43 尋ね人
だが、三条神流がランエボを返り討ちにしたのに、サンダーバーズの歓喜のみならず、ランエボ艦隊も白けた。
NSX type R NA1を操る奴が、タイムアタックを実施。結果、BRZを凌ぐタイムを叩き出したのだ。
そして、最速タイムを叩き出したらそのまま、どこかへ消え去って行った。
ランエボ艦隊の須川は、彼はただの走り屋ではないと言う。
「奴は、レーシングドライバー坂口拓洋。公道レースでは好成績を残している。それに、サーキットのレースも経験している。俺達じゃ、逆立ちしても追い付けねえ。」
と、須川。
三条神流はモビリティリゾートもてぎで、坂口拓洋に会った事を思い出す。
当時、坂口拓洋の話す内容は三条神流にとって異次元の内容だった。
思い出しただけで、背筋が凍る。
「あの、須川さんのランエボから、爆発音がしたのですが、あれは一体なんですか?」
三条神流、話題を変える。
「ミスファイアリングシステムだ。普通のターボはアクセルオンで発生する排気ガスでタービンを回すが、アクセルオフの時に回らない、アクセル踏んでもタイムラグが発生する。が、ミスファイアリングシステムは、EXマニの熱で自然に爆発が起きてタービンが回り、アクセルオフでも回るしタイムラグも発生しない。」
と、須川は解説した。
ところで、今更だが、誰かがこの現場に居ない。
小岩剣はこの現場に居なかった。
小岩剣は仕事の後、どういうわけか寝込んでいた。
あまりに眠気が強かったので、走るより寝ようと思ったのだ。
普段ならこんなことは無いのだが、連日の走り込みは、気付かぬうちに、小岩剣の小さな身体へ大きな負荷をかけ、気付かぬうちに疲労が蓄積されていたのだ。
どう言うわけか、中学・高校時代から変わらぬ容姿の幼い身体。社会人になっているにも関わらず、まるで少女のような美しい顔を持つ少年と言うべき容姿の持ち主で「カッコいい」というより「可愛い」と言われることが多い姿の小岩剣は、朝の勤務終了後、10時頃まで1時間半程度だが眠り込んだ。
そのおかげか、身体の中に蓄積された疲労がある程度回復した。
今日は勤務明けで、明日は公休だから、またもディスタント・ムーンのログハウスに呼ばれていた。
洗濯物を部屋干しし、換気扇を回し、置き型ファブリーズを置きながら、ルンバを転がし、風呂を掃除していたら、身体がほぐれてきたので、S660に向かうとエンジンをかける。小岩剣のS660は、始動時に手間が増えていた。
まず、スマートキーだが、それまで剥き出しにして置いていたのを、100均で買ったリレーアタック防止キーケースに入れるようにしたので、それから出し、出来る限りそれを持ち歩く。続いて、ハンドルのところに取り付けられた、1000円のハンドルロックを、ダイヤルを回して解除し、それを、運転席後ろ等の適当なスペースに置く。
共に、盗難対策のためである。
S660に関しては、その特性からそうした物騒な話は聞かないのだが、特に外国人グループによる車の窃盗事件がニュースに取り上げられた上、日奈子からS660が生産終了と聞いた途端、かつて、鉄道マニアだった当時、人気の列車が廃止されるとなると、まるで蛆虫やゴキブリの如く集まる鉄道オタクの姿を思い出し、自分のS660もそうした連中に盗まれたら堪らないと、自分の懐事情で出来る盗難対策をしようと考えたのだ。
その結果、手間が増えてしまったのだが、盗難防止のためなので仕方ないと割り切ることにした。
昼前、出発。
行き先は高崎のオートバックス。
今日はレーダー探知機を交換しにいく。
前のオーナーが安物のレーダー探知機を搭載していたのだが、あまりの安物故に、自動ドアを御検知するクセして速度取締レーダーへの反応が弱く、おまけに近年配備が進む可搬式小型オービスには反応しないので、新型のレーダー探知機を購入したのだ。
ユピテルのLS100を裏取工賃コミコミで2万円強。かなり高いが、何かやらかして免許に傷がつくよりはましだ。
取付工事を終えた時には13時半を過ぎていた。大胡のマックで昼飯にした小岩剣だが、食べるのはハンバーガーとコーラのSだけで、さっさと食べると赤城へ向かう。
