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ココロノツバサ - distant moon  作者: Kanra
第二章 月明かりに照らされて
20/78

18 三姉妹の帰宅

「おかえりなさい。」

と、小岩剣は洗車する手を一瞬停めて言う。

「たっだいまぁーっ!」

と、玲愛が小岩剣に「わっ」と言う勢いで抱き着く。

小岩剣は止めきれず勢い余って、バケツの水をひっくり返してしまう。

(勢い余って突っ込んで。ふっ「電車でGO」の伝統芸能を思い出す。大曲駅と京都駅の車止めマスコン全開体当り。いや、玲愛さんが俺に激突だから、盛岡駅で「こまち」が「やまびこ」にマスコン全開で体当たりかな。どうでもいいや。)

うりうりぃーっと、頬擦りをする玲愛。

頬の感触を直に感じる。

ASIMOのぬいぐるみを抱くときも、こうしていたのだろうか?

そして、気付いた。

日奈子がいないと。

「あれ?日奈子さんは?」

と、玲愛に聞く。

「あっ、それが、パンク修理のため、AK50に入場。だから、日奈子はもうちょっと遅くなるよ。」

と、恵令奈が答えた。

言われた通り、AK50の代車のNISSANマーチで帰ってきた。

「実用的でラクな車だから、ベイシアで食料品買ってきちゃった。」

と日奈子は言うが、

「えっ!ワンコ君が買ってきてくれていたのにぃ。」

と、玲愛が言う。

「そうなの?ゴメン!えっと、何買ってきてくれたの?」

「冷凍ピザを数枚程―。」

小岩剣が答える。

「あっあぁーそう。」

日奈子は「ふーむ」と考えた後、

「ちょっち、これに一手間加えて、アレンジしようか。」

と言った。

台所に向かう日奈子と恵令奈。

一方で、小岩剣はまだ洗車が終わっていないので、玲愛と洗車し、そのまま、玲愛と恵令奈の車も洗車するのだが、こちらは派手に汚れていて、いかに激しい戦いをしていたのかが分かる。

「レース、見てました。」

と、小岩剣が言う。

「うん。コネっ子に、後一歩のところで。戦略をミスってしまった。」

玲愛が暗い顔をして言う。でも、顔は無理にでも笑っていた。

「玲愛さん。あの、S660って車、そんなに凄いのですか?」

「まるで、鏡よ。ロータスの。」

「俺にも、乗りこなせますか?ロータスを。そして、S660も。」

「何言ってるのワンコ君?乗れるよ。乗ろうって気さえあれば、乗れるよ!」

「―。」

「欲しいの?」

「いや、ただ、訊いてみただけです。あの、GRコペンとS660だったら、どっちが良いですか?」

「どういう意味か解らないけど、実用的なのはGRコペン。一方で、S660はロータスみたいな車。エンジンが車の中心にあって、バランスが良くて、独楽みたいにクルクルっと回る。馬力こそNSXやBRZには及ばないけど、軽さと機動力ではNSXやBRZを凌駕する。サンボルなんかじゃ、独壇場になるよ。でも、積載性や快適性能を犠牲にしているから、実用的な車ではない。」

「そう、ですか。」

小岩剣は洗車する手を止めて、拭き上げに入る。

(あんなふうに、あの、拓洋って言う人のように、玲愛さんや恵令奈さん、日奈子さんに追い付きたい。今のままでは、置き去りにされてしまいそう。それどころか、力任せに蹂躙されてしまうかも。自分の世界を守るためにも、もっと速く走りたい。)

と、思う。

「あの、N‐ONEで追いつくことは可能ですか?ロータスに。あっ無理なら無理って言ってください。」

玲愛は、暗い顔をした。

「ワンコ君。私のこと、嫌いにならないで。」

「えっ?」

玲愛はその後、黙り込んだ。

それは、玲愛の気遣いのつもりだった。

「無理よ。」

ピザを食べながら、日奈子が言った。

「N‐ONEを悪く言うつもりはない。N‐ONEだって、実用的でラクな車で、しかも、ワンメークレースも行われている車。でも、出せるスピードや限界値は、ロータスの方が圧倒的に上。車の構造だって全然違う。」

