海賊
◇
皇子は身重の妻を安徳帝に預けていくつもりだった。だが腹の子がノアとヒナであることが分かった。ミナミは何が何でもついていくと言う。笑いが収まった安徳帝が、海路で京を目指すことを勧めてきた。
「六浦には大型の船が入る。鎌倉を出る商人たちに紛れていくと良いよ」
仕方ないので妻と従者を連れた商人に変装することになった。淵野辺が追ってくるかと思ったが、安徳帝が記憶を操作して皇子は死んだことにしていた。歴史ではそうなっている。ただ、南は子を産むまで生き延びる。そちらに追っ手がかかるかもしれないと言う。
「じゃあ名前を変えるね。今日からあたしは“鶴姫”だから。リコリスは“亀四郎”ね」
またミナミが奇妙な事を言い出す。商人の妻がなぜ姫なのか。皇子は“旦那様”だそうだ。
安徳帝の母君、建礼門院が細々と旅の支度を整えてくれた。そして反乱軍が来る前にと、庵の主に別れを告げて、3人はその日の内に鎌倉を出た。ノアが中から治癒魔法をかけ続けるので、ミナミの腰痛もない。一行は夜には六浦に着いた。
港からは裕福な民が続々と逃げ出している。皇子たちも幸い大きな船に乗ることができた。用心の為に認識阻害の魔法で顔も変え、船の中では平凡な商人夫婦を装った。
♡
「鶴ちゃん、干し柿お食べ」
「ありがとう、おばちゃん!お腹減ってたの~」
ミナミはすぐに女の乗客たちと馴染んだ。身重の若妻に皆親切にしてくれる。皇子は口調が横柄だから、元武士のお坊ちゃん商人という設定にした。彼が不愛想な分、亀四郎が他の商人と上手くつきあっている。
「ノア~、ヒナ~美味しいねぇ」
『美味しいのは母上だけです』『父上にも分けて差し上げましょうよ』
「父上は甘いものが嫌いなの。母が全部いただくね」
お腹に手を当てると念話できることが分かった。独り言も妊婦なら問題ない。胎教だ。
皇子が魔法で風を吹かせているので、文字通り順風満帆で船は進んでいく。だが出航して数日後、早速イベントがやってきた。海賊だ。
◇
熊野灘に近づいたところで海賊が現れた。10艘ほどの中型船に乗った賊共が、一定の金銭を寄こせば通過させると言ってきた。大型船には御家人崩れの傭兵がいる。十分対抗できると踏んだのか、船主は要求を拒否した。
すると岩礁の影から50艘以上の小舟が漕ぎ出してきた。初めから通すつもりはなさそうだ。
「ミ…鶴!船倉に入っていろ!」
皇子は彦四郎と弓矢を持って甲板に上がった。傭兵たちが上から矢を射る。海賊共は鍵縄を船べりにかけると、続々と大型船に乗り込んで来た。皇子は上がって来た者たちを射落とした。討ち漏らした賊は彦四郎が切り捨てる。
2人の鬼神のような戦いぶりに恐れをなした海賊共は、上がるのを躊躇った。だが獲物を逃がすまいと囲むようについて来た。このまま港に船を着けさせないつもりだ。
「…亀四郎、行くぞ」
「はっ!」
大型船から手近な小舟に飛び降りる。その船の海賊を斬ると、次から次へと小舟に飛び移りながら片づけていった。
「なんだありゃ?!義経か?」
八艘跳びどころか五十以上の小舟を軽やかに飛び移る皇子たち。海賊共は呆気に取られた。残るは中型船の海賊のみ、と思ったところで新手の海賊船が島影から出てきた。
皇子は舌打ちした。魔法は使うまいと思っていたのだが。数が多すぎる。
「ぎゃーっ!!」
