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第53話 沈黙の魔剣


 ***



 アリアの案内で辿り着いたのは、王都の外壁から少し離れた森の中にひっそりと建つ、古い狩猟小屋だった。


「元々は、僕が王都に通ってた頃の仮の拠点でね。表向きは廃屋ってことになってるから、ここなら滅多に人も来ないよ」


 埃を手で払いながらアリアが言う。小屋の中は蜘蛛の巣こそ張っているものの、研究道具一式や保存食らしきものが棚に並んでおり、存外きちんと整えられていた。


「お前、本当にあちこちに拠点があるんだな」

「伊達に長いこと半端者やってないからね」


 アリアは得意げに胸を張ると、早速荷台から様々な器具を運び込み始めた。水晶のようなものや、見たこともない形の計測機、分厚い古文書の束──まるで小さな研究室がそのまま引っ越してきたかのような光景だ。


「よし、準備はできた。それじゃあ早速、例の魔剣を見せてもらおうかな」

「ああ」


 俺は背から『リンドヴルム』を外し、テーブルの上にそっと置いた。アリアの目が、獲物を見つけた猟犬のように輝く。


「……相変わらず、禍々しいねこの子は。初めて見た時から、どこか普通じゃないとは思っていたけど」


 そういえば、以前クロエがこの剣を見せた時も、アリアはしばらく夢中になって観察していたっけ。だが今回は、あの時とは意味合いが全く違う。


「ただ、あの頃はまさか『中身』がこんなことになっているとは思いもしなかったよ。ただの古い魔剣だとばかり……」


 アリアは手袋を着けると、様々な器具を剣に近づけたり、魔力の流れを調べるような仕草を繰り返した。クロエはその様子を興味深そうに眺めている。


「ねえ、リック。せっかくだし、話しかけてみてよ」

「え、俺が?」

「君が契約者なんだから、一番反応しやすいだろう?」


 もっともな言い分だ。俺は半信半疑ながら、心の中でそっと呼びかけてみることにした。


(……おい、リンドヴルム。聞こえてるか?)


 ──しん、と静まり返ったままだった。普段ならすぐに生意気な口調で返してきそうなものなのに、今は何の反応もない。


「……どうだい?」

「いや、何も……完全に無視されてる」

「無視? 契約者からの呼びかけを無視できるものなのか」


 アリアが興味深そうに顎に手を当てる。俺は改めて集中し、もう一度呼びかけてみた。


(おい、聞こえてるんだろ。アリアがお前のこと調べたがってるんだ。少しくらい付き合ってくれてもいいだろ)


 それでも、返事はない。まるで眠っているかのような、完全な沈黙だけがそこにあった。


「本当に何も反応がないのか……面白いね」


 アリアはメモ帳に何やら素早く書き込みながら呟く。


「面白いって、お前な……」

「いやだって、普通に考えれば妙だろう? 人格を持ち、契約まで結ぶほどの存在が、呼びかけに一切応じないなんて」


 アリアは剣を手に取り、矯めつ眇めつしながら続ける。


「推測だけど……リンドヴルムが姿を現すのは、君が本当に死にかけた瞬間だけなんじゃないかな。ドラゴンとの戦闘で彼女が出てきたのも、君が瀕死に追い込まれた場面だった、よね?」


 言われてみれば、確かにその通りだ。あの時も、アムルタートの攻撃で意識が遠のきかけた、まさにその瞬間だった。


「つまり……普段は眠ってる、ってことか?」

「あるいは、よほどの事態じゃないと表に出てこないよう、自分で制限しているのかもしれない。ドラゴンだった頃の矜持、ってやつかな。無駄に姿を見せるのは、それこそ沽券に関わる、とかね」


 アリアは楽しそうに推測を並べ立てる。研究者としての血が騒いでいるのだろう、その目はいつも以上に輝いていた。


「……なんか、調べれば調べるほど謎が増えてる気がするんだけど」

「それが研究の醍醐味ってやつさ。今日のところは、これ以上は無理に起こさない方がいいだろうね。いざという時に機嫌を損ねられても困る」


 アリアはそう言うと、名残惜しそうに剣から手を離した。俺は再び『リンドヴルム』を鞘に収め、背に負い直した。



 ***



「さて、魔剣の謎はひとまず置いておくとして……今回、僕が手を貸すのはあくまで研究のためだからね。ルナの件は気の毒だとは思うけど、教団と正面から事を構えるつもりは──」