と、日奈子が理由を言う。

「それが分かっているから、言うと嫌われると思って―。」

玲愛は溜め息交じりに言った。その顔は、悲しげに見えた。

小岩剣は風呂の後の夕涼みで、玲愛に言われた事、そして、玲愛の悲しい顔を思い出す。

「なんで、冷静なのです。恵令奈さん。」

と、隣りの恵令奈に言う。

近くに、玲愛はいない。

「だって、事実だから。」

「俺、速くなりたいです。」

「N‐ONEで?」

「うっいや、その―。」

小岩剣は何も言えなかった。

更にこの日、小岩剣は寝ようとして、一枚の新聞記事を見つけてしまった。

隠していたつもりだったらしいのだが、小岩剣は三姉妹の目を盗んで、それをスマホで撮影し、元連合艦隊のメンバーにそれについて聞こうと思った。

(俺、もしかしたら、パンドラの箱を開けまくっているかもしれない。)

と、小岩剣は思ってしまい、これ以上、パンドラの箱を開けたくないと、無理矢理にでも寝ようとした。


翌朝、朝食をログハウスで食べた後、小岩剣は「急な用事が入ってしまった」と偽って、予定よりも早く、ログハウスを出ていった。

「大変ねぇ。貨物駅で、貨物列車の操車の仕事だっけ?」

と、日奈子は言う。

「それも、入換機関車の運転手。別の運転手さんが風邪でも引いたのかなぁ?どっか遠征レースの際に、私達、貨物列車で車運んでるけど、それはワンコ君にやって欲しいな。」

と、恵令奈。

「そういえば、やりたいことがあるって言っていたけど、何をやっていたんだろう?」

「ふーむ?昨日一日だけでやったみたいだけど、何してたんだ?たった1日で、出来る事って?」

「まさか、浮気。」

「あっ!或いは、元カノに会って、別れ話していたとか!」

と、恵令奈が言った時だった。

「ねえ。これ、どうして―。」

と、玲愛が震えながら言った。

隠しておいた仏壇と、隠しておいた新聞記事が見えてしまっていた。

「―。もしかして、今日早退けしたのって―。」


小岩剣はとりあえず、確実に会える相手は誰かと考えた。

今日は月曜日。

となると、確実に会えるのは、霧降要だろう。

元、群馬帝国帝都防衛連合艦隊の司令長官で、現在は、父の経営するカーショップで働いている。

前橋市の市街地の外れの方にあるカーショップ。

「サンダーバーズ」や「ディスタント・ムーン」からは、「マルシェ」と呼ばれている。

駐車場に車を止め、霧降要に会う。

「あれ?珍しいなどうしたんだ?」

と、霧降要は言う。

「お忙しいところ恐れ入ります。あの、今日は車ではなくて、その、連合艦隊時代の事でお尋ねしたい事がありまして―。」

「連合艦隊時代?鉄道に関する事か。それなら、専門家が居るだろう?」

「いえ。その、えっと、聞きたいことが―。」

と、小岩剣はログハウスで写真に撮った、新聞記事を見せる。

霧降の目が一瞬曇った。

「ああこれか。両毛線踏切タクシー突入列車脱線事故か。」

と、霧降は言う。

「復活蒸気が本線上で起こした脱線事故なんて前代未聞だったからなぁ。車両基地内での脱線はあるけどな。」

「実は、この事故の関係者と関係を持ちまして―。」

「ああ。俺達は黙っていたんだが―。」

「私自身、鉄道に係る人間です。しかし、この事故の遺族であると知って、今後、どう接すればいいのか―。」

「何もするな。って言っても、無理な話だからなぁ。知った人間は、無知に帰れん。連合艦隊内部には、この事故の直接の関係者は居ないが思わぬ形で―。」

「俺は、気付かぬフリして逃げ出しました。」

「それがいい。それで、見なかったことにして忘れてしまえばいい。そのうち、向こうから話してくるかもしれんだろうから、ほっとけ。」

霧降の言うとおりにした。

小岩剣はマルシェを出発し、赤城道路沿いのガソリンスタンドで燃料を入れると、赤城山を登って頂上のバーベキューホールでお茶して帰ることにした。

明日からまた仕事。

その間に、忘れてしまうだろう。

と、言うより、そうすることにした。

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