新手の海賊船の1艘が急に沈んだ。何かが次々と船を水中に引きずり込んでいる。一瞬クラーケンかと思った。だが海賊たちは海に投げ出されて浮かんでいる。喰われてはいない。
「殿!」
皇子たちが立つ小舟の縁からマリエルが現れた。子供だが人魚の姿だ。
「マリエル!無事だったか!」
「はいっ。タマも一緒です!」
見れば鮫に戻った豊玉が魔法で船を海底に沈めているようだ。皇子は眷属を呼んだ。
「豊玉!」
『あい。との』
大きな頭が海上に突き出た。ざらりとした肌を優しく撫ぜる。これで仲間を全員見つけた。
皇子はマリエルに命じた。
「あの中型船を全て渦潮で沈めろ。大型船は沈めるなよ」
「はいっ!」
人魚の王太女はその力を遺憾なく発揮した。海賊船は1つ残らず渦潮に飲み込まれていった。皇子は彦四郎と豊玉に乗って大型船に帰った。海賊が残した縄を登って甲板に着く。豊玉とマリエルは影に仕舞った。
♡
皇子と亀四郎が船に戻ると、船主や客の商人たちから感謝の嵐だった。海から現れた子供とサメは、熊野権現の化身だとか何とか皇子が誤魔化した。それを信じるこの時代の人たちは純粋だと思う。
船主が一番いい個室に代えてくれた。2部屋あるのだが、どう使うかで揉めた。ミナミで1部屋、皇子と亀四郎で1部屋が良いと言ったら、亀が反対する。
「御夫婦で1間をお使いください。他の客が変に思いますから」
結局親子水入らずで落ち着いた。そう言えば皇子と布団を並べて寝るのは初めてだった。ミナミは事前に謝っておいた。
「歯ぎしりしたらゴメンね。寝言も言うかも。イビキは諦めて」
「そんなにあるのか…」
和風美女の顔で申し訳ない。腹に手を当て、2人におやすみと伝える。皇子にも腹を触らせる。
『『おやすみなさい。父上。母上』』
「おやすみ」
妊婦は常に眠い。ミナミはすとんと眠りに落ちた。皇子がいつ眠ったかは知らなかった。
◇
皇子はすすり泣く声に目が覚めた。まだ深夜だ。揺れる船室に微かに月明りが差す。
「ミナミ?どうした?」
布団の上に座り込んでミナミが泣いていた。両腕に何かを抱えている。覗き込んだ皇子はぎょっとした。土魔法で作られた彼の生首だった。
「ミナミ!?」
「おのれおのれおのれ…淵野辺義博め。ようも私の皇子さまを…」
己を皇子と呼ぶのは、南だけだ。彼女の髪は怒りで逆立ち、美しい顔が般若のように歪んでいた。
「決して許すまいぞ。…消してやる。淵野辺も足利も帝も…」
「南!しっかりしろ!俺はここに居るぞ」
細い肩を掴んで揺するも、呪詛は止まらない。皇子は生首を消した。南の顔を両手で挟み、目を合わせる。
「皇子さま…?」
ようやく虚ろな瞳に光が戻った。皇子は優しく妻の髪を指で梳いた。
「そうだ。お前は南だな。何故今になって思い出した?」
「怨霊に近づいたからでしょう。ああ。皇子さまに、こんな浅ましい姿を見られてしまった…」
南は寝衣の袖で顔を覆った。
「明るく朗らかな私でいたかったのに。どうしても恨みが捨てられません…」
あのミナミの魂の奥底に、深い深い悲しみが眠っていた。皇子は妻を抱きしめた。
「すまなかった。俺のせいだ…」
「ごめんなさい。皇子さまの御子を守れなかった。奪われてしまったの…」
口調がミナミに近づいてきた。
「もう何も言うな。お前に再び巡り会えただけで、俺は幸せだ」
腕の中の妻は微笑んで目を閉じた。そしてそのまま眠ってしまった。辛い記憶を思い出させて果たして良かったのか。皇子は妻の寝顔を見ながら物思いに沈んだ。




