表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/129

海賊

            ◇




 皇子は身重の妻を安徳帝に預けていくつもりだった。だが腹の子がノアとヒナであることが分かった。ミナミは何が何でもついていくと言う。笑いが収まった安徳帝が、海路で京を目指すことを勧めてきた。


六浦(むつうら)には大型の船が入る。鎌倉を出る商人たちに紛れていくと良いよ」


 仕方ないので妻と従者を連れた商人に変装することになった。淵野辺が追ってくるかと思ったが、安徳帝が記憶を操作して皇子は死んだことにしていた。歴史ではそうなっている。ただ、南は子を産むまで生き延びる。そちらに追っ手がかかるかもしれないと言う。


「じゃあ名前を変えるね。今日からあたしは“鶴姫”だから。リコリスは“亀四郎”ね」


 またミナミが奇妙な事を言い出す。商人の妻がなぜ姫なのか。皇子は“旦那様”だそうだ。


 安徳帝の母君、建礼門院が細々(こまごま)と旅の支度を整えてくれた。そして反乱軍が来る前にと、庵の主に別れを告げて、3人はその日の内に鎌倉を出た。ノアが中から治癒魔法をかけ続けるので、ミナミの腰痛もない。一行は夜には六浦に着いた。


 港からは裕福な民が続々と逃げ出している。皇子たちも幸い大きな船に乗ることができた。用心の為に認識阻害の魔法で顔も変え、船の中では平凡な商人夫婦を装った。




            ♡




「鶴ちゃん、干し柿お食べ」


「ありがとう、おばちゃん!お腹減ってたの~」


 ミナミはすぐに女の乗客たちと馴染んだ。身重の若妻に皆親切にしてくれる。皇子は口調が横柄だから、元武士のお坊ちゃん商人という設定にした。彼が不愛想な分、亀四郎が他の商人と上手くつきあっている。


「ノア~、ヒナ~美味しいねぇ」


『美味しいのは母上だけです』『父上にも分けて差し上げましょうよ』


「父上は甘いものが嫌いなの。母が全部いただくね」


 お腹に手を当てると念話できることが分かった。独り言も妊婦なら問題ない。胎教だ。


 皇子が魔法で風を吹かせているので、文字通り順風満帆で船は進んでいく。だが出航して数日後、早速イベントがやってきた。海賊だ。




            ◇




 熊野灘に近づいたところで海賊が現れた。10艘ほどの中型船に乗った賊共が、一定の金銭を寄こせば通過させると言ってきた。大型船には御家人崩れの傭兵がいる。十分対抗できると踏んだのか、船主は要求を拒否した。

 すると岩礁の影から50艘以上の小舟が漕ぎ出してきた。初めから通すつもりはなさそうだ。


「ミ…鶴!船倉に入っていろ!」


 皇子は彦四郎と弓矢を持って甲板に上がった。傭兵たちが上から矢を射る。海賊共は鍵縄を船べりにかけると、続々と大型船に乗り込んで来た。皇子は上がって来た者たちを射落とした。討ち漏らした賊は彦四郎が切り捨てる。


 2人の鬼神のような戦いぶりに恐れをなした海賊共は、上がるのを躊躇(ためら)った。だが獲物を逃がすまいと囲むようについて来た。このまま港に船を着けさせないつもりだ。


「…亀四郎、行くぞ」


「はっ!」


 大型船から手近な小舟に飛び降りる。その船の海賊を斬ると、次から次へと小舟に飛び移りながら片づけていった。


「なんだありゃ?!義経か?」


 八艘跳びどころか五十以上の小舟を軽やかに飛び移る皇子たち。海賊共は呆気に取られた。残るは中型船の海賊のみ、と思ったところで新手の海賊船が島影から出てきた。


 皇子は舌打ちした。魔法は使うまいと思っていたのだが。数が多すぎる。


「ぎゃーっ!!」


 新手の海賊船の1艘が急に沈んだ。何かが次々と船を水中に引きずり込んでいる。一瞬クラーケンかと思った。だが海賊たちは海に投げ出されて浮かんでいる。喰われてはいない。


