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犬がすっかり兄弟になりまして。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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犬がすっかり兄弟になりまして・20


 裏山で山菜を取っていたら、箱に子犬を入れた中年女性に突然声を掛けられたという。

「病気の犬をもらってください」

 正直に「病気」と言って見ず知らずの他人に犬を押し付けようとするその女性にただならぬ事情を感じて、両親は素直に受け取ったという。一度頭を下げ、女性はまた山奥に入って行ったそうだ。この先に施設かなんかあったっけと両親は不思議に思ったそうだが、箱の中の息も絶え絶えな子犬を病院に連れて行くことを優先したそうだ。

 その頃はここの病院はまだ開業しておらず、しかも日曜日だったため、両親はかたっぱしから動物病院に電話して、今はもう閉院した件の動物病院にたどり着いた。

 両親も医師も子犬がかかりやすいウィルスによる感染症だろうと思っていた。だが入院させ、検査してみると、そうではなかったという。

「どんな薬かはわからないけど、慌てて人間の薬を大量に飲ませたのかなって。いるからね、たまに。人間の薬は動物実験してるから、動物が飲んでも大丈夫って思ってる人」

 違うんだけどねえと言いながら、医師はカイのカルテも開く。

「えーと、三日間そこの病院に入院させてるみたいだよ。入院中に暴れたり痙攣起こしたりはあったみたいだけど、退院してからは特別変な症状は出なかったって。それから何度かそこの病院に通ってたみたいだけど、閉院しちゃったし、こっちの病院の方が近いからって来てくれるようになって。ここに来てからは全然元気だよ、リクくんもカイくんも。血液検査も以上なし。いたって健康」

 医師はパソコンから目を上げると、リクとカイの顔を両手でぐりぐりと撫でまわした。

「元気そうだね~、よかったよかった」

 リクとカイもへらへらと笑っている。

「先生も元気そう」

「注射しないなら良い先生」

 やはり両親はあの女性からリクとカイを受け取っていたのだ。しかもわざわざ犬を買いに行ったのではなく、山の中で突然受け取っている。両親はあの女性がどこから来たのか知りたくて、山奥まで探しに行ったのだろうか。そしてあの建物にたどり着き、あれが何のための施設なのか調べるために写真を撮ったのだろうか。建物の写真は外観ばかりだったので、中まで見てはいないと思う。もし見ていたら、犬好きの両親は怒り狂っていただろう。そのまま殴り込みに行ったかもしれない。

 見ていなければいいと、航は思った。

 


 駐車場に出るとリクとカイが少し上を見上げ、鼻をクンクンとする。わあ、なんか犬みたいなことしてるこいつら、と航は思い、はたと気がついた。

「海行くか」

「行く!」

 ふたりはぱっと笑顔になった。

 時期的に海水浴はやってないとはいえ、この辺りを代表する観光地なのでそれなりに人はいる。人しかいない。散歩している犬はいない。いるのかもしれないが、航には見えない。誰かが「わー、かわいー」とか言って誰かの前でかがんで顔とか撫でれば、あ、あれは犬なんだな、ポメラニアンかな?とか予想できるのだが、そんな風景はまだ見れない。見れたところで人間の戯れではあるが。

「わー、かわいいー!」

 それどころか背後でそんな声がする。

 なにごとかと振り返ると、航の後ろでリクとカイが拾った流木を引っ張り合っていた。

「……なにしてんだ?」

「おれの」

「いや、おれの」

 真剣な顔で奪い合うふたりに、いい大人が何をと思いかけて、ああ、犬だったと思い出す。

「かわいいですね。お名前はなんて言うんですか?」

 若い女性二人に声を掛けられ、リクとカイがそちらを見る。

「ゴールデンがリクで、ラブがカイです。ふたりとも雄です」

 危険ですよ、逃げてください、と航は心の中で付け加える。傍から見れば、自分の方が危険な成人男子枠に入るという自覚は航にはない。本当に危険ではないから。見るからに危険な男だったら、あんなに美馬が無防備でいられるはずも、『柱国』も美馬母も美馬宅への航の訪問を許すはずがないだろう。充分若い女性からナメられている、いや、信頼されている自信が航にはあった。

 むしろ犬なのを良いことに、美馬や綺麗なお姉さんを見ると平気で抱きつこうとするリクとカイの方がだいぶ危険である。

 案の定リクとカイは流木を落とし、一歩二歩と女性たちに近づこうとしていた。

「リク、カイ」

 航はふたりが落とした流木を拾うと、大きく振りかぶった。

「取ってこーい!!」

 そして海に向かって投げた。

 中高と、航は野球部だった。補欠だったが遠投はピカイチだった。あの頃の肩は今日も現役だった。

 浜辺を行きかう人も波打ち際もはるかに追い越し、流木は海の中へとぼちゃんと姿を消す。

 充分に目で追う時間があった。

 リクとカイは首ごと流木を追い、ぼちゃんの音と共に全速力で走り出した。

「ああっ!待て!!」

 やってしまって思い出す。濡れたら乾かさなければならない。タオルも持って来てない。海水はべたべたする。水で流せるところはない。今日はまあまあ寒い。あいつら実は犬。

 ふたりを止めようと伸ばした手は虚しく空を掴み、航は膝から崩れ落ちた。

 だが、横から。

 ばしゃばしゃと大きな水しぶきを上げ飛び込んだ、もうひとりの猛者がいた。



 

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