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人魚の姫

            ♡




 クラーケンの腹から出てきた人魚娘と言葉が通じるのは、皇子とミナミだけだった。異世界転生特典だろう。だがなぜかリコリスには無い。皇子は翻訳の魔道具を作るために部屋に閉じこもってしまった。人魚娘は甲板にしがみついて帰らないと駄々をこねるので、仕方なくミナミの部屋の浴槽に海水を入れて、その中に入れてやった。


『お腹が空いたわ。お魚をいただけない?』


 人魚が魚を要求する。共食いにならないのだろうか。


「ご飯の時間は決まってるから。我慢しな」


『じゃあ、あの方はどちら?会いたいわ』


 二言目には皇子に会わせろだ。ミナミはうんざりして無視した。


 人魚は王女だそうだ。リアル人魚姫だ。亜人の会議に向かう途中、クラーケンに喰われたらしい。防壁に似た魔法で身を守り、死なずに助かった。ついでに助けてくれた皇子に一目惚れした。

 船員たちが怯えて困る。とりあえず人魚の縄張りまでと乗船を許してもらっているが。


『あ。どうしましょう』


 船室の窓を見て、人魚姫が眉をひそめた。


「何?トイレ?」


『違うわよ!家族が来たの!』


「そう!じゃあね。バイバイ!」


 迎えが来たなら、この色ボケ人魚ともお別れだ。ミナミは笑顔で別れを告げた。だが甲板からは悲鳴と怒号が聞こえてきた。


「敵襲!人魚だ!人魚が襲ってきた!」




           ♡




 急いで甲板に上がると、既に戦いが始まっていた。波間に人魚らしき人影がいる。青く光る甲冑を着けて、弓のような武器を持っていた。ものすごいスピードで船の周りを旋回して、矢を打ち込んでくる。甲板の魔法騎士たちがそれを防壁で弾いていた。


『姫様を返せ!』


 やはりあの人魚姫を攫ったと思われている。人魚戦士たちの言葉は人間には分からない。騎士たちは訳が分からず、防戦一方だった。矢が届かず苛立った人魚は船の上を跳び越え、上から打ち込んできた。イルカかサメのような大きな生物に跨っているのが見えた。


「あれ?足があるね?」


 てっきり下半身は魚かと思っていた。イルカっぽいものに騎乗した戦士は足があった。ミナミの独り言に、横にいた船長が答える。


「大人の人魚は人型に化けるそうです」


「へえ~。じゃあ人魚姫はまだ子供なんだ」


「良い身体(カラダ)してましたけどね」


 セクハラ発言に顔面へ棘球をお見舞いする。船長は鼻血を出して昏倒した。そこへ皇子が上がってきた。すごく面倒くさそうな顔をしている。


「あの姫様を攫ったと誤解してるよ。返せば引くんじゃない?」


 ミナミは早くあの人魚姫を処分したい。返却を提案する。


「話ができる雰囲気ではないな」


 皇子は群れのリーダーを捜しているようだ。周囲を見回し、一際大きなサメに乗った、指揮官と(おぼ)しき人魚に目を止める。

 

「行ってくる。あの人魚の娘を甲板に連れてきてくれ」


 風魔法で宙高く跳び出した皇子は、そのまま指揮官に向かって突っ込んだ。




            ◇




 指揮官は皇子に気づくと、弓を投げ捨て剣を抜いた。ガラスのように青く透明な刃だ。華奢に見えるが、見事に皇子の打ち込みを払った。海人とは言え、なかなか腕が立つ。


「指揮官とお見受けする。話を聞いてもらいたい」


 打ち合いながら話しかけた。


『人間と話すことなど無い。姫様を返せ。そして死ね』

 

 まだ声変わりもしていない甲高い声で拒絶される。皇子は仕方なく雷魔法を放った。


『キャーッ!』


 感電して失神した人魚を摑まえる。サメは白い腹を上にして浮かんでいる。殺してはいない。指揮官を人質にして投降を促そうかと考えていたが、面倒になった。船の周囲100メートルほどの海上を凍結させる。


『なっ…海が凍った?!』


 氷で動きを封じられた人魚たちに、雷魔法を落とす。あっという間に全員が気を失った。皇子は船に戻り、魔法騎士たちに人魚の回収を命じた。




            ◇




 人魚たちから武器を奪い、手足を縛って甲板に転がした。全部で30人ほどだ。兜を外すと長い髪が流れ落ちた。


「女か」


 戦士は全て女だった。人魚に雄はいないのか。とりあえず指揮官を起こした。目が覚めた彼女はすぐに水魔法を放とうとした。皇子は魔力を吸収して止めた。


「止めろ。俺の前で魔法は使えん」


『おのれっ!我らをどうするつもりだっ』


 全く同じやり取りをエルフとした。亜人は皆このように人の話を聞かないのか。皇子はため息をついた。そこへ浴槽を担いだミナミたちが来た。人魚の姫が甲板に下ろされる。


『姫様!ご無事で!?』


 指揮官が顔を上げて叫ぶ。姫は目を丸くして転がる人魚の戦士たちを見た。


『まあっ!近衛が皆捕まって!背の君はお強いのですね!』


 目が覚めた戦士たちは項垂(うなだ)れた。


「姫。姫から彼女らに話してくれ。我らは姫を攫っていないのだと」


『はい。背の君』


 素直なのは結構だが、なぜ背の君呼ばわりなのか。皇子は頭痛がした。


 姫は近衛たちにクラーケンに喰われたこと、皇子たちに助けられたことを説明した。納得したようなので縄を解く。すると近衛たちは皆跪いて皇子に詫びた。


『姫の恩人に対する数々のご無礼、真に申し訳ございませんでした』


「分かってくれたか。なら良い。では姫を連れ帰られよ」


 やっと話が通じた。晴れやかな笑顔で謝罪を受け入れる。近衛たちは紅潮した顔で皇子を見つめた。姫は浴槽にしがみついて抵抗している。


『嫌ーっ!背の君と離れたくないーっ!』


「帰れ。そして二度と来るな」


 ミナミが姫の指を剥がそうとし、姫は剥がされまいと踏ん張る。すると指揮官が何やら耳飾りを使って話をしていた。“伝話”と同じような魔道具だったらしい。


『人族の殿よ。姫の母君がお詫びに皆さまを宮殿に招待したいと仰せです』


「招待?人魚の宮殿へ?…ありがたいが先を急ぐのだ」


 面倒なので断ろうとすると、船長が皇子に耳打ちした。


「受けてください。そうしないと二度とこの海域を通してもらえません」


 どうしていつも面倒なことに巻き込まれるのか。皇子は深いため息をついた。



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