「殿!」


 皇子たちが立つ小舟の縁からマリエルが現れた。子供だが人魚の姿だ。


「マリエル!無事だったか!」


「はいっ。タマも一緒です!」


 見れば鮫に戻った豊玉が魔法で船を海底に沈めているようだ。皇子は眷属を呼んだ。


「豊玉!」


『あい。との』


 大きな頭が海上に突き出た。ざらりとした肌を優しく撫ぜる。これで仲間を全員見つけた。


 皇子はマリエルに命じた。


「あの中型船を全て渦潮で沈めろ。大型船は沈めるなよ」


「はいっ!」


 人魚の王太女はその力を遺憾なく発揮した。海賊船は1つ残らず渦潮に飲み込まれていった。皇子は彦四郎と豊玉に乗って大型船に帰った。海賊が残した縄を登って甲板に着く。豊玉とマリエルは影に仕舞った。




            ♡




 皇子と亀四郎が船に戻ると、船主や客の商人たちから感謝の嵐だった。海から現れた子供とサメは、熊野権現の化身だとか何とか皇子が誤魔化した。それを信じるこの時代の人たちは純粋だと思う。


 船主が一番いい個室に代えてくれた。2部屋あるのだが、どう使うかで揉めた。ミナミで1部屋、皇子と亀四郎で1部屋が良いと言ったら、亀が反対する。


「御夫婦で1間をお使いください。他の客が変に思いますから」


 結局親子水入らずで落ち着いた。そう言えば皇子と布団を並べて寝るのは初めてだった。ミナミは事前に謝っておいた。


「歯ぎしりしたらゴメンね。寝言も言うかも。イビキは諦めて」


「そんなにあるのか…」


 和風美女の顔で申し訳ない。腹に手を当て、2人におやすみと伝える。皇子にも腹を触らせる。


『『おやすみなさい。父上。母上』』


「おやすみ」


 妊婦は常に眠い。ミナミはすとんと眠りに落ちた。皇子がいつ眠ったかは知らなかった。




            ◇




 皇子はすすり泣く声に目が覚めた。まだ深夜だ。揺れる船室に微かに月明りが差す。


「ミナミ?どうした?」


 布団の上に座り込んでミナミが泣いていた。両腕に何かを抱えている。覗き込んだ皇子はぎょっとした。土魔法で作られた彼の生首だった。


「ミナミ!?」


「おのれおのれおのれ…淵野辺義博め。ようも私の皇子(みこ)さまを…」


 己を皇子(みこ)と呼ぶのは、(つま)だけだ。彼女の髪は怒りで逆立ち、美しい顔が般若のように歪んでいた。


「決して許すまいぞ。…消してやる。淵野辺も足利も帝も…」


「南!しっかりしろ!俺はここに居るぞ」


 細い肩を掴んで揺するも、呪詛は止まらない。皇子は生首を消した。南の顔を両手で挟み、目を合わせる。

 

皇子(みこ)さま…?」


 ようやく虚ろな瞳に光が戻った。皇子は優しく妻の髪を指で()いた。


「そうだ。お前は南だな。何故今になって思い出した?」


「怨霊に近づいたからでしょう。ああ。皇子(みこ)さまに、こんな浅ましい姿を見られてしまった…」


 南は寝衣の袖で顔を覆った。


「明るく朗らかな私でいたかったのに。どうしても恨みが捨てられません…」


 あのミナミの魂の奥底に、深い深い悲しみが眠っていた。皇子は妻を抱きしめた。


「すまなかった。俺のせいだ…」


「ごめんなさい。皇子(みこ)さまの御子を守れなかった。奪われてしまったの…」


 口調がミナミに近づいてきた。


「もう何も言うな。お前に再び巡り会えただけで、俺は幸せだ」


 腕の中の妻は微笑んで目を閉じた。そしてそのまま眠ってしまった。辛い記憶を思い出させて果たして良かったのか。皇子は妻の寝顔を見ながら物思いに沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