犬がすっかり兄弟になりまして・34
「ドンちゃん!!」
ドンちゃんのお母さんが叫ぶと同時にドンちゃんのお父さんが浮き輪を放り投げた。ドンちゃんは浮き輪に付いたロープを持ちながら、悠々と露口とライに近づいていく。
「そう!上手よドンちゃん!上手!」
誇らしげにお母さんはドンちゃんを褒め、ドンちゃんのお父さんは浮き輪に付いたロープがドンちゃんの邪魔にならないように手繰っていた。
「なんだよあれー!?あんな派手に爆発するもんおれに付けてたのかよあいつら!!聞いてねえ!!」
波の上からライの怒声が聞こえてきた。
「知ってたんじゃなかったのかよ、おまえ」
航が下を覗くとライはカンカンに怒っていた。
「知らねーよ!おれが死ぬとか聞いてねえ!」
「ライくーん!!」
びちゃびちゃに濡れた顔を手でゴシゴシしながら露口が金切り声を上げた。
「なんでママの言うこと聞かないのライくん!なんでいっつも勝手に動くの!なんで心配ばっかりかけるの!なんでお母さん置いてくのー!!」
露口は声を上げて泣きながら天を仰ぎ、そのままぶくぶくと沈んで行った。
「ママー!?」
「露口さん!?」
ライと航と埠頭の端に駆け寄って来た美馬の叫び声が重なる。
「ドンちゃん!GO!」
それより大きくドンちゃんのお母さんの指示が飛んだ。ドンちゃんはサッと水中に潜り、次の瞬間露口を抱えてザブンと浮き上がって来た。そして浮き輪に露口の上半身を掛ける。
「グッジョブ、ドンちゃん!」
ドンちゃんのお母さんとお父さんが慎重に引っ張る浮き輪の横を、ドンちゃんも露口を支えながら泳ぐ。
「ママ!ママ!ママしっかりして!ママ!」
露口の横で声を掛け続けながらライもその横を泳ぐ。
ドンちゃんのお父さんは持っていた縄梯子をボラードに引っ掛けた。
「なんでそんなもの持ってるんですか!?」
驚く航にテキパキと腰にロープを巻いているドンちゃんのお父さんが答える。
「やっちゃダメだっていうのにこの辺で釣りをする人が多くてね。ついでに落ちる人もたまにいて。ドンちゃんとときどきパトロールしてるんだよ」
「趣味で」
ドンちゃんのお母さんが付け加える。
唖然としている航には目もくれず縄梯子を下りようとするドンちゃんのお父さんを警察官が慌てて引止め、後を引き継いだ。
「そうだ兄貴!リクとカイ!」
露口が引き上げられている間、まだ波の間で揺れているカイが思い出して航に叫んだ。
「『どうもう』とか『もうどう』とか、あいつら言ってた!」
「どうもう?もうどう?」
航の口から出た言葉に美馬が反応した。
「盲導犬!?」
「書類と色が違うけど大丈夫かって!塗ればいいんじゃないかって!」
「カイか!クリームのラブか!」
航と美馬は顔を見合わせた。
「警察!警察の人!誘拐された犬たちは盲導犬のふりして……!」
だが捕まえた警察官はなんのことだと言わんばかりに眉を顰める。瞬時に美馬は母親に電話をかけ始めた。
ライが気づいたときにすでにリクもカイもショージとフスマもいなかったということは、4人とももうどこかへ連れて行かれていたはずだ。ということは今頃彼らは船か飛行機の中か、あるいは乗る寸前。できれば乗る寸前であって欲しい。だとしてもどっち。飛行機なのか、船なのか。
「グッジョブ、ドンちゃん。えらいね。お仕事できたね。カッコいいね」
海から上がって来たドンちゃんをドンちゃんのお母さんは精一杯褒めちぎる。ドンちゃんはグラビアモデルのイメージビデオばりにぶるんぶるんとスローモーションで台風のような水しぶきを飛ばしたあと、ふうと息をついた。
「さ、次は港の方に行こうかね。大きな船来てるからね」
去ろうとしているドンちゃん一家を航は慌てて呼び止めた。
「え!?次はどこって」
「あっちの港の方だよ。三日前からクルーズ船が来ててね、今日出航なんだよ。港の安全を守るのがドンちゃんの……」
「美馬さん!」
ドンちゃんのお父さんの話が終わらないうちに航は美馬に叫んだ。
「船だ!」
「だから空港に行って!私たちは港に行くから!どっちがどっちかはわからないって!とにかく行って!」
航の車の助手席で、この件には関係ないのであろうが一応事情を知っているであろう美馬母に美馬は怒鳴り散らす。何を根拠に空港だ港だと言っているのだと思っているのであろうが、説明している暇はない。
「美馬さん。藍沢さんに電話して、橋本さんに知らせるように言ってください」
「橋本さん?」
「藍沢さんの友達の、猟友会の人なんですが、たぶんこの件のこと俺たちより知ってるはずです」
君は関係ないんだよねと言ったときの橋本の目は鋭かった。
「曹操!パーカー!」
航は後部座席で待つふたりに言う。
「ここに」
「俺が船に乗れるように手伝え」
「御意」
初めて曹操とパーカーが航に従った。




