってられませんよ。こいつらだって訓練受けた警察犬でもないんだから」
「そうだそうだー!」
ライはきゃっきゃと飛び跳ねまわり、露口を振り回す。
「こういうのは素人の悪ノリにしちゃった方が無難です」
航は言うと懐中電灯を車から取り出し、リクとカイに行くぞと言う。
「露口さん、どうします?待ってるんだったらライは」
「一緒に行きます!」
必死の形相の露口の手を引っ張り、ライは飛んで喜んだ。
「ひゃっほう!ママと肝試し!」




