犬がすっかり兄弟になりまして・48
『ちょっと肝試ししてきます』
航は動物病院の前に来てから藍沢にメッセージを送った。そしてすかさずブロックする。中に入ってから電話などかかって来たら面倒臭い。スマホで動画を撮影しながら中に入るので、いらない電話などかけて欲しくない。
駐車スペースにかかっていた簡単な車止めを跨ぎ敷地内に入る。リクもカイもライもぴょんと飛び越えてきたが、比較的小さめな露口には転ばないように航は手を貸した。
病院の正面入り口は鍵がかかっていた。入れる場所を探すため建物の横へまわり、垣根をくぐって奥へ入る。たしかこの辺で明かりを見たはずだがと航は顔を上げたが、建物の中から洩れる光は見えなかった。
垣根をくぐった先は庭だった。広くはないが、手入れされていない芝生が伸び放題に伸びている。あちこち雑草も生え散らかし、庭木も鬱蒼としている。庭に出入りできるよう建物の窓は掃き出しで大きい。破れかけのカーテンがかかっていて中は見えないが、明かりはついていなかった。
「本当に誰かいるんでしょうか……」
声をひそめて露口が言う。逸るライを抑えるのに神経を全部注いでいるのか、まったくもって落ち着いている。普段の、ライに振り回されている露口からは想像できない肝の据わり方だった。
吐き出し窓をそっと引いてみると動いた。航と露口は顔を見合わせ、そーっと窓を開ける。航はリクとカイ、ライを呼び寄せ、カーテン越しににおいをかがせた。
「なんかにおうか?」
3人は鼻を上げ、くんくんとカーテンの向こうのにおいを拾おうとする。
そしてしばらくして目を開けると、声を揃えて言った。
「いる」
航は一瞬考えた。警察を呼ぶべきか。それともこのまま中に侵入するべきか。
でも、これだけ人数いるから両方できるよなと思い立つ。
「露口さん。警察呼んできてください」
「でも……」
「大丈夫。ライも、こいつらも、無傷で帰します」
露口は頷くと、素早く入って来た方向へ戻っていった。
見送った航はリクとカイとライに言う。
「しっかり見つかれ。危なくなったら、噛んででも逃げろ」
リクとカイとライは頷くと、カーテンの下からゆっくりと身体を室内に滑り込ませた。
「……」
カーテンの下から室内を伺うと、カイが振り返って首を振った。航もそろそろと身体を伏せたまま中に入る。リビングのようなそこには大きなソファーがあった。外から見た廃墟感とは違い、古びて多少誇りは被っているものの、壊れたものも眉をひそめるほど汚れたものもない。まだ使えそうな、というか、使っていそうな家具がある。古い造りの家らしく、8畳ぐらいのリビングは扉で仕切られていた。
少し開いた扉の隙間から向こうを覗いていたリクが航を振り返り、小さい声で「いる」と言った。
航はスマホのカメラを奥に向け、そっと扉をさらに開ける。そしてリクとカイとライに顎をしゃくった。
3人は普通に、ごく普通に歩いて行く。警戒することも、隠れようとすることもなく、堂々と、我が物顔で、むしろ小走りで家の奥へと入っていった。
その足音に気づいたのか、奥の電気が点けられた。そして誰かが声を上げる。
「おまえら!なんで戻って来た!?」
「こんの、クソ野郎どもがー!!」
ライの雄たけびに続いて男の悲鳴と、何かがガシャンガシャンと倒れる音。そのあとにすぐリクとカイとライが満面の笑みを浮かべて全速力で戻って来た。
「逃げるぞアニキ!」
ライの口には人間の髪の毛の束がくっついていた。
「やーだライくん、お口に髪の毛くっついてるー!かわいそうー!やだやだやだ!」
露口はこれ以上ないくらいの悲しい顔で、ライの口についた男の髪の毛を取っては投げ取っては投げしていた。あらかた取れるとウェットティッシュでごしごしと拭いてやる。
「やーねえ、お口に髪の毛入れられちゃったねえ、やーねえ、ヤな人ねえ、死刑になればいいのにねえ」
物騒な発言をする露口に口を拭かれながら、ライはまんざらでもない顔をしてご満悦である。
航も一応リクとカイの口を点検してみたが、髪の毛はついてなかった。
「おまえらも髪の毛ぐらい引っこ抜いてくればよかったのに」
「蹴っ飛ばしてきたからいいよ」
「顔を」
警察に連行されて来たふたりの男は鼻血を垂らしていた。
男のひとりが航たちに気づくと吐き捨てるように言った。
「人間襲った犬は殺処」
皆まで言わないうちに航の投げた靴が眉間にスコーンと当たり、止まっていた鼻血がまた噴き出す。男を捕まえていた刑事は咄嗟にかがむと、その上を靴を追いかけてきたリクが飛び越し男の顔を踏み台に靴に飛びついた。男はガツンとパトカーにぶつかる。今度はカイが男に飛びかかり、靴と間違えた体で髪の毛をむしり取った。向こうでは航の靴を追いかけてきたはずのライが、もう一人の男に飛びかかり、靴ではなく再び髪の毛をぶっちぎっている。
「すみませーん。犬と『取って来い』遊びしてたら間違ってそっちに靴が飛んでっちゃいましたー」
悪びれず叫ぶ航に警察官たちも笑顔で答える。
「気をつけてねー」
なんかわーわー言っている犯人たちを見ながら、航は唇を一切動かさず口の中でつぶやいた。
「おまえが殺処分になれ」
「お兄ちゃん、ホントに2軍の外野の補欠だったの?」
「2軍のピッチャーの補欠でもイケたんじゃない?」
靴を持って戻って来たリクとカイが目をキラキラと輝かせ、航を誉めそやす。リクとカイの頭を撫でながら航はご機嫌に言った。
「いやいや。お兄ちゃんは永遠におまえたちだけのエースピッチャーでいいんだよ」




