記憶
◇
皇子は目を覚ました。長い夢を見ていた気がする。目の前には書きかけの写経と筆。灯火が狭い牢内を照らす。
何者かが牢に近づいて来た。足音から警護の淵野辺義博だと知れる。扉が開く。皇子の許可なく牢内に入るとは。最期の時が来たようだ。
「どうした」
「……」
淵野辺は答えない。鯉口を切る音がする。皇子は訊いた。
「父の命か?」
「決してそのような!」
「…では斬れ。お主を恨みはせぬ」
淵野辺は鞘を払った。灯りが刀を振りかざす武士の影を映す。皇子は目を閉じた。
「危ないっ!!」
ガシャンと大きな音がして目を開けると、昏倒する淵野辺と割れて散らばった壷が見えた。見上げると妻の南が青い顔をして立っている。彼女が武士を倒した?皇子が口を開くより早く、南が駆け寄ってきた。
「大丈夫?ヨッシー!」
「南?」
「どうしたの?こんなに痩せちゃって。歩ける?リコ呼ぶね」
口調がいつもと全く違う。顔は同じなのに。皇子を妙な名で呼ぶ。「リコー!こっち来てー!」と牢の外に向かって叫ぶ。バタバタと走る足音がして、思いもがけない男が姿を現した。
「彦四郎!?」
2年前に吉野城で皇子の身代わりとして死んだ村上彦四郎義光が生きて、目の前にいた。
♡
タマの影に飛び込んだ後、気が付くとミナミは日本昔話的な部屋で倒れていた。板張りの床に落ちる長い長い髪。着物。立ち上がろうとしてバランスを崩し、手をついた。体が重い。
部屋にあった映りの悪い鏡を覗くと、見たこともない和風な美女がいた。誰だろう。とにかく仲間と皇子を探そう。魔法は使えるようだ。魔力波を探ると、近くにリコリスがいた。
人気のない廊下を慎重に進む。ガシャガシャと鎧や武器の音がする度に物影に隠れ、外の小屋の中でリコリスを見つけた。知らない男の姿だ。
「リコ。分かる?私、ミーナ」
「ミーナ様?お姿が…」
「お互い様じゃん。それ、もしかして彦四郎?」
そうだと言う。ここはどこなのか2人で探ると、たまたま見つけた小僧から鎌倉の東光寺というお寺だと分かった。なんと皇子が幽閉されているらしいことも。急ぎ救出に向かう。
別行動で牢を探していたら、鎧姿の武士が通った。跡をつけると牢に入っていった。皇子を斬ろうと刀を抜いたので、慌てて土魔法で作った壷で殴る。
「ミナミ?」
痩せ衰えた皇子に絶句した。あんなに美しかった彼が。ミナミは涙を堪えてリコリスを呼んだ。
◇
「宮様?!そのお姿は!?」
「リコ。一旦逃げよう。この武士の仲間がこっちに来そう」
南が遠くの様子を探るように耳に手を当て、彦四郎を促す。痩せ衰えた皇子の身体を軽々と抱え上げ、彦四郎は脱出した。前を行く南は迷いなく人気が無い方へと進む。牢のある寺の敷地から大分離れた森の中で皇子は下ろされた。
「彦四郎。お前、生きていたのか?」
「宮様?どうなさったんですか?私です。リコリスです。何故かここでは前世の姿になってしまったんですが」
話が全く通じない。南が心配そうに皇子を見た。
「忘れちゃったの?ヨッシー。とりあえず、リコ、ヒールかけてあげて」
「はい。“治癒”」
彦四郎の手のひらから青白い光が出た。暖かい力が流れ込む。とたんに失われていた記憶が蘇った。膨大な情報に頭が痛くなる。皇子はぎゅっと目を瞑り耐えた。やがて痛みが引く。目を開けると、姿こそ違え、魔力波から仲間だと分かった。
「彦四郎…いやリコリスか」
ほっとした彦四郎の手を押しやり、自らに魔法をかける。皇子は“再生”で元の身体を取り戻した。
「良かったー。思い出したね!魔法も使えるね」
「南…お前は…」
改めて妻を見る。美しい長い髪。ほっそりとした顔。切れ長の目がキラキラと輝いて彼を見つめていた。ミナミは妻の生まれ変わりだったのか。愛しさにその頬に手を伸ばした。
「あたしのこの姿、誰なんだろう?ヨッシーの知り合い?」
皇子の手が止まる。覚えていないのか。ミナミはゆったりとした小袖の上から大きな腹をさすった。
「めっちゃ妊婦なんだけど。もう笑うしかないわー。誰の子よ」
「…俺だ」
ミナミと彦四郎が皇子を凝視した。居心地の悪い沈黙が落ちる。
「俺の子だ。お前は俺の妻だ」
◇
3人で暗い森を進みながら、皇子がケガレ場で消えた後の話を聞いた。
「ではヒナやノアもこちらに来ているはずだな?」
「はい。マリエルやタマの気配はしますか?」
眷属との繋がりは決して切れない。だが今、皇子の影には両方ともいなかった。
「ここはどこなんでしょう?鎌倉だそうですが、日ノ本に戻ったのでしょうか?」
彦四郎が警戒しながら周囲を見回した。寺の小僧が言うには、信濃で蜂起した北条氏の遺児が幕府軍を蹴散らしつつ迫っているらしい。日付は建武2年7月23日だ。
「分からん。死んだはずのお前がいる。現実ではないだろう」
気づくとミナミがいない。後方で倒木に腰かけて休んでいる。
「大丈夫か?」
「腰が痛くてもう歩けない。少し休ませて」
背負ってやりたいがこの腹では無理だ。皇子はミナミの腰に治癒魔法をかけた。少し楽になったのか、彼女はすくっと立ち上がった。
「お礼は言わない。ヨッシーのせいだから」
腹の子の父親が皇子だと知り、先ほどからずっと怒っている。皇子はため息をついた。
「お前は俺の妻だ。なぜ怒る」
「告白もされてないし、プロポーズもされてない。結婚式も挙げてない。いきなり妊婦なんて!」
ミナミは泣き出した。彦四郎が皇子の肩に手を置き、首を振る。
「宮様。腹に子がいる女子は不安定なものです」
「そうなのか?」
「息子を身ごもった時の妻がそうでした」
忠臣は笑った。だがすぐに顔を引き締めて、彼は皇子の前に出た。暗い木々の中に気配が生まれる。
「何者だ!?」
彦四郎の誰何にガサガサと茂みが揺れ、子供が出てきた。7、8歳の男子だ。鎌倉の武家の子弟か、上質な着物を着ている。子供は怪しい3人組の大人を不思議そうに見つめていた。
「どうしたの?迷子になっちゃった?」
ミナミが優しく声をかけた。子供は破顔一笑した。
「迷子は君たちでしょ。ルクスソリアへの帰り方、分かってる?」
驚く皇子たちを尻目に、子供は先に立って歩き始めた。
「ついておいで。護良。南。彦四郎。ここはすぐに戦場になる」
お読みくださり、ありがとうございました。こちらでは写真を載せられないのですが、アルファポリスでは写真付き紀行文「閑話・歴史の中の護良親王」を公開しております。大塔宮護良親王の足跡を辿っています。ぜひご覧ください。↓↓↓
~鎌倉宮~
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~永福寺跡~
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~妙法寺~
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~比叡山延暦寺・三千院~
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~令和5年・護良親王祭~
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