第53話 沈黙の魔剣
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アリアの案内で辿り着いたのは、王都の外壁から少し離れた森の中にひっそりと建つ、古い狩猟小屋だった。
「元々は、僕が王都に通ってた頃の仮の拠点でね。表向きは廃屋ってことになってるから、ここなら滅多に人も来ないよ」
埃を手で払いながらアリアが言う。小屋の中は蜘蛛の巣こそ張っているものの、研究道具一式や保存食らしきものが棚に並んでおり、存外きちんと整えられていた。
「お前、本当にあちこちに拠点があるんだな」
「伊達に長いこと半端者やってないからね」
アリアは得意げに胸を張ると、早速荷台から様々な器具を運び込み始めた。水晶のようなものや、見たこともない形の計測機、分厚い古文書の束──まるで小さな研究室がそのまま引っ越してきたかのような光景だ。
「よし、準備はできた。それじゃあ早速、例の魔剣を見せてもらおうかな」
「ああ」
俺は背から『リンドヴルム』を外し、テーブルの上にそっと置いた。アリアの目が、獲物を見つけた猟犬のように輝く。
「……相変わらず、禍々しいねこの子は。初めて見た時から、どこか普通じゃないとは思っていたけど」
そういえば、以前クロエがこの剣を見せた時も、アリアはしばらく夢中になって観察していたっけ。だが今回は、あの時とは意味合いが全く違う。
「ただ、あの頃はまさか『中身』がこんなことになっているとは思いもしなかったよ。ただの古い魔剣だとばかり……」
アリアは手袋を着けると、様々な器具を剣に近づけたり、魔力の流れを調べるような仕草を繰り返した。クロエはその様子を興味深そうに眺めている。
「ねえ、リック。せっかくだし、話しかけてみてよ」
「え、俺が?」
「君が契約者なんだから、一番反応しやすいだろう?」
もっともな言い分だ。俺は半信半疑ながら、心の中でそっと呼びかけてみることにした。
(……おい、リンドヴルム。聞こえてるか?)
──しん、と静まり返ったままだった。普段ならすぐに生意気な口調で返してきそうなものなのに、今は何の反応もない。
「……どうだい?」
「いや、何も……完全に無視されてる」
「無視? 契約者からの呼びかけを無視できるものなのか」
アリアが興味深そうに顎に手を当てる。俺は改めて集中し、もう一度呼びかけてみた。
(おい、聞こえてるんだろ。アリアがお前のこと調べたがってるんだ。少しくらい付き合ってくれてもいいだろ)
それでも、返事はない。まるで眠っているかのような、完全な沈黙だけがそこにあった。
「本当に何も反応がないのか……面白いね」
アリアはメモ帳に何やら素早く書き込みながら呟く。
「面白いって、お前な……」
「いやだって、普通に考えれば妙だろう? 人格を持ち、契約まで結ぶほどの存在が、呼びかけに一切応じないなんて」
アリアは剣を手に取り、矯めつ眇めつしながら続ける。
「推測だけど……リンドヴルムが姿を現すのは、君が本当に死にかけた瞬間だけなんじゃないかな。ドラゴンとの戦闘で彼女が出てきたのも、君が瀕死に追い込まれた場面だった、よね?」
言われてみれば、確かにその通りだ。あの時も、アムルタートの攻撃で意識が遠のきかけた、まさにその瞬間だった。
「つまり……普段は眠ってる、ってことか?」
「あるいは、よほどの事態じゃないと表に出てこないよう、自分で制限しているのかもしれない。ドラゴンだった頃の矜持、ってやつかな。無駄に姿を見せるのは、それこそ沽券に関わる、とかね」
アリアは楽しそうに推測を並べ立てる。研究者としての血が騒いでいるのだろう、その目はいつも以上に輝いていた。
「……なんか、調べれば調べるほど謎が増えてる気がするんだけど」
「それが研究の醍醐味ってやつさ。今日のところは、これ以上は無理に起こさない方がいいだろうね。いざという時に機嫌を損ねられても困る」
アリアはそう言うと、名残惜しそうに剣から手を離した。俺は再び『リンドヴルム』を鞘に収め、背に負い直した。
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「さて、魔剣の謎はひとまず置いておくとして……今回、僕が手を貸すのはあくまで研究のためだからね。ルナの件は気の毒だとは思うけど、教団と正面から事を構えるつもりは──」
「あ、そういえば」
アリアの言葉を遮るように、俺はふと思い出したことを口にした。
「お前に訊きたいことがあったんだ。ユニークスキルって、複数の人間が同じものを持つことってあるのか?」
「は? 何だい急に」
怪訝そうな顔をするアリアに、俺は説明する。
「ここに来る途中、子供たちを乗せた教団の荷馬車の一団と戦ったんだ。その護衛を率いてた指揮官らしき女がいたんだけど、追い詰められた瞬間に、傷がみるみる治っていったんだ。もしかして、あいつも俺と同じリジェネレーションを持ってるのか?って思って」
俺の言葉に、アリアの表情がすっと真顔になった。
「……それはあり得ないよ」
「え?」
「ユニークスキルは、その名の通り『唯一』であることが前提の力だ。同じ時代に同じスキルを持つ人間が複数存在するなんてことは、少なくとも僕が知る限り、過去に一例もない。もしそれが本当にあるとしたら──」
アリアは一拍置いて続けた。
「考えられる可能性は二つ。一つは、教団が何らかの方法でユニークスキルの人為的な複製、もしくは類似の力の生成に成功している可能性。もう一つは、その指揮官が持っている力は、君のリジェネレーションとは似て非なる、まったく別のスキルである可能性」
「別のスキル……?」
「ああ。見た目の効果が似ていても、中身がまるで違う──例えば、何か大きな代償を払って無理やり回復している、とかね。もしそうだとしたら、それはそれで厄介な話だ」
アリアの声から、先ほどまでの気怠さが消えていた。
「どちらにしても、見過ごせる話じゃない。もし教団がユニークスキルの量産技術を確立しているなら、それは世界の均衡そのものを揺るがしかねない脅威だ。そして、もし違うのだとしても──何かしらの異常な代償を払ってまで戦っている人間がいる、ということ
になる」
アリアはしばらく黙り込むと、やがて小さく息を吐いた。
「……さっきは、研究だけに付き合うつもりだって言ったけど。訂正するよ」
「え?」
「これは、個人的な好奇心だけじゃ済まされない話だ。もし本当にユニークスキルの複製技術が存在するなら、それを放置することの方がよっぽど危険だ。研究者としても──いや、一人の人間としても、見て見ぬふりはできそうにないね」
アリアはそう言うと、真っ直ぐにこちらを見据えた。
「教団の動向、本格的に探らせてもらうよ。ルナの件も、その指揮官の件も、全部まとめてね」
先ほどまでとは明らかに違う、覚悟を決めた表情だった。俺とクロエは思わず顔を見合わせる。
「……ありがとう、アリア」
「礼はまだ早いよ。さて──」
アリアはテーブルに地図を広げながら、話を切り替えた。
「君たちの最優先事項は、ルナの居場所と、教団の動向を探ること。で、合ってるかな?」
「ああ、頼む」
「幸い、僕にはまだ王都に残ってる伝手がいくつかある。没落しかけの貴族って、意外と横の繋がりだけは強いものでね」
アリアは不敵に笑うと、地図の中央に描かれた王宮から指を滑らせ、王都の外れ、山岳地帯の一点をとんと叩いた。
「ここが聖フランシス教団の本部。王都から馬で丸一日ほどの、人里離れた山の中だ。ルナが連れて行かれたのは、まず間違いなくここだろうね。ただし、あの場所は教団の聖域みたいなものでね。外からは中の様子を窺うことすら難しい。正面から突っ込むのは自殺
行為だよ」
「だから、まずは王都にいる連中から、教団の最近の動きを探る、ってことか」
「そういうこと。教団はこの国の上層部とも繋がりが深いからね。王都の方が、案外いい情報が集まるんだ」
「分かってる。だから情報が欲しいんだ」
「よろしい。それじゃあ、僕の方で何人かに探りを入れてみよう。君たちはしばらくここで大人しくしてるといい。指名手配中の身でうろつくのは、それこそ命取りだからね」
アリアはそう言うと、羽根ペンを取り出し、何通かの手紙を書き始めた。その手つきは、先ほどまでの浮ついた様子とは打って変わって、妙に手慣れている。
「……頼りにしてるぞ、アリア」
「任せておきなよ。──それに、君たちがここで大人しくしてる間に、僕はまた『彼女』を調べる口実ができるわけだしね」
にやりと笑うアリアに、俺とクロエは思わず顔を見合わせた。結局のところ、彼女の原動力はいつだって、尽きることのない好奇心なのだった。




