安徳帝
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茂みから現れた男の子はさっさと歩いて行く。ルクスソリアのことも、皆の名前も知っている。ついていかざるを得ない。暫く行くと小さな庵のような建物に着いた。
「どうぞ。入って」
男の子が招待してくれた。ミナミの腰はまた痛みだしていたので助かった。庵の中は綺麗な和室だった。
「お前は何者だ。何を知っている」
畳に座るやいなや皇子が単刀直入に訊いた。子供相手のせいか、いつもよりは険が無い。
「まあまあ。あ、お姉さんはこの上に座って」
男の子はミナミに座布団のような厚い敷物の上に座るように勧める。ありがたく使わせてもらった。母親みたいな女性がお茶も出してくれた。ミナミは礼を言った。
「ありがとう。優しいね、君」
「当然だよ。僕は安産の神だからね。君のお母さんもお参りに行ったんじゃない?」
男の子は笑顔で衝撃的な発言をした。安産の神と言えば。ミナミは親から聞いた話を思い出した。
「水天宮?戌の日にお参りに行くやつ?」
「知っているのか?」
皇子が怪訝な顔で訊いた。昔は無かったのかもしれない。
「えーっと妊婦さんがお参りに行く神社で、確か御祭神が…あ、安徳天皇!」
「当たり!嬉しいな!よく覚えてたね」
「こう見えて日本史は得意なの~。…どしたの?ヨッシー?リコ?」
2人は男の子を凝視している。
「安徳帝だと…?ではお前は、いやあなたは壇ノ浦から…」
再起動した皇子がやっと口を開いた。珍しく“あなた”なんて丁寧に呼ぶ。
「君の想像した通りだよ。僕はルクスソリアに転生したんだ」
◇
神器が皇子の血に反応した時から分かっていた。皇国の始祖は、己の祖先の誰かであると。まさか安徳帝であったとは。
「本当であれば皇帝に即位した君は祖霊の祝福を受けてすぐに戻れていた。だけど悪霊が干渉してしまった。君たちは今、一時的に元の世界に戻っている」
では、京には父帝がいるのか。どこかに不倶戴天の敵であるあの男もいるのか。皇子は、宮将軍と呼ばれていた頃の険しい顔に戻っていた。
「ダメ。ヨッシー。復讐はしない」
ミナミが皇子の手を握った。はっとして彼女を見る。瞬時に彼の小暗い野望を見透かされた。魔法を自由に生きるために使うと、老師に誓ったことを忘れていた。皇子は深く息を吐いた。
「…大丈夫だ。ありがとう、ミナミ」
安徳帝は満足そうに頷いた。
「それでいい。決して歴史に介入してはいけない。君が魔法で日本を支配しても、必ず反動が来る」
悪意と呪詛で倒される。それが悪霊の狙いなのだ。安徳帝はそう言って茶を飲んだ。皇子は不思議に思って訊いた。
「なぜ俺たちを助ける?あなたはこちらの神なのだろう?」
「僕は2つの世界を見守っている1柱だ。やがて君もそうなる」
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その夜は庵に泊めてもらった。お布団でゆっくり眠れたのでミナミの腰痛も治った。朝起きたら皇子と安徳帝はもう何やら話し込んでいた。リコリスは一宿一飯の恩義のためか、裏で薪割りをしている。ミナミは台所で安徳帝のお母さんと朝食の準備をした。
「神様もご飯食べるんですね」
御膳は5人分あった。お母さんは笑って味噌汁をよそいながら言った。
「習慣でね。私も言仁も食いしん坊だから」
トキヒトというのが安徳帝の本名らしい。トキ君か。特別天然記念物っぽい。ミナミは朝食ができたので皇子たちを呼んだ。
「ヨッシー、トキくん。ご飯だよ」
皇子は渋い顔をした。安徳帝は吹き出していた。
「トキくん。良いね。今度からそう名乗るよ」
朝食を食べた後、早速帰還方法について話し合った。
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「結局悪霊退治をしないと帰れない…」
またもや無賃労働。ミナミは肩を落とした。悪霊は何故皇子にこうも絡んでくるのだろうか。
「羨ましいんだよ。同じ非業の死をとげた皇子なのに、怨霊化してないから」
「皇子様なの?悪霊」
意外だ。誰なのかと訊くと、安徳帝は意地悪くクイズを出してきた。
「問題です。日本三大怨霊は」
「はい!菅原道真、平将門、崇徳天皇!」
「…ですが、長岡京からの遷都の原因となった怨霊は誰?」
まさかの引っ掛け。ミナミは日本史の知識を探した。
「長岡京…桓武天皇の弟だっけ?名前は…さけ、さば、さわら…早良親王!」
安徳帝が悶絶している。皇子とリコリスは額に手を当てて上を向いた。
「あ…当たり。令和の子はそうやって覚えるんだ…」
「トキ君、笑いすぎ。その早良親王はどこにいるの?どうやったら倒せるの?」
勢い込んで質問するミナミを、安徳帝はどうどうとなだめた。馬か。
「今どこにいるかは分からない。悪霊の目的は2つだ。護良を呪うこと。日ノ本とルクスソリアに混乱をもたらすことだ。そのために神器を狙っている」
「神器って、あっちのが本物でしょ?」
平家物語でも涙無しには読めないのが、壇ノ浦で三種の神器と共に安徳帝が入水する場面だ。次代の後鳥羽天皇は神器無しに即位した。3つの内2つは回収されたが、宝剣だけは見つからなかった、というのが通説だ。
ミナミは、本当は安徳帝があちらに3つとも持っていったのかと思っていた。
「僕が死んで150年が経っている。新しい神器もすでに本物だ。神器は人々の信じる心で存在を定義されるものだから」
妖精か何かのようだ。信じる人がいないと消えてしまう。
「俺は悪霊に先んじて神器を奪うつもりだ。これから京に向かう」
皇子がまさかの犯行予告をした。安徳帝が何も言わないということは、打ち合わせ済みのようだ。徒歩だよなあ。嫌だなと思っていたら、皇子がすまなさそうに言う。
「お前はここで待っていてくれないか。その身体では…」
「いやこれヨッシーのせいだから。あたしも行くからね」
何のためにここまで来たと思っているのか。和風美女の顔で睨むと、皇子は困ったように眉を下げた。その時、お腹の子がぽこんとミナミの腹を蹴った。
「ほら。赤ちゃんだって一緒に行くって」
「遊びに行くのではない。悪霊との戦いは危険だ。万が一…」
『大丈夫です。僕たちが守ります』
急に空中に文字が浮かんだ。以前ミナミが使った魔法だ。皇子はミナミを見た。
「あたしじゃないよ!誰?」
一人芝居を疑われ、ミナミは辺りを見回すが誰もいない。またお腹が蹴られる。
「まさか…赤ちゃん?」
『ノアです』『ヒナです』
仲間がいた。ミナミの腹にいた。
『やっと魔法が使えました。私たちが母上を守りますから、安心してください。父上』
「もしかして、あたしと2人の属性合わせたら、全属性制覇?無敵?やったあ!」
ぽこぽこと蹴られるお腹を撫でまわしながら喜んでいると、また安徳帝が悶絶している。ミナミはがぜん勇気が湧いて来たが、父である皇子は暫くフリーズしたままだった。