今日は眠り込んだ上に、オートバックスに立ち寄ったため、草木ドライブインには行かず、軽く、からっ風街道か赤城サンダーボルトラインを走ってログハウスに行く。
赤城道路から、からっ風街道に入り、大間々側でUターンしようと決めた小岩剣。赤城山を左に見ながら走る。
からっ風街道や国道353号等の赤城南麓の道から赤城山を見ると、その見え方の変化を楽しめる。
前橋付近では鈴ヶ岳、鍋割山、荒山、長七郎山、つつじが峯が見えるが、みどり市や大間々に近付くにつれて、前橋付近では荒山に隠れて見えなかった黒檜山、地蔵岳が見え始め、逆に、鈴ヶ岳の姿は見えにくくなっていく。
一気に大間々側まで行き、梨木温泉の方に行く峠を走ってUターンし、再びからっ風街道を走る。
すると、前方にハザードランプを付けている車両を発見。
減速して横を通過すると、それは、恵令奈のロータス・エキシージと、坂口拓洋のNSX type R NA1だった。
「何か用?コネっ子。」
と、恵令奈はNSX type R NA1に乗る坂口拓洋に言う。
「愛衣でなく、拓洋が単身乗り込むとは、明日は雪かしら?」
坂口愛衣と恵令奈は同い年にして、鈴鹿レーシングスクールの同期生。
故に、二人は時折会うこともあったが、拓洋が単独で恵令奈に会うのは滅多に無い。
「人探しをしてんだが―。」
「人探し?」
「ああ。蒼いS660に乗っている奴で、名前は小岩剣って言う奴だ。」
恵令奈は「あぁ」と言ったように見えたのだが、
「さぁ、知らないね。」
と言った。
だが、拓洋はそれを見て(本当は知っている)と感じた。
そして、小岩剣が言う「追い付きたいけど追い付けない人が居る」と言うのは、赤城サンダーバーズでも無く、「赤城ディスタント・ムーン」なのだろうと思った。
しかし、それを拓洋の口から言う事はしなかった。件の蒼いS660の姿を見つけたからだ。小岩剣の蒼いS660は、2台を見つけると、そこで止まった。
「なんだ。知ってんじゃんか。」
「アレぇそういうことか。ワンコ君にスパイさせていたのかぁ。なら、日奈子に言って、エッチな拷問にかけてやらないと。ウチらのHONDA嫌いは知ってるよねぇ?」
「いや、小岩はこう言っていた。「追い付きたいけど追い付けない人が居る」って。そいつがどこのどいつか解らねえでいたんだが、なるほどねぇ。」
拓洋は「ふーん」と言う。拓洋と恵令奈は同い年。そして、拓洋のパートナーである愛衣とは古い付き合いだ。
愛衣は、シルバーストーンでライバル仲間を一人亡くしたため、秩父のホワイトレーシングプロジェクトとの比較対象に絶好の相手と見ていた。
「こんちわ」と、小岩剣が挨拶する。
「お前が追い付きたいって言う相手は、こいつらか。」
と、拓洋は言う。
「いやぁ、バレてしまいましたねぇ。はい。そうなんです。その、拓洋さん達のライバルであることは知ってます。でも、他に方法が無くて、自分は、無理矢理、ディスタント・ムーンの仲間にされてしまいました。ですが、一緒にいる内に、憧れを抱くようになって―。でも、そんなこと言えなくて、それで、以前、赤城山でお会いし、草津温泉でディスタント・ムーンと互角でバトルしていたホワイトレーシングプロジェクトの拓洋さんに相談しようと―。」
本当は違う。
本当に追い付きたい相手は、加賀美なのだが。
拓洋はそれを黙って聞いていた。
「分かった。お仕置きはしないよ。それから、この件は誰にも言わない。いつかその日が来たら、自分で言うんだよ。コネっ子。それでいい?」
と、恵令奈が言う。
「いいも何も、これ話して俺に何になるんだ?それに、俺だって、愛衣の教えだけじゃ、物足りないから、外部に行くことはあるしな。相撲の出稽古みたいなものだ。気にすることないよ。まっ俺も、お嬢様には言わないでおくよ。」
拓洋も溜め息交じりに言った。
拓洋の言い方に、小岩剣は(拓洋さんは、相撲が好きなのかな?)と思った。
恵令奈は「お嬢様って?」と聞いたがすぐにどこの誰か察した。




