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犬がすっかり兄弟になりまして。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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犬がすっかり兄弟になりまして・22


 今日は実家に寄る予定は無かった。動物病院だけで帰るつもりだった。しかし3人ともずぶ濡れのまま長時間車に乗っているわけにもいかず、仕方なく実家に寄ってシャワーを浴びる。まだガスを止めてなくてよかったと航は思った。

 バスタオルを腰に巻いて自分が使っていた部屋に入る。

 不思議なものでこの家を出てから10年以上経つというのに、両親はこの部屋を航の物として大事に取っておいてくれた。ゲーセンで取ったフィギアも好きなアーティストのCDも漫画の本も、捨てずにそのまま飾ってある。着替えも、進学で家を出るときに持って行かなかったあれこれがまだ残されていた。

 黄ばんでいる下着には抵抗があったので、父親の箪笥から未使用の物を拝借する。自分の箪笥からは高校時代の緑色のジャージを発見したので着てみた。

 高校の名前の入ったジャージを着たおじさんが鏡に映っているのを見て、思わず航は吹き出す。まさか高校生のジャージを着ることで自分の老いを痛感するとは思わなかった。たかがジャージなのに。

 見慣れぬ変な緑色のジャージを着た航を見て、リクとカイは一度瞬きした。

「もう寝るの?」

 寝巻認定された。


 リクとカイの服は脱げない。脱がそうとすると「痛い痛い!」と叫ぶ。

 仕方がないので着衣したまま風呂に入れ、着衣したままシャンプーで洗い、着衣したままタオルで拭き、着衣したままドライヤーで乾かす。

 着衣なのに毛が航の手に絡みつき、排水溝に溜まり、ドライヤーの風と共に舞う。そんな毛を見て、あ、本当にゴールドなのねブラックなのねと航はリクとカイの色を確認する。

 ウンコの始末にしろシャンプーにしろ、やはり飼い主が責任をもって世話することは飼い犬の健康管理のために絶対必要なことだなと航は改めて確信するのであった。ヒトだけど。

 それにしても大型犬だからこんなにドライヤーに時間がかかるのか、ヒト化しているからこんなにかかるのか。服着たヒトの身体にまでドライヤーをかけている違和感たるやものすごいものであるが、まあでもおとなしくしてくれてるだけいいのかなと思いつつ、これドンちゃんだったらホントに大変と航は思っていた。

 海で疲れたのかシャンプーで疲れたのか、うつらうつらし始めたリクとカイの前に水の入った器を置く。

 毛まみれになったタオルをパタパタと縁側ではたき、袋の中に詰める。どうせ明日は溜まった洗濯物を片付ける日だ。一緒に洗えばいい。濡れたのが土曜でよかった。

 濡れていた自分の着替えはハンガーにかけて軒先に干す。乾くまで少し休もうと航は寝転がった。


 結局服は乾かなかったので、高校ジャージのまま運転して帰った。どうせ途中で降りる用事はない。

 だがそんなときほどマンションの住人に会ってしまうもので。

 駐車場で檀一家に会い、ご夫婦には「かわいいですね、高校のですか?」とちょっと笑われ、ショウにはあからさまに鼻で笑われ、ブルクはいつもは無表情のくせに今日ばかりはちょっと目を見開いた。降りて来たエレベーターからは西園寺夫人一家が現れ、無言で航の全身を上から下まで舐めるように見たあと「アバンギャルドね」と言われ、ローズとティアラには失笑され、なぜか部屋の前にいた美馬には「おかえりなさい、天道さん。車の音が聞こえたからそろそろ上がって来られるかと思って待ってました」と全然ジャージのことには触れてもらえなかった。いや、いっそ「ダサいですね」ぐらいツッコんでほしかったのだが、他人の着ているものなどまったく気にしないところが美馬の美馬たる所以なのであろうと航は納得していた。


 航が実家近くの動物病院へ行っている間にルイたちの迎えが来たという。中には1年以上行方不明になっていた犬もいたらしく、感動の再会だったらしい。

「もー、もらい泣きしちゃいましたー」

 思いだして泣きそうな美馬に、航はつくづくその場にいなくてよかったと鼻の奥をツンとさせながら思っていた。

 車の音を聞いて航の部屋の前で待っていた美馬は、「ごはん出来てます!」とそのまま航たちを自分の部屋へ引っ張って行った。泣きながら笑いながら次々テーブルの上に食事を並べる美馬に、どうしてもルイたちの話を聞いて欲しかったんだなと航は理解した。 

「あ、これ。ショージくんにあげてくれます?」

 航は美馬に犬用のごはんの入った器を渡された。

「ショージくん?」

「保護のトイプーです」

 美馬の視線の先には、ソファーの下の犬用のベッドに体育座りをする茶色い巻き毛の大きな目をした青年がいた。

 いるな、とはこの部屋に入ったときから航は思っていた。狭いキャリーバッグの中の彼を見たときにはチャラいヤツかと思ったが、ヒトとしての実物大で見ると、それこそ母が愛読していた花の24年組あたりの少女漫画から出てきたようなくりくりお目めの可愛らしい少年、いや、青年である。

「ショージくんていうんだ」

「とりあえず施設ではそう呼んでます」

 今回はわりとまともな名前が付いたのだなと航が感心していると。

「もう1匹の子は『フスマ』って言います」

 障子と襖かよ。せめて『アキラ』にしろよ。いやそれ『シュージ』ね。と航の脳内が畳みかける。一体誰のセンスなのか。

「……『ショージ』でいいのかよ、おまえ……。本当の名前ある?」

 ご飯を渡しながらこっそり『ショージ』に訊いてみる。

「……本当は『コハク』って言うんだけど……」

 仮名の『ショージ』はおずおずと言った。

「美馬さんも皆も優しいから、別に『ショージ』でもいいよ……」

 おまえ、そういうのは最初が肝心なんだよ、と小さく舌打ちすると、航は『ショージ』の髪をいじりながら美馬に聞こえるように言ってみた。

「えー、でもなんか、毛とか瞳とか、琥珀色っぽくありませんかー?コハク……、コハクってどうです?いい名前じゃないですか?コハク。コハクっぽいなー、なんかおまえなー、コハク」

「え?そうですか?」

 ひと言で却下され無視され、流された。

 仮名『ショージ』は「気にしないで……」と小さく首を振った。


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