犬がすっかり兄弟になりまして・33
「ライくんは今どの辺ですか!?」
『メイン通りを西へ……!海の方に向かってるみたいで……!』
渋滞しているメイン通りを避け、裏道裏道を潜り抜けて海の方へ向かう。伊達に長いこと営業職に就いてない。航は的確に一方通行の道を避けて港へ向かった。
街中に入ると、裏道でも人々が騒然としている雰囲気が伝わって来る。走り回るパトカーのサイレンにテレビでしか見たことのない機動隊員。ライは近くにいるとわかった。
「露口さん!どこ!?」
『どうしよう……、もう完全に海のとこ……、丸い大きいのがあるところ……!』
航と美馬は顔を見合わせ驚愕し、そして航はアクセルを踏んだ。
ライのいる場所は人だかりで分かった。
囲んでいるパトカー、避難指示を出す機動隊、周辺の会社から追い出されたであろう人々、そして野次馬。
駐車場なんて探している暇はない。航は適当に車を停めると、人ごみの中に美馬と共に入って行った。最前列にたどり着き、囲んでいる警察だか機動隊員だかに止められる。
「露口さん!」
警察と共に中にいる露口を見つけ、美馬が声を掛ける。
「美馬さん!」
泣きながらもほっとしたのか少し笑みを見せた露口は、美馬に駆け寄ってきた。
「ライは!?」
「あそこに……」
露口が振り返って指した方向を航が見ると、どこかの会社の塀の上に片足を垂らして座る、見慣れないベストを着たライの姿があった。
「ライ!」
声を掛けながら航は中に入ろうとする。止めようとした警察官に露口は「身内です」と言い、美馬も中へと入った。
「どうした!?何があった!?リクとカイには会ったのか!?」
言いながらライに近づこうとすると、警察官が止めに入った。航はそれを振り払い、ライから目を離さない。ライの周りには捕まえようと構える数人の警察官がいた。
「アニキ!」
ライはいつものように人懐っこい笑顔で立ち上がった。
「なんかおれ、背中に爆弾つけられちゃってさー」
えへへなどとのんきに笑っている。
「1時間後に爆発するからせいぜい暴れて来いとか言われちゃってさー」
「おいおい。穏やかじゃないなー」
航は冷や汗をかきながら笑った。不安な顔をしてはいけない。ライも不安になる。
「何かのイタズラだろ。その爆弾ってそのハーネスのことか?取ってやるから下りて来い」
「無理に取ったら爆発するらしいよ」
航は一瞬びくりとしたが、すぐに立て直す。
「おどかすなよ。絶対嘘だって。からかわれてるんだって、おまえ」
「それ以上犬を刺激しないでください。犯人から脅迫状も届いてるんです」
警察に止められ、航は「はあ?」と言い、ライは「な?」と言った。
「なんで犬に爆弾着けて脅迫するんです?」
「今、捜査中です」
「なんでそんなことになった?」
警察に聞くよりライに訊いた方が早い。航はライを向く。
「わかんねえ。なんか眠らされて、起きたらこれ着けられてた。で、『お友達が出て行くまで警察の気引いてろ』って街ん中放り出された。これ噛みちぎって外そうとしたら、『ここで外すな。無理に外すと爆発する』って言われて」
「お友達が出て行く?」
「リクとカイとトイプーのことだと思う。おれが起きたときはもういなかった」
「どこにどう行くとか」
「ごめん、聞いてねえ。あ、でも」
「ライくん!!」
ライが言いかけたところで露口が駆け寄った。
「降りて来て!ライくん!」
ライは露口を見ると一目散に塀の上を走り出した。
「ライ!」
「ライくん!ママの言うこと聞いて!」
航も露口も警察も追いかけて走り出す。
ついに埠頭の端まで追い詰められたライは、くるりと航たちを振り返った。
「おれ、ママのこと大好きだからさー。巻き込みたくないし、恥かかせたくないのよ」
ライみたいなやつが本音を言うときはろくな時ではないと航でもわかる。
「おい、待て。ここには警察とか機動隊とか、爆弾に詳しい人たちがいっぱいいる。なんとかなる。なんとかなるはずだから早まるな」
「いや、ちょっと無理でしょー。たぶんそろそろ1時間なんじゃない?」
「なんでおまえ、1時間とかわかるんだよ」
「毎週ドッグランでレッスンしてるし、アジリティでタイムはかってっし」
「1時間もやってねーだろーが、明日から真面目にやれ!」
へへっとライは笑った。
「明日から」
言いかけたところでライは目を剥いた。見ていた航も驚きに目を見開く。
タックルのごとき勢いでライに飛びついた露口はベスト型ハーネスのバックルをあっという間にはずすと天高く放り投げた。そしてその勢いのままライを抱いて海へと落ちて行く。
「なんでこっちに投げるんですか!!逆逆!!」
コンクリートの地面に落ちそうになったハーネスを寸でのところで受け取った航は、地元高校の野球部で鳴らした自慢の強肩で海の向こうへと、露口とライに当たらないようもっと向こうへと放り投げる。
ばしゃん、という海に落ちる音は、ドーンという爆発音にかき消され、地鳴りと煙と光を避けるようにその場にいた人々は海に落ちる火の粉のようにしゃがみ込んだ。
耳鳴りが治まる前に航は頭をはっと上げる。
「露口さん!ライ!?」
埠頭の端に駆け寄ろうとしたとき、横からばしゃんと何かが飛び込む水しぶきの音が聞こえた。




