犬がすっかり兄弟になりまして・46
「今仕事中なんですよ」
『何言ってんの、天道くん営業でしょう?新規開拓だと思って』
「閉院した病院がなんでご新規さんになるんです。しかも動物病院」
遅めの昼ごはん中に藍沢からまた無茶な電話がかかってきて、航は半開きの目のまま弁当を食べていた。
『ちょっと遠くから確認してくれるだけでいいからさ。リクくんとカイくん連れて来て。ね?ね?』
「なんで仕事に犬連れて行くんです」
『仕事じゃないからだよ』
「じゃ行きませんよ」
『いやいやいや。仕事じゃないけど、大事な仕事なのよ。市民の大事な義務……、ちょっと!?天道くん!?聞いて……』
通話を切ってすぐにまた電話がかかって来た。しつこいなあと画面を見ると、見知らぬ電話番号だった。無視して弁当を食べていると留守電に切り替わった。
『県警の松重です。先日は失礼いたしました。至急ご協力いただきたいことがあり、ご連絡いたしました。折り返しお願いいたします』
航はスマホを見つめたまま眉間を寄せた。航のことを違法薬物密輸組織の一味と疑い取り調べをした松重刑事だった。あのときとまるで違う丁寧な物言いに、奥さんとは仲直りしたんだろうかと航は思った。
「3年前に突然院長先生がご病気になられて病院畳まれたんだって。天道くんのご両親がリクくんとカイくんを連れて来られた頃よね。で、ご近所に挨拶もせずにバタバタお引っ越しされて、跡を継ぐ人もいないからしばらく空き家だったらしいんだけど、そのうちご親戚の方が来られるようになって管理されてるって」
「へ~。それならそれでいいんじゃないんですか。って、なんで藍沢さんが説明してくれるんです?」
廃院した動物病院が見えるぎりぎりの位置に停めた警察の車の中で、松重刑事や藍沢に囲まれ航は呼ばれた理由を聞いていた。
「ほらまた刑事さんだけじゃあ天道くん怖いかなーと思って、おじさんは付き添い」
「なんで僕、呼ばれたんです?」
もう面倒くさいので藍沢にはいちいち返事をしない航は松重刑事に訊いた。
「動物病院の元院長の行方は分かりませんし、出入りしている人間も親戚ではないんです。家宅捜査に入ろうにも今はまだ令状が取れる段階ではなく……。なのでぜひここは犯人の顔を見ているわんちゃんたちのご協力を仰ぎたく」
「え、待って待って待って待ってください」
至極真面目に言う松重刑事を航は両手で遮った。
「どこからツッコんだらいいんです?」
松重刑事と藍沢は同時に「ん?」と首を傾げた。
「なんでここの家宅捜査にリクとカイが関係あるんです?」
「例の違法薬物を密輸しようとした犯人たちのアジトの可能性があるからです」
「え~、そんな突然~?」
胡乱な目をする航を珍しく藍沢が諫める。
「日本の警察を舐めちゃいけないよ、天道くん」
「ホントに~?」
ますます身を引く航の肩をこらこらと藍沢が叩く。
「ただ、令状を取る決め手がまだ我々にもありません。そこでリクくんとカイくんに面通しをお願いしたいと」
「犬ですよ?」
冷静さを失わない松重刑事に航は思わず被せて言った。その目は座っている。
「犬の面通しは法的に有効なんですか?」
航にとってはもはや犬ではないリクとカイである。彼らのことを法的に有効な『人物』として扱っていただけることはとても光栄だしありがたいことなのだが、いかんせん法律が関わってくるとなると、それは果たして大丈夫なことなのかどうかとさしもの航も不安になってくる。たしかに航はリクとカイの言葉はわかるし信じいるが、これが前例になってしまえば世の「犬の言葉がわかります!」っていうちょっとイカれた人たちによる冤罪など生まれはしないかと心配なのだ。
「……天道さんのことは、我々一同、信用しています……」
航の目を見据えると、一言一言噛みしめるように松重刑事は言った。
「……奥さん、戻って来られたんですね」
航も松重刑事の目を見つめ返す。
「……ありがとう、ございました……!」
深々と松重刑事は頭を下げる。航はよかったですと言いながら松重刑事を起こした。
「おじさん、ちょっとよくわかんないんだけど、とにかく松重さん定時で帰りたいから早く犯人かどうか知りたいんだって。見てあげてくれる?」
「それはいいですけど、犯人が出て来るまで病院の前うろうろするんですか?」
「他の刑事たちも張っています。中から男が出てきたら呼びますので、それまで退屈でしょうが待機しておいてください」
航はいったん警察の車から下りると、リクとカイが待つ自分の車へ戻ろうとした。
「天道さん!」
「露口さん?」
呼ばれた方を見ると、露口が走って来た。
「どうしたんです?こんなところで。ライは?」
露口は周りを警戒するとつま先立ちになって航に耳打ちした。
「私たちも警察に呼ばれたんです」
露口に合わせて腰をかがめていた航は驚いて顔を引いた。
「え?」
「ライくんに犯人の面通しをお願いしたいって言われまして。でも私、ライくんの言葉わかんないから」
露口は姿勢を正して航に向き直り、深々と頭を下げた。
「天道さん。どうぞ、ライくんをよろしくお願いします」
「ええっ!?」
ということはゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーとシベリアンハスキーの大型犬3頭をいっぺんに連れて散歩しなければならないのか。めちゃくちゃ目立つじゃん。
見覚えのある犬がいっぺんに3頭も散歩してたら、俺が犯人だったら勘づいてすぐ逃げるけど、と航は思った。