「あ、そういえば」


 アリアの言葉を遮るように、俺はふと思い出したことを口にした。


「お前に訊きたいことがあったんだ。ユニークスキルって、複数の人間が同じものを持つことってあるのか?」

「は? 何だい急に」


 怪訝そうな顔をするアリアに、俺は説明する。


「ここに来る途中、子供たちを乗せた教団の荷馬車の一団と戦ったんだ。その護衛を率いてた指揮官らしき女がいたんだけど、追い詰められた瞬間に、傷がみるみる治っていったんだ。もしかして、あいつも俺と同じリジェネレーションを持ってるのか?って思って」


 俺の言葉に、アリアの表情がすっと真顔になった。


「……それはあり得ないよ」

「え?」

「ユニークスキルは、その名の通り『唯一』であることが前提の力だ。同じ時代に同じスキルを持つ人間が複数存在するなんてことは、少なくとも僕が知る限り、過去に一例もない。もしそれが本当にあるとしたら──」


 アリアは一拍置いて続けた。


「考えられる可能性は二つ。一つは、教団が何らかの方法でユニークスキルの人為的な複製、もしくは類似の力の生成に成功している可能性。もう一つは、その指揮官が持っている力は、君のリジェネレーションとは似て非なる、まったく別のスキルである可能性」

「別のスキル……?」

「ああ。見た目の効果が似ていても、中身がまるで違う──例えば、何か大きな代償を払って無理やり回復している、とかね。もしそうだとしたら、それはそれで厄介な話だ」


 アリアの声から、先ほどまでの気怠さが消えていた。


「どちらにしても、見過ごせる話じゃない。もし教団がユニークスキルの量産技術を確立しているなら、それは世界の均衡そのものを揺るがしかねない脅威だ。そして、もし違うのだとしても──何かしらの異常な代償を払ってまで戦っている人間がいる、ということ

になる」


 アリアはしばらく黙り込むと、やがて小さく息を吐いた。


「……さっきは、研究だけに付き合うつもりだって言ったけど。訂正するよ」

「え?」

「これは、個人的な好奇心だけじゃ済まされない話だ。もし本当にユニークスキルの複製技術が存在するなら、それを放置することの方がよっぽど危険だ。研究者としても──いや、一人の人間としても、見て見ぬふりはできそうにないね」


 アリアはそう言うと、真っ直ぐにこちらを見据えた。


「教団の動向、本格的に探らせてもらうよ。ルナの件も、その指揮官の件も、全部まとめてね」


 先ほどまでとは明らかに違う、覚悟を決めた表情だった。俺とクロエは思わず顔を見合わせる。


「……ありがとう、アリア」

「礼はまだ早いよ。さて──」


 アリアはテーブルに地図を広げながら、話を切り替えた。


「君たちの最優先事項は、ルナの居場所と、教団の動向を探ること。で、合ってるかな?」

「ああ、頼む」

「幸い、僕にはまだ王都に残ってる伝手がいくつかある。没落しかけの貴族って、意外と横の繋がりだけは強いものでね」


 アリアは不敵に笑うと、地図の中央に描かれた王宮から指を滑らせ、王都の外れ、山岳地帯の一点をとんと叩いた。


「ここが聖フランシス教団の本部。王都から馬で丸一日ほどの、人里離れた山の中だ。ルナが連れて行かれたのは、まず間違いなくここだろうね。ただし、あの場所は教団の聖域みたいなものでね。外からは中の様子を窺うことすら難しい。正面から突っ込むのは自殺

行為だよ」

「だから、まずは王都にいる連中から、教団の最近の動きを探る、ってことか」

「そういうこと。教団はこの国の上層部とも繋がりが深いからね。王都の方が、案外いい情報が集まるんだ」

「分かってる。だから情報が欲しいんだ」

「よろしい。それじゃあ、僕の方で何人かに探りを入れてみよう。君たちはしばらくここで大人しくしてるといい。指名手配中の身でうろつくのは、それこそ命取りだからね」


 アリアはそう言うと、羽根ペンを取り出し、何通かの手紙を書き始めた。その手つきは、先ほどまでの浮ついた様子とは打って変わって、妙に手慣れている。


「……頼りにしてるぞ、アリア」

「任せておきなよ。──それに、君たちがここで大人しくしてる間に、僕はまた『彼女』を調べる口実ができるわけだしね」


 にやりと笑うアリアに、俺とクロエは思わず顔を見合わせた。結局のところ、彼女の原動力はいつだって、尽きることのない好奇心なのだった。

